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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●祇園祭の大船鉾に乗る、その2
部屋を思い出すと言えばあまりに下品だが、それほどに狭い大船鉾で、そこに40人も乗って巡行し、しかも巡行中は震度5の揺れと聞いて驚いた。巡行中に震度5の地震があると、鉾内部は震度10の揺れで、これは誰も軽軽したことのないほどのトンデモ空間だ。



●祇園祭の大船鉾に乗る、その2_d0053294_23585217.jpgそのことを家内に言うと、震度は足していいものではないと突っ込まれたが、実際のところはどうなのだろう。震度10となれば楽器を奏でることはもはや不可能で、みんな鉾から降り落とされるのではないか。それほどに鉾内部は密閉的ではなく、むしろ注意不足から地面に落下して頭を割るほどに危ない。よくもまあそんな空間で40人が震度5で揺られながら巡行するものと思う。それも真夏の一番暑い頃で、もちろんクーラーはないから、鉾内部の床は汗で濡れてしまうのではないか。だが、40人が狭い場所に密集し、同じ目的のために一致した行動をするので、結束は固くなる。それが毎年の祇園祭に臨む原動力になるのは間違いない。つまり祭りの効果で、地元住民がひとつの目的で団結すると、祭り以外のことでも案外うまく事が運ぶだろう。祭りがあって懇親を深め、さらにそれが祭りにいい効果を与える。祇園祭が長く続いて来たのはそういう理由ではないだろうか。そのことを大船鉾の内部に入ってようやく思いついた。また、まさに船で、長刀鉾のような長方形の鉾とは違うこだわりがよい。真っ先に思い出したのは去年の夏に閉館になった『大阪市立海洋博物館 なにわの海の時空館』のメイン展示品の「浪華丸」で、狭さ加減はよく似ていた。もちろん浪華丸は本物の船で大船鉾のような一種の玩具らしさは全くないが、江戸時代の木製の船とはこんなものかという感じを大船鉾はよく再現していると思う。また、大船鉾を玩具と言うのはばち当たりなことで、他の鉾と同じほどの人数を載せても平気なようにしっかりした構造で、しかも船型というこだわりが味噌で、今後は長刀鉾と同等の貫禄を持つのではないか。長刀鉾は巡行の先頭と決まっているが、今年の後祭で大船鉾が取りを務めたことが来年以降もそうなるとすれば、大船鉾の人気は不動のものとなるのではないか。そうなれば拝観したい人が今年以上に多くなり、抽選という事態も生じるかもしれない。それはともかく、「その1」で説明した拝観券の画像を今日は最初に載せるが、鉾に乗っているのは20名で、向こう側にも同じ数だけいると考えてよいから、40名は昔どおりであることがわかる。気になるのは屋根で、拝観券では後方の箱型の部屋よりかなり高い。「その4」の最後から2番目の写真からは、そのような立派な、つまり寺か城のような屋根はついていない。先日書いたように、欄干は白木のままで、将来は漆が塗られる予定があると思うが、改装に見合う費用が集まった段階で屋根も昔どおりにするのではないだろうか。となれば見切り発車であったことになるが、まずは本体をそれらしく整え、巡行に加わることが肝心で、追加の作業は後で考えるということだろうし、またそれでいいと思う。そして充分な費用を貯めるには大船鉾の人気が増し、その関連グッズをたくさん売るか、寄付に頼るしかないが、拝観券を値上げすることも対象になるかもしれない。だが、他の鉾のように内部の装飾が立派では全くなく、まだ何もない状態であることは今日の写真からもわかると思う。装飾を施すと切りがないが、内部も見栄えよくするにはさまざまな細工が必要で、それは京都の伝統工芸家の手を動員すれば簡単なことだ。
●祇園祭の大船鉾に乗る、その2_d0053294_23593550.jpg そう言えば京都御所の迎賓館の拝観の申し込みを先月ネットからした。結果は外れであったが、迎賓館が完成するかどうかという頃、三条寺町上がるにあった平安画廊の中島さんから、中島さんの知る職人などが同館の装飾に携わった話を聞いた。京都に建つものは京都の人たちの手で造るという意識があるのかどうか、迎賓館が京都人が中心になって内部装飾を完成させたのは自慢してよい。話の脱線ついでに書くと、今日のTV番組に日本を訪れる外国人が意外な場所を好んでいることを紹介するものがあった。タイ人が和牛を堪能するために東京の六歌仙という店を大挙して押し寄せているということや、栃木だったか、関東大震災後に移住した盆栽職人が集まる町を訪れるヨーロッパ人、また武道を学ぶためにその専門家の道場に参集する世界中の警察官やそれに類する肉体を使う人たちの姿が興味深かった。思っている以上に日本のディープなことに外国人が関心があり、宣伝の仕方によれば祇園祭の鉾の拝観を望む人が急増するのではないか。これも脱線だが、リニア新幹線は京都に停まる予定がなく、また北陸新幹線が金沢と東京を短時間で結び、京都に来る観光客の幾分かは金沢に取られるのではないかの危機感が京都にあると一昨日のネット・ニュースにあった。京都は世界一の観光都市になったが、そのことにあぐらをかけば、すぐに飽きられるだろう。そう思わせられるのが前述の関東の珍しい場所だ。外国人観光客は少々交通不便でも、本当によい思い出になることを期待している。絵はがきと同じ景色を見ることよりも、ためになる体験だ。盆栽技術は京都はどうなのか知らないが、伝統工芸の町であるから、簡単なそうした技術の体験はまだまだ掘り起こす可能性がある。筆者はお手軽な摺り友禅を友禅と称してハンカチの類を染めさせている工房を否定的に見ているが、最初はそういうものでとっかかりを得て、次に本物を知りたいという欲求を抱かせるのはいいと思う。何もわからない外国人と侮るのが一番具合が悪い。同じ人間であるから、何が本物であるかは日本人と同じようにわかる。ところが、また愚痴になるが、本当の友禅を知る日本人がごく少数派になっている。これでは外国人観光客にわかってもらえない。何が言いたいかと言えば、京都はまだまだ宣伝不足なところがあって、無限に近いほど誇るべき技術を保持していることをもっと京都人が知ることだ。先の護身術を伝授する武道館では、外国人がみな白地の巻き物を持参して、師匠に一行書を揮毫してもらっていた。かなり書き慣れているので、迫力ある文字になっていたが、達筆とはやや言い難い。だが、みんなが凝視している中、すらすらと力強く筆を走らせる様子は確かに気力が溢れていて、そうした様子を外国人がひしひしと感じ取っていることはよくわかった。そのような一行書を欲する日本の若者が今はいるだろうか。外国人が意味もさしてわからないのに、そうした書を求めるのは、そこに日本ならではの気迫がこもっていることを知るからだ。書道は芸術とはみなされない場合が多いが、その様子を見ながら、今後書道は外国人から歓迎されるものになる気がした。もうひとつ脱線ついでに書く。月曜日の午後に家内と四条河原町を歩いていると、前に30代半ばの西洋人の男女が並んで歩いていた。俳優のように美男美女だ。男はTシャツを着て、両腕は刺青でいっぱいであったが、その模様は鯉や滝で、全く日本のものであった。おそらく日本で入れたのだろう。いかにも誇らしげで、日本のよさを理解している自負が感じされた。隣りの女性は肌が真っ白で刺青はなかったが、右手の紙袋は一澤帆布店のものだ。日本のよさをよく知って、京都で暮らしているのかもしれない。
●祇園祭の大船鉾に乗る、その2_d0053294_23592973.jpg さて、大船鉾に乗ってまず向かうのは東側だ。というのは、西側は階段が設置されていて、下りる人と上って来る人が絶えず入れ替わるからだ。今日の2枚目の写真は上下2枚を中央でつないでいるが、鉾に上がってすぐ、混雑の中、どうにか後方を向いて中央を捉えたものだ。隙間があちこちあるので落ち着かないが、40人も乗ればびっしりと寿司詰め状態で、震度5の揺れで曳かれることも苦にならないのではないか。山鉾は多くの人に曳いてもらわねばならないが、巡行する道筋はどこも平坦であるのが幸いしている。京都市内は千本北大路から鷹峰に至るまでのような急な坂は珍しく、自転車を漕ぐのがしんどいのは西大路通りの太子道辺りの坂しか思い浮かばず、また中京と下京の北部は山鉾がそのままで転がって行くような坂はない。それを見越しての祇園祭であったかと思う。だが、急な坂がないことは巡行の間はずっと意識をさほど張り詰めないでよく、その一種ののんびりさはいかにも京都らしい。だが、それをいいことと捉えるか否定的に見るかは意見が分かれる。祭りに勇壮さがほしいと考える人はあるし、たとえば祇園祭の巡行路に、山鉾にストッパーを取りつけねば勝手に転がり落ちて行くという坂があれば、巡行は緊張感が一気に加わり、より人気が出るのではないだろうか。それはないものねだりで、京都は目立った坂がなく、危険という思いからは遠い人々の意識を育んで来たように思う。祇園祭の由来は鴨川が氾濫し、疫病が流行ったことにあるが、川は護岸が強固になり、また下水道が整備して疫病の恐れは消えた。それとともに祇園祭の意義もなくなったと言えそうで、今はすっかり観光化している。3枚目は右舷後方、4枚目は右舷前方で、鉾の中も地上も人で埋まっているのがわかる。鉾内部後方に人が少ないのは、2枚目の写真から明らかなように、一本の綱が横に張られて後方の御神体を飾る部屋に立ち入れないようにしているからだ。その部屋に上がる板の両側に黒い筒が左右に見えるが、そこには榊でも飾るのかもしれない。各部材は中央に墨で方向や番号が書かれている。これは分解と組み立てを毎年行なうために必要で、漢字であるところが感じがよい。アラビア数字やアルファベットでは工事現場の仮設を思わせるが、それは外国人でも同じであろう。筆者が拝観を待つ間、拝観者の列に西洋人は皆無であったが、来年からはわからない。京都が世界一の観光都市を本気で目指し、宣伝に大いに務め続けるとすれば、鉾の内部も拝観出来ることを宣伝するに違いない。鉾は外から見るのとは違って、内部を体感すると、人の実際の大きさというべきものが改めてわかる。これは比喩としてふさわしくないかもしれないが、10年ほど前、何気なしに息子の手に触れたことがある。その時の震度5ほどの感触は忘れない。息子が幼い頃は頬ずりしたものだが、高校生にもなると触れることはない。それで久しぶりに、しかも予期せずに息子の肌に触れた時、息子の現状のすべてがわかる気がした。まるで蛸部屋で働かされているような痩せ具合で、しかもひどいアトピーだ。愛おしいというのではないが、人間のはかなさのようなものを感じた。大船鉾に乗った瞬間もそれに似た感情が湧いた。
●祇園祭の大船鉾に乗る、その2_d0053294_001193.jpg
by uuuzen | 2014-07-30 23:59 | ●新・嵐山だより
●嵐山駅前の変化、その340(... >> << ●祇園祭の大船鉾に乗る、その3

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