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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●天龍寺の百花苑
と呼ぶような広い庭があって、そこで天気のよい日に気の合った者と宴でも開けば楽しいだろう。苑と呼ぶには形が尖った三角形だが、わが家のすぐ近くにある50坪ほどある空地を買わないかと持ち主から話を持ちかけられている。



●天龍寺の百花苑_d0053294_0575463.jpg

降って湧いたような話で、またとても買う金がないし、それに手に入れても筆者なら放置したままとなる。隣家を買っても本やがらくたの置き場にしているし、本を探すのもここ2か月ほどしていない。そんな状態で50坪の土地を手に入れても、どうしていいのかわからない。わが家の裏庭向こうの河岸の細い道は2年前にさんざん瓦礫を掘り起こしていちおう整地し、そこに天神さんで買って来た紅白梅の苗木を植えたのはいいが、それ以降ほぼ放ったらかしだ。だが、50坪の土地があれば、そこを梅林にするか、桜と楓を植えるかして、自分専用の植物園のようなものにしたい気はある。だが、この年齢で苗木を植えても、もう古木になるまで生きられない。50坪あれば高さ3メートルほどの梅の木なら10本は育つだろう。その満開の花の中でひとりぽつんと立って花のほんのりとした香りをかぐのはどんなに贅沢だろう。その夢想で充分な気がする一方、買える金があればほしい。値段の交渉まではしていないが、もうかなり話はしている。陽当たりのよい南向きの場所で、家を建てるには絶好の土地だが、残念ながらある条件のためにそれには大きな問題がある。筆者は家はもう充分なので、自分が楽しめる空間にしたい。それは野鳥が飛んで来るような庭だ。庭といっても天龍寺の曹源池周辺の立派に手入れされたようなものでなくてかまわない。手入れに金をかけず、なるべく自然のままがよい。そんな土地のために大金を使うのは全く馬鹿のすることだが、筆者はそうしたい。価格次第の話でもあり、相手がいくらほしがっているかわからない。先日書いた近くの料亭であった土地は坪100万ほどで、それからすれば5000万か。まさか。そんな大金が筆者にあるはずがないし、そんな高値で売れるはずもない。うんと割引する理由は相手にはある。ま、この土地の件に関しては今後ブログに書くかもしれない。今日は先月24日に訪れた天龍寺の庭についての「その2」で、曹源池の北に隣接する百花苑について書く。何坪あるのだろうか。曹源池よりは広いはずだが、倍もないだろう。筆者の印象ではせせこましいほどだ。そこに本当に百の花が咲くのだろうか。たぶん百ほどたくさんあるとの意味だと思うが、案外多くて百以上かもしれない。1坪の土地に3,4種類の小花を植えることは出来るから、百以上はあるかもしれない。少ないと感じたのはまだ寒い時期で、花は冬眠中であるからだ。それでもちらほらと咲いている花はあって、その少ない鮮やかな色がかえって懐かしいような味わいがあった。
●天龍寺の百花苑_d0053294_0581490.jpg

 池を見て順路にしたがって北に進むと、すぐに苔の名札が数種類目に止まった。そのひとつの苔の中に福寿草が混じっていた。その写真が今日の最初だ。福寿草はこれから黄色い花を咲かせるのだろうか。全体に焦茶色で、もう枯れてしまったと思う。点在する福寿草を埋め尽くすかのように苔が広がっていて、このせめぎ合いは双方の植物にとって気持ちいいのか悪いのか、ともかく仲よく植わっているようには見える。この写真はあまり地味で、平凡以下の出来と言ってよいが、筆者は少し気に入っている。陽射しがいかにも冬で、また温かい雰囲気がある。苔も福寿草もちょうどいい按配なのではないだろうか。話は脱線する。「苑」は植物を連想させるが、字義によれば動物も必要らしい。植物だけではさみしい。そこに小動物がいてこそ楽園だ。天龍寺の百花苑には野鳥は飛来するはずだが、獣はどうか。たとえば狸だ。それが無理ならば猫でもよい。犬は無理だ。たちまち保健所から捕獲に来る。猫ならば寺側はたぶん見逃す。その猫について思い出したので話が脱線するのだが、今日、自治会の会計役に筆者が本年度に使ったコピー代の領収書をまとめて持参した。ちょうど1年分だ。4650円であった。四条寺町の5円コピー屋に一昨日行くと、先月末でコピー機を置かなくなったとのことで、今後は別の5円コピー店を探さねばならない。A3を5円でとらせてくれるところだ。それはどうでもいい。話を戻すと、会計役が勤務する場所に言って話をしていると、筆者の足元にでっぷり太った、そして薄汚れた白猫が触れそうになった。見ると数年前からわが家の近辺をうろついている野良で、ここ1年ほど見かけなかった。それがまだ生きていた。そして真冬の逆戻りで辟易したのか、ストーヴで暖を取るためにその場所に終日いるらしい。目を閉じてストーヴから30センチという場所に陣取っている。ここは自分の席だといったように、貫禄充分で、動く気配がない。そんな猫がもっと温かい季節になって天龍寺まで遠征し、百花苑を散策する様子を想像すると面白い。猫もたくさん花が咲く場所を歩くのは気分がよいだろう。脱線から戻ろう。苔は3,4種類の立札があった。それも百花のうちか。「百花」を言うのであれば、名前を墨書した木札に番号を打てばいいが、そこまで百にこだわっていない。だが、木札に番号を振り、入園する際に番号順に植物名を書く用紙を手わたせば、小学生は喜んで順路を何度も走り回る。その様子は「苑」でもある。子どもは小動物と変わらない。子どもが多く訪れるのも楽しい光景だが、うるさくて仕方がないという苦情を予想してではないが、まず名札に番号を振ることはない。
●天龍寺の百花苑_d0053294_0583554.jpg 2枚目の写真は椿の花がひとつだけ咲いているのに気づいたものだ。2年前の春に家内と金閣寺に行った時も椿の花を撮った。そのことを思い出した。この椿の木の右手10メートルほどにベンチがひとつあった。ベンチではなく腰かけにちょうどいい大きな石かもしれない。そこに西洋人の美しい金髪の女性とその幼ない男女の子どもがふたり寄り添って座っていた。日向ぼっこだ。その様子が絵のようであった。筆者が見かける何分前からその場にいたのだろう。3人は無言で、花を見るでもない。ただただ日本の寺の静かな庭を味わっているようで、その姿を一瞬見た筆者にも彼らが感じている一種の永遠性が伝わった。その後筆者は北門近くまで行き、またその場所に戻ったのは10数分してからだ。3人はちょうどその場を後にしたばかりであった。すでに北門近くまで行ってその場所で長らく座っていたのか、それともその場所に来てからそこが気に入り、その先には歩を進めなかったかのどちらかと言えば、絶対に後者であると思う。何でも欲張る必要はない。気に入った場所で長居し、そこで充分楽しめばそれが強い記憶になる。順路にしたがって隅から隅まで同じ調子で歩いても、気に留めたことが少なければ何にもならない。旅も同じで、名所ばかり急いでたくさん回っても、ほとんど印象に残らない。百花苑を一巡して筆者は数枚の写真を撮った。それらはどれもそれなりに心を留めたからだ。だが、こうして思い出しながら書いていると、どの写真の光景よりも、撮影しなかった外人の親子3人の姿、その表情が最も強い記憶となっている。また、それだけでも百花苑を巡ってよかった。そのように結論づけるともう書くことはなくなるので、もう少し写真について書く。3枚目は春の青空を背景にして、黄色の蝋梅の花、赤い椿が咲いている。それら三原色の対比を面白いと思った。また地面に映る影もよい。向こうの建物の屋根は少々無粋だが、なるべくそう見えないような角度を選んで撮影し、また画像を加工した。筆者が「加工」という場合、「トリミング」のことだ。この写真はそれなりにトリミングに手間取った。それはこの写真に見える陽射しと場所が好きなためで、なぜ好きかと言えば、向こうが上り坂になっているからだ。ではなぜ上り坂がいいか。それは向こうの端まで行くと、眼下に何が見えるかという期待感があるからだ。下り坂ならそれが見えている。それは面白くない。先の状態がわからないのが楽しい。人生と同じだ。人生は長生きすると誰でも下り坂を転がって行くが、それでもどの瞬間でも上り坂と同じく、先のことはわからない。それを楽しいと思わねばならない。そうでなければ生きている価値がない。それはともかく、百花苑は全体が平地ではなく、北門に向かって上り坂になっていて、また3枚目の写真のように、東に向かっても一部上り坂がある。大きな庭にはそうした高低はつきもので、それを思えば最初に書いた50坪の土地も土をあちこち高く盛って歩き回るのに楽しいようにすべきか。
●天龍寺の百花苑_d0053294_0584918.jpg

さて、もうひとつ段落を書いておこう。北門近くで20代の庭師を3人ほど見かけた。花木の手入れをしていた。観光客の少ない日を狙ってのことだろう。黙々と作業していて、その姿は庭に溶け込んでいた。彼らがいるために百花苑はその役割を果たす。庭は手入れしなければすぐに雑草だらけになる。またさほど広いとも言えない場所に百かどうか多くの花を咲かせるのは重要な役目だ。帰りがけに気づいたが、赤い寒牡丹が咲いていた。こういう比較的珍しい花は植物園でもあまり見られない。筆者は20代の終わり頃、寒牡丹を写生するために当麻寺近くの石光寺に行ったことがある。その寺は寒牡丹で有名で、筆者が着て行ったのと同じ赤のダウンジャケットと同じ色の花が境内にところ狭しと咲いていた。その頃天龍寺の庭で寒牡丹が見られることを知っていれば、もっと手っ取り早かった。だが、その頃に百花苑があったのか、またあったとしても寒牡丹が植えられていたとは限らない。それはさておき、4枚目の写真は百花苑の中央ほどにあった長方形の浅い池に置かれた蛙の焼き物で、「ゆるキャラ」のようにふざけたものに見える。「無事帰る」の意味でもないはずで、さて何のためか。小銭がたくさん投げつけられているのは、中央の大きな蛙の前に円形のくぼみがあるからで、池の縁からそこに向かって小銭を投げつけるらしい。金閣寺にも小銭を投げ入れる場所があった。「白蛇の塚」に置かれた石仏前の入れ物で、そこに向かって大の大人が何度も挑戦していた。「ゆるキャラ」で思い出した。比叡山や高野山はそれを作ってよりいっそう多くの人に来てもらう宣伝をしている。金閣寺や天龍寺はその必要がないだろう。それに比叡山や高野山ほど境内が大きくない。人間より大きな「ゆるキャラ」が目に入ればせっかくの禅寺の情緒がぶち壊しになる。そう思いながらどんな「ゆるキャラ」がいいかを考えると、金閣寺はもちろん全身金色で、天龍寺は龍をかたどったものだ。そこで思い出した。百花苑を一巡して庭園を出ると、当日一緒に行ったFさんが目の前のベンチに座っていた。銀行に行った後、庭園内で合流するはずが、来なかったのでその理由を訊くと、歩くのが面倒とのことだ。せっかくであるから筆者は法堂の天井絵も見て来ると言って、さらにFさんをそのベンチで待たせた。友雲庵で始まる会合にはまだ15分ほどある。それで法堂の入り口で名前を告げると笑顔が返って来て、無料で内部に入れた。靴を脱いでビニール袋に入れる。中は筆者のみ。写真撮影は禁じられていて、筆者が無断で撮影しないかを見張るために、別の若い女性がさっと筆者の後にしたがい、堂内の片隅で筆者を見続けた。堂内の西南隅には天龍寺を創建した足利尊氏の像があり、おそらくそれをむやみに撮影させないために監視人を置いている。それはそうと、参拝受付はみな若い女性で学生アルバイトと思う。監視されていることにかまわず、首を天井に向けてじっくり鑑賞。八方にらみの龍で、どの方向からもこちらを見つめるように描かれている。加山又造の作で、以前は鈴木松年のものであったが、描かれて100年以上は経っていたであろう。加山の絵は好きではない。天井絵の龍は念入りにしっかりと描かれているが、驚嘆するほどの出来栄えと言うほどではない。龍の胴の長さは画家によってかなり長短がある。この天井絵はかなり長い方で、自分の胴体に自分が絡まってしまいそうだ。また、4つの手首はどれも指が全部見えるようには描かれず、4本指と5本指が混じっていた。龍は水の神様で、天井にそれを描くのは火災避けのまじないでもあるだろう。実際に火事が起これば、すぐ近くの曹源池の水を消防車は使うはずで、池の鯉は逃げ惑うだろうな。
●天龍寺の百花苑_d0053294_0591138.jpg

by uuuzen | 2014-02-06 23:59 | ●新・嵐山だより
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