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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●鷹峰を歩く
峰は先日は鷹ヶ峰と書いたが、今日は鷹峰と書く。これを「たかみね」と読む人はいないと思うが、どうだろう。京都に観光で訪れる人でも鷹峰まで足を延ばす人が比較的珍しいのではないか。筆者が光悦に関心を抱いて鷹峰の光悦寺に訪れたのは20代半ばの頃で、交際していた家内と一緒であった。



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当時修学院離宮や桂離宮なども訪れ、京都でも多少は渋い場所を訪れていた。思うことがあって、鷹峰に先月25日に行って来た。ほとんど40年ぶりだ。家内にどこへ行くのか言わずに一緒に出かけるのがあたりまえになっていて、その日もまさか鷹峰のあの長い坂を歩かされるとは家内は思ってもみず、当日はバスを何度も乗り代えたが1万歩以上は歩いたはずで、疲れからか夏風邪を引き、それが完治するのに4日ほどかかった。当日訪れた場所については今日を皮切りに断続的に書いて行くつもりでいる。だが、鷹峰で撮った写真はすでに1枚だけ載せた。今月5日の投稿の最後の写真だ。このブログで半ばシリーズ化している投稿に使える写真となるものをあちこちで見かけるから、鷹峰に行った時でも本来の目的以外にそうした写真を何枚か撮った。それらはその半ばシリーズ化している投稿用であって、たとえば今日使うのはよくない。筆者は「ついで主義」で、このブログの投稿も毎回独立してはいるが、カテゴリーを飛び越えて内容が関連している場合が多い。それはたとえば鷹峰に出かけて思わぬものに遭遇し、その写真を鷹峰に訪れた本来の目的とは違う題名の下で投稿すべきことからも言える。人間は多面的ということだ。その多面性をそのままたとえば一回の投稿に反映させることは出来ない。出来たとしても支離滅裂になる。そこで内容を分け、異なる題名をつけて書くことになる。そうして何回かに分けて書いた文章によって、たとえばどこかへ出かけたことの多面性を表現し尽くすことが出来るかと言えばそうではない。筆者は撮った写真をヤフーのマイ・ボックスに保存し、投稿のたびにそこからダウンロードしてこのブログに載せているが、ある場所へ出かけたことを何度かに分けて投稿しても、使い切れない写真が出る。それは没にしてもかまわないし、実際今後も使う可能性はとても少ないが、なぜか消してしまう気になれない場合がある。そしてそういう写真がある程度溜まると、まるでゴミ箱にゴミが溜まったような気分になるが、それでも消さないでおくと、突然ある日にその中から新たな題名で使えそうなことに気づくことがある。だからどうしたと言われそうだが、筆者にはそういうことが興味深い。他人のブログを見ることはほとんどないが、筆者と同じようにほとんど没にするにふさわしい写真をそうせずに溜め込み、ある日それらの中から使えるものを見出す人がいて、またそういうことを文字にしている人がいるかどうかを思うことがある。おおげさに言えば、創作のヒントのようなことだ。ブログの内容が深く濃くなるには、なるべく各地に行き、多くを見聞する方がよい。ただし、単なる旅行記では面白くない。もちろんとても参考になる旅行記は多いはずだが、自分がいつか同じ場所に行ってみたいという参考になるものは、誰もがあたりまえに見て通り過ぎてしまうようなことを書いたり、また撮影したものではない。本当の個性とはそういうものには滲み出ない。で、鷹峰に急に行くことになった理由を書くと、光悦寺を再訪するためではなかった。先日別のカテゴリーで自治会の掲示板について書いたが、その時に頭にあったのは今日の投稿ないしこれから書いて行くつもりでいる鷹峰で見たもので、しかもそれは本カテゴリーで半ばシリーズ化させている投稿に因むもので、ぜひとも見ておきたいと思ったことによる。つまり、すでに筆者が注目していることに適うものを新たに知り、その写真を自分で撮影したいために鷹峰を訪れ、しかも予想外にもほかのシリーズに因むものにも遭遇したということだ。
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 つまり、筆者の行動はすでに行なって来たことと関連があって、収穫の半分は目的の実現で、もう半分は儲けものということだ。そして後者に面白いことが多い。それは予想していない幸運と言うべきものだが、このブログで言えばすでに半ばシリーズ化させていることにふさわしいものを見つけたというだけには留まらない。まだ一度も投稿したことのないような、それでいて意外なものに遭遇して写真を撮ったということが最も面白い。とはいえ、そういうものにはめったに出会わない。それは行動範囲が狭いからではなく、筆者の感度の問題だ。ぼんやりと道を歩いていては何も眼に留まらない。大多数の人がそうだ。話は変わる。睡眠中に見る夢は、覚醒している時に考えたことがでたらめに合成され、しかも著しく映像が変化したものと思うが、現実から夢への変容ということを、覚醒時に転用すればどうなるか。たとえば筆者は関心を抱いたものを半ばシリーズ化して投稿しているが、それが夢であるとすれば、元になった現実とは何か。つまり、筆者は自分の投稿を分析することで、自分の深層心理を暴きたいと思っている。そして、こうして書いていることが夢であるとすれば、大事な現実とはどういうもので、それが価値あるのかどうかだ。そこで実際は恐くて深層心理をとことん分析する勇気はないのだが、それはきっと確たる現実感というものがないように思えているからではないか。こうして毎日書いていることを夢とし、こうして書かせる内的動機が現実としても、その現実も夢に思えて来る。それは鷹峰を40年ぶりで訪れた時に感じたことからも言える。家内も筆者も40年という歳月がほんの短期間であった気がした。まるでこの40年が夢のように過ぎ去ったと言ってもよい。ま、そういう感覚は誰しも覚えるもので、珍しくも何ともない。それに筆者も家内も40年前の鷹峰のことはほとんど覚えていない。ただし、千本北大路から北へ上り坂をひたすら歩いて行くことだけは知っている。40年も経てば道の両側の家並みはほとんど一新されたはずで、40年前の家並みを覚えていたのであればなおさら同じ道とは思えないはずだが、意外にも坂の感覚をよく覚えていて、確かに同じ場所を歩いているという実感があった。それは坂の彼方に見える小高い緑の山が同じであるかもしれないし、道幅が変わっていないからでもあろう。途中で後方から来た市バスが追い越して行ったので、家内はバスを使えばよかったのにと文句を言った。1日乗車券では千本北大路までで、それより北は使えないと思っていたが、そうではないことがその後わかった。ただし、帰りも千本北大路まで歩き、そこから乗った市バスの中で知った。それに鷹峰行きは本数が少なく、歩いた方が早い場合もある。そう言っておれるのはまだ足が丈夫な若い間で、あの急な坂の上り下りは70代後半になれば無理ではないか。筆者は健脚と思っているうえ、千本北大路から鷹峰には徒歩で往復したかった。
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 鷹峰の名称を初めて聞いたのはま小学生の頃だ。母の実家が千本北大路の交差点のすぐ近くにあって、毎年夏休みには筆者はその家に行った。近くに仏教大学があり、周囲に鬱蒼とした竹藪があったことを覚えている。その奥の坂をさらに進むと鷹峰に至るが、当時はそこまでは連れて行ってもらったことはない。緑が生い茂る中を抜けて細い山道を上って行くことは想像するだけで一種恐ろしさを覚えたが、50年前の鷹峰はどういうところであったろう。市バスは走らず、古い木造住宅が並び、江戸時代とさして変わらなかったのではないか。そして市内を眼下に見下ろす眺望のよさは今とさして変わらず、鷹の飛翔もよく見られたかもしれない。さて、先月25日は好天で、北野天満宮の縁日を覗いた後に鷹峰を訪れた。坂を上って行く途中、50歳くらいの西洋人の男女が普段着で自転車に乗ってこちらに向かって来た。急な坂なのでブレーキをかけっ放しだ。2台のキイキイと鳴る音色が違って、楽器を合奏しているようで面白かったが、本人たちは真剣な顔をしていた。運転を誤ると転倒して怪我をする。それにしても彼らは坂を上る時はまさかずっと自転車を漕ぎはしないだろう。その体力は若者でもないように思う。いつものように家内は50メートルほど遅れて歩いて来る。筆者は途中で面白いものを見かけると立ち止まり、家内がかなり追い着くまで待つ。そしてまたさっさと歩くが、右手に和菓子屋があって、そこに若者が3,4人群がって菓子を買っていた。「御土居餅」というのが名物らしく、その見本を置いてあった。若者が去った後、60代半ばと思しき白衣を来た男の店主に訊いた。その餅はその主人が3,40年前に店を開いた時に編み出したもので、真向いに「御土居」があるので、それに因んだそうだ。だが「御土居」とはただの堤防のような土盛りで、その上に昔は竹が植えられ、周囲は草や樹木でいっぱいで、それを和菓子にデザインするのは難しい。それで「御土居餅」はどういう餅かと言えば、黒豆が入った細長い堤型の餅で、「御土居」の形と言われなければ誰も気づかない。1個150円で、買おうかと思ったが、天神さんの縁日で買ったものが両手を塞いでいるし、食事の時間には早かった。それに餅だけを食べても喉が詰まる。茶を入れたペット・ボトルは持参していたが、それでは足りない。店には芸能人が訪れた時に撮った写真が飾られていて、鷹峰では唯一の和菓子屋ではないだろうか。「御土居」はほとんどがなくなったが、北野天満宮の梅苑や、付近の民家の近くに残っているし、加茂街道の北大路橋西詰め北側にももっとわかりやすい形で残っている。結局和菓子屋も御土居の写真も撮らずに北に向かった。今度は左手に江戸時代そのものの醤油屋があった。今日の最初の写真がそれだ。立ち止まって眺めると、もろみを販売している。これは帰りに買わねばならない。筆者は昔から味噌屋などでもろみの看板を見かけると必ず買う。今はキュウリが安く、「もろきゅう」が食べられるのは嬉しい。帰りに立ち寄って撮ったのが4枚目の写真で、家内はもろみとしば漬けを2種買った。もろみは最初に封を開けた時の香りが初めて味わうもので、2,3日経ってもその独特の香りがふとした拍子に脳裏に蘇ったほどだ。特別の発酵菌が含まれるはずだが、その香りは最初だけで、その後小出しにするたびに急速に消えた。醤油屋の少し北に立ち止まって撮ったのが2,3枚前で、2枚目は北向き、同じ場所に立って南に向いて撮ったのが3枚目だ。車はめったに来なかったが、坂の下になるにつれて車の量は多くなった。2枚目の左端に家内が写っているが、写真を見る限り、不機嫌ではない。下り坂で楽であるからだろう。そうそう、坂を上り切ったところで家内が来るのを待ったが、30メートルほど近づいたところで立ち止まった。その後また歩き出して合流したが、なぜ立ち止まったかと言えば、筆者が中年の女性と話しているのを見て、また道を間違ったと思ったらしい。それで筆者が苦笑いしながら坂を下りて来ると思ったのだ。筆者が話していたのは他府県の旅行者で、ネットで印刷した御土居の分布図を持っていた。御土居はどこにありますかと訊くので、坂を200メートルほど下がった右手にありますと答えた。ところが帰りにわかったが、実際は600メートルはあった。筆者はしんどい坂でも3分の1程度の距離しかないと思ったほど元気であったことになる。それが祟って風邪を引いてしまった。
●鷹峰を歩く_d0053294_0532714.jpg

by uuuzen | 2014-07-13 23:59 | ●新・嵐山だより
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