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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●飾り馬を求めて、その2
の実物を見たのは何度だろう。10代の終わりに競馬に一度連れて行ってもらったことがある。その後は息子が小学生低学年の時、九州に遊びに行き、そこで息子が馬に乗った。馬は乗っている者が勝手を知らないと、舐めてかかる。そして道草を食う。



そのほかはどこで見たか記憶にないところ、見ていないのだろう。そんなありさまであるから、伏見人形の「飾り馬」を見て、簡単に作られると思った。この人形の型はいつ頃のものだろうか。原型を何度か作り直しているとして、古いものを踏襲しているはずで、元の形は江戸時代のものだろう。ということは、誰もが馬の形をよく知っている頃、腕の立つ、今で言う彫刻家が作った。伏見人形は2枚の型で抜くのが基本で、また倒れにくい形が肝心だが、仮に倒れた時はあちこち欠けにくい形が好ましい。こうした制限を守るには、写実的にするのは無理がある。写実にすれば誰が見ても何に形かわかるが、それが無理なら、どこかを省略しなければならない。同じ「飾り馬」でも幅10センチ程度の小さいものでは写実はなお無理だ。子どもが乗れそうな大きな「飾り馬」は20万円近くで丹嘉は作っているが、それが本物の馬のように写実的かと言えば、そうではない。ここに伏見人形の特徴と面白さがある。それは当時すなわち江戸時代の絵画を含めた造形精神とつながっている。そういうことを美術評論家は書かない。伏見人形をまともに見ないからだ。「飾り馬」を仔細に見ると、いろいろなことがわかる。ということは、いろいろなことを学ばねばならない。まず馬の形を知るべきで、これが一番厄介だ。ネットで馬の画像がいくつもあるが、おおげさなことを言えば、筋肉や骨の形を知らなければ馬を描いたり、その人形を作ることは無理だ。適当にデフォルメしても馬には見えるが、伏見人形ではそれは駄目だ。江戸時代の彫り師は馬の形をよく知って作った。それを知らずにデフォルメすることとは全く違う。「飾り馬」は幸いなことに4本の脚は見えない。それで重要なのはまずは顔だが、筆者が8月に京都市役所前のバザーで1000円で十二支の揃えを買った中にあった長さ17,8センチ程度のものは、実によく出来ている。その説明を日を改めてするが、筆者がそれを模倣するのに10日以上もかかったのは、この顔に苦労したからだ。それで、結果的にそっくりにしなかった。することが出来なかったこともあるし、またしたくなかったこともある。筆者が所有するその「飾り馬」に限るのかどうか、つまり、たまたま型から抜いた時にわずかに歪んだための効果なのか、顔を少し右下に向けているのはいいとして、その正面顔に対峙すると、こちらに向かって話しかけて来そうで、とても色気がある。つまり、生きているのだ。写実的であろうとしてもその色気は出せないだろう。
●飾り馬を求めて、その2_d0053294_2628.jpg 筆者が困ったのはその色気だ。それがどうしても再現出来ない。馬を日常的によく見ていた時代とそうでない時代との差が大きい。今でも馬を毎日世話する人がいるし、そういう人が造形が得意であるならば、その色気の表現は出来るだろう。筆者は動物好きではないので、その色気の前で何日も呻吟した。それはいいとして、首を少しかしげた形なので、全体を左右対称に作り、首は粘土が柔らかい時に指で少しひねってやればいいかと最初は思った。これがすぐに無茶な考えであることを理解した。直立不動で首だけをやや右下に向けているのではないのだ。首をそうすることは、脚や尻尾、胸などあらゆる部分が関係して左右対称にはならない。そのように表現すると、とても不自然になる。これは、「静」の中の「動」の表現だ。伏見人形は全体に丸みを帯び、安定感のある形であるため、造形的は退屈だとする意見がある。それもひとつの見方だが、今回「飾り馬」をじっくり見つめて、決してそうではないことを実感した。さすが全国の土人形の元祖だけある。その造形の卓抜さを知ると、もうほかの地方の土人形は拙さが見えて面白くなくなる。ま、この話は今は深入りしないでおこう。話を戻すと、顔の表現に何日も要し、次に全体との調和に目を移すと、どこもみな手直しの必要を思った。そしてそれが終わるとまた顔の修正だ。このように、どの部分も他の部分と関連していることを知ってしまうと、とことん満足が行くまで時間を費やしてしまう。それで10日から2週間ほどかかってしまった。「飾り馬」の大きな見所は、顔のほかは鞍や鐙だ。ところが、丹嘉のものはこれがかなり甘い。そこで筆者はより本物らしい形にした。「飾り」という名前がついているからには、馬がきれいに着飾っているところを表現したもので、それには彩色が大きな役割を持つが、これについては後日書くとして、形のうえでの「飾り」的な部分について触れておく。筆者は丹嘉製をほとんど模倣したが、丹嘉製は型抜きの時点でやや手抜きをしているのか、細部の文様が潰れて見えなくなっている。それはいいとして、彩色する前の、無地のままでも鑑賞に耐えるほどに、全体に「飾り」の要素がほしい。それには大きく分けてふたつの方法がある。浮彫で実物らしく表現することと、現物が織物のような平面造形であるので、陰刻で表現するのが好ましい場合だ。前者としては紐の房がある。丹嘉製はそれを絵具で描くことで済ましている。それでもいいのだが、筆者はその飾り紐の房を増やし、しかも浮彫にした。これがかなり手間取った。一方、陰刻は丹嘉製にほとんど倣った。変えようがなかったからだ。また、その陰刻文様を施す場所は鞍や尻の上の覆いにもあるが、文様だらけにするとうるさい。「飾り」の過剰はかえって効果的でなくなる。そこを丹嘉製は実にうまく過不足なくまとめている。もちろんそれは江戸時代の彫り師の感性と技術の高さだ。もっとも、この陰刻文様は彩色でほとんど見えなくなるし、また彩色との兼ね合いが大切だ。
●飾り馬を求めて、その2_d0053294_262225.jpg

by uuuzen | 2013-11-03 23:59 | ●新・嵐山だより
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