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●変わる木
壁の高さが5,6メートルはあると思う。家内の姉の墓地は竹藪が背後に迫り、数メートル脇にそんな擁壁がある。西国街道にほぼ面したところで、昔からそこは墓地であったようだが、家が増えたので竹藪を切り開き、また土を高く盛って新たに墓地を広げた。



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以前から気になっていたが、今日はその擁壁から2メートルほどに並ぶ墓石がことごとく擁壁側に10度ほど傾斜している様子が気になった。以前よりも傾きがひどくなっているようであるからだ。麓の墓地の出入り口には墓石屋の広告看板があり、そこに、墓石の傾きを直しますとある。それは簡単なことではないだろう。墓石の下はコンクリートで、その果てが同じくコンクリートの擁壁になっている。山の斜面を墓地として平らな土地にするため、擁壁を築いた後に大量の土砂がその内側に突き固められた。だが、家を建てず、もっと軽い墓石であるから、その尽き固めの作業は念入りの度合いがそこそこであるだろう。そのため、擁壁内部の土は地盤沈下し、また擁壁を押し続け、それで擁壁に近い箇所が凹み、その上に立つ墓石が傾く。墓地の造成がまずくて墓石が傾くのであれば、それを有料で直すとは半ば詐欺ではないか。同じようなことは新築の家にもよくある。わが自治会でも高さ10メートルほどの擁壁を築いた土地に木造の2階建てが出来て早々と売れたのはいいが、数年後にその擁壁が壊れ、家の下は半分ほどがぱっくりと口を空いたように土砂が下の川に落ちてしまった。チャップリンの映画に家の半分が崖の先端からはみ出るものがあったが、それと同じだ。業者は無料で元どおりにしたが、住民からすればけちがついたようで、あまり住みたくはない。そんな高い擁壁を造って家を建てても業者は儲かる。それは擁壁の築造費が安いからか、それとも家の建築費がそうなのか、どっちにしろ建築業者はそうとう儲かると見える。墓地などもっとではないか。昔、墓のないことははかないことというTVコマーシャルがあった。だが、少子化で結婚しない人が増え、墓を購入してもその面倒を見る子孫がいなかったりする。そうなると墓地を管理している会社や寺が儲かる。後継者がない墓をさっさと整地し、新たに販売すればよいからだ。だが、その新たな買い手がこれからはどれほどいるかだ。いろんな埋葬の方法がここ20年ほどで増加した。韓国ドラマでは散骨場面がよくあるが、日本もようやくそれを認めるようになって来た。墓下の骨が置かれれば、その暗くて冷たい内部で故人は牢に入っている気分ではないか。それより散骨してもらえれば、自分が土や空、つまり宇宙になったように自由だ。骨は全部自然の中にばら撒き、また墓も建てるというのが一番いいのかもしれない。今日見た傾いた墓のひとつに、墓石の最下部から少し下、すなわち骨を入れる部分の正面に小さな南京錠がついていた。ほかにはそんな墓は見当たらない。鍵をかけて中にどのような重要なものを収納しているのだろう。鍵を失ってしまうと大変だ。それに鍵をかけているとかえって中を見たい人があって危険ではないか。
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 義姉の墓にみんなで線香を上げる前、家内の姪が樹木葬というのがあると言った。それは筆者も聞いたことがある。韓国ドラマでも見たことがある。木の下に骨を埋め、その木が育つのを楽しみにする。なかなか夢がありそうな話だが、筆者は感心しない。樹木の寿命は数百年と長い場合があるが、たいていは半世紀程度ではないか。その樹木墓地を管理している会社が倒産でもすれば樹木はみな切り倒される。地面に深く根を張っている木はよほどのことがない限り倒れることはないようだが、台風や地滑りなどで倒れることがある。以前書いたように、去年9月の台風18号が嵐山地区に洪水をもたらした後、国交省が予算を投入することを決め、早速渡月橋から下流の河川敷を丸坊主にした。樹齢30年ほどの樹木はことごとく切り倒され、人間が座るのにちょうどいいような株だらけになった。それらの木にすれば、急に皆殺しにされ、大きな悲鳴を上げているだろう。役所は地元住民の批判をかわすためにそそくさと伐採した。洪水がなければまだそのままにしていた。木は伸る一方で、時に邪魔になって切り倒される。そうそう、今週火曜日に京都市立美術館に行く途中、とある学校のグラウンドのフェンスに絡まっている幹や枝の断片を見た。それについては数年前に気づいて写真を撮り、「おにおにっ記」に書いた。そのため、カメラを持っていたのに新たに撮影はしなかった。「おにおにっ記」ではフェンスのごく一部しか写していないが、実際はその何倍も面積があり、もっとたくさんの樹木の断片が絡まっている。ほとんど現代芸術作品で、ぎょっとさせる光景だ。あまりに背が高くなり、見通しが悪くなったので切り取ったのだろう。金網に絡まっているものも全部除去すればいいのに、木は成長する過程で金網を内部に取り込み、よほど時間をかけなければそれらの断片を外すことは出来ないのだろう。木はそのように人間にとって始末が悪い面がある。桂川の河川敷に生えていた木も根までは撤去されない。川の流水断面には関係がないからだ。深い根も今ではパワー・ショヴェルで簡単に掘り返すことが出来るが、それでも手間であるし、またその根の処分も大変だ。切株となった状態で根は何年ほどで土に返るのだろう。太さや環境によるが、長い場合は100年単位の時間がかかるのではないか。神社の御神木に切株状になったものをしばしば見かける。もう死んだ木ではあるが、かつての威容を偲ぶよすがになるし、また長年そのままの状態で立っているからだろう。
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 先月中旬、京都駅ビルで展覧会を見に行くのに四条烏丸駅から京都駅まで歩いた。五条警察署を過ぎた辺りであったか、街路樹がみな高さ1メートルほどのところで切られていた。何事かと思いながら数十メートル行くと、そうした1本を根こそぎしている現場があった。幹を切るのはひとりで充分、しかも簡単だが、根を全部掘り起こすのはその何倍も労力がかかるようだ。もちろんパワー・ショヴェルは使われているが、何しろ車道際の狭い場所だ。車も通行人も多い。なるべく掘る面積は少なくする必要がある。地面すれすれに伐採すればよさそうなものだが、根を除去しなければならない理由がわかった。街路樹の植え替え工事なのだ。3月末までにこのような工事がよく行なわれる。予算を年度内に使い切ってしまうためだ。切株状になった一本に工事の説明書きがくくりつけられていた。「烏丸通・緑の道路環境整備事業」と題され、筆者の「緑のタペストリーと絨毯」を思い出すが、そう言えばそろそろその題名で投稿を再開しようか。話を戻して、「同環境整備事業」は樹齢半世紀に達していたスズカケノキを明治45年に最初に植樹されたユリノキに戻すものだ。スズカケノキは丈夫で成長が早いらしいが、半世紀を経て老朽化し、害虫の発生もあった。烏丸通りを歩きながら、この木はプラタナスと言う方がぴんと来る。葉が大きく、秋になると路上に落ち、それを踏むとガサガサと音がする。花は咲くのだろうが、見たことがないところ、ごく小さいのだろう。実は何度か拾ったことがある。鈴のように丸く、それでスズカケノキと呼ぶ。ユリノキは比較的大きな白い花が咲く。その方が歩道を歩いていて楽しいだろう。明治45年に植えられたユリノキがいつまで立っていたのだろう。その最盛期の姿が絵はがきなどに残されている気がするが、スズカケノキが生い茂る様子より立派であるので復活させようというのでなければ、たとえば桜でもいいではないか。ともかく、寿命が何年か知らないが、やがてそれもまた別の木に植え替えられる。樹木を植え替えることは筆者の考えの中にはない。根を掘り返す手間が大変であるし、何より木に申し訳ない。だが、人間のつごうで樹木はどうにでもされる。烏丸通り全体に植えるのだろうか。筆者が見た限りでは四条から京都駅前までは植え替えられる。烏丸通りは京都の南北のメイン・ストリートだ。それにふさわしい風格が生まれればよい。
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by uuuzen | 2014-02-09 23:59 | ●新・嵐山だより
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