人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『鄭周河写真展 奪われた野にも春は来るか』
周河」には「チョンジュハ」のルビが振ってある。昔なら「テイシュウカ」と読んだ。男性で50代前半の年齢だったと思う。韓国では原発が4か所にあって、全部で32基あるそうだ。3か所は日本海側というから、現代グループの街、蔚山(ウルサン)に大量の電力を送っているのだろう。



先頃の旅客船事故を思えば韓国の原発は大丈夫かと思うが、韓国でも国民は安全と言われ続けているのだろう。今日取り上げる写真展は昨日見た。立命館大学国際平和ミュージアムで7月まで開催中だ。ここでは毎年世界報道写真展をやる。そのつながりもあって本展を開催するのにふさわしいと考えられたのだろう。だが福島原発事故の写真展は人気がない。アラーキーや篠山紀信が現地を撮影して展覧会を開けばよいと思うが、まずそんなことは起こらない。チョンジュハが福島原発の事故に関心を持ったのは、その事故以前に韓国の原発の写真集を出していたからでもある。つまり原発に関心のある写真家で、福島原発の事故が起こった時は他人事には思えなかったのだろう。2011年11月に被災地を訪れ、その後3,4か月にわたって撮影し続けた。どの写真も横向きで人が写っていない。今回は例外が1点だけあって、外での作業の合間に休憩する老婆が居並ぶ様子を捉えたものだ。どれも静かな写真でしかも被災したことがすぐにはわからないものが多い。瓦礫の山を写さず、事故以前と変わらない豊かな自然を中心に見せようとしている。だが、それでは被災地を取材したことはわからないので、控えめだが津波に洗われて何も残っていない、また泥のしぶきが壁面に散った室内から海を見つめた写真や、一部が傾いた大きな家や壊れた自動車が数台並べられている様子を点景的に含めた写真などがある。全体にカスパー・ダヴィド・フリードリヒの絵画のような雰囲気で、アンドリュー・ワイエスを連想させもするが、象徴性を狙ったのであるからそれも当然かもしれない。原発事故以前とどこが違うのかと思うような平和な空気の方が多いが、そうであるだけにその土地でいったい何が起こったのか、そして今も放射能はどうなのかという恐怖がひしひしと伝わる。それは人間が写っていないからでもある。先に書いた老婆たちが中心になった写真はほんわかとした雰囲気で死の恐怖は微塵も感じさせないが、高齢者であるから10年や20年すれば全員この世にいないだろう。チェルノブイリの原発事故でも老人たちは事故以前と同じようにキノコを採って食べ続け、放射能の恐怖などどこ吹く風という生活を送った。そしてそうした高齢者がその後どうなったかは報じられない。放射能があってもなくてもどうせ寿命が短く、原発事故の数年後に死んだとしても、それが放射能の影響であると誰もあまり考えない。つまり、社会は高齢者のことを考えに入れていない。問題は子どもや若者だ。彼らの姿は米粒程度の大きさでも見事に本展では見ることが出来なかった。被災地にいないというのではなく、チョンジュハは意識して写さなかった。そのことがまた放射能の恐さを暗に伝えている。被災地に長年住んでいたのではなく、旅行者であったから、現地の人々の生活の中、すなわち仮設住宅の内部の生活といったものを撮影しては嘘が混じると考えたのではないか。通りすがりの人間が被災地をどういう思いで見たか。そういう態度を貫いているように思える。それは正直な態度だ。外国人が被災地を訪れて何をどう見るかは限界がある。そのことを最初からチョンジュハは知っていたはずだ。そこで筆者ならどう撮るかをふと思った。京都に住む筆者が被災地を訪れて写真をたくさん撮るとして、やはり仮設住宅に踏み込むことは躊躇する。そんなことをしていったい何がわかるのかという気がする。土足で彼らの生活の中に踏み込み、自分は必要とする写真だけ撮って返るという行為は許し難い。
●『鄭周河写真展 奪われた野にも春は来るか』_d0053294_1494080.jpg

 本展でチョンジュハの写真集がガラス・ケースの内部に2,3冊展示されていた。それを見てぎょっとした。ある写真は海水浴場を撮っている。小さな女の子が水着姿で浜辺に立ち、その向こうには大勢の海水浴客が海に浸かったりしている。それだけなら平和そのものだが、写真が見せたいのは海水浴客の後方数百メートルに連なる白くて丸い原発の4,5個の建物だ。それが遠近法で捉えられているため、まだまだ後方に同様の原発が続いているかのように錯覚する。前述のように韓国は32基あるので、その想像は当たっているの。チョンジュハは比較的貧しい暮らしであったので大学には進めなかったようだが、写真に関心を持ち、ドイツに留学する。帰国後は哲学も学び、写真家の活動を続ける。原発に関心を持ったのは人々が不安を抱えながらも政府が安全であるとの喧伝を信じているためだ。情報操作を政府が行なっているのか、つごうの悪いことは住民には知らされない。それは日本でも同じだろう。福島原発の事故の後、福島の人は声は大きくは上げないが、政府の放射能汚染の発表を信じなかった。今もそうだろう。そして先日の『美味しんぼ』の作者のように、たまに声を上げると袋叩きにされる。いわきのTさんも言っていた。「誰も地元の魚に放射能の影響がないなんて信じていませんよ。それでも野菜はほかの地域のものが手に入らなかったら食べないわけには行かないですしね」 それはさておき、チョンジュハは韓国が電力を使い過ぎると考えている。ドイツで生活した時にドイツ人がいかに電力を無駄にしない生活を営んでいるかを目の当たりにしたからだ。韓国が電力の使い過ぎなら日本はおそらくもっとだ。原発がなければ外国から高い燃料を買わねばならず、そうなれば国力が落ち、国民は苦しい生活を強いられる。政治家はその論理をかざして原発を再稼働させようとしている。3年前にも書いたと思うが、福島原発事故と同程度の原発事故が日本でもう10回ほど起こってもきっと自民党は原発をやめない。むしろ増やすだろう。シャブ中毒と同じだ。だが10か所も事故があればもう住める場所がない。それは常識人の考えで、政府は被曝の許容量の数値をどんどん上げて「まだまだ大丈夫」と言う。それは本当は「もうおしまいです」という意味で、放射能漏れが制御出来ていないからこそ首相は世界に向かって「コントロールされている」と胸を張る。チョンジュハの写真集を手に取って全頁を見たかったが、表紙の写真やまたごくわずかを見ただけでもどういう内容かわかる気がした。本展では人は1枚を除いて全く写っていないのに対し、写真集では子どもから老人まで人がたくさん写っている。そして遠景に原発が見えている。それはちょうど本展に並べられた写真と対を成す。人も原発も写さない代わりに、ごくわずかに津波で破壊された跡を含める。つまり、写真集と本展を同時に見ることで恐怖が倍増する。韓国では今は福島の事故のようなことは起こっていないが、それが生じれば、本展に並ぶ写真と同じような光景が被災地に見られるようになる。そう思えば写真集は原発事故前、本展は事故後の光景であることを改めて認識し、ふたつがつながっていることに気づく。だが韓国の人たちは誰もつながっていると信じたくはないだろうし、また政府の情報操作によって信じないように仕組まれている。となると、本展の写真は韓国の人が見るべきで、チョンジュハはその考えで撮ったと思えて来る。だがそう言い切るのはよくない。韓国の原発に対して警鐘を鳴らすことだけが目的ではなく、福島の「奪われた野にも春は来るか」との思いがあった。そこでチョンジュハは植民地時代の韓国の詩人の詩を思い浮かべ、それを本展の最初にパネルで掲げた。「奪われた野にも春は来るか」はその詩すなわち李相和の作に詠み込まれているものだ。日本によって奪われた土地は日本の敗戦によって韓国人のものとなって春がまたやって来たが、福島は放射能の飛散のために今後どれほど長い年月を本当の春を楽しめないままとなるかは誰にもわからない。それが他国による植民地化のせいではなく、自国の発展を思ってのことが原因であったとは皮肉だ。チョンジュハはそれを反日の思いから内心ざまあみろと思っているのではない。そのことは写真集から明らかで、韓国も明日はわが身と捉えねばならないと警告している。
●『鄭周河写真展 奪われた野にも春は来るか』_d0053294_150192.jpg

 こういう骨のある写真家が韓国にいる。日本にもいるはずだが、大きな力として登場して来ないのはなぜか。そこには江戸時代から変わらぬ精神構造があるだろう。お上のやることには堂々と反対しない。きっと自分たちのこと、国のことを思っていいようにやってくれる。そう信じているか、あるいは信じたがっている。一昨日若い女性タレントか、天皇はマスコットと発言して話題になった。それが正しいかどうかは別にして、「マスコット」という言葉に感心した。筆者はそのような表現を思いつかない。そう考えると若者は若者なりに新しいことをやってくれると期待が持てる。そう考えると今の政治家にますます幻滅するが、それは韓国も同じで、チョンジュハの写真集は日本と国土がそうとう違うからか、あるいは日本の写真家が原発を題材にしないからなのか、海水浴場や人々が普通に暮らす土地に原発がそびえている醜悪な景色を容認した政治家の美意識を疑う。原発は仮りに人々の生活空間に借景として見えなくても、目に見えない放射能の危険に曝されているから、韓国の原発の立地をチョンジュハの写真によって知ると、人間の愚かさを再確認する気になる。原発が安全ならば福島に造らずに東京に持って来ればよいという意見がかつてあったし、また今もあるだろうが、それは韓国も同じはずで、ソウルや釜山に建設すればいいではないかという人があるだろう。100パーセント安全ではないことを学者も政府もよくよく知っているので辺鄙な場所に建てる。100パーセントの安全は自動車や飛行機、電車など、どのようなことにもないから、原発だけを特に気にすることもないと学者や政府は国民に思い込ませようとしている。福島の原発は海を放射能で汚してしまったが、それは外国に迷惑をかけることで、そのことをどれほどの日本人が真剣に考えているだろう。海は広大で、多少の放射能は希釈されて全く問題はないというのが政府の考えで、学者もそれを国民に向かって唱える。原発で住めなくなった場所のことばかりが話題になるが、海洋汚染は原発事故を起こした国だけの問題ではない。大気汚染も含めて原発事故は一国だけの被害で済まない。そのことを思い出させるのがチョンジュハの写真で、どれも完璧な構図、ぱっと見は限りなく平和で美しい景色であるだけに、後から少しずつ衝撃が応えて来る。ちょうどそれは放射能がゆっくりと身体を蝕むことに似ている。チョンジュハはそこまで考えて撮影したに違いない。写真は全紙サイズだろうか、どれも同じサイズで、額縁に入っていた。全部で20点で、これはすぐに見終えてしまうが、100円で販売されている16ページのパンフレットには展示されていない写真も載っている。どの写真も静かに心に浸透し、見つめるほどに泣けて来る。本展は最初は南相馬市立図書館で開催され、次に埼玉の『原爆の図 丸木美術館』、そして東京都内のSESSON HOUSEの3館を巡回する予定であったが、沖縄、長野の『信濃デッサン館・無言館』でも展示され、京都でも実現した。欲を言えば、チョンジュハの写真集からも展示してほしかったが、それには広い場所が必要で、近代美術館あたりを使わねばならない。それが実現することを期待したいが、ま、政府は絶対に許可しない。
by uuuzen | 2014-05-19 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
●『第二十二回 南座 歌舞伎鑑... >> << ●『チベット仏教の世界 もうひ...

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?