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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『貴婦人と一角獣展』
遊詩人がまだ活躍していた頃のフランスで作られたタペストリーの展覧会で、NHKで盛んに宣伝され、また会期が3か月と長かったこともあって、大阪の国立国際美術館は連日満員ではなかったかと思う。



●『貴婦人と一角獣展』_d0053294_223341.jpg筆者は見に行くつもりはなかったが、昨日取り上げた『根来展』で「あきらめワルツ」さんから招待券をもらった。家内と出かけたのは9月8日の日曜日であったと思う。7月だったか、この展覧会、自治会住民の大志万さんから面白いかどうか訊かれた。その時、「70年代半ばに京都国立近代美術館でフランスのタペストリーがたくさん展示されてそれを見て図録も持っているのでぼくは行かない」と答えた。その図録を探さねばと思い続けていて、一昨日パツォウスカー展の図録を探している最中に見つけた。それで今日はこの久しぶりのフランスのタペストリーの展覧会について書いておくことにした。3か月前に見たので記憶がうすれかけているが、見た直後であっても大して書く内容は変わらないだろう。こう書けば、どうせ否定的な意見に終始すると思われそうだが、そうとは限らない。さて、大志万さんに言った70年代半ばの展覧会だが、1975年の10、11月に開催されている。同美術館がまだ古くて小さな頃だ。筆者より一回り年下の大志万さんはいくら絵が好きであったとしても12,3歳の頃で、その建物に入ったことがなかったか、あっても数回だろう。ならば、今日取り上げる展覧会については行ってみるべしと言った方がよかった。彼女は油絵を描いているので、タペストリーの絵柄はあまり興味がないはずだが、絵画を改めて考えるのにはいい機会になった。75年の展覧会は『フランス工芸の美 15世紀から18世紀のタペストリー』という題名で、図録は白黒図版が大半で、また薄い。これが今なら部分図をふんだんに載せて分厚い電話帳くらいにされるだろう。そうそう、同展はその後全作品をカラー印刷した分厚い画集が販売されたと思う。当時はまだ京都の染織業界は盛況で、外国の染織模様を知りたいという欲求を業界が保っていた。それに、同展が実現したのは、当時友禅の人間国宝であった森口華弘の息子邦彦氏がフランス装飾美術館に作品の貸し出しをかけ合ったことによる。当時氏はフランスでの留学を終えたばかりであったと思うが、フランスが誇るタペストリーの名品を京都で展示したいとの考えは、祇園祭の山鉾の装飾品に昔のフランスのタペストリーが用いられていることにも理由があったろう。つまり、京都の染織とはつながりがあり、友禅界も学ぶべきものがあるのではという考えだ。氏の友禅は抽象文様に徹したもので、その点ではフランスの古きタペストリーとは文様的に無関係だが、「飾る」という意識においては共通している。
●『貴婦人と一角獣展』_d0053294_2175055.jpg

 フランスは建物の壁を厚くし、窓を小さく、少なくして寒さを凌ぐ伝統がある。今では空調設備が先進国では整い、寒い国でも窓を大きくすることは珍しくないだろうが、気候風土を無視した建物は内部に黴がたくさん発生するなど、人の健康維持にもよくない。日本のマンションは気密性が高く、隙間風の冷たさを感じずに済むようになっているが、それが豊かな生活かどうかは人によって考えが異なる。わが家は鉄筋コンクリートで、窓の締まり具合は木造住宅以上だが、筆者はあえて年中窓の隙間を数センチ開けて風の通りをよくしている。冬は寒くて仕方がないし、またストーヴを使用してもその隙間から熱が逃げるので無駄だが、部屋の中をなるべく自然から遠くないようにしておきたい。そんな筆者であるから、出来る限りクーラーもストーヴも使わない。フランスの中世は人々はどのように暖を取っていたかとなると、日本とそう事情は変わらないだろう。日本では暖炉はないが、囲炉裏や火鉢があった。ヨーロッパでは暖炉への憧れは強く、今でも部屋の中で火を起こしてそれを眺める生活を望む人がある。それは部屋を暖かくするためと言うより、暖炉の火を見つめていたいという精神的な余裕を求めてのことだ。話は変わるが、部屋が小さいほど、暖を取るのは効率がよい。日本の金持ちは天井が高く、また広い部屋をほしがるが、それは冷暖房の点からははなはだつごうが悪い。だが、そう考えるのは貧乏人で、そのくらいの出費は金持ちは思わない。小さな部屋でたくさんの人間が暮らす貧乏人の方が暖が取りやすく、またそういう生活によって家族の親密さもより保たれるであろうから、家は小さな方がいいのではないか。だが、昔から権力や経済力のある者は大きな家に住もうとする。西洋では王侯貴族はお城が家で、そこでは迷路のようにたくさんの部屋が連なり、どの部屋も天井が高い。そうなれば暖を取るのは大変だ。暖炉にどんどん薪を焚けばいいようなものだが、それでは大変で、何枚も衣服を重ね着したり、ベッドの周囲を布で区切るなどして、寒さを凌いだ。そうした生活に一番いいのはタペストリーだ。これを天井から吊るしておくと、窓や扉の向こうの冷たい空気を遮ることが出来る。それに無機質の城の内部を装飾するのにも最適で、額縁に入った油彩画と違って、巻けば簡単に移動出来る。寒さを凌ぐには窓を小さくすれば効果があるが、そうなれば部屋の中が暗くなる。そこで窓はそこそこの大きさにし、冬場はタペストリーを吊るして寒さを防ぐ考えが生まれた。また、窓は光を入れる口で、部屋の中を楽しくするにはその射し込む光が色とりどりの方がよく、そうしてステンドグラスが発達した。いかに寒さを凌ぐか、また美に囲まれて暮らすか。そういう考えを最もかなえたのがタペストリーで、空調設備のある現在はもう後者の理由しかその存在理由がない。そうなれば、タペストリーの生産技術が昔どおりに保存されていても、その作品はあまり価値のないものになり下がるのは目に見えている。「用の美」の産物であるタペストリーは、もう美しくはなりようがない。
 それで本展のように中世の名品を展示しようという考えが生まれる。正直なところ、5,600年も前のタペストリーを見ても、美しいとは思うが、その美を現在どう引き継ぐべきかは見えない。本展に押しかけたたくさんの人たちは、タペストリーの美を味わうというより、展覧会の題名にある貴婦人と一角獣の対比と謎に関心があったのだろう。『フランス国立クリュニー中世美術館蔵』と題されてもいるが、「タペストリー」の言葉は題名には含まれない。これは少々違反的行為で、どうにかして客の動員数を増やしたいという思いが過ぎる。最初に言及した75年の『フランス工芸の美』展と比べて数倍充実した内容であったかとなると、筆者は疑問に思う。チラシには「タペストリーの最高傑作、フランスから奇跡の初来日』と謳ってあるが、「最高」「奇跡」の文字は誤解を与えかねない。本展はチラシやチケットに印刷された作品を初め、同工異曲の計6点が目玉となり、ほとんどそれらのみで客を誘致した。クリュニー中世美術館からタペストリー以外の作品も含めて40点ほどが持って来られたが、6点以外はほとんど印象に残らず、また重視されないような展示であった。とはいえ、75年展とは違って同美術館から持って来られたのは意味がある。ただし、タペストリーは油彩画より運搬はたやすい。「奇跡」というのは初来日という理由からだろう。だが、筆者が納得したのは、広々とした国立国際美術館ならではの展示で、6点はひとつの大きな部屋にまとめられた。それらに包まれて眺める経験は、中世の城にたたずんでいる思いに近いのではという気がした。それは図録やまた詳細な部分図をいくらたくさん見ても味わえるものではない。美術館が大型化している意味を本展ほど感じたことはないと言ってよく、中世の城の役割を今は誰でも入れる美術館が果たしている。また、本展で展示されたタペストリーは、まず一般の人たちは目にすることがなかったから、民主主義万歳といったところか。だが、中世でも豪華なタペストリーに接した人はある。それは製作者だ。昨日取り上げた根来塗もそうで、使い手は身分が高い人たちであったが、作ったのは職人で、作ることに喜びを見出す人たちであった。彼らは王侯貴族の生活に比べて自分たちが貧しいことに不満であったか。そういう憎しみだけでは製作は出来なかったはずで、作り上げられて行くその物には何の罪もないと考えたに違いない。だが、身分社会ではなく、誰もが機会に恵まれれば金持ちになれる近代では、労働はそのまま賃金に換算され、仕事の喜びが感じられにくくなった。もはや手仕事の時代ではなく、本展に出品されたタペストリーを見て、同じような仕事に勤しみたい人を生みにくくなっている。
●『貴婦人と一角獣展』_d0053294_2184499.jpg

 以前取り上げた大久保直丸先生の遺作展で、とある有名な織物会社の人と少し話をした。青森市のどこかの会館からの注文で棟方志功原画の緞帳を納入したそうで、その費用は市民の寄付によると聞いた。また、以前あったものが古くなったので、同じデザインで新調したそうだが、古いものはどうするのかと訊くと、芸術的価値がさほどあるものでもないので、当分は巻いてどこかに保存するかもしれないが、いずれは切り刻まれて処分されるだろうとのことだ。つまり、消耗品だ。数十年使えば、汚れたり、磨滅もするだろう。巨大過ぎて洗濯出来ないし、また出来たとしてもその費用はとんでもなく高くつく。その製作技術は京都の伝統のうえに立った最先端のもので、中世の織物に劣らないはずであるし、また棟方志功の原画を元にしているというのに、芸術作品とはみなされず、数十年しか寿命がない。これはもったいない話だ。500年後に本展のタペストリーのように時代の最高傑作と崇められないものだろうか。その人に訊いたことは、本展のタペストリーが再現可能なものかどうであった。ゴブラン織りであるから、技術は問題ないとのことで、全く同じように見えるものは作り得るそうだ。その答えに納得しながら、どこか腑に落ちなかったことは、織りの技術そのものではなく、羊毛の染色だ。中世には化学染料はなかった。本展のタペストリーが美しいのは、まず赤や青で、全体的な色合いだ。それと同じ色調を化学染料で再現するのは難しい。というのは、褪色の度合いがきわめて少なく保存されてはいるが、600年の間の経年変化はあるはずで、その味わいまで化学染料で再現出来まい。もっと鮮やかになるはずで、その復元品が600年後に本展出品作と同じ色合いになるかどうかは誰にもわからない。つまり、本展の作品は唯一のもので、厳密には同じものは作れない。また、多大な時間と費用をかけて同じものを作る需要もないだろう。棟方志功原画の緞帳は糸の色数はおそらく数百で、限りなく原画の色合いに近づけることを目指したであろう。棟方はその緞帳のために図案を描いていないはずで、また描いたにしても、有名人の絵をそのまま転用することには変わりがなく、染織品本来の文様といったことに関心が払われていない。そのことが、その緞帳の美術的価値がないという意見の理由にもなっている。棟方に緞帳の図案を求めたとして、彼はその織りの技術や、また会場での見え方の効果を活かした図案を描く才能はなかったであろう。というのは、本展出品のタペストリーがなぜ名品とされるのかを考えればよい。原画を描いた作者は有名な画家であったようだが、その画家のいわゆる絵画とは違う考えで原画が描かれている。タペストリーは油絵とは違う。その「用の美」ならではの約束事があって、透視遠近法を採用しない。その点が日本の絵画や染織品と同じで、簡単に言えば文様的だ。部屋の中に吊るすものであるから、視点がずっと奥に誘われるような構図は必要としなかった。名品というのであれば、たとえばブリューゲルやデューラーが原画を描けばよかったようなものだが、彼らが携わったとしても、それは彼らの油彩画そっくりにはならなかったはずだ。
●『貴婦人と一角獣展』_d0053294_2182347.jpg

 タペストリーは原画どおりに織られるが、織り手は糸の色を選ぶし、中世ではその色数は2,30にとどまったから、原画どおりとは言えないものになる。また、織物でるから、表面は凸凹している。下絵では精緻に描けても、織りでは再現しにくい場合が多々ある。そのため、織られたものは、陰影は簡略化され、また表現された形はしばしば下絵より伸縮したであろう。正確に描くという観点からは、中世のタペストリーはあまりに文様的で、使い回ししている絵の部分が多い。そしてそれがまた素朴な印象を与え、魅力にもなっている。それを拙さと感じる向きもあるだろうが、圧倒的に緻密な仕事ぶりに、驚嘆こそすれ、下手とは誰も思わない。そして、本展の目玉になった6点の作品は、どれも貴婦人と一角獣を表わし、周囲の空間に草花や小さな動物が充填される。背景は臙脂がかった赤で、それが一幅の7割ほどの面積を占め、貴婦人と白い一角獣という主題によく似合っている。この赤は古いインド更紗にもよく見られるもので、そうした布地がほしいと昔から思い、それなりに買ってはいるが、本当に美しい色合いのものはとても高価で手が出ない。また入手したとしても10年ほど部屋に吊るしておくと、糸が風化してあちこち脆くなってすぐに裂ける。その点、タペストリーは丈夫で、古いものでも小さな断片は入手出来るかもしれない。また、手元で鑑賞するには小さなもので充分だ。今回の目玉になった6点は、それぞれ「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」「我が唯一のみ」と題され、男はどこにも登場しないところ、女性の部屋のために作られたのかもしれない。最大のもので、縦377センチ、幅466センチで、天井の低い日本の家屋では垂らすことが出来ない。絨毯には使えるが、人物が中心に描かれたものは踏みにくい。そうそう、タペストリーはエジプトのコプト織りに遡る歴史があり、中国ではもっと古い時代から織られたはずだが、床を飾るものとしてヨーロッパではモザイクがある。そこには人物が描かれるが、人々はそれを踏んでも平気であったことになり、ヨーロッパでは絨毯の文様に人物が表現されたかもしれない。そう言えばコプト織りは人物文様が目立つ。それはさておき、本展目玉の6点は、どれも左右対称性があって、厳粛で平和な気分を与え、また一角獣の存在から非現実的な世界を感じさせる。誰が何のために注文したものかわからないそうだが、王侯貴族が消え果てた後、彼らが大事にした作品だけが残り、まさか遠い日本で展示されようとは、当時の誰も予想しなかったろう。染織は絵画とは違う表現であることが若い人にもっと伝わり、手仕事に携わる気運が高まれば言うことなしだ。「手仕事の価値を認めなくなった日本はこれからどんな世の中になるんかね」 先日の終い弘法で伏見人形を売ってくれた露店主はそんなことを口走った。
by uuuzen | 2013-12-29 23:58 | ●展覧会SOON評SO ON
●『朱漆「根来」 中世に咲いた華』 >> << ●『ルドゥーテのバラ図譜展』、...

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