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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●祇園祭の大船鉾を見に行く、その2
薬を一昨日も今日も使った。飲み薬は嫌いだが、塗り薬はそうでもない。もっとも、メンソレータムやアロエのクリーム程度で、薬とは呼べないようなものだ。塗り薬もいろいろで、飲み薬以上に強い薬剤が含まれているものもあるかもしれない。となると、飲み薬はいやで塗り薬はよいと思っているのは愚の骨頂か。



●祇園祭の大船鉾を見に行く、その2_d0053294_22395686.jpg
息子がひどいアトピーで、飲み薬も塗り薬も同じ病院に10年も通ってもらい続けているが、どちらの薬にもステロイドが入っている。塗り薬が飲み薬のように恐くないというのは妄想だ。禁煙するのに特性の膏薬があると聞いたことがある。それは服用するのではなく、肌に貼りつけることでタバコを吸いたくないと思わせる薬剤が体内に浸透する。貼り薬も飲む薬も同じ効果が期待出来る。脱線ついでに書く。今TVで韓国ドラマの『ホジュン』をまたやっていて、家内につられて見るともなく見ている。最近はホジュンが科挙に挑む話だ。李王朝では医学は科挙の中でも雑科に含まれていて、本科の詩文より下位だ。これは現在の感覚からは納得出来ない人が大半だろう。医者は人命を助けるからどのような学問よりも上に置くべきで、腹の足しにならない文学ごときの下に甘んじ、しかも雑科とは何事か。おそらく医者もそう思っている。では、医者が人命を助けるのであれば、人はなぜ死ぬのか。どれだけの名医であっても天皇陛下の寿命を300年に保ち得ない。そう考えると医者は詐欺師と変わらない。人命を助けるなどと自惚れてはならない。助けるのは誰しも自分自身が持っている力であって、医者はその威力を引き出すことに少々手伝いをするだけだ。本人に病気を治そうという意識が強くなければ、助かるものも助からない。そういうことを李王朝ではわかっていたのだろう。それで医者を戒めるために、科挙でも雑の部類に含めた。一方の詩文はどうか。今では日本では漢文を読み書き出来る人は少数派だ。それに代わって知識人が英語やドイツ語で詩作が出来るかと言えば、まずそんな才能はいない。上田秋成は大坂で医者をしていた時、誤って小さな女の子を死なせた。それを悔いて医者を廃業したが、今では秋成の名前は文学者として歴史に残る。女の子を死なせなければ相変わらず医者を続けたかもしれず、そうなれば秋成の名声は今ほど残らなかったとも考えられる。文学は腹の足しにはならないが、心の飢餓感を満たす。人間は腹だけの存在か。それでは虫と変わらない。腹を満たすのは絶対に必要でも、精神的に高められることも生きる意味からすれば欠かせない。そしてそのような考えが広く浸透している国が、野蛮とは反対の文明国と言われるが、『ホジュン』では文学者は描かれず、宮廷お抱えの御医に昇りつめるホジュンという人物の生涯を描きながら、毎回と言ってよいほど、医者が高慢になって金儲けに走ることを戒める。今は韓国も日本も医者は儲かるうえにどのような職業よりも尊敬されると認知されている。前に書いたことがあるが、ある若い医者とこんな話をした。「ぼくの知っているある婦人の娘さんは医者ですが、毎日暗い表情の患者に対面していると、医者という商売もあまりいいものではなく、きれいな作品を作っているぼくのような仕事の方がどれほどいいことかと言ってくれました」「それは本音ではないはずですよ。医者は世間的には画家といった職業よりはるかに尊敬されていますよ。それを知りながら、おべんちゃらを言ったのですよ」。もちろん最初の言葉が筆者で、後者が若い医者だ。この応答で筆者は口をつぐんだ。本来ならば、前者を医者が謙遜から発し、後者が医者を讃えるために口にする言葉だ。それが逆転している。その医者は文学書や美術、音楽には興味がないか、あるいは蔑視している。筆者はそのような医者に診てもらうならば、手遅れで死んだ方がましだと思っている。
●祇園祭の大船鉾を見に行く、その2_d0053294_22405174.jpg 一昨日触れた「膏薬の辻子」は、そのL字型の狭い道沿いに膏薬を売る店があったための名前かと誰しも思うが、そうではないらしい。「空也上人」の空也が訛ったもののようで、これは「理屈と膏薬は何にでもつく」というような諺があったことを思い出させ、実際のところはどうかと思う。それはさておき、一昨日の「その1」の写真の説明をしておく。2枚目のパノラマは「膏薬の辻子」を抜け出て撮った。写真左手に奥に伸びる細い道が「膏薬の辻子」だ。筆者が立っているのは綾小路通りで、これは四条通りより1本南の東西を走る。右手奥に見えるのは伯牙山で、確かこれを管理しているのが写真中央に見える木造の大きな屋敷だ。これは杉本家というが、筆者がこの建物を知ったのはつい最近のことだ。杉本家を詳しく紹介したNHKのTV番組が8年ほど前に放送され、それが最近再放送されたのを見たが、「膏薬の辻子」沿いにあるとは知らなかった。15日は大船鉾を見るために四条通りの南側を歩き、そして去年から気になっていた「膏薬の辻子」をたまたま発見し、そこに踏み込んでそれを抜け出たところが杉本家であった。とはいえ、四条通りに面して立てられた看板に「膏薬の辻子」と杉本家はセットで表示されていた。それを見た途端に筆者は気になっていた道と家を同時に見ることが出来ることに心を躍らせた。気になっていることが予期せぬ時に出会いがあるのは楽しい。筆者はよくそんなことがある。これは常に気になることが湧いているからでもある。それはともかく、一昨日の2枚目のパノラマ写真は「膏薬の辻子」と杉本家をセットに収めることを意図し、ついでに右端に提灯をたくさんぶら下げる伯牙山を収めた。杉本家は祇園祭の間は内部を拝見出来るようで、またいわゆる「お宝」も展示されているのだろうが、中に入るのにひとり1500円だ。展覧会並みだが、少々高い気がして入らなかった。TV番組によると、杉本家は現在6代目であったと思う。男子が生まれず、若い女性が当主になっていた。周囲がどんどんビルに建て変わる中、昔ながらの家訓を守り、贅沢を戒め、建物や庭も昔のままだ。番組を途中から見たこともあって、何を商いしていたのかは知らないが、一昨日書いたように、この地域は呉服関係の会社が多く、案外杉本家もそれに関係する店を経営していたのではないだろうか。そして力のある店は高度成長期にビルを建てたが、杉本家は欲を張らずに地道をモットーとし、時流に動かされないという矜持があって、とにかく家を代々継いで行くことだけは守り通そうとした。だが、広い敷地の庭つきの屋敷となると、固定資産税だけでも大変な額だ。それに相続税もどうしているのかと思う。番組の最後では、屋敷を同じ形に今後も守るために社団法人のような形にしたことが伝えられた。家全体を文化財として保存して行くにはそれが最適であったのだろう。結局のところ、屋敷を家業の稼ぎだけでは持ちこたえられなくなったのだ。ということは、家業は呉服関係であったのではないか。筆者は税金関係のことに疎く、また残すべき家も財産もない身分としては杉本家の苦しみがほとんど理解出来ない。とはいえ、せっかく古いまま残された京都らしい屋敷がさっさとビルに建て変わってしまう経済戦争はどうかと思うし、行政も京都が京都であることを示す貴重な文化財を自ら壊して平気というのは、今後外国人観光客にさらにやって来てもらうには逆効果で、どうにかして杉本家を保存し続けてもらいたい。家の内部は先の番組でたっぷりと紹介されはしたが、実際に見るのとは大違いだろう。筆者が杉本家の前を通りながら思ったのは、若冲や蕪村など、京都で活躍した絵師の作品をわずかでもいいので展示して、より多くの人に来てもらうことだ。あまり大勢の人が押し寄せるのは考えものだが、まだまだ知名度は低いし、また四条烏丸からすぐという便利な立地から、部屋の一部を行政がちょっとした美術館のような形で使えばいいと思う。
●祇園祭の大船鉾を見に行く、その2_d0053294_22405151.jpg 一昨日の3枚目の写真は赤い提灯に「船鉾」と書いてあって、大船鉾ではない。伯牙山で毎年配布される「祇園祭山鉾参観案内書」をもらった。今年は緑色だ。それによると、伯牙山の東50メートルほどで新町通りと交わり、それを左折すなわち北上すると大船鉾があるが、右折してまず船鉾を見ておくことにした。2基の大きさの違いを実感するためだ。船鉾は日が暮れてから見たことがあるが、巨大な印象があったのに、その日はさほどでもないどころか、かなり小さく感じた。周囲のビルがよく見える時間帯であったからだろう。夜になると建物群は夜空に紛れ、灯された提灯によって鉾のみが鮮やかに浮かび上がる。それで実際より大きく感じる。3枚目の船鉾で、舳が手前に見えている。2枚目は鉾の南から、3枚目は北側から撮った。山鉾はみな四条通りに出るから、四条通りより南にあるものは北向きに組み立てられる。さて、4枚目の遠くに見えるのは新町四条より北の放下鉾だ。あるはずの大船鉾がない。「祇園祭山鉾参観案内書」を手にしながら新町綾小路付近をうろうろした。そう言えば今年は「前祭」と「後祭」に分けられたと聞いた。だが、山鉾は一斉に建てられるのではないか。大船鉾があるべき位置には露店が軒を連ねるだけで、「大船鉾」の文字すらない。そこで玄関の扉が開け放たれたままになっているとある家を覗くと、5メートルほど先に50代らしき男性が椅子に座っていた。その人に声をかけた。「あの、大船鉾はどこにあるのですか。それを目当てにやって来たんですが」「今年は試みとして山鉾巡行は二回に分けられました。大船鉾は後の祭りに組み立てられます」「ということは、前の祭りの巡行が終わればその山鉾を解体し、後の祭りの山鉾の組み立てが始まるということですが」「そうです。組み立て場所はちょうどその先の「宝石つかみどり」の屋台の前辺りです。今日は前の祭りの宵々山ですが、後の祭りの山鉾の組み立ては18日から始まります。この案内書の黒字の山鉾が後の祭りです」「大半が前の祭りで、後の祭りでは四条より南は大船鉾だけですね。前後の祭りでちょうど半分ずつにすればいいのに」。筆者のこの最後の意見に対し、どのような決まりで前後の祭りの山鉾が振り分けられたかの説明はなかった。そして今年は前後に分けたが来年はどうなるかわからないようであった。ともかく、せっかく大船鉾を見に来たというのに、影も形もない。「宝石つかみどり」の屋台は一昨日の最後の写真で言えば筆者の立ち位置から後方20メートルほどだ。今年は「きゅうりの1本漬け」の店がやたら目立った。1本200円のきゅうりを浴衣姿の子どもたちがおいしいと言いながら頬張っていた。「宝石つかみどり」の店では袖なしの淡いピンク色のワンピースを来た3歳くらいの女の子が中央に立っているのを見かけた。とてもかわいらしく、彼女ならおもちゃであっても宝石は似合うと思った。
●祇園祭の大船鉾を見に行く、その2_d0053294_22413272.jpg
 今日の最初の写真は15日の最後に撮った。新町通りから四条に出て東を向いたところだ。ちょうど6時になったようで、歩行者天国が始まった。その瞬間を捉えた。右手に見えるのは月鉾だ。この後四条烏丸に出て山鉾配置図を印刷した団扇を60代の男性からもらった。その表側は「憲法9条を守ろう」と大きく印刷されている。それはいいとして、15日はその後すっかり祇園祭のことは忘れ、大丸百貨店に立ち寄り、そして文化博物館に行った。大船鉾を見るには出直す必要がある。18,19日にまた四条に出たが、大船鉾の写真を撮ったのは19日で、今日はそれを載せない。撮影した順に写真を載せるからで、今日の2枚目は18日の朝9時頃にバスの中から撮った月鉾だ。今日の1枚目の月鉾が巡行し、元の場所に戻って来て解体されている。同じ日に大船鉾の組み立てが始まったと思うが、その日は見に行かなかった。18日に撮ったのは2枚目のみで、今日の3枚目は19日の撮影だ。その日は岡崎の府立図書館に調べものに行った。18日の朝も行ったが、1時間ほどしかなく、調べ切れなかった。それで気がかりを残すのはいやで、また大船鉾の写真を撮るために翌日出かけ直した。その調べものの結果を言えば、あるはずのものが図書館の不手際でなかった。土曜日は午後5時が閉館なのに、それを過ぎても筆者のために司書数人が調べてくれた。そしてよその図書館に問い合わせて複写してもらえるかどうか調べてから電話するとの約束を得た。筆者がその日に訪れたのは、その日の夜までに知る必要があったためだが、そのことを口に出しても仕方ない。それはともかく、図書館に行く前に大船鉾の写真を撮ることにし、また15日と同じ道をたどることにした。つまり「膏薬の辻子」を抜けて綾小路通りに出て、杉本家の前を歩き、少し先の四辻を左に折れる。15日は気になりながら「膏薬の辻子」の写真を撮らなかった。それを19日は数枚撮った。今日の3枚目はその最初で、一昨日言及した木製の立て看板やその頭上のスチール製の看板が見える。木製の看板は文字は読み取れないと思うが、ネットで情報は得られる。3枚目を撮った位置から南を向いて「膏薬の辻子」の奥を見つめたのが4枚目だ。左手が駐車場になっている。これが興醒めで、木造の家を建てることは出来ないものか。せっかくの情緒ある「膏薬の辻子」の恥部を晒してはかわいそうなので、角度を変えてその駐車場を写さないことにした。それが5枚目だ。文句を言いたいのは電柱だ。祇園と同じように地下に埋めることは出来ないものか。向こうから若い女性のふたり連れがやって来るのが見える。彼女らと擦れ違った時、「わたし、バスに乗ったん初めてやわ」という声が聞こえ、またちらりと筆者を見つめて目が合った。観光客のようだが、関東ではなく、大阪辺りではないか。ヤンキーというほどでもないが、いかにも遊び好きという感じがした。その時、向こうは筆者をどう見たかと想像し、「ただのおっさん」以外にないことを確信した。膏薬と理屈も何にでもつくが、第一印象は理屈ではなく、案外正しい直観だ。
●祇園祭の大船鉾を見に行く、その2_d0053294_22412256.jpg

by uuuzen | 2014-07-20 23:59 | ●新・嵐山だより
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