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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『アメリカ現代美術の巨匠達―CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展』その2
越という言葉が思い浮かんだので、このブログの冒頭の一字に「僭」を使ったことがあるかを早速調べると、まだ使っていないことがわかった。それでともかく「僭越」から書き始める。この言葉はスピーチの最初によく使われるが、今もそうなのだろうか。



若い人には似合わないが、今の若者が60を越えた時、この言葉を使うようになるだろうか。「身のほどをわきまえない」のはいつの時代でも嫌われるが、ネット時代になって誰でも文章や写真を発表出来るようになり、「身のほど」に無頓着な人が増えたのではないだろうか。そういう筆者も毎日長文をこうして書いているが、これも「身のほど知らず」すなわち「僭越」であるという意識を多少は持ち合わせておくべきとは思っている。たまに検索で引っかかった他人のブログを読むことがあって、先日は蕪村の有名な句を描いた「俳画」を所有している人の投稿を見つけた。その作品は一見して蕪村ではなく、せいぜい遡って7,80年前のものと筆者は感じた。絵がよくないのだ。字ももちろんそうだ。印章の拡大写真も載せてあって、それも本物とは違う。だが、たいていの人は自分がたまたまそういう作品を入手した喜びのあまり、贋作であるとは思いたくないもので、一抹の疑惑があってもそれを忘れ去る。ところが、その一抹が恐い。それはたいてい当たっている。その作品の印章はとてもよく出来てはいるが、上下の文字の大きさや並びは明らかに基準印とは違う。つまり、絵も俳句も印章も駄目な作品で、それを堂々と本物と称して載せているのだが、よほど「駄目な作品です」と書き込もうかと思ったが、その人は蕪村の専門家を自認し、ほとんど蕪村に関する研究めいたことをブログに書いている。そういう人はきっと自分は蕪村のいっぱしの専門家を気取っているはずで、また自分が購入した作品は真筆であると確信しているはずだ。そういう人に何を言っても自分の意見を曲げない。そう思うとその人のブログにたまたま行き当たったことがとても不愉快な出来事に思えて来た。筆者から言わせれば、その人はまさに「僭越」を自覚すべきなのだが、その人はそういう考えを筆者から突きつけられると、必ず筆者を「僭越」と罵るだろう。そこで思うことは、たとえば筆者のブログにしても同じで、たまたまある投稿を読んだ人が、「こいつ馬鹿だね。身のほど知らずの典型だ」と思うこともあり得るから、文章や写真をネットに載せることは常に「僭越」であるかもしれないという意識は必要だろう。筆者は社会的地位もなければ肩書きには無縁、金もないで、いわば「身分」と呼べるものがなきに等しく、人一倍「僭越」を意識してあたりまえだ。また、そうなると今度は「開き直り」という嫌味が出て来やすくなるので、やはり文章を書いて発表することは人柄を世間に曝すことであることを常に自覚しておくべきだ。それで、「身のほど」というのは平等社会においてもあるもので、現代ではまず経済力がものを言う。大金持ちであればどんな人柄でもあっても99パーセントの人は崇拝する。残り1パーセントは同じような大金持ちか、よほどの変人だ。大金持ちは自分の身分を他者に誇示するための道具を常に求めている。大きな家や贅沢な家具調度、それに高価な美術骨董品も含まれる。大邸宅であれば大きなサイズの作品が似合うし、また有名な作家のものが絶対条件だ。アメリカの現代美術家はどういう大金持ちを相手に作品を作って来たはずで、今後もそれは変わらない。そしてすっかりアメリカの属国になった日本は同じようにアメリカ美術を所有しようという強迫観念を持つに至った。ところが、残念ながら日本の普通の家はアメリカ人からは兔小屋と変わらないと見られる始末で、大金持ちにしてもアメリカのそれに比べると相対的に家の規模は小さい。
●『アメリカ現代美術の巨匠達―CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展』その2_d0053294_16591276.jpg
 そこで思うのは、アメリカの現代美術作品が日本の住環境に似合うかどうかという素朴な疑問だ。以前TVでアメリカの現代美術を収集している日本の男性が紹介された。どういう職業か忘れたが、家はアメリカ風で、日常生活もそうなのだろう。だが何と言うか、どこか薄っぺらで、全く羨ましいとは思わなかった。だが、そのようなアメリカ美術の個人コレクターも日本にいるのだという事実はそれなりに衝撃的で、ますますアメリカの属国日本を思った。アメリカの現代美術作品を家に飾るのであれば、何もかもそれに合わせたインテリアにしなければならない。美意識とはそういうものだ。だが、インテリアをアメリカそのものにしたところで、一歩外に出ると日本であるから、しょせんアメリカのコレクターとは条件が違う。どこまでも美の理想空間を求めても結局一種の「まがい物」にしかならない。その悲しさをその男性に見る気がする。だが本人は自分こそは日本で一番のアメリカ美術のコレクターで誰からも羨ましがられると思っているのではないか。それが「僭越」ということだが、本人はそんなことは露ほどにも思わない。さて、本論に入ろう。本展は副題に「CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展」とある。一方、チラシに印刷される全部で5点の作品はみな「DNP文化振興財団蔵」とあって、その財団が「CCGA」とどういう関係にあるのかと気になって調べると、「CCGA」は福島県須賀川市にある美術館のような施設で、「DNP」という公益財団を抱えている。あるいはその逆かもしれないが、大日本印刷が創立130周年記念の事業として設立した。これは印刷は「版」すなわち「版画」と密接に関係があり、また版画の伝統文化を持つ日本としては、アメリカ現代美術の版画にも目を配って収集しようという考えからだろう。アメリカと日本とでは大金持ちの規模が違うから、アメリカの大きなサイズの現代版画は個人が家に飾る割合はどうしてもアメリカ並みにはなりようがない。そこで登場するのが美術館だが、税金を使っての収蔵には限界がある。そこで民間の会社が設立した財団が受け持ったということだ。企業は自社イメージのアップに余念がなく、美術品購入は社会貢献の面からも歓迎される。そのため、会社が美術館を持つことは珍しくなくなって来ているが、それは言い代えれば住環境の貧しさを示している。つまり、いい意味で言えば日本は「身のほど」をよく知っていて、その一方で世界最先端すなわちアメリカの美術作品がほしいから、「DNP」のような財団が出現するのはよく理解出来るし、またそれはよき役割を担っていると言うべきだ。本展でおやっと思った作品があった。1階の和室に展示されていた田中一光のポスターだ。「CCGA」はグラフィック・デザイナーの田中一光の顕彰にも努めているようで、田中は奈良市の出身であったから、本展が奈良で開催されたのは理由があった。グラフィック・デザインは印刷を前提にしたデザインのことで、また版画は小部数の印刷と言えるから、「CCGA」がアメリカ現代美術家の版画を系統的に収集することは「身のほど」にかなった行動だ。これは個人より会社が金持ちであるからで、筆者にはよくわからないが、会社は社長がいるから、結局は社長すなわち個人が大きな力を持っていることと同じだろう。その個人が会社を隠れ蓑にしていると言えばいいかもしれない。あるいは会社はあくまでも会社であって、社長ひとりのものではないから、会社が倒産もしくは公益財団がそうではなくなった時に、そこが所有していた美術品はどういう運命を辿るのだろう。手放すことは個人所有の場合と変わらないとしても、競売にかけられたとして、日本の大金持ちであっても所有をためらうほどの大きな作品であれば買い手がつくだろうか。外国に流れて行くことになっても、作品は失われないから、あまり嘆く必要はないと言える。ま、よけいな心配をするのは筆者が「身のほど」をよく知っているからで、ともかく「CCGA」「DNP」は筆者の想像を超えている。
●『アメリカ現代美術の巨匠達―CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展』その2_d0053294_1245581.jpg
 大きな作品と書いたが、アメリカは広大な国土を持ち、住宅も広いから、作品がそうなるのは自然なことだ。本展で度胆を抜かれたのは、タイラーグラフィック制作のローゼンクイストの約11メートルの幅がある作品だ。最初のパノラマ写真にそれが写っている。これだけの大きさならば値段はともかく、個人の住宅では飾るのは難しいだろう。六曲一双の屏風が戦前までは盛んに描かれたから、日本にも大画面の絵画は受容されて来たが、そうした屏風はたためば畳一枚の面積以内に収まる。このローゼンクイストの版画はそうではない。最初から主に美術館目当てに作られたところがある。同じように巨大な版画はフランク・ステラも作っていて、本展では8メートル幅のものが展示された。そういう作品を間近に見ると、どういう装置、機械が必要なのかと、その製作現場が気になる。昨日書いたAの個展会場で、筆者が昔通った市民アトリエの銅版画教室が話題になった。するとAはその場所はついに京都市美術館の敷地の一角から撤退をよぎなくされたが、個展会場の画廊の真向いの小学校を交渉の結果借りることが出来たと言った。ちょうどその話をしている時に4名の男性が入って来たが、ひとりはかつて筆者が銅版画教室に通っていた時の講師で、現在もなお、銅版画を市民に教えることに情熱を燃やしていることがわかった。賑やかになった画廊内で、聞き知ったが、京都市美術館の敷地の片隅に半世紀近くあった銅版画のプレス機をその小学校の教室に移動するのに、業者に支払った料金はかなりかかったらしい。数人集まっても2階への移動は無理だろう。銅版画はそのようにプレス機が必要だが、ローゼンクイスト張りの大画面となると、分割して刷ってつなぎ合わせるしかないが、それにしても工場並みの広い場所と大がかりな機械が必要だ。それもまたいかにもアメリカで、日本の発想にはない。日本も大画面の絵を描いて来たが、小さくまとめることが出来る点でアメリカのようなあっけらかんとした大きさとは違う。日本は木版画の国で、それは大きさからして人間が手に持って眺めるということがまず条件にある。それは日本だけではなく、西洋が生んだ銅版画もそうであった。西洋のそうした版画には、油彩画を縮小して複数の人が所有するという思いがあったから、大きさが小さいのはあたりまえで、それが一気に変わるのはアメリカの現代版画からで、その代表が本展で紹介されたローゼンクイストやステラだ。そうした大きな作品は仕上がりも大味かと言えば、そうとも言えず、緻密な仕上がりは全体に確認出来る。また、複合的な技術を駆使している場合が目立ち、ローゼンクイストの場合は、「TGL(手漉き)紙、リーブスBFK紙にカラード・プレスト・ペーパー・パルプ、コラージュ、リトグラフ、手彩色」という技法で、ステラも同じく何でもありだ。こういう感覚もまたアメリカ的で、版だけの仕事にこだわらない。それが版画と言えるかという意見に対して、「見て衝撃的であれば何でもよい」との答えが返って来るだろう。今日の最後の写真はステラの作品で同じ版を使いながら、一方は黒一色、もう一方は多色刷りとなっている。そのことは珍しくないが、驚かされたのは多色刷りの方は中央が絵の円に沿っておっぱいのように盛り上がっていたことだ。写真からはそれがわかりにくい。紙が比較的自由に撓むことを利用した技法で、版画は平面という考えから逸脱している。ステラにはそうした作品が多い。ローゼンクイストとステラの巨大な画面だけを強調したようだが、もちろん普通の家に飾れそうな大きさのものもあった。展示されたのは昨日写真を載せたロイ・リキテンシャタンを初め、有名なところではジョセフ・アルバース、デイヴィッド・ホックニー、ケネス・ノーランド、デイヴィッド・サーレ、アンソニー・カロ、フランケンサーラーなどで、1階には寺岡政美に続いて奈良県立美術館が所蔵する江戸期の浮世絵が展示された。寺岡の作品は江戸期の浮世絵の現代アメリカの風俗化で、風刺画とジャンルに入る。木版の技法だけではなく、銅版画の技法や手彩色も加えていて、その技術的にはストイックでないところもまたアメリカ的だ。版画に手彩色を加えるのを邪道と見る人はまだまだ多いだろう。手で描き足せば簡単なことは積極的にそうするという考えの人と、版の仕事は版だけを使うべきと考える人がある。筆者は後者だ。だが、アメリカでは大量消費文明を築いた結果、何から何まで版でこなし、全く同じ作品をある程度の数を作るという、大量生産的作品は歓迎されないのだろう。一見同じながら、1点ごとにどこか人の生の手が加わった味がほしいというほどに、国土が広く、人間関係が希薄なのではあるまいか。とまあ、勝手なことを身のほどを知らずに書いてしまうのでした。
●『アメリカ現代美術の巨匠達―CCGA現代グラフィックアートセンター所蔵版画名品展』その2_d0053294_1241557.jpg

by uuuzen | 2014-06-27 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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