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●「AQUARIUS/LET THE SUNSHINE IN」
っても自然には勝てないので仕方がないという見方と、ある程度の自然の脅威は予防出来ると考える立場がある。双方はどれほど理論を重ねても意見の一致を見ないだろう。この問題のややこしいところは、近年自然災害の規模が大きくなっていることで、その最大の理由が地球規模で自然の様子が変わって来ていることとされる。



どんなことにも起伏がある。筆者もそうで、このブログに書く気分が少ない時とそうでない時がある。地球も同じで、数百年か1000年単位で気温が変化したり、また1万や10万年単位でも変わるだろう。今は海水の温度が上昇に向かっているそうだが、1000年後はどうなるかわからない。どんどん下がり始めて氷河期がやって来る可能性もあるだろう。それはともかく、先日の広島の豪雨で山が崩れた地域は昔は名前が違っていて、50年に一度は同じように山が崩れたという。それは地元の人はわかっているはずだが、宅地開発業者が基礎をしっかり固めたなどと宣伝し、地元以外の人に土地を売ったのだろう。たった50年前のことが忘れ去られる。ならば戦争の記憶が風化するのも当然で、今の日本が戦前に似て右傾化しているとしても納得が行く。日本人は過去を忘れやすいと言われるが、そのとおりなのだろう。50年前のことを忘れるとすれば、何百、何千年経っても進歩はない。それはともかく、今までにない豪雨が降ったのであるから、山が崩れて家を押し潰し、死者が出たのは仕方がない。つまり、自然災害だと言う人があるだろうが、昔から家を建てなかった土地に建てたのであるから、人災の割合が大きい。自然には勝てないので諦めるのではなく、恐ろしい自然に備え、少しでも被害を少なくすべきだ。だが、都市に住むと、どのような自然の変化によって被害を受けるか想像が出来ないところがある。大雨が降った時、その雨を一時的に地下に溜める設備は東京では計画され、また施工が進んでいるが、その雨量は無限の大きさではあり得ず、せいぜい100年か200年に一度の大雨が想定される。ところが近年は記録的豪雨が各地を襲い、完成した地下の雨水貯蔵施設が完全ではなくなっている。つまり、最初に書いたように自然には抗い切れないことが一方ではわかっている。それでも何もしないわけには行かないから、永遠に土木工事が行なわれる。これは現代の都市という仕組みに問題があると考えた方がいいかもしれない。だがそんなことを個人が発言したところで都市の形が変わるはずがない。それどころか年々都市に住む住民が増加しているという。そうなるとまた山を切り開いて家を建て、道路を造って舗装し、雨が下水管を多く流れるようになって災害の危険性が増える。そうした問題は専門家でも意見が対立し、これが正しい解決策というのがないから、筆者のような大多数の門外漢は被害に遭えば遭った時のことと、ほとんど諦めの境地で暮らすしかないが、本当にそうかと言えば被害に遭う確率をある程度は低くすることが出来る。それはたとえば自分が住む地域や家が土砂災害に遭う危険性がないかを調べることだ。そして危険なところには近寄らないことだ。話が少しずれるかもしれないが、筆者は電車を待つ時、一番先頭に立つことをしない。電車が入って来た時、背後に立つ人から背中を押されると線路に落下するだろうし、そういう危険性はゼロとは言えない。また先頭の車両にも乗らない。電車の事故は先頭車両が最も遭遇しやすいと考えるからだ。そういった考えや行為は取りこし苦労と笑う人があるが、危険に接近しないのは動物的本能だ。家内は先頭車両に乗ったり、またドアが開いた時に一番乗りするために最前列に並びたがるが、危険を連想しないのは知能が低いからでもある。ともかく、物事は先のことを考えて危ないことは避けるべきだ。ただし、それを考えて保険に入ることは筆者は大嫌いで、これは家内と同じく知能が低いことの証拠かもしれない。いやいや、事故に遭わないように常に心配りをしていればいいのだ。
●「AQUARIUS/LET THE SUNSHINE IN」_d0053294_012733.jpg

 今日は7月に取り上げようと思っていた曲について書く。なぜ7月かと言えば、邦題「輝く星座」が七夕を連想させるからだ。だがこの1か月ほどは毎日のように本曲のメロディを思い浮かべ、また口ずさんでいた。その理由は今月は戦争に関係した映画の感想を書いたことにもよる。そして、どうも今の日本の政権は普通の国と同じように戦争が出来る国になりたがっていると思えるからだ。政治家たちは先の戦争がまるでなかったか、あるいは知ってはいても、今度戦争すれば絶対に勝てると自惚れているかのようで、ネットにも戦争の悲惨を想像する能力のない知能の低い連中が集合して威勢のいいことを言っている。日本は戦争に負けた後、四半世紀で国を蘇らせたが、今度また戦争があって国土が焦土と化しても同じ年数で元どおりどころか、高度成長の機運がつかめるなら、こんなにいいことはないと考える者がいるだろう。わが自治会にそのような考えを口にする70歳近いおばさんがいるが、自分の孫が戦死し、家がなくなることを露とも思わない。ま、おばあさんであるので放っておけばよいが、問題は若者だ。60年代のことを言えば昔は昔、今とは違うと笑われるのが落ちだが、今の若者は昔のように権力に抗議するといった姿勢をあまり見せなくなったとよく言われる。そういう若者は筆者の息子世代であるから、責任は筆者ら戦後生まれの第一世代にあることになって、反省すべきは筆者らということになって、息子世代への教育が間違ったと考えるべきだろう。だが、筆者らは親から教育を受けたから、責任は筆者らの親世代にある。そしてさらにその親がといった具合に、現在の状態は過去があってなるべくしてなったと考えるしかない。そうなれば誰にも責任がない。たぶん今の日本で最も多く占める考えはそうだろう。誰にも責任はないと思っているから、外国から責任問題を突きつけられると反抗する。「こっちは悪くない。悪いのはお前らだ」という具合で、反省という言葉はもはや日本からは消えたかに見える。誰も悪くないと考えることは悪いことではなく、慈愛に満ちた精神と言うことも出来る。「なってしまったものは仕方がない」。これで敗戦を反省せず、代わりにエネルギーを復興に回し、20年で高度成長の機運をつかんだ。原発事故についても同じだろう。誰も責任を問われず、また取らず、やがて事故があったことも忘れられる。50年経てば大昔で、忘れてもいいのだ。そう考える人が大多数を占めればそれが国の考えになる。だが、「仕方がない」という考えを続けると、そのうち権力のいいように流されて行く。先に書いたように、戦争が起これば真っ先に今の若者が戦場で死ぬ。そして政治家の息子は戦場にはまず行かない。さて本曲は60年代末に日本でも大ヒットしたが、本曲を含むミュージカル『ヘアー』の紹介は当時の日本ではさほどなかったように思う。当時洋楽を聴いていた人は本曲をラジオからいやと言うほど聞かされたはずだが、『ヘアー』の他の楽曲やその内容を詳しく知る人は少数派ではなかったか。それは日本でミュージカルがあまり馴染みではないことと、洋楽では他にたくさんのヒット曲が毎週生まれていたからでもある。今ミュージカルをテーマにした韓国ドラマを見ているが、それで思うのことは、韓国は日本以上にオリジナルのミュージカルが多いようであることだ。ま、それも筆者は全くの門外漢で、実際のところは知らない。『ヘアー』は同時代に日本で日本の俳優を使って上演されたようだが、さして話題にならなかったはずで、その理由は内容が日本向きではないことも大きかったように想像する。
 『ヘアー』は「髪」で、ヒッピーが長髪など、今までの若者とは違う自由な髪型をしていたことを意味する。そして彼らは愛と平和、自由を謳歌して新しい文化を創造し、ヴェトナム戦争に反対の声も上げた。日本はその戦争に参戦しなかったが、戦争反対の抗議活動は活発化した。したがって『ヘアー』が上演され、ロック・ミュージカルが目根づいてもよかったが、そうはならなかった。やはりヴェトナム戦争で死ぬ若者がいなかったからだろう。またヒッピーは日本でも生まれたものの、世間の評価は芳しくなかった。「瘋癲」という言葉が当時流行り、それが「フーテンの寅さん」に用いられた程度で、反戦のヒッピーという姿は日本には馴染まなかった。そこが本曲をアメリカと違って単なるポップスという位置づけにさせたと思うが、それは本曲を歌う黒人5人グループのフィフス・ディメンションの歌声とバックの演奏の味わいがあまりに心地よく、またカラフルで、反戦のイメージがどこにも感じられないからでもある。本曲はミュージカル『ヘアー』の最初と最後の曲をメドレーで歌ったもので、3分50秒のヴァージョンと、もう少し長いヴァージョンがある。CDには長いヴァージョンが含まれ、たぶんそれは彼らのLPに収録された。そのロング・ヴァージョンが当時たまにラジオでかかることがあって、筆者はそれが嬉しかった。シングル盤はせいぜい3分の収録で、3分50秒は長めだが、ビートルズの『ヘイ・ジュード』以降そのような長めが目立つようになった。ならば本曲もメドレーで7分台にすればよかったと思うが、ビートルズほどの巨大な名前を持っていないグループでは仕方なかったのだろう。また3分50秒にまとめたからわかりやすい曲となって世界的に大ヒットしたとも言える。「アクエリアス」と「レット・ザ・サンシャイン・イン」の2曲合わせて日本では「輝く星座」と名づけられたが、この題名は「アクエリアス(水瓶座)」を意味してのものだろう。『ヘアー』では後者は6分台の曲で、またその前半の語り調を省いてフィフス・ディメンションは歌っている。メドレーにするにはそれが妥当であったが、後者の曲の全貌がわからなくなった。後者は前者に劣らず素晴らしい曲で、その全体は一度聴くと忘れられない。今後も長く歌い継がれる名曲で、筆者はそのメロディを思い出すだけで涙ぐんでしまう。60年代後半が生んだ最大のロックのヒット曲と評したいほどで、この名曲が『ヘアー』の最後を飾ることにそのミュージカルの偉大さを思う。フィフス・ディメンションが歌う歌詞はただ曲名を繰り返すだけできわめて単純な曲のように思うが、前半の語り調は難解で、それを日本語に訳して歌うことは無理だろう。出来たとしても意味することが日本で受け入れられるとは思えない。この「LET THE SUNSHINE IN」は別名がついている。「THE FLESH FAILURES」で、これが何を意味するのは筆者にはわからない。「肉の失敗」と直訳出来るが、「FLESH」は「SPIRIT」と対になるとすれば、「肉の失敗」とは肉体は駄目だが精神は滅びないといったことを意味するのかもしれない。となると、「太陽の輝きを入れなさい」はエホバの証人の機関誌の題名「目覚めよ」と同じようなことを言っているのだろう。つまり、「ENLIGHTMENT」(啓蒙)ということで、意識の内部が暗いままであれば流されて行くと警句を発しているのではないか。60年代のヒッピーたちは国の行動に意義を唱え、行動を起こした。同じ年齢の若者がヴェトナムで人を殺し、また自分の命を落として行くことに疑問を感じたことは心に光を取り込んだ行為となぞらえ得る。それでも政治家は強大な権力を持つが、いろんなことに光を閉ざしたままでは真っ先に殺されて行くには自分たちだ。
 『ヘアー』が映画化されたのは80年代で、当時はなぜ今頃と思ったが、とにかくそれを筆者は毎月レコードを交換して聴き合った大阪の江見くんとその奥さん、それにまだ誰かいたと思うが、数人で映画館で見た。30年前のことであり、しかも一度しか見ていないが、よく覚えている場面がある。それは最後の「LET THE SUNSHINE IN」だ。今ではYOUTUBEでそれが見られるが、最初に見た感動は一度限りのものでしかも永遠だ。主人公の男性が徴兵のために田舎から出て来た男の身代わりになって髪を切り、あれよあれよと言う間に軍服に身を包み、飛行機に乗せられてヴェトナムに向かい、そして戦死して墓標になる。それが歌に合わせた数分の場面で一気に描かれ、戦争を遂行する否応なしの権力の恐さを伝えてくれる。ベルトコンベアーに乗せられたように大勢の若者が戦地へ送られ、無数の白い十字架となって墓地に葬られて行く様子は、ヒッピーの気楽な暮らしをブルドーザーで一気に押し潰すことでもあって、『ヘアー』は最後の最後で途轍もない恐怖を描くことで反戦を訴えている。それは当時のアメリカの若者の日常であったが、日本の若者は戦地に行くこともなく、傍観者でいることが許され、本曲や『ヘアー』をただの娯楽として享受すればよかった。そういう筆者のその部類で、今さらに当時のアメリカが『ヘアー』を生み出したことが羨ましく、また尊敬もする。話を戻すと、映画『ヘアー』では筆者らと同じ、もしくは若い人たちがたくさん見に来ていた。「LET THE SUNSHINE IN」の最後近い場面になった時、たくさんの笑い声が館内に響いた。大半は女性であった。主人公の青年は徴兵された田舎の青年の身代わりになったが、それはちょっとした間違いからで、そのまま戦地に送られて死んだが、その馬鹿さ加減に笑ったのだ。いかに友人とはいえ、2,3日前に知り合ったばかりだ。そんな人物のために代わりに戦場へ行くとは信じられないことであり、また物語としてはあまりに漫画的と思ったのだろう。『ヘアー』は若者の友情を描く。田舎出の若者はヒッピーを見て驚きながら、彼らと仲よくなって行く。それは若者ならでは純粋な気持ちゆえだ。そして仲よくなれば何年もの旧知の間柄のようになるのは早い。それは若者ならば理解出来る。ところが80年代前半の日本の若者はそうした友情を理解せず、また身代わりになって戦地で死んだ男を笑った。そういう連中はロックを聴く資格がない。館内の笑い声を聞きながら江見くんが呟いた。「何で笑うんやろ」。笑った連中は心を開いて陽射しを取り込むことを知らない。そして暗いままであることは容易に騙されることであって、また正義と悪の区別もつかず、戦争になった時は真っ先に人を殺すか殺される立場になる。『ヘアー』を生んだアメリカはまだいいだろう。それがさして知られることのなかった日本では50年前のことが簡単に忘れ去られ、反省もなければ学習することもないまま同じ過ちを何度も繰り返す。ところでザッパはこの曲や『ヘアー』をどう思っていたのだろう。同時期にヒッピー風刺の曲を書いたザッパではあったが、政府を信用せず、大統領を風刺することはヒッピー以上であったと言える。そして無知が内なる大敵とも思っていたし、本曲を歌うフィフス・ディメンションの黒人のハーモニーは自分のバンドでもほしいものであった。また、遅まきながらも80年代後半にはブロードウェイのミュージカルを想定したアルバムを作ったし、何よりザッパは長髪でしかも髭まで生やし、表向きはヒッピーと区別がつかなかった。
by uuuzen | 2014-08-31 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
●嵐山駅前の変化、その347(... >> << ●詩仙堂、その4

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