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●○は○か、その13
で身近なものはトイレットペイパーの芯だが、賞状を巻いて入れる程度の大きなものは文具屋で売っている。筒に入れて送ることはめったにないが、紙なら巻いて送る方が嵩張らずに済み、その時に使う芯紙は筆者はキモノの反物、特に襦袢地を巻いてあるものを使う。



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直径が5センチほどと太いからだ。ただし長さは40センチほどしかない。それ以上の長いものは広幅の生地用の紙芯を使うが、そういうものはだいたい無料でもらって来るので文具店で売っていることに驚いたことがある。だが何でも金で、また探せば何でもある。最近筆者は掛軸の箱を特注しようかと思っているが、それは市販のものでは長さはあっても太さが足りない。掛軸の箱に太巻き用というのがあって、水墨画とは違って絵具が剥落しやすい著色画ではよくそうした特別のものを使う。これは掛軸の最下段の巻芯となる木材では充分に太くないため、その芯をさらに太くて丸い木材で包み込み、それから掛軸本体をぐるぐる巻いて行く。その太い芯の断面図はちょうど旬が少し過ぎ始めたズイキそっくりだ。その巻芯は太ければ太いほど掛軸はゆったりと巻くことが出来て劣化を防止することが出来るが、そうなるとそれを収める箱も太くなるので、だいたい直径5センチ程度ではないだろうか。またそうした太巻き用では箱は二重にする場合が多く、外箱は塗りを施すことが普通だが、幅が70センチほどの掛軸を収めるとなればそうした箱の価格がいくらするかを何年か前に表具屋に訊いたことがあるが、数十万円という答えが返って来て驚いた。桁がひとつ違う。数万円ならどうにか我慢出来るが、数十万ならその箱に収める掛軸より高い。かといって自分で桐材を購入して作ることは無理だ。道具が必要で、またそれがあっても拙い技術では大量の木材を消費する。何でも専門家に任せた方が安くて気持ちがいいということだ。昨日載せた源光庵の円相窓の縁は漆職人に塗ってもらったのだろうが、部屋と庭とで筒抜け状態で、雨風がなくても、また夜間は蓋を締めるとしてもそれなりに劣化して行く。そんな心配はこれを書きながら思ったことだ。今思い出したが、源光庵に行ったのは2か月前の25日だ。天神さんの縁日で、午前中にそこに訪れ、松山市から毎月来ている馴染みの業者からレモンを1袋買っている最中に家内がやって来て筆者の姿を見かけた。当日家内は別の場所に用事があり、それを済まして北野天満宮にやって来た。どうでもいいことだが、買ったレモンは無農薬栽培だが育ち過ぎた大きなもので、3個で200円であった。筆者がそれを買うとたちまちおばさんたちが群がって来て20袋ほどがまたたく間に売れた。また筆者が売り主と勘違いしたおばさんいた。それほどに筆者はその業者とは馴染みだ。その売り主と初めて出会ったのは10年近く前になる。筆者より数歳下の夫婦で、以前このブログで愛媛の宇和島からやって来ると書いた記憶があるが、2か月前に確認したところ、松山市内で道後温泉から西へ自転車で15分ほどの山手にいるとのことだ。最近は新潟でも露店を出そうと思って夫婦で下見に行ったそうだ。カー・フェリーを使うと京阪神でも新潟でもさほど遠く感じないそうで、行動範囲が広い。さらについでに書くと、その夫婦から買ったレモンは毎朝紅茶に薄く輪切りにして使った。何年も使い切れないほどの紅茶があったのに、3か月ほど前に切らした。そんなことは初めてのことだ。それで1か月ほど紅茶を飲まず、禁断症状と言えばおおげさだが、無性に飲みたくなってネットで1000袋ほど買った。久しぶりに熱い紅茶にレモンを入れて飲むと、ネパールの初めて見る格安商品にもかかわらず、とんでもなくおいしかった。その後毎朝飲んでいる。
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 おいしく感じるには、その食べ物をしばらく切らすことだ。10日ほど前か、2年ぶりに飼い主に会った犬があまりに喜んで失神する映像がTVで紹介された。それも同じことだ。毎日一緒にいるとお互い鈍感になる。あたりまえのことはあまりありがたがられない。それで何でもあたりまえと思わず、感謝の心を持てばいいが、常に感謝しているとまたそのことに慣れて感謝が嘘になる。たまに感謝するからその心は本物と自分でも思える。そういうことを源光庵の円相窓を見て思ったと言えば嘘になるが、本当のことをまた思い出したので書くと、その窓から満月が見えるかどうかを思った。窓は北を向いている。毎月満月を撮影する筆者の経験からすれば、その窓には月は入らない。それに庭木が迫っていて、見える空はわずかだ。これは本堂内部に雨風があまり入らないようにとの考えにもよるだろう。話を紅茶に戻すと、カップに輪切りのレモンを浮かべると、円の中の円で、太い芯木内の掛軸の巻芯のようだ。今月の満月はお盆に水を張り、そこに映し出した様子を撮影するつもりでいた。思いの中では円の中の円だが、満月はごく小さくて紅茶カップの中のレモンとは比較にならない。話が脱線するが、紅茶に浮かべたレモンはすぐに取り出すのが礼儀ということを昔交際し始めた時に家内から聞いた。それでこの40年ほどずっとそうして来たが、いつの頃か筆者はそうしなくなった。家内に言わせると、レモンを入れっ放しにすると紅茶が苦くなるそうで、実際そのとおりだが、レモンの苦味もまたいいではないかと思う。10年ほど前か、喫茶店で西洋人がレモン・ティーを注文した。レモンをつまんで紅茶に浮かべ、飲み干すまでそうしていた。それで入れっ放しでもいいのだと納得した。先日感想を書いた映画『からみ合い』では、主役の岸恵子がホテルで紅茶を注文し、出て来たレモンを指でつまんでカップに漬け、二、三度揺らして皿の上に置いた。レモンの香りだけでよいという行為で、それが本当の飲み方だろう。筆者は入れっ放しにし、さらにはスプーンでレモンの果肉をほぐし、最後は崩壊しかけた薄い輪切りを口の中に放り込んでもぐもぐまでするが、そこまでしゃぶり尽くされるレモンは嫌がっているかもしれない。もっとも、そんな行為は喫茶店ではしない。また喫茶店では冷たいレモン・ティーは頼むが、熱いものは家で充分と思って注文しない。紅茶1杯に500円も払う気になれない。それで100袋は買えるではないか。ま、そんなけちなことを言ってしまうと喫茶店に入りにくくなる。映画の話が出たのでようやく本論というのでもないが、今日はこれも先日書いた映画『イル・ポスティーノ』で見つけた円に因む場面をいくつか紹介する。ビデオを一時停止して今朝写真を撮った。最初は主人公のマリオが一目惚れしたベアトリーチェが口にしたサッカー・ゲームの球を手にしながら満月を見る様子を背後から捉えたものだ。満月があまりに大きく、これは本物ではない。直径で言えば4分の1くらいに見えるだろう。それではロマンティックさに欠けるので、かなり誇張した。それもまた詩ではよく使う手であるし、またこの場面は2秒ほどで、誰も満月が照明器具とは思わない。それにしてもマリオはベアトリーチェが口にした白い球を満月のようだと思ったことは、月並みな表現だが、彼女への愛の思いの表明だ。そしてマリオはすぐにボールペンを手にして詩を書くためのノートに円形を描く。これは彼女と満月を結びつけたことを自覚した行為で、禅僧の円相とは違うが、表向きの○は同じだ。マリオにとって○を描いたことはベアトリーチェと結ばれる思いが実現するとの確信だ。あるいはそう願いを込めた。映画の後半、ネルーダが荷物をチリに送ってほしいと手紙を書いて来た後、マリオはネルーダからもらったノートを開いて詩を書こうとする。その時わずかに見えるのが3枚目の写真の場面で、表紙をめくったところに円が描いてある。それは2枚目の写真の円とは違うようだが、映画の中では同じものとしているのだろう。円を描くマリオは人生を肯定的に捉えている。そして思いどおりにベアトリーチェと結婚するが、これからが本当の生活という時に逝ってしまう。だが人間はどのように死が訪れようともそれを受け入れねばならない。そのことと「悟り」は関係がなく、マリオは満月のように満ちた思いのまま死んだ。ところで、望遠鏡で満月を覗くこととレモンの輪切りを浮かべた紅茶を眺めることは、筒抜け状態のように通じているだろうか。そんなことを思う筆者は底抜けに明るいのではなく、間が抜けているということなのかもしれない。
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by uuuzen | 2014-08-21 23:59 | ●新・嵐山だより(シリーズ編)
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