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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●不退寺への道は退くな、その1
でほしいものがある。巫女さんが舞う時に持つもので、それを3か月前の天神さんの縁日で見かけた。それも20近くあったと思う。ところが何かの景品であったのか、刀で言えば鍔に当たる部分がボール紙で、全体に全くちゃちな仕上がり、つまりおもちゃであった。



●不退寺への道は退くな、その1_d0053294_0163869.jpg
値段を訊く気にもなれなかったが、帰りがけにそれを手にした小さな子が母親に手を引かれていた。おもちゃでも幼児用にふさわしいということか。鈴がたくさんついたそれをどう呼ぶのか知らないが、巫女舞いに用いる本物は1万円ではないかもしれない。なぜその鈴がほしいかと言えば、毎年京都のゑべっさんにお参りし、巫女がその鈴を片手に舞っている姿を見るからで、きらびやかなその鈴はいかにも巫女に似合って音も華やかだ。ま、どうせ買ってもそのままにしておくだけで、戯れに鳴らせば下から家内の怒号が聞こえるだろう。そう言えばこれは2年前のゑべっさんで沢辺さんのガレージ・セールで買った鈴がある。磁器製のフクロウの親子の形をした呼び鈴だ。それをパソコンのすぐ横にずっと置いていた。半年ほど前か、階下の家内を呼ぶためにそれを初めて鳴らした。とてもけたたましい音がする。目覚まし時計以上だ。1分ほど鳴らし続けたのに返事がない。それでその呼び鈴を持って1階に行った。家内は、聞いたことのない変な音がずっとしていたので、裏庭に出てみたが、何かわからなかったので気持ち悪いと真顔で言う。筆者が3階で鳴らしたと言うと、呼び鈴をふんだくっていい加減にしろとどやされた。初めて使ったのがそれで、その後一度も鳴らしていない。そのため、巫女舞い鈴を手に入れても鳴らすことはほとんどないはずだ。鳴らない鈴は意味がないように思うが、形が面白ければ所有欲が湧く筆者で、そうした収集の代表は何度も書いている岐阜の美江寺の蚕鈴だ。いくつか種類があるが、筆者が集めているのは宝珠型で、これを根気よく収集して、今は大小20近くある。数を集めるのは難しくないが、筆者がほしいのは背丈の違うものだ。そして最も古い形のものを手にしたいが、それはネットで写真を見ているものの、手に入らない。それでいつか自分で作ってやろうと思っている。それは去年伏見人形の飾り馬を作った経験からすればさほど難しいことではない。そのため、わざわざ作ろうという気になれないでいる。蚕鈴は土鈴であるから、音は前述の磁器フクロウのようにけたたましくない。ボソボソと語るような雰囲気で、その素朴さがよい。土鈴収集家はたくさんいると思うが、由緒のある土鈴は少ないはずで、大部分は先の磁器フクロウのようにお土産店に置いているようなものだ。それらが全部面白くないというのではないが、時の好みに応じた商品であるので、すぐに古くさく感じる。それもまたよいという見方もあるが、花火のように一瞬で忘れ去られるものより、伝統や歴史を多少なりとも感じさせるものがありがたみがある。
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 最近そんな土鈴を入手した。去年夏に比叡山で角大師の護符を買ったが、その角大師が表面に浮彫りされている。もう片面には「厄除 不退寺」とあって、その書体が角大師に似て面白い。文字の表面に金泥が少し残っているので、当初は文字全体が光っていたことがわかる。幸いにも紙箱があり、また中には説明書もあった。その写真を載せておくが、説明書からは何となく昭和30年代のものかという気がしている。箱は買った時のままのきれいさであったのに、つい先日それを置いている机すなわちこれを書いている台の上に乗った時、一瞬立ちくらみがしてよろめいた。その際、片足を一歩後退させてバランスを取ったのはいいが、その片足はこの角大師土鈴の真上に乗ってしまった。中に土鈴がきちっと入っていたので箱はぺしゃんこにはならなかったものの、かなりへしゃげてしまった。それを元どおりにしながら、あちこち破れ、また元に戻せない皺が寄ったことがつくづく残念であった。このようにして大事に保管されて来たものが年々崩壊して行くのだなと思う。人類規模で見ればそれは大変な量だが、時の推移と古い物が失われることは正比例の関係にあることは正しい。そうしてでも古いものが消えて行かない限り、世界は古いものだらけになって更新されなくなる。角大師土鈴が多少踏みつけても無傷であるのは形を見ればわかる。大きな胡桃の実の形で、掌によく馴染む。振ってみると音は予想どおりに小さくボソボソで、鈴の役目をほとんど果たさない。この土鈴が今も不退寺で授与されていることは信じ難い。安価な手仕事の時代はとっくの昔に終わった。昭和30年代ならばまだこうした宝珠をぼつぼつと製造してもどうにか内職程度にはなったと思えるが、今は1個1000円で売っても割に合わないだろう。それで今の不退寺では筆者が去年夏に比叡山の横川の元三大師堂で買った紙の角大師のお札が売られているようで、土鈴はかなり珍しいものではないか。土鈴収集家にすればそうでもなく、またかつて不退寺ではいくつかの種類の土鈴が何年かにわたって売られていたといったことを教えてくれるかもしれない。一番いいのは不退寺に訊くことのようだが、案外それは駄目だ。おそらく現在の不退寺ではかつて角大師土鈴を置いたことも忘れているに違いない。そう思う筆者ではあるが、守り札があればそれを手に入れるために不退寺に行ってみるのもいいと考えた。ただし、近鉄奈良駅からさほど遠くない場合だ。その話は「その2」で書くとして、角大師に戻ると、土鈴や紙の護符のほかに授与される何かに用いられた例があるだろうか。紙の護符はかなりの数の寺が今も売っているのでその気になれば集めるのは難しくない。筆者がほしいのはいつも古い形のもので、角大師の護符にしても出来れば江戸時代のものがよい。それはそれで収集している人があるだろうし、筆者がにわかにほしいと思って手に入れられる確率はほとんどない。またあっても1枚1万円ではまずない。自分で作るのは簡単だが、そんなことをすればバチが当たるだろう。それでたまたま入手出来た角大師土鈴はなかなか気に入り、不退寺を訪れてみようという気になった。
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 不退寺だけを訪れるために奈良に行くのはもったいない。家内とふたりでは交通費だけで5000円ほどかかる。これに食事や展覧会となると二の足を踏みたくなるほどの出費だ。これが年に一度しか奈良に行かないのであればいいが、筆者はそうではない。交通費が家計の最大の出費と言ってよいほどで、電車で出かけるには複数の場所を訪れることにする。最新では5月の25日の日曜日に奈良に行ったが、鳥博士さんから展覧会のチケットをいろいろとまとめて送ってもらったことによる。しばらく展覧会の感想を投稿することが途絶えているが、5,6つについていずれ連日投稿したい。それはさておき、奈良に着いても家内には不退寺に行くとは言わなかった。展覧会をふたつ見るだけでも大変なのに、そのうえ歩いたことのない道を何キロも行くとなれば絶対に家内は拒否する。しかも不退寺に行って何をするかと言えば、角大師の護符を買う程度だ。それではひとりで行けと言われても当然だ。それでもいいが、そうすればそうしたで家内はふくれる。最初はいやと思っていることでも、終わってみればそれなりに思い出になるということは多い。筆者はそういう考えを、強引であっても家内に信じ込ませようとする。すると必ず家内は折れる。つまり、しんどいことであっても筆者が楽しい顔をしていれば家内もそう思う。筆者のそういう思いや行動に同調出来ない人は筆者を嫌うはずだが、そういう人とは距離を取ればよい。さて、奈良に着けば昼頃になるから、どこかで食事するが、「東向き商店街」は必ず歩く。それより一本西にもアーケードのない商店街があって、そこも必ず歩くが、筆者の目的はまず古本屋だ。そして最後は駅の出入り口に近いスーパーで買い物をして帰る。それはいいとして、「東向き商店街を」南下していると、右手にガラスの長いウィンドウがあって、そこに不退寺のことが紹介されていた。それを見つけて筆者は本当に不退寺に行かねばと思い、またそのことを家内に言わなかった。写真を撮っている間に家内は先へと道を進み、アーケードの出口で追い着いたはいいが、家内はそのまままた三条通りで一旦途切れた商店街を南下するものと思い、筆者と離ればなれになってしまった。その日の三条通りは大変な人出で、筆者は家内が見つけるだろうと思って東の博物館方面に向けて坂を上って行った。興福寺の境内に差し掛かる辺りに着いて坂を見下ろすと、家内の姿が見えない。10分待ってまた坂を下ったが、50メートル先に家内がこっちを向いているのがわかった。それでその50メートルは家内が坂を上って来たが、会った途端に文句を言われたのは言うまでもない。だが、その数時間後にまさか不退寺まで歩かされることは知らず、怒りはすぐに収まった。ウィンドウ内の説明によって、もう数日すると寺を開いたとされる在原業平に因む行事があることを知った。そのことが予めわかっていたならば、その日に出かけたかもしれない。確か28日がそうであった。その日の天気はどうであったろう。筆者らが出かけた25日は好天に恵まれ、また蒸し暑いというほどでもなく、不退寺に行くことが出来て、予定していた3つのことをこなした。不退寺に行くのであるから、絶対に途中で諦めないことに腹をくくり、心の中で「不退転」を念じたからで、そうでなければさっさと電車に乗っていた。思ったとおりに事が運んだ後は、筆者の脳内にはいつもきれいな鈴が鳴って巫女が舞う。
●不退寺への道は退くな、その1_d0053294_01843.jpg

by uuuzen | 2014-06-19 23:59 | ●新・嵐山だより
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