人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●天王寺公園の薔薇苑、アゲイン
としてはこれ以上の理想的なものはないと虫は思っているだろう。先日散歩中に歩道に飛び出て咲いていた白い大きな薔薇の花の中に虫がいるのを見かけた。蜂ではない。蜂以外の虫でも蜜を舐めに来るのだろう。



●天王寺公園の薔薇苑、アゲイン_d0053294_17542942.jpg

花にすればどのような虫であっても歓迎で、花粉を運んでもらい、また運んで来てもらわねばならない。虫が来てくれるように精いっぱい花を咲かせる。うまく受粉出来るかどうか時間との戦いで、しかも待つしかない。それで虫にわかるような匂いを発散するが、時に人間もその匂いや花の色、形が大好きで、花としては運悪く人間に切り取られる恐れもある。それはさておき、花の蕊にへばりついている虫を見ていつも思うのは、自分がその虫であればどんなに気持ちいいかだ。人間の部屋でたとえれば2,3畳ほどの丸い部屋で、天井は空だ。そして壁はみな湾曲していて白や赤、桃色や黄色などで、しかも部屋の中央には強烈な匂いを発する部分があって、蜜は思い存分吸い放題だ。その部屋に飽きればすぐに別の部屋が近くで待っているし、それも飽きればもっと遠くの違う色と形の部屋に飛んで行けばよい。こんなに楽しい生活はない。毎日極上のサイケデリックな色合いと形と匂いのただ中で暮らし、まるで天国だ。人間は虫を無視してつまらぬ存在のたとえに使うが、虫は花と協力して生き物の中では最も美しい世界を堪能していると言える。金のためにあくせく働く必要はなく、花から花へと飛んで行くだけでよい。それは花に感謝されこそすれ、人間のように茎から切り取るギロチン行為など決してしない。明るくて色鮮やか、そして狭くて丸い部屋で甘い香りに満たされてしばし休む虫は、神が花を造り、また自分のような体を創造してくれたことに感謝しながら、自分の短い生を短いとも思わず、満たされた思いのまま生をまっとうする。薔薇の花の中でしばし休む虫の気持ちを思うと、人間がそれに相当する時間を味わうとすればどのような場合かと考えたくなる。カプセル・ホテルで筆者は泊まったことがないが、外国人にはなかなか人気らしい。そのカプセル・ホテルのカプセルを、大きな花の内部のような色と形にすればもっと人気が出るのではないか。先に書いたように、2,3畳の部屋がよいが、小さな花もあるから、畳1枚分程度でもいいかもしれない。問題は長方形ではなしに円形にすることで、壁はお椀形で、天井には青空が見えていなければならない。本物の空では雨天では困るので、絵でよい。そして部屋の中央に蕊代わりに何を置くかだ。虫はその蕊が目当てで飛来するから、人間が寝起きする場合も最大の幸福感を与えてくれるものでなければならない。それは人によって違うから難しい。人間にとっての蜜は食べ物だろう。もちろん蜂蜜入りの飲料も含む。筆者なら真っ赤な部屋を選び、チーズと赤いワインを提供してほしい。カプセル・ホテルでは無理としても、ラヴ・ホテルならそんな蜜蜂になったかのように錯覚する部屋を用意しているところがあるかもしれない。おまけに蜜蜂のコスプレも用意されていたりして。話を戻して、薔薇の花芯にへばりつく虫は何も所有していない。禅で言う「無一物」だ。生まれて死ぬまでそうだ。そういう存在であるからこそ、天国のような色と形と香の世界に身を浸す権利を持っている。人間にとって「無一物」は不可能と言ってよいが、それに近い状態はあり得る。ホームレスがまずそうだ。段ボール箱で囲って寒さを防ごうとするが、その内側を真っ赤に塗れば蜜蜂になった気分になれそうだ。つまり、その場所を天国と思うことが出来る。だが、赤に塗るにはペンキが必要で、そのお金があればコンビニでパンを買う。人間は花の蜜を吸って満足出来ない。
●天王寺公園の薔薇苑、アゲイン_d0053294_1754468.jpg 段ボール箱で仮住まいの家を作るホームレスは最近は見かけない。ホームレスがいなくなったのではない。彼らはどこに行ったのか。食うに困れば大阪に行けば生活保護を受けられると他県の生活保護課が言ったとかで、大阪市内は全国のホームレスの総本山のように思われているが、そういう生活に困った人が多いのは天王寺や阿倍野界隈で、昔は天王寺公園が無料で利用出来たので、何もすることのない労務者がよくたむろしていた。それは誰もが利用出来る公園としては少々まずいのではないかとの意見があったのか、四半世紀ほど前に公園一帯で博覧会を開催し、それ以降公園に入るにはお金を支払えということになった。その料金が現在は大人150円だ。毎日150円を支払ってまで中に入ってのんびりする人はいない。それですることのない人は公園前の広場でたむろするようになった。大阪市立美術館に行くには公園内を通過しなければならない。だが、入園料は展覧会の入場料に含まれる形にしたので、展覧会を見るついでに公園内でくつろぐことが出来る。とはいえ、大きな樹木があるのではなし、日中は木陰がなく、ベンチに座ってもくつろぐ気分になれない。昔は園内の西手に温室があって、その内部は狭いながら鬱蒼とした熱帯の森の雰囲気に満ち、公園としての個性がもっと強かったように感じる。その温室は公園の東隅のガラスのピラミッドに移された格好だが、そこは見るべきものが乏しく、いつもほとんど人が入っていない。そのピラミッドに向かうまで東端は薔薇苑となっていて、今頃は花が満開だ。14日には去年5月26日にそこで撮った写真を数枚載せた。今日は撮影からちょうど1年ぶりということで残りの写真を使うが、その用意を先日しながら思った。これらの写真は没にするには惜しいと思って保管していたものだが、改めて写真を見ると、どうも味気ない。特に薔薇の花が小さく群れて写っているものがそうだ。遠目には薔薇とわからない。薔薇はやはり花が大きく見えるに限る。急にそう思ったので、実は今日の投稿は気が進まなくなった。それでも前回すなわち14日の投稿で予告したように、残りの写真を載せてしまわないことには落ち着かない。それで今日の投稿はいいとして、せっかく今咲き誇っている薔薇の写真を撮り直すことに決めた。それが15日のことで、それから10日ほど費やして各地で薔薇のクローズアップ写真をたくさん撮った。それらをまた来年ブログに使うでは写真がたまる一方なので、近日中に全部紹介するつもりでいる。それで話をホームレスないし労務者に戻すと、天王寺公園内から締め出された人たちはどこへ消えたかと言えば、そんなことはほとんどTVで番組化されないので、一般人は知りようがない。また筆者は釜ヶ崎には訪れたことがないのでなおさらだが、たまに現在の同地のことがTVで紹介されると、カプセル・ホテルをさらに小さくした粗末な宿泊施設があって、「無一物」に近い人たちの生活の一端がわかる。彼らは当然生活保護を受ける権利があるが、弱者の立場を食い物にする連中がいて、せっかくの生活保護費が生活に困っていない悪の親玉に入る仕組みがあったりする。蜜蜂がせっせと集めた蜜を横取りする人間も同じようなものかもしれない。
●天王寺公園の薔薇苑、アゲイン_d0053294_1755401.jpg

 さて、薔薇のクローズアップ写真を撮るのが目的ではなく、今日使う写真の1年後の姿がどうなっているかにより関心があったので、24日に天王寺公園に出かけた。主な目的は展覧会だが、その感想は後日書く。公園内は去年の秋に奈良公園で遭遇したドイツのビール祭り「オクトーバー・フェスト」が開催中で、たくさんのブースが出ていた。これは名称から言えば10月に開くのが本当と思うが、開催者側のつごうもある。奈良、大阪と来れば次は京都で、ひょっとすれば秋に岡崎公園で催されるかもしれない。今回のメニューや仕組みは去年の奈良と同じで、ビア・ジョッキを借りるのに1000円を最初に支払い、そこにビールを注いでもらうのにだいたい1500円ほどかかる。ジョッキは返却すれば1000円戻されるので、ビール一杯で1500円前後だ。これは梅田な難波のビア・ホールで飲むより高いが、ドイツ直輸入の珍しいビールであるうえ、関税がプラスされている。筆者は飲みたかったが、家内は酒はさっぱり駄目だ。それで奈良の時と同じように売り場を素通りした。若い男女がジョッキ片手にうろうろしている姿が目立ち、酒好きにはたまらない機会で、毎月でも開催してほしいという意見があるかもしれない。公園を出た時、逆に入って行く人たちを数人見かけた。出入り口の自販機で150円の入園料を買っていて、その様子は早くビールにありつきたいという様子があった。それはさておき、園内はいつもとは違ってこのビール祭りのために視界が遮られ、薔薇苑がどうなっているかもわからない。それでブースの前をくぐり抜け、ようやく薔薇咲く近くまで出ると、去年と変わらず満開だ。ベンチが蔓薔薇が絡む柵に沿って並んでいて、その半数は人がいないのはいいが、そこに座っても見えるのはビール祭りのブースの背面だ。飲み客が薔薇苑のベンチに座っていなかったのは、おそらくそれが禁止されているからだろう。それで飲み客は薔薇が満開であることに気づかず、せせこましい場所でテーブルについてビールをあおり、尿意を覚えれば薔薇苑の北端に据え置かれている臨時トイレに駆け込む。そのトイレは薔薇を遮っていて、薔薇の写真を撮るためにはトイレの壁すれすれに立ち、また足元には大量のわけがわからないコード類が横たわっていて、それに足を取られながらとなる。それはいいとして、筆者は去年と同じようにずべての薔薇を順に見ながら歩を南へと進め、薔薇が途切れたところで今度は裏手の芝生に回ってまた北上した。つまり、薔薇の柵の裏表を見た格好で、去年も同じようにした。当然裏手はベンチがなく、人は歩かないが、北端が行き止まりになっているのではないから、裏側も見てよいことになっているはずだ。この裏側を歩くと、筆者の姿は薔薇によって8割は隠れてしまうため、表側にいる人たちの無防備な姿を垣間見ることになる。若いカップルはきょろきょろとしながら隙を見て盛んにキスをする。こっちはその様子を見たいために裏手に回ったのではないから、そのような姿を見てもどおってことはない。若者にすれば薔薇が満開できれいな場所であるから、抱き合ってキスくらいはしたくなる。自然な姿だ。そう言えば同じ日、梅田の人混みの中で若い男が彼女の尻を撫でまわしている様子を見かけた。周囲に大勢の人が行き交っていたが、彼らにすれば自然な行為で、破廉恥と咎められると仰天するだろう。
●天王寺公園の薔薇苑、アゲイン_d0053294_17561212.jpg

 ベンチは全部で10いくつかあって、その中ほどに来た時、ひとりの労務者風の初老の男がひとり占めして座っているのに出くわした。驚いたのは、男が食パンをピンポン玉程度にちぎって掌に載せ、それを雀についばませていたことだ。男は笑顔でそれを見ている。雀は全部で10羽ほどいて、盛んにさえずっている。掌に乗る勇気のある雀は筆者が見かけたところ1羽のみだ。それが男の掌の中でパンを突っつく。雀は人に馴れやすいと聞く。だが、そうなるまでには月日を要するはずだ。男が初めて天王寺公園にやって来たのではないはずで、150円の入園料を支払ってわざわざ雀に餌を与えているに違いない。男の顔は満足そうであった。本当なら目の前の視界を遮るドイツのビール祭りのただ中に入ってジョッキを持つのが似合っているような風貌だ。だが、それよりも雀相手にパンを与えることに満足している。餌がほしくても雀はよほどのことがない限り、人の手の上には乗らない。雀が警戒心を持たずにパンをついばむ姿を見ることの方が酒で酔うより楽しいのだろう。その薔薇苑では数羽のセグロセキレイが集まっている様子を見かけたことがあるが、ビルに囲まれた地帯でも、慶沢園や茶臼山公園など、緑がそれなりにまとまっているので野鳥が生息出来る。男の前を素通りして南端に至り、今度は薔薇の柵の裏手の芝生上を北に向かって歩くと、10羽近い雀が集まっているところに来た。ちょうどその表側のベンチにパンを与える男がいた。掌に乗る勇気のない雀は男の近くでおこぼれを待っているが、その場所人が歩かないベンチの裏手だ。そこに筆者がずかずかと踏み込んだのであるから、雀たちは驚いて筆者の前方に飛び立ち、数メートル先で地面に下りるがその頃にはまた筆者は接近しているからさらに飛び立って前方へと舞い降りる。筆者はせっかくの雀たちの食事を邪魔したのだ。それにしても雀は元気がよかった。薔薇が満開になって人が集まり、その中に雀に餌を与える者がわずかでもいる。雀にとっての男の掌は蜜蜂にとっての花の内部としての褥だろうか。いや、そこまで雀は人間を信じていない。人間が気まぐれを起こして掌を閉じれば雀は捕まえられる。そうなれば串焼きにされかねない。そういう危険を本能的に知っている雀に違いないが、人を見れば信頼するに足るかどうかはわかるのだろう。金持ちであろうがホームレスであろうが、雀には関係がない。男は自分が食べればいいパンを雀に与えることに幸福を感じている。そのすぐそばにビールに酔う人や薔薇に酔う人がいて、筆者はそれらの間を通り抜けて行った。いつか筆者も雀を掌に載せられるようになるだろうか。来年はその男になり代わって筆者が掌にパンのかけらを載せて雀を招きたいものだ。今日の最後の写真は14日の投稿の最初に掲げた写真と対になるもので、このカラフルな小花の植え込みを筆者は気に入っている。それが1年経ってどうなったかにも関心があった。だが、1年草がほとんどであったのか、同じような植え込みは姿を消していた。薔薇苑だけは去年と同じようにおそらく全種が満開になっている。街角に咲く薔薇に注意を寄せるのは定年を迎えた暇人だとは言わないように。一旦気づくと、今まで気づかなかったことが不思議なくらいに世の中が違って見えるものであることを忘れないように。
●天王寺公園の薔薇苑、アゲイン_d0053294_17562720.jpg

by uuuzen | 2014-05-26 17:56 | ●新・嵐山だより
●飛び出しボーヤ、その17 >> << ●薔薇の肖像、その1

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?