雌型が出来れば、そこに土を詰め込む作業だ。知り合いの郷土玩具収集家は、土人形を自分で作ることを昔考えたそうだ。ところが、当時は1トン単位でしか売ってもらえないと言われたそうで、それで諦めたという。
そして、張子を作ることにしたが、今度は材料の古い和紙の入手が難しいとのことで、物作りは何事も障害が立ちはだかる。今は陶芸用の土は10kg単位でネットで簡単に買うことが出来る。菊練りをして空気を抜かずとも、筒みから取り出してすぐに使うことが出来る。筆者はあまり調べることもせず、京都市内から購入するのが送料が安くて済むと考えた。そして「仁清土」というのを買った。送料ともで1800円ほどだ。土と一緒にカタログが同封され、それを見ると、「白土」というのが最も安価で、教材用にもなって使いやすいことがわかった。そして、これは焼けば白になる。本当はそういう土がほしかった。「仁清土」も白くはなるようだが、やや色目がつき、また肌もなめらかではないようだ。今日はもう遅いので写真を撮らないが、10年ほど前にネット・オークションで買った伏見人形に、色を施していないものがある。半円形に米俵を三重ほどに積み上げ、中心に小さな大黒さんが立つ。背面底が煤で黒くなっていて、それが失敗とみなされたのだろう。通常そういう人形は割ってしまうが、それは運よく生きながえ、好事家に譲られたのではないか。丹嘉の製品であることはその形からわかる。それに煤が付着したのは薪で焼いたからだ。昭和の半ばまではそうした。今は丹嘉は電気かガス窯で、煤がついて失敗することがない。そう思えば、筆者が落札した素焼きのままのそれは貴重品と言える。その人形がほしいと思ったのは、形がどことなくインドのものを思わせ、色合いも濃いbベージュ色であることだ。伏見人形と言わねば、たぶん外国のものと思う人が多いのではないか。書きたいことはそれではなく、素焼きの色合いだ。薄い茶色ということは、「白土」を使っておらず、素焼きした後で全体に胡粉を塗る必要があった。丹嘉は今でもそうしているだろうか。「白土」を使えば、焼き上がりが胡粉を塗ったように真っ白になる。それは胡粉を塗る手間が省ける。製作には便利な土だ。昔もそんな土があったはずだが、丹嘉ではそれにこだわらず、胡粉を塗ることは常識であったのではないか。これは専門的な話になるが、胡粉を塗るのは簡単そうでそうではない。絵具としての胡粉を作るのは1時間は最低かかる。それに、素焼きの白茶色を隠すために厚塗りをする場合、一度の塗りでは無理だろう。よく釉薬をかけるのに、茶碗の高台を持って逆さにしたまま釉薬が入ったバケツなどに漬ける方法が紹介される。人形全体に胡粉を塗るのにそんな荒っぽい方法が可能だろうか。たぶんよくない。薄めた胡粉を塗っては乾かしを数回繰り返すことでうまく定着する。そしてその上に朱や緑などの彩色を施すが、それも下地の胡粉に混ぜた膠の濃度との関係を考慮すべきで、それがうまく行かなければ、年月の経過で絵具がひび割れして剥離する。たまにそんなことになった土人形を見る。
さて、「仁清土」は直径15センチほどの円筒形として届いた。伏見人形の雌型にその土を詰め込むとして、まずやらねばならないことは土を板状にすることだ。伏見人形は江戸時代のものはとても軽く出来ていて、おそらく肉厚は5,6ミリではないか。ここで断っておくと、紙粘土で作った原型は中身がつまっている。一方、伏見人形は土の塊ではなく、内部は空洞になっている。その分、軽い。そして軽いほどいい。それはそれだけ技術を要する。現在の丹嘉の製品は中が空洞ではないのではないかと思わせられるほどに重いものがある。そのことだけでも技術が退化して来ていることがわかる。土によって重さが違うこともあり得るが、やはり肉厚の問題だろう。で、筆者はそれをどの程度にするかを考え、1センチでは厚く、それより若干薄めがよいと思った。土を板状にするのではなく、土の塊を小さくちぎっては雌型に指で押さえつけて埋め込んで行く方法があるが、それは面倒で、また土のつなぎ目でまずいことが生じる可能性が大きい。板状であれば、全体に同じ厚みで詰め込みやすい。板状にするには、同じ厚みのかまぼこの板のような木片が20枚程度必要だ。それを左右同じ枚数だけ積み上げ、その間に土の塊を置いて、細い針金を板の表面に添わせながら土の内部を手前に引っ張る。次に両側の板を1枚ずつ外し、同じ作業をする。これを繰り返すと、同じ厚みの土の板が出来る。それを上から1枚剥がして雌型に詰め込む。土は湿っているから、板状に切り離したものを積んだままにしてくと、1,2時間経つと重みでまたくっついてしまう。さて、筆者は適当な板がなかったわけではないが、鋸で20枚ほど作るのが面倒なので、CDケースを代用した。TZADIK盤が100枚かそこら積み上げてあって、そのてっぺんから適当に抱えて隣家に持参した。そうそう、作業は隣家の2階を使うことにした。リフォームしかかっている部屋であるから、いくら汚してもかまわない。
型に埋め込んだ土はどれくらの時間が経てば抜けるか。すぐでは柔らか過ぎて駄目で、また1時間ほど待つのはじれったい。その前に書いておくと、雌型2枚に土を詰め込むのは案外手間がかかる。ひとつ問題なのは、窪みの形状が土のために見えなくなることで、板状の土をあてがうにしても、あちこちで厚みが違って来る。結論を言えば、とても薄い部分と反対に1センチ以上の部分とが出来る。倒れにくくするためには底部が重い方がよい。それで脚の付近は空洞を少なく心がけた。ものの本には、型から外しやすくするために、型内部に雲母の粉末を塗布するとある。また、ネットには片栗粉と書いてあったりする。どちらも持っているが、後者の方が大量にある。それで後者を使ったが、それは最初だけで、二回目からは何も使わずとも比較的簡単に外すことが出来た。ただし、筆者は土を詰め込み終わってほとんどすぐに外したので、たやすかったのだろう。剥がす時は頭部の先端を爪楊枝で突きながら起こした。その様子は2枚目の写真だ。頭がぐにゃりと曲がっているので、そうとう柔らかいことが想像出来るだろう。柔らかいと扱いが難しい。土を型に詰め込む時間は2枚で20分から30分ほどだ。案外時間がかかる。縁はしっかり型の面と同じ高さになるようにならす。そこは2枚の接着面になるから、過不足があってはまずい。そのためにも石膏型はしっかり密着するように作らねばならない。型抜きする直前、周囲の肉厚部に箆で5ミリ程度の間隔で斜線を交差させた傷をつける。そして土を水で溶いて柔らかくした「ドベ」を塗る。これは接着剤代わりだ。柔らかい2枚をしっかり貼り合わせ、「飾り馬」の形にすることは一発勝負と言ってよい。一旦張り合せたものは剥がせないと思った方がよい。型抜きしたものは柔らかいので、寝かせておくと、本来の形すなわち雌型にぴたり収まる形ではなくなってしまう。これは後で気づいたが、せっかくうまく接合して「飾り馬」の形になったものでも、乾燥途上で収縮してあちこちに予想外の凹みが出来る。これがひどい場合は壊して粘土に戻し、再度型に詰める。そうしたものが5,6体出来た。そうそう、10kgの土で16体得られ、残りは雌型半分程度の量であった。これは1体当たり100円となる。16体を型抜きするのに丸2日かかった。もちろん作り直しも含めてで、熟練すると日に20ほどは作られるのではないか。こう書くと、雌型さえ出来れば、後はいかにも簡単な作業のようだが、実際は全くそうではなかった。そのことは後日書く。