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●「第43回 中之島まつり」
の音が水晶橋の階段を上っている時にかすかに聞こえて来た。天神祭の練習を市役所近くの堂島川か土佐掘川沿いでしているのだろうと思って橋を南に進むと、目の前に露店がたくさん並んでいるのが見えた。



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3日の午後に家内と一緒に中央公会堂前の東洋陶磁美術館に行くつもりで梅田から歩いた。ふたりでその周辺を歩くのは1,2年ぶりだろう。筆者も半年は歩いていないかもしれない。水晶橋の階段を上ってすぐに左後方を見ると、阪神高速の高架下、川沿いにデッキが張り出し、カフェが営業していた。先ほど調べると、中之島LOVE CENTRALとかいう商業施設のようだ。そのホームページを見ても何の施設は筆者にはよくわからない。結婚式場のような気もするが、ホテルかもしれない。あるいはただのレストランか。ランチも食べられるようだが、2000円から5000円するので筆者には縁がない。またその店としても若いカップルに来てほしいだろう。対岸は中央公会堂であるから、眺望はいいが、悲しいことに頭の上は高速道路で、以前から何度も書くように筆者は中之島の頭上を走るこの高速道路は大嫌いで、大阪が「水の都」と自称するのはいいとしてもヴェネツィアと比べるのはやめてもらいたい。ヴェネツィアの街に縦横に高速道路が張り巡らされることは今後もないはずで、ヴェネツィアらしい街にしたいのであれば、江戸時代のように道路を元の川に全部戻せばよい。そしてみんなは船で移動する。商業都市の大阪であるので市内に高速道路は必要だろうが、大阪の顔にすべき中之島の真ん中、市役所や図書館、中央公会堂周辺だけはルートを変えるか地下にトンネルを掘るかして景観を守るべきではなかったか。今からでもその改修は可能と思うが、箱ものを建てるのは熱心なくせに、効果が目に見えにくいトンネルは敬遠される。ともかく、その出来て間もない中之島LOVE何とかのデッキに一度くらい座ってみてもいいとは思うが、水晶橋から見る限り、京都の四条や三条の鴨川沿いとは著しく雰囲気が違って、川の泥が臭って来そうな終日薄暗い陰気な場所だ。それで2000円のランチでは営業が長く続けられるだろうか。それはさておき、鉦の音とわかる前、音のざわめきと言うか、野外で演奏していて、ひょっとすれば「ソル・デ・ロス・アンデス」かもしれないと思った。そのことがあって昨日はアンデスの果物売りの少女の写真を紹介したのでもないが、3日は実は昨日書いた郷土玩具研究会の例会が開かれた心斎橋のとある場所に筆者が4月20日に行ったのと同じ道を歩いた。厳密に言えばそれは一部だが、4月20日は梅田に着いたのが例会の始まる1時間前、御堂筋を歩いて行くことにした。筆者は早足なので、わが家からムーギョに行く程度かそれ以下の距離感だ。それはいいとして、3日もまた東洋陶磁美術館で展覧会を見た後、淀屋橋から難波まで歩いた。家内はいやがるが、ぶらぶら歩いているうちに着いた。その話は後日するとして、今日は「中之島まつり」だ。写真を撮って来たので早速それを消化する。
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 今日は連休の最終日だ。筆者は3日に大阪に出た程度で、フランス行きは想像もしなかった。TVで連休に旅行に行って来た若い人たちを空港でつかまえてインタヴューしている様子を昨日のTVニュースで見たが、フランスやその他もっと遠方の地を答えていて、年に一回程度の海外旅行はあたりまえになっているようであることを想像する。金のあるなしに関係なく、旅行好きの人とそうでない人があるとはいえ、海外旅行となると経済的なゆとりは必要だ。「中之島まつり」は筆者は10年ほど前に経験したことがあるが、1973年から毎年行なわれていることは知らなかった。もちろん規模は昔はもっと小さかったと思うが、バブル期はどうであったかと気になる。43回も続いているのは大したことで、ゴールデン・ウィークにそれだけたくさんの人が集まることを示し、それは海外旅行にあまり縁のない人が多いことを意味もしているのではないか。せっかくの連休、せめて子どもたちを喜ばせるには、交通費がさしてかからない地元で開かれる無料のまつりがよい。そう考える夫婦が多いので43年も続いて来たように思う。筆者らのように、たまたままつりに遭遇したという人も多いだろうが、大阪の市民新聞などで告知されているはずで、集まった人たちの大半は大阪人だと思う。そして大阪は広いので、天王寺辺りから来ているひとは少なく、せいぜい半径2,3キロ圏内の住民ではないだろうか。中之島はこうしたまつりが行なわれない限り、地元住民はほとんど訪れない場所と思う。市役所や裁判所に用事がある人はそれを済ますとさっさと帰るだろうし、図書館を訪れる人も用事が済めば中之島に留まる必要はない。寛ぎの空間としてあまり機能していないことになりそうだが、それは「中之島まつり」で出現した露店が普段はないからで、つんと澄ましたところが大阪人には踏み込みにくい。ましてや対岸にはLOVE何とかという、筆者の感覚では絶対に命名しないようなこそばい名前のレストランらしきものが出来て、ますます海外旅行には縁のないような人たちには足を向けにくい。市役所はそれを知って「中之島まつり」を始めたのかもしれないが、たくさんの人が集まるのはそのまつりの間だけでもいいということだ。また他に同様のまつりを開くとしてどこがあるかとなれば、首をかしげる。ともかく、普段は静かな地帯が、5月の連休の3日間だけはいろいろ催しがあり、また露店も出るというのはよい。京都に住む筆者は弘法さんや天神さんの縁日で露店をたくさん見るので、「中之島まつり」はさほど珍しくはなかったが、大阪らしいものがあれこれ目について面白かった。ひとつとても気になったのは、中央公会堂横の土手道に設置されていた1回100円で体験出来るテント内の催しだ。お化け屋敷のようなものと思うが、数十人の親子が列を作っていた。お化け屋敷なら小さなテントひとつでは無理だ。ところがそれは利用者がテントの出入り口から半分はみ出た形で中で何やら動くものを扱うか乗るかするような催しで、体験し終えた子どもが大いに喜んでいた。金をたくさんかけた大がかりなものを使わず、テント内で何か見せるか体験させることで親子が楽しめるというのは、アイデアがよい。それはいかにも大阪人っぽい。海外旅行に縁のない人向きとも言うか、面白くて安いというのは絶対に欠かせない要素だ。そのことは「中之島まつり」全体に通じている考えだろう。
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 水晶橋をわたって左に東洋陶磁美術館があるが、そこに至るまでに古本の露店があった。たぶんクライン文庫だろうと思っているとやはりそうで、思わず店長を探した。日本橋の店は閉め、またネット・オークションでも見かけなくなっって1年以上経つが、こうした催しに出店するところ、どうにか頑張っているのがわかる。東洋陶磁美術館の展示を見ている間、外で演奏する音が館内に聴こえていた。何しろすぐ前が公会堂の正面玄関で、その前に特設舞台を設置し、その両脇に巨大なスピーカーが置かれている。館の外に出ると、フラメンコ・ギターの音がそれから鳴り響き、舞台に20人ほどの若い女性が同じ格好で踊っていた。ギタリストはひとりで、舞台後方中央で椅子に座って演奏していて、その髪型や衣裳、年齢がまるでパコ・デ・ルシアそのもので、日本が外国文化は何でもござれの状態であることがよくわかった。演奏はうまかった。その点でもパコは真っ青だろう。2週間ほど前、朝のTV番組「よーいドン!」でフラメンコ・ダンサーを紹介していた。てっきり彼女が主宰しているフラメンコ教室の発表かと思って先ほど調べると、名前が違った。つまり、それほどフラメンコで有名な女性がいて、スペインに行かなくても本場の香りが楽しめる。しかも「中之島まつり」は無料であるから、海外旅行に縁のない人には持って来いのお祭りだ。舞台の前はたくさんの人で、とてもまともに踊りの様子が撮影出来ないが、左端に陣取って7,8回シャッターを切った。いちおうそれで納得することにして、東洋陶磁美術館前を東へと向かって露店を次々に覗き込んだが、もう片づけにかかっている店もあった。キリン・ビールをプラスティックのコップで売る店があって、泡がおいしそうに立っていたのでよほど飲もうかと思ったが、まだ難波に行って展覧会を見なければならない。それに難波まで歩く予定だ。それで諦めた。露店が並ぶ東端まで行かずに引き返すことにし、ふたたび公会堂前に来ると、今度はダンサーは20数名から数名に減っていた。先生格なのだろう。それで舞台からは遠くなりはするが、公会堂が正面に見える場所は人が少なく、頭の間から踊っている様子がまともに見えた。歌は女性が3人担当し、うちふたりは合いの手専門で、その堂に入った様子も本場並みではないか。そう言いながら、筆者はスペインに行ったことがないので本場のフラメンコは知らない。「中之島まつり」のプログラムを1冊もらったので、今それを見ると、5日ならば同じ舞台にアンデスのふたり組バンドの「ソル・デ・ロス・アンデス」が出演した。もっとも家内によれば彼らの演奏はたまに京阪四条駅の鴨川畔でも見られるそうで、先のフラメンコほど珍しくない。だが、大きな舞台の上での演奏であるし、客数ははるかに多いから、彼らの頑張りはまた違うだろう。
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 公会堂前を通り過ぎ、市役所の脇まで来ると、50代かひょっとすれば筆者と同世代らしきフォーク歌手が歌っていた。普段は路上で歌っているのかどうか知らないが、歌っているとすれば珍しい年齢だ。いかにも70年代という感じの歌で、筆者は日本のそうしたフォークを好まない。それならもっと派手なロックンロールの方がよい。そのフォーク歌手の斜め前に似顔絵コーナーがあった。4,5名がテントを張って営業していて、どの画家も2,3人が待っていた。また画風はみな異なって、彼らをどう選んだのか知らないが、客は画風を見て好きな画家に描いてもらえるのがよい。こうした似顔絵は実物よりきれいに描くのが常識で、実際どの画家も似ているのは少しで、8割は理想化であった。だがそれでよいのだ。描いてもらう人たちは現実を知りたいとは思っていない。占いと同じで、客を喜ばせ、夢を持たせねばならない。であるから、似顔絵画家はサービス精神が旺盛でなければならず、大阪人向きだ。真に迫っていなくても相手にそう思わせるのはそれなりの力量が必要だ。だが最近は極度の誇張をして描くことが流行していて、京都の新京極ではそういう似顔絵の店がある。そういう似顔絵はどれも一見醜く見えるが、笑わせることを忘れていない。それで客は自分の顔がこんなに極端ではないと内心文句を言いながら、仕上がった顔があまりに面白いので画家の才能に驚嘆し、満足する。話を戻して、数人の似顔絵画家はひとりを除いて大学生のような気がした。あるいはそれほどに若い。端にいたひとりは筆者と同じくらいの年齢と思うが、その男性の画風が一番よかった。身なりはかまわず、風采の上がらなそうな印象だ。だが誠実さが感じられた。絵が好きということだけで生きて来た人かもしれない。もう仕上がっていると思えるのに、まだ細部に手を入れていて、少しでも自分の満足行く絵を相手にわたしたいという思いが見えた。今日の3枚目の写真は左端にピンク色のシャツを着て立つフォーク歌手、右端にその画家を収めた。似顔絵コーナーの西は北朝鮮に拉致された人を救う会の署名運動のテントがあり、またさまざまなNPO団体がチラシなどを配っていた。市役所を過ぎて御堂筋に出て淀屋橋をわたろうとすると、また鉦の音が聞こえた。結局どこから鳴っているのかわからない。たぶん景気づけにスピーカーから録音したものを小さく流しているのだろう。そう言えばもう夏に近い気温で、天神祭はすぐのような気がする。淀屋橋から上流を見ると、ちょうど川岸から遊覧船が離れ、半回転して上流に向けて出発する様子が見えた。家内はその船に乗ったことがない。どうせよく知っている場所を船内から見るのだが、それは体験した者が言うことだ。フランス旅行が無理で大阪の遊覧船も無視となれば、どう喜ばせればよいだろう。運動のためと言いながら御堂筋を梅田から難波まで歩くのは一度は騙せても二度は難しい。
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by uuuzen | 2014-05-06 23:59 | ●新・嵐山だより
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