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●飛び出しボーヤ、その18
ね飛ばされて身体の当たりどころが悪ければ死に至ることがある。自転車ごときでまさか人は死なないと思っていると、先ごろ判決があったように、坂道を猛速度で下って行く自転車に衝突されると取り返しのつかない大けがをする。



●飛び出しボーヤ、その18_d0053294_0424011.jpg先日桂川沿いの自転車道路が100数十メートルほど渡月橋よりに延長された。道路の両脇の地面に芝生の種子を吹きつけたのか、そこは立ち入り禁止のロープが張られているものの、自転車道路はもう2週間ほど前に利用してもよいことになった。そこで家内と梅津に行くのにわざわざその自転車道路を走り初めしたが、そのことについては先日触れた。その時に書かなかったこととして、スイカ型の木片を見つけた場所に近いところに小さなお地蔵さんと花のお供えを見かけた。自転車道路のすぐ際で、個人が所有する土地ではないから、いかに仏像とはいえ、そのような場所に設置してはならない。像は高さ20センチほどか、今時のデザインで、たぶんそうしたものしか手に入らなかったのだろう。石像を土の上に恒常的に据えておくにはモルタルで土台を造って固定しなけれrばならない。もちろんそのようにしてあったが、自転車で走りながらもそれがとても目立ち、また異様な感じがした。いやなものを見たという気持ちだ。それにしても不思議で、その場所で自転車に跳ねられて誰かが死んだのだろうか。あり得るのは幼い子だ。そこは直線がかなり続く途中で、自転車は速度を上げやすい。それにすぐ横は公園であるから、小さな子どもが親に連れられて遊ぶことも多いだろう。誰かが跳ねれて死んだのでなければそのような地蔵像を設置するはずがないと思うが、ただの交通安全のつもりであれば、河川敷を管理する国交省辺りに許可を得なければならない。そして願い出ても絶対に許可は下りないから、勝手に設置したに違いない。かわいいマスコット人形のようなお地蔵さんであるので、別にいいではないかと考える人も多いだろうが、筆者も家内も走っている間に気づいたので、そうとう目立つし、また一瞬であっても首をそちらに曲げ、あるいは振り返るはずで、自転車の運転にはよくない。つまり、そんな目立つものを設置してまた同様の事故が起こりかねない。危険を喚起するのであれば別の何かを設置すべきで、それは個人が勝手には出来ない。また使者を弔う気持ちからとして、これも個人的な問題であるので、公共の場所に像や花を供えるのはよくない。だが、地蔵像がモルタルで固定されてしまえば、それを取り除こうとする人がいるだろうか。きっと祟りでもあるのではないかと考え、そのままにしておく気持ちが湧く。そう考えると、なおさらその地蔵像の設置はたちが悪いではないか。「わたしの身内がここで死にました。その悲しみを少しでも癒すために地蔵さんを設置しました。それは誰も咎められない行為でしょう。そんな無慈悲な人があってはならないのです」とでもいった考えが見え透いていて、そのことを自転車に乗りながら一瞬のうちに思い、それで異様さを感じた。家内とその地蔵像のことを話したところ、家内が言うには、その像のすぐそばの植え込みで昔小学生が首吊り自殺したことがあるので、ひょっとすれば同様の事件があったのではないかとのことだ。それもあり得る。また、そのような自殺者がごくたまにしろ、その公園内であるほどに、昼間でも何となく薄暗い感じを漂わせている区域がある。そのためもあって筆者は自転車道路は利用するが、そこから下りて公園内を歩くことはほとんどない。
●飛び出しボーヤ、その18_d0053294_0425425.jpg

 昨日は奈良の不退寺への道について書いたが、その途中で撮影した写真があることに気づいた。今日の最初のものがそれで、最初のおばあさんに道を訊ねて2,3分歩いたところの電柱上に見つけた「飛び出しボーヤ」の看板だ。逆光になっているのは西に向かって撮影したからだ。街灯のすぐ下なので、かなり高いところにある。それでは目立ちにくいが、街灯のすぐ下でなければ夜間は見えないという配慮かもしれない。だが、そんな夜間に子どもボールを追いかけて道路に急に飛び出すだろうか。また、人間の背丈より1メートル以上も上では車を運転する者には見えても歩く人にはわかりにくい。こういう看板は小学校の近くならば校名が記されている場合が多いが、これは文字が見当たらず、また電柱にしっかりと固定されているので、警察が取りつけたかもしれない。筆者はそういうタイプのものはあまり関心がないが、奈良で見つけた最初、また県立美術館から不退寺への往復では唯一見かけたものであり、さらには昨日の投稿つながりの意味も込めて掲げておく。この看板のあった道は自動車が速度を上げて走るようなところではなく、閑静な住宅地で道幅も車一台でいっぱいだ。そういうところになぜ飛び出しボーヤの看板が必要なのか。以前に子どもが跳ねられた事故があったか、あるいは子どもが目立つ地域なのだろう。地元の要請があって取りつけたものと思う。閑静な区域でも車がたくさん入り込んでいて、いつ何時子どもが道に飛び出し、跳ねられてしまいかねないことを意味し、歴史街道でも物騒なことになっていると思うしかない。奈良では鹿の飛び出しに注意を喚起する道路標識があって、そっちの方がはるかに目立ち、また有名だが、不退寺辺りとなればもう鹿は住めず、民家が密集して車と子どもはお互い注意し合わねばならない。2,3枚目は京都の大丸百貨店で撮影した。確か今も工事中で、この2枚は向い合わせに壁に貼られていると思う。高倉通りの四条を少し上がったところの地下通路に通じる出入り口の壁だ。そこは買い物客が出入し、子どもはほとんど利用しないので、この看板は先とは別の意味で異様に思えた。今日は子どもの形に刳り抜いた「飛び出しボーヤ」ではなく、四角い板に描かれたものばかりを紹介するが、「飛び出しボーヤ」の形としても面白さには大いに欠ける。ただし、その分、絵が面白いものがある。2枚目はそういう例で、女の子の顔が3つつながっている。これは漫画ではよく使われる手法だが、一方で仏教の密教系の仏像にもよく見られる多面形で、不退寺への途上で見つけた看板の次に載せるにはちょうどいいと思った。3枚目は前述のように2枚目の看板とは向い合わせになっているが、同じものを用意しなかったところ、いくつかの種類が市販されているように思う。手描きでないことは確かで、同じものを別の場所で今後見かけるだろう。この3枚目を撮っている時、筆者の前を赤い帽子の女性が横切り、わずかに写ってしまった。看板の男子も同じような帽子を被っているのが面白い。それにしてもこの自転車を猛烈に漕ぐ男子はこの看板の場所には全くふさわしくない。まさか百貨店の売り場の中からこのような男子が飛び出て来るはずがなく、2枚目と同じものを貼ってもよかった。ま、それは今こうして書きながら思っていることで、ぱっと見て印象深い方が効果があるから、同じものを2枚貼るより、違うものの方が新鮮で、それが注意力喚起にわずかでも結びつくだろう。
●飛び出しボーヤ、その18_d0053294_0444932.jpg 4枚目は何度か目撃しながら、いつもカメラを持っていないために撮影出来なかったものだ。それで2週間ほど前、わざわざこれを写すために出かけた。松尾中学校の近くで、阪急の松尾大社駅から南に1キロほどだろうか。そこは自転車で1か月に一度程度通る。その日も自転車を使えばいいのに、運動不足解消とばかりに歩いた。そして撮影後、歩いたことのない道をたどって桂川沿いの土手に出た。それを北上して松尾橋まで行ったが、その途中での出来事を書いておく。その土手の道はバイクはたぶん通行禁止で、自転車専用道路の扱いになっていると思う。というのは、中学校の脇を少し北上したところで、高さ1メートルほどの鉄製の円柱杭が4,5本埋め込んであって、バイクはおそらくその隙間を通るのに苦労する。それはいいとして、その杭を避けて先に進もうとした時、前方50メートルにこちらに向かって自転車でやって来る人と歩行者見かけた。昼間ではあるが、それまで人に出会わなかったので、前方に人影を見るとそれなりに心がまえをする。土手はさほど道幅が広くないから、自転車が来れば歩行者は道を譲る形になる。ふたりのうち、ひとりは70代の男性で、もうひとりは40代半ばの女性で自転車に乗っていた。筆者が鉄の杭を越えて間もなく男性と擦れ違い、その男性を追いかける形で後方にいた自転車の女性もすぐに筆者の目前に迫った。そして自転車から降りて筆者に笑顔で語りかけた。どことなくインド系の顔つきで、また宗教を信仰している雰囲気だ。「あのー、○○に買い物に行かれることはありますか」「ああ、はい」「商品券があるので使っていただけませんか。○○以外に○○や○○でも使えます」「いただいていいんですか」「ええ」。この会話を交わしながら、筆者はその女性が以前ムーギョの近くでトモイチの500円の商品券をくれた人であることを確信した。筆者がもらう以前に家内も一度ムーギョの前でもらったことがある。筆者は二度目であるから、「あの、以前もいただいたことがあります」と言うべきであったが、それを思う間もなく、500円の商品券の入った封筒を手わたしてくれた。会話と券をバッグから取り出す時間は30秒ほどだったと思う。彼女は筆者に2,3か月前に商品券を与えたことを覚えていないのだろう。筆者は大きなオレンジ色の帽子を目深に被り、また大きなサングラスをかけていたので、たとえ以前の顔を覚えていても同一人物とはわからないだろう。筆者に商品券を受け取らせてすぐに自転車に跨り、前方を歩く先の男性に追い着いた。筆者から50メートルほど後方だ。女性は筆者に話しかけたとおりにまた商品券をもらってくれないかとその男性に声をかけたに違いないが、男性はどうやら驚いているようで、受け取りを拒否したようだ。それでまた女性は土手の彼方に颯爽と自転車を走らせた。出会う人すべてに商品券をわたしていれば大変な額になる。開けられたバッグの中には商品券の入った封筒がいくつか見えた。彼女は毎日ではないかもしれないが、商品券を1枚ずつ入れた封筒をバッグに忍ばせ、それを道で出会う人たちに配っている。全く不意を突かれてそのままもらってしまった格好で、そのことを家内に話しながら、ムーギョやトモイチのある梅津ではなく、また徒歩ではなく自転車、しかも以前のように午後6時ではなくて真昼間であることから、彼女がいったいどこの辺りに住み、またどういう暮らしをしているのか謎だということに落ち着いた。500円の現金ならば、おそらく受け取る人はいない。スーパーの商品券ならばもらってもらいやすい。殺伐とした事件が多い中、少しでも喜ばれることをしたいというのがその女性の考えなのかもしれない。とすればやはり宗教活動の一貫か。二度目があることは三度目がある気がしているが、今度出会えば謎が解明出来るような質問をしてみようか。それにしてもめったに歩かない土手を歩こうと決め、4枚目の「飛び出しボーヤ」の看板を撮影した10数分後に、前方からやって来た彼女と遭遇したことは、「飛び出し」の接触事故と言えるほどに突如然としたものであったが、500円をもらって得した気になっていいものかどうか。家内はその券をまだ使っていない。
●飛び出しボーヤ、その18_d0053294_0432911.jpg

by uuuzen | 2014-06-23 23:59 | ●新・嵐山だより(シリーズ編)
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