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●『永遠の人』
原洋一が先日NHK-TVのナツメロ番組に出ていた。2曲メドレーで歌った気がするが、情感を込めた歌い方がとてもよかった。「今日でお別れ」をそんな思いで聴いたのは初めてだ。今調べると、1967年の作曲で、70年に大ヒットした。



先日書いたように、またこのブログの『思い出の曲、重いでっ♪』の目次画面を見てもわかるように、筆者は日本の歌謡曲を好んで聴かない。そのため、ごくごくたまにカラオケに同席させられると、とても苦痛だ。カラオケには英語の曲もあるが、それを歌うと場が白ける。「今日でお別れ』に感動したのは、歌詞の世界がようやくわかる年齢になったからではない。今日で別れてしまう男女の気持ちは、大人でなくてもわかる。これも先日書いたように、中2の時、交際していた同級生の女子に別れを宣言され、すっかり滅入った。中2になってクラス替えになったので、その女子とはあまり顔を合わせることはなくなり、自然と平静な感情に戻ったが、それは別の交際相手が出来たからでもある。昔の中学生はうぶなもので、交際とはいえ、手をつなぐこともなかった。そんなつき合いを男女の何とかというのはお笑い草と大人は言うかもしれないが、特定の異性を好きになることは子どもも大人も変わらないのではないか。筆者はそうだ。大人になって好感の持てる女性と出会うと、ほのかな恋心のようなものが芽生える。それが大きく成長するかどうかは、その後何度か会ってからの話だが、ほのかな恋心は子どもも大人も同じと断言出来る。大人になれば性愛が強く入って来るが、その前にまず恋心で、これは人にもよるが、セックス・アピールに反応することが恋心を抱くことというのでもない。それはともかく、歌う菅原洋一の姿を見て、とてもいい雰囲気で年齢を重ね、また歌うことに命をかけていることがよくわかった。プロと言えばそれまでだが、3,4分の短い曲で凄みを感じさせるのは、それだけ精進を重ねて来ている歌い手であるからで、1970年に聴いた時よりもずっとよくなっている。歌詞の世界に思いを込めているのは言うまでもないとして、とにかく別れの悲しみを切々と訴えようとしているのではなく、むしろ悲しみをこらえている、我慢しているという雰囲気があり、それが大人の恋愛というものと納得させる。話を戻して、菅原が歌い始めた時、この曲の作詞作曲者の名前が表示された。作詞が「宇井昶」で、「昶」の読みがわからなかった。また、知らない作詞家だと思った。
先日の日曜日の29日、京都文化博物館に家内と行った。久しぶりだ。同館で展覧会と映画を見る。出かける前に家内は、同館の映像シアターで必ず毎回会う中年夫婦がまた来るかなと言った。まさか。彼らと最後に会ったのはもう1,2年前だ。いや、河原町界隈で一度向こうからやって来るのを見かけたことがある。男性が独特な風貌で、遠目にもすぐにわかる。同館について5分ほど1階ホールでチラシを見たり、トイレに行くなど時間を潰したが、家内が筆者の背をつつく。前を見ると、その中年夫婦がすぐ目の前に立っていて、筆者と目が合った。ふたりはじろりと筆者を見ながら、背後に去ったが、家内も驚いていた。そのふたりが当日映像シアターで映画を見たかどうかはわからない。ほぼ満席で、映画が終わって明るくなった途端、みんなすぐに出口に殺到したからだ。たぶん見に来ていたとう。あるいは、筆者らは夕方5時の部を見たが、彼らは1時半の部を見た後だったかもしれない。同シアターは大半が常連ではないか。筆者らはいつも開演30分前には並んで、真っ先同然に入る。扉の前に並びながら、家内に「今日な何の映画をするのかな」と言うと、それを小耳に挟んだすぐ後ろの60代半ばの女性が、「そのポスターの作品ですよ」と言う。「あ、これですか。ポスターはカラーですが、映画は白黒ですね」「ふたりは一緒になれないのですよ。けれど子ども同士が結婚するんですよね」。その女性は以前に見たことがあるようだ。粗筋を聞いてしまったので、少し面白味が減じる思いがしたが、だいたいを知って見るのもいい。どうしても見たい映画であるので出かけたのではない。当日は展覧会に興味があって、映画はついでであった。夏場から高峰秀子特集をやっていて、8月には『宗方姉妹』を見た。その感想を書こうと思いながらそのままになった。それで今回は書くことにする。と言いながら、まだ本題に入れない。そうそう、「宇井昶」の話だ。会場でもらって来たプログラムを見ると、この『永遠の人』で唄を担当しているのが「宇井あきら」だ。誰かと思って調べると、「宇井昶」だ。確かに映画の中に歌はあった。だが、九州弁で、しかもフラメンコ・ギターの伴奏だ。このギターを演奏しているのが「ホセ勝田」という人で、監督の木下恵介がこの映画の製作年の1961年によくぞこういうフラメンコ・ギターの音楽を大胆に起用したと思う。映画が始まっていきなりギターのかき鳴らしが大きく響きわたり、また『永遠の人』という題名と合わさって、尋常でない雰囲気が盛り上がる。
1961年は筆者10歳だ。そんなことを書いても誰も何も思わない。特にそれ以降に生まれた人はそうだ。自分が生まれる以前の年月のことを聞かされても関心がないのはあたりまえで、まず実感が湧かない。したがって、筆者より年配者に向けてこれを書いていると思ってもらってもよい。あるいは若い人には想像力を働かせてほしい。1961年は東京オリンピックの3年前で、この映画の舞台になった阿蘇山の麓は戦前とさほど変わらない家や風景に満ちていたろう。それを監督は見越して阿蘇を舞台にした脚本を書いたのかもしれないが、阿蘇は噴煙を上げていることがしばしばで、その活火山の様子がこの映画の男女の愛憎にふさわしく、またフラメンコ・ギターはそれを大いに盛り上げると思ったのだろう。のどかな田舎が舞台であるし、また映画は戦前の昭和7年から始まるから、そこにいきなりフラメンコの音楽が流れると、違和感を抱く。だが、1961年を思えば不思議でもないと思い直す。それにしてもギターの演奏はとてもうまく、その当時にどのようにしてフラメンコ・ギターの演奏を学んだのか、今度は別の不思議さが湧く。唄はそのギターに合わせて日本語で歌われるが、歌詞は映画の物語に沿ったもので、また九州訛りながら聴き取りやすい。カンテ・フラメンコの流儀をよく心得ての歌い方で、1961年にすでにそういう本格的な演奏がなされていたことと、監督がその音楽を起用したことの双方に、監督の並みならない本作に対する意気込みを見る。また、映画を見終わってすぐに感じたことは、どの俳優も実にプロで、あたりまえのことながら、そういう役者があって名作が生まれることを改めて思った。とはいえ、主役は高峰秀子と、その夫役の仲代達也に比べて、高峰にとっての永遠の人を演じる佐田啓二は影が薄い。筆者は彼が主演した名作をまだ見たことがなく、その演技の凄味を知らない。
 昭和7年から昭和34年、つまりこの映画の製作年の2年前までを、5つの章に分けて描く。時代が新しくなるにしたがって家の中が少しずつ変わるが、阿蘇の山は変わりがない。昭和34年の描写では、家の中に白い冷蔵庫がでんと据えられている。それを買えるほどの裕福な家であることを示すと同時に、戦前から少しも変わらない村の庄屋の屋敷に、新時代の利器が登場したことを示す。都会が舞台では戦前から戦後までを描くことは難しい。1961年ですらそうであったろう。そこで九州の田舎を舞台にすれば、戦前の風景は容易に用意出来る。ただし、戦前からの屋敷を主な舞台に使う場合、時代の推移は家財道具で示すしかない。それが冷蔵庫であった。テレビはまだなかったのか、映らなかった。戦前も戦後もほとんど変わらない田舎というものは、そこで生まれた者でなければ暮らせないだろう。よそ者の入る余地がない。それで本作でもごく狭い村社会での人間模様を描く。当然封建的で、村の長が絶大な権力を持っている。昭和7年は農地解放以前のことであるから、仲代演ずる平兵衛は代々庄屋の息子として、ほしいものは何でもすぐに手に入るし、またそれがかなわないと見れば、策略を講じても自分のものにする。村には高峰が演じるさだ子がいて、父親は平兵衛の家から田畑を借りて耕している。そのため、さだ子がほしいと言われれば差し出すほかない。さだ子には思いを寄せる隆がいた。彼を佐田が演じる。平兵衛も隆も戦争に行き、昭和7年に平兵衛が足を負傷して先に帰国して来る。その夜の祝いの席で平兵衛はさだ子が隆を待っていることを知り、嫉妬に燃える。そして父親にも相談し、さだ子を嫁にほしがる。水呑み百姓が庄屋の跡取りの嫁になるというのであるから、絶対に文句はないはずと考える平兵衛の父親で、さだ子の父が申し出をやんわり拒否すると、貸している田畑を取り上げると脅す。そしてある日、さだ子は平兵衛の手込めに遭い、急流に身を投げて入水するが、助けられる。その後隆が復員し、そのことを知る。ふたりで逃げようと誓い、早朝に村外れでさだ子は待つが、馬に乗ったさだ子の父が隆の手紙を持って来る。約束は反故にし、自分は村を出ると書かれている。結局さだ子は平兵衛に強姦された時に妊娠し、そのまま結婚する。
 さだ子は家では冷たい女となっている。最初と二番目は男、三番目に女を生んだ。平兵衛の父は寝た切りで、その世話をさだ子はしながら、平兵衛に平然と辛辣な言葉を投げかける。そんな生活の中で、長男の栄一はやがて自分がどのようにして生まれて来たかを知る。村人の噂を聞き知ったのだろう。愛のない結婚から生まれた自分は、居所を見つけられず、学校では悪さばかりして、警察沙汰になりかける。平兵衛は栄一をかわいがるが、さだ子は愛情を注げない。そして栄一は母をかわいそうと思いつつ、遺書を残して阿蘇の噴火口に入って自殺する。一方、隆は結婚して村に帰って来ている。その妻友子を演じるのは乙羽信子で、冷たい、疲れ果てた女を見事に演じる。友子は夫がかつてさだ子と熱烈な間であったことを知っていて、夫との生活が面白くない。友子はさだ子の家で掃除婦のようなことをしていて、さだ子は友子に子どもが着古した衣服や靴を与えるが、それを侮辱と思って友子にきつい言葉を投げかける。また同じ村に住みながら、ほとんどさだ子と隆は顔を合わせない。一度村を出た隆がまた故郷に帰って来たのはなぜか。これが遠方に行ったままで、友子とも顔を合わせないのであれば、この映画は成立しない。隆が村に戻ったのは、まだ他府県でそれなりの仕事が見つかるという時代ではなかったのかもしれない。東京オリンピック後では事情が変わるが、裸一貫で村を出ても、手に職がなければ生活は難しかったのではないか。村に帰れば田畑がある。農地解放によって隆自身の田畑も手に入った。その分、平兵衛の財産は減ったが、それでも戦前と変わらない裕福さは保てたようだ。農地解放があって平兵衛がかなりの田畑を手放したことをさだ子は内心いい気味だと思い、またそのことを平兵衛との久しぶりの喧嘩で口走る。平兵衛はさだ子に暴力を振るうほどではない。それは足が不自由で、あまり機敏に動くことが出来ないからでもある。その代わり手は言うことを聞くから、茶碗を投げつけたりする。それでもさだ子は負けていない。子を3人生み、庄屋の跡取りの嫁になった強み、またかつて手込めにされた時の恨みがあるからだ。また、その恨みを平兵衛はさだ子が隆に恋心を抱いていると考え、夫婦の間の憎しみは減ることがない。
 隆の一家は貧しいようで、平兵衛はさだ子が経済的に援助していると邪推する。確かに経済的援助をしていたが、それはさだ子の父親のお金で、そのことを父親が平兵衛に発する場面がある。さだ子にすれば、かつて好きであった、また今でもほのかに思いを寄せている隆に家族が少しでもひもじい思いをしなくて済むようにとの思いで、さだ子の隆に対する昔の恋心をよく知る父親は、自分の不甲斐なさを責め、せめて自分が罪滅ぼしに隆を援助しようとする。ここには持たざる者同士の連帯といったものがある。だが、その持たざる者は、時代の仕組みが生んだもので、ごく一握りの金持ちも、元をたどればひどいことをして成り上がったのだという監督の考えが見える。これは史実かどうか知らないが、平兵衛の家には千両箱が埋まっているという言い伝えがあるほど裕福だが、そうではなく、千人塚の上に家が建っているとの噂もある。後者は、400年ほど前だったか、村人が一揆を起こそうとした時、平兵衛の先祖だけがその情報をお上に漏らし、その手柄として大きな土地をもらったという。そして屋敷の下には殺された千人の村人の塚があると言われる。この伝聞を知った平兵衛の次男は、やがて東京の大学に進み、安保反対の運動に参加、警察に追われる身になる。同志の逃亡資金をせびりに彼はさだ子に会いに来る。自分が運動に参加しているのは、先祖のひどい行為のせめてもの罪滅ぼしだと言う。そして、父を許さない限り、自分はさだ子を許さないと言う。子どもは子どもで両親の複雑な過去を知って悲しんでいるのだ。だが、さだ子と平兵衛は折れ合うことがない。そんな時、長女が隆の息子と駆け落ちする。1年後子どもを連れて帰省するも、平兵衛は認めない。そこへ隆が危篤との知らせが入る。さだ子は病床に駆けつけ、息を切らして帰宅し、平兵衛に昔のことを忘れて会いに行けと言う。拒む平兵衛にさだ子は落胆する。そして平兵衛は自分は確かにさだ子にとってひどい仕打ちをして夫婦になったが、愛情あってのことで、それは隆と同じだと言う。さだ子ひとりでまた隆のもとに行こうと家を出るが、後ろから平兵衛が呼びとめ、自分も行くと言う。27年のわだかまりをほぐすには隆の死に目しかない。さだ子のその意見に同意したのだ。ハッピーエンドで、その後の物語は描くまでもない。
 本作は戦前を知っている人には理解しやすい。手込めにされて妊娠すれば、今なら警察沙汰だ。あるいは、女は大金持ち相手なら、かえってよかったとドライに思うかもしれない。さだ子が同じような境遇の隆と相思相愛になっていたことは現実感が伴う。今も昔もおおよそ同じような育ちであった方が夫婦関係はうまく行く。どちらかが大金持ちであると、そうでない方は引け目を感じる。親がそのように対等の気分になれない結婚は不幸だ。もちろん、結婚は親は関係なく、当人たちが幸福であればよい。戦後はますますそのように考える世代が増えて来た。昔は家同士であったのが、今は家はひとまず無視してよい。お互いの両親や身内が会うことと言えば、冠婚葬祭程度で、それも顔を出さない場合がある。核家族だ。本作は田舎の土地に縛られる人たちの物語で、今では通用する場所は少なくなった。そう考える人と、相変わらず日本は田舎が大半で、本作とさほど変わらないことは今もあると言う人もいるかもしれない。家柄となると、容易にそれは廃れない。経済的に大したことがなくても、かつて庄屋であったと内心自慢する人は少なくないだろうし、そういう人は自分に見合う家柄の者と婚姻を結びたがるのではないか。また、庄屋という身分がなくなっても、今では学歴やどの一流企業に勤務しているか、あるいは立派な職業かといったことで人間は区別されるし、結婚の際の大きな条件になる。人は自慢したいものだ、自分に自慢するものがない場合、自慢出来る人を単に知っているということを自慢するほどだ。それを思うと、本作のさだ子と隆は、狭い村の中で、純粋に、まるで幼い子どものようにお互い好き合った。またそれは村人がみな知るほどに目立った。ところが、そういうあたりまえの、平凡な恋愛が成就され得ないほどに、社会に強い権力があった。その権力の前では自分の田畑を持たない百姓はなす術がない。さだ子や隆がそれを恨んで生きたかと言えば、そこは本作を見る者が勝手に思えばいいことで、さだ子も隆も社会を呪詛するような言葉はいっさい吐かない。それがまたふたりの純真さと気高さを増している。さだ子も隆も、行動が目立つ村であったから、あえて会わないようにしたのかと言えば、そうではないだろう。会おうと思えば会えたが、出来ることなら会わないでおこうとした。身をわきまえていることよりも、会わなくても相手への思いは変わりがないからだ。菅原の「今日でお別れ」の歌詞にあるように、会わないと決めたからには会わない。そう決めたからには、もう会えない。そのことによって、お互いがお互いを永遠の人として内に閉じ込める。それは炎のような激しさあってのことだ。
by uuuzen | 2013-10-03 23:59 | ●その他の映画など


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