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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●東北太平洋沖大地震から3年
気に日々過ごしているような気になるのが、3年前の東北太平洋沖大地震の被害を思い出した時だ。今日は朝からTVがその大地震関連の番組を放送していた。被害を忘れないようにするために、これからも毎年そうなるだろう。



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被災地の様子は2年前と状況はさほど変わっていないように見えるが、復興はゆっくりとではあるが確実に進んでいる。今日のTVでおやっと思ったのは、京阪の伏見桃山駅から徒歩1,2分のところに、被災地からやって来た人たちが町屋を利用したカフェを営業している映像であった。そのすぐ近くを先ごろは歩いた。道が1本違っていたのでその店の前は通らなかったが、次の機会には覗いてみようと思う。京都にやって来て安心して営業、生活し、もう故郷に戻る気はないのかと思って画面を見ていると、店主格の女性が帰りたいと言った。それが無理なことはわかっていても、長年住んだ場所が恋しいのはあたりまえで、いつかは故郷に戻りたいと、他府県に出た人はほとんどが思っているだろう。一方で年々故郷に戻ることを断念している人が増えている。復興しても過疎化に悩む時が来るのであれば、復興の方法や規模を考えながら進めるべきだが、先のことは見通しがつきにくい。それで将来から見ればそうとう無駄なことを今やっていることも多いだろう。これも今朝のTVで知ったことに、宮城県のどこかのきれいな砂浜のある海岸に高さ15メートルの防潮堤がかなりで出来ている。長さは1キロはあるだろう。それをもっと延長し、3年前に津波で被害を受けた地域を取り囲む。その費用が260億円程度で、税金の無駄使いのようだが、その用地を地元の人から買収し、家を失った人はその土地を売ったお金でどこかに新たに家を建てることが出来るので、ただ途轍もない大きな防潮堤が出来ることだけを取り出して批判は出来ない。それでも地元では反対意見は当然ある。景観が大きく変わり、自慢の砂浜も失われる。それに巨大防潮堤が役立つのは100年か200年に一度で、それまでの間に劣化もする。筆者は横にいた家内に呑気にこう言った。「津波を防ごうとするのではなく、逃げることを真っ先に考えるべきで、避難塔を500メートル間隔に建てた方がはるかに安くつき、自然を破壊せずに済む」。そのように考えている町もあるはずで、またそのような建築物を専門に建てる業者が去年TVに出ていた。鉄骨で15メートルから20メートルの避難塔を建てるのはさほど場所は取らないし、普段はほかのことに利用することも出来る。ただし、この塔では命は助かっても財産は失う。それを避けたいので巨大防潮堤がほしいと考える人がある。景観よりも個人財産や命が大切だ。先日から何度か書いているように、それと全く同じ考えが日本中の一級河川にも適用され、100年に一度の大雨でも川から水が溢れ出ないように川を大きくしようという基本方針が決まった。
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 3年前の巨大地震に襲われた場所と、そうではない筆者が住む嵐山地域が、「転ばぬ先の杖」主義で大型の公共工事が計画されている。つまり、日本は自然環境よりも個人の財産や命を優先することを覚悟した。この動きは高度成長期から加速化したもので、今もなお速度を上げているので、行き着くところまで行く。先に書いたように、数十年以上経って、不要な工事をしてしまったと思うこともあるだろうが、その時はその時で、無用になった巨大建築物を壊せばよい。それもまた公共事業であるから、景気を保つにはよいと政治家は言うに決まっている。税金を使うのであるから、なるべく無駄はしないでおこうと考えるのは常識だが、何が無駄かは人によって考えが大きく違う。高さ15メートルの防潮堤が100年に一度しか役に立たなくても、100年に一度役立ては多いに価値があるという見方がある。そして、一旦そのように考えると、たとえば巨大防潮堤が無駄であるとかそうではないと言うことは単なるエゴではないかと萎縮する。そして次には専門家に任せておこうという気になるが、その専門家がよってたかって造った原発が3年前の地震でひとたまりもなかったのであるから、いったい誰を信じていいのかわからない。そこで舞い戻る考えは、「先のことは誰にもわからない」という逃げであり、これをひとまず呑気と言っておいてもよい。振り出しに戻った気持ちでまた思い浮かんで来るのが経済的に貧しかった頃の日本で、その頃は巨大防潮堤など考えもしなかったであろう。それは莫大なお金がかかることのほかに、自然を壊すからだ。それを避けることを第一条件に考えた方がいいのではないかという事件が3年前の大地震であった。津波はまだしも、放射能で汚染されてしまった地域はもう人が住めない。たった3年でそれもほとんど大丈夫といったことを政府は言うが、地元の人は誰も信じていないだろう。便利なものは不調に陥った時が恐い。手の施しようがない。その点で原発も巨大防潮堤も同じようなではないか。アメリカが武器産業をなくすことが不可能な状態にあるのに対して、日本は永遠に土建業が潤うことを続けねばならない。先に書いたように、すぐに無用の長物になってもかまわない。むしろその方がありがたい。取り壊すのも仕事だ。土建屋はきっと日本が自然災害の多い国であることを喜んでいる。これがヨーロッパのように建物が200年以上も保つとなれば、仕事が減って困る。だが、土建屋も放射能はいやなのはあたりまえで、復興が思うように進まないのは業者が少ないからだろう。福島原発は完全にコントロールされていると言ったこともあって東京でオリンピックが開催されることになったが、今の調子では被災地は劇的に復興することは難しいだろう。人は目新しいものに気を取られる。スカイツリーやハルカスの展望台からは被災地はあまりに遠くて手見えない。
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 昨日書き忘れた。ハルカスの展望台にいる間、ほんの少しだが、南海トラフの巨大地震が起こればどれほど揺れるかを思った。倒壊はないとしても、展望台は横に2、30メートルは揺れを繰り返すのではないか。そうなればガラスが割れるかもしれない。ま、みんなそんな運の悪いことに遭遇しないと高をくくっていて、筆者の同様の呑気さで動揺はしなかった。それでも西日に照らされる大阪湾を見つめながら、そこに巨大津波が襲うとどのように見えるか、また西部地域に津波が押し寄せ、細かく密集する家がずずずずっと押し流されながら壊れて行く様子はどのようであるかが容易に想像出来た。それは3年前の巨大津波に襲われる家並みの映像をTVやYOUTUBEでさんざん見たからで、大阪が洪水被害を最小限にとどめるには、ハルカスほどの超高層は必要ないが、津波から安全な高さはあるに越したことはないと思ったりもした。にもかかわらず、筆者がハルカスの展望台から眺めたのは高層ビルではなく、2階建ての家が密集する地域だ。そこには昔の大阪人の暮らしがあるだろう。大阪市は上町台地以外はどこも海面とあまり高さが変わらず、巨大津波が来れば、生駒寄りの東部以外はどこも浸水してしまうが、それは想像したくない。そこで自分が地震はともかく、津波の心配のない嵐山に住んでいることを思い出し、そのことをさしてありがたいとは思わず、たまたまそうなっただけで、家内も筆者も大阪の方がいいとよく言い合っている。いつも以上に話にまとまりがないのは、巨大地震から3年経ってその恐ろしさが薄れたからでもあるだろう。どんな衝撃も年月が経てばそれなりに収まる。少しずつであっても復旧に向かっていると聞くとなおさらで、とにかくもう二度と原発の事故が起こらないことを願う。元首相が都知事選に出馬して原発不要を訴えたが、それを無責任と見る人もあれば本当に日本の将来を見据えていると捉える見方もある。筆者の考えはどうかと言えば、専門家でないのでよくわからないのが本音だが、原発事故はもうこりごりなので、そのわずかな危険でもない方が気が楽だ。それを呑気と言うのだろうが、呑気に生きて行けるのが一番ではないか。エネルギーの効率のよさを第一に挙げ、どうすれば最も儲かるかを考えるのはわからないでもないが、他人に迷惑をかけず、後世の人に厄介なものを遺さないという態度が第一であると思う。昨日の最後に書こうとしながら書かなかったことがまた頭をもたげて来た。それはこういうことだ。小鳥はほんの少ししか食べない。そのような生き方を人間もすべきだ。これは食べ物以外においても慎ましく生きることだ。そのような考えには原発は馴染みにくい。放射能廃棄物は慎ましくはないからだ。巨大な防潮堤もそうだ。永遠にそれが同じ状態であるはずはなく、劣化して不要となれば、壊して細かくしたところでとんでもなく邪魔な物になる。それを処分する後の世代の身になってみるのがよい。最後に今日の写真を説明しておく。最初は1月下旬に桂川右岸から松尾橋を遠くに見て撮った。以前は雑草が生い茂っていた。それがすっかり刈り取られ、まるで津波に襲われたかに見える。人間も時に徹底して環境を変える。2枚目はハルカス展望台からの眺めで、筆者のボロカメラを最大ズームにして撮った。3枚目は去年5月だったか、天王寺公園内の薔薇園からハルカスを見た。最後は先日大阪天満宮に行き、その境内で開催されていた日本各地の物産展のうち、福島県のテントの下にあった観光ポスターだ。この三春の滝桜は3年前の地震で被害を受けなかった。4月下旬に満開になるこの樹齢1000年と言われる名桜を一度は見たいのだが、呑気にかまえていると、いつまで経っても思いはかなわない。
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by uuuzen | 2014-03-11 23:47 | ●新・嵐山だより
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