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●「THOSE WERE THE DAYS」
瀬という大人びた言葉はふさわしくないが、中学1年生の時に同級生の女子から交際を申し込まれて付き合い、ふたりでお互いの家に行ったりして並んで歩いたことがある。受験に差し障りがあるだろうからと慮ってもらって、中2になった時に一方的に交際を断絶された。



その時のショックが大きく、しばらく落ち込んだが、成績はかえってアップした。毎年クラス替えがあって、中2は中2でまた交際を申し込まれ、また付き合うことになった。どちらの女子の家にも一度だけ訪問したことがある。その時のことはとてもよく覚えている。最初の彼女は卒業時には別のクラスだったので、同窓会を開いても会うことがない。二度目の彼女はそうではないが、最初の2,3回の同窓会にはやって来たが、今はどこでどう生活しているかわからない。また不思議なことに、中学を卒業する時にはお互い好きといった感情がほとんど消えていて、同窓会で会っても意識することはなかった。そのため、今頃どうしているかとは全く気にならない。銀行の支店長と結婚したのは噂に聞いたから、幸福な家庭を築いているだろう。最初の彼女はもっと情報がないが、同窓生の女子から5,6年前に聞いたところによると、実家の商売が失敗し、中学校にほど近かった家を手放したそうだ。2,3年前だろうか、たまたまその付近に行くことがあって、記憶を頼りに歩いてみると、すっかり家並みが変わり、また彼女の名字の表札はなかった。噂は本当のようだ。今会ってもお互いすぐにはわからなくなっているだろう。会ってみたいような気もするが、会ったところでその後の人生があまりに長く、昔のように語ることは出来ない。かえって当時交際していなかった女性の方が気安く接することが出来る。それに、それなりに幸福でいてくれればいいが、不如意な人生を強いられ、年齢よりも老けてしまっているのならば、顔を見るのがつらい。美人度で言えば、中2の時の彼女で、背が高く、色白で肌も美しく、とても整った顔をしていた。ふたりの交際は学校では有名で、とてもお似合いなどと囃したてる女子がいたが、一方では「○○さんのどこがいいの?」と首をかしげる者もいた。その答えには窮したが、2、3年後には彼女が筆者のどこがいいと思ったのかが不思議であった。それはさておき、卒業式の2,3か月前か、お別れのつもりもあって、何かプレゼントすることにした。筆者らしく、レコードだ。今日取り上げる「悲しき天使」とビートルズの「ヘイ・ジュード」で、手製の厚手の封筒に入れて送った。プレゼントとはいえ、お金がない子どものことで、自分が聴きたいために買ったもので、「ヘイ・ジュード」は自分で訳した歌詞も添えた。どちらも1968年の発売で、アップル・レーベル最初の盤となった。彼女は音楽にさして興味がなかったから、とっくの昔に筆者からもらった2枚のレコードを失くしているだろうが、筆者はよく覚えている。あげてしまったので、長年同じレコードが手元になかった。ネット・オークションで安価かつすぐに手に入るようになり、今手元に「悲しき天使」のジャケットを広げている。
●「THOSE WERE THE DAYS」_d0053294_23594997.jpg

 「悲しき天使」は60年代前半の洋楽の邦題のセンスで、中学生ながら、どうにかならないものかと思った。筆者なら今どんな題名をつけるか。「懐かしき日々」では「悲しき天使」とあまり大差ない少女趣味だ。だが、当時18歳の新人メリー・ホプキンが歌うのであるから、それも悪くない。とはいえ、「懐かしき日々」は陳腐だ。もっとインパクトのあるものがよい。「青春時代」とやると、日本の歌謡曲に同じものがあった。「あの日、あの頃」ではどうか。何だかNHKの番組のようだ。この訳しにくさは中学3年生の頃にも思った。歌詞は年月が過ぎてから女性が自分の若い頃を思い出すもので、グラスに歪んで映る自分のさびしい顔が本当に自分なのかといぶかりつつも、居酒屋の扉を開けると懐かしい顔、顔に出会い、自分を呼ぶ声が聞こえ、みんなの夢は昔と変わらないという、まあ、ハッピー・エンドの曲だ。この歌詞と同じ経験をする人は世界中にいる。同窓会がそうだ。お互い老けているが、会えば一気に昔の間柄に戻れる。となると、いっそ放題を「同窓会」とすればどうか。中学の同窓会はここ数年開いていないが、その間に2名が亡くなった。つまり、この曲の歌詞よりももっと時代が進んで、まさに「悲しき天使」といった状態になっている。この曲の歌詞は、まだせいぜい30代か40代で青春時代を振り返っている。それが60代となると、若い頃と同じように夢を語るなど、「あいつアホとちゃう?」と誰しも思う。夢があるならとっくの昔にかなえ、もう引退の年頃だ。それでもなお、この曲の歌詞がよいとカラオケで歌うようなおっさんではあまりに悲しい。筆者はと言うと、中学生の時にラジオで最初にこの曲を聴いた時から今に至るまで、この曲に対する思いは変わらない。大ヒットしたので、名曲ではあるが、物語調の歌詞が懐古の情に満ち、あまり好きではない。気の置けない連中と笑って騒ぐのは確かに楽しいが、それをあえて求めることがないままに筆者は今まで来た。60年代を日本の最高の時代と思う人たちはいるだろう。2020年の東京オリンピックを一番待ち望んでいるのはそうした世代だ。いわゆる団塊の世代だ。そうそう話がここで少し脱線する。先日の小学校での「敬老の集い」では、67歳のとある役所関係の男性が挨拶した。なかなか話し慣れた人で、場数を踏んでいるのがすぐにわかる。毎年その人は同じ集いで挨拶の言葉を述べる。言うことをいちおうは紙に書いて来ているようで、それを広げながらも、ほとんどアドリブでしゃべる。面白かったのは、「団塊」を「団魂」と読み違え、「ダンコン」と発言した時だ。誰も笑わなかったが、気づかなかったのかもしれない。「ダンコン」は「男根」で、団塊の世代は男根を連想させるほどに日本が上昇機運を牽引し続けた。そう世代が老人となり、懐かしの歌謡曲で心を和ませる。その光景が「敬老の集い」で毎年繰り広げられる。
 筆者は歌謡曲にはさっぱり興味がなく、カラオケも歌いたいとは思わない。今でも新しい魅力的な音楽がないかと日々探していて、その点では全く回顧の思いとは無縁だ。そう言い切るからには、今日このカテゴリーで、中学生の時に耳にしてレコードまで買った曲を取り上げるのはおかしいが、ま、思い出の曲、しかも最低10年以上前の曲について書くことにしているし、また最初に聴いた頃が懐かしく、その頃が今よりよかったなどという思いはさっぱりない。自分の黄金時代はいつであったかとたまに思うと、「今しかない」と考えることにしている。で、今日この「悲しき天使」を取り上げる気になったのはなぜか。数か月前からいずれ書こうと思っていたのがまずひとつ。そして、直接的な理由は、今月10日にたまたま耳にしたからだ。そのことを書くと、当日伏見稲荷や中書島辺りに用事があった。ひとりで出かけ、家内と京阪の伏見稲荷駅のプラットフォームの上で待ち合わせをした。そういうのを、人目を忍ぶ「逢瀬」と見る人もあるかもしれないが、長年の夫婦ではそんなしっとりした味わいはない。ともかく、伏見桃山駅で下車し、大手筋商店街を抜け、左に折れて龍馬通りに入って目的地に向かった。そのことについてはまた書く機会があるかもしれない。用事を済まし、駅まで同じ道を利用して戻ることにしたが、家内と龍馬通りを歩く時は必ず、茶を売る店に併設されている鄙びた喫茶室で休憩する。その日もそうすることに決めていたが、通りに面した簾から中に中年の女性がひとりいるのが見えた。いつも筆者と家内ふたりの貸し切り状態で、それが気に入っていた、当日はとても暑く、家内はクーラーがないその店に入ることを嫌った。それで大手筋商店街に入り、その中ほどだろうか、右手にあったやはり茶を売る店の奥に喫茶コーナーがあることを知り、そこに入った。天井が高く、ちょっと洒落た空間で、客は7,8人いたが、雰囲気はなかなかよい。そこで宇治金時のかき氷を頼んだ。それが想像以上の絶品で、毎年食べに来ようと家内と言い合った。氷がまるで糠ほどの細かさになっていて、お茶を売る店であるだけに、宇治のシロップはたっぷりかかっていた。筆者と家内の日常はささやかなもので、たまに出かけても高価な店では飲食しない。それが家内には大いに不満だが、10回に一度は家内が望むやや高級な店を利用するものの、9回は最低クラスに入る。どうにかして金持ちになってやろうとは今まで一度も思ったことがないので、そんな生活はあたりまえだ。そのことを馬鹿にする奴がいたりするが、人の勝手で、精神的には大富豪と思って痩せ我慢をしている。
 話が長い。それが筆者の悪い癖だが、ま、好き勝手に書く。おいしいかき氷に満足して駅に向かった。同じ右側に小さなスーパーがあることは龍馬通りに向かう前から知っていた。そこで夕食の買い物をすることにした。入った途端、BGMは「悲しき天使」が始まった。今月の最終日のこのカテゴリーに同曲を取り上げることはその時にほとんど決めた。流れて来る「悲しき天使」は昔筆者が聴いて知っているものとほんの少し音が違う。CDかと思った。メリー・ホプキンの声がまず違う。バックの子どものコーラスも大きい。ひょっとすればメリーのヴァージョンではなく、別の歌手のリメイクかとも思いながら、最後まで耳をそば立てた。家内は筆者がそのように注意深く最初から最後まで聴きながら店内を巡り、また家内と話していることを知らない。それはともかく、BGMで聴きながら、その曲が少しも色褪せていないことにまず驚いた。完璧な曲で完璧にアレンジ、録音されている。ポール・マッカートニーのプロデュースで、さすがの才能だ。それも半世紀近い昔だ。ポールは健在だが、メリーはどうしているのだろう。筆者より少し年上で、まだかわいさは残っているだろう。イギリスでは懐メロ番組に出ているかもしれない。彼女はこの曲の後、「グッドバイ」のヒットを放ったが、それがグッドバイになった形で消えてしまった。力量がなかったのだろうか。ビートルズのように作詞作曲して自分で歌う才能に恵まれていればよかったが、しょせん歌手に過ぎなかったのかもしれない。名曲を書く。これしか歴史に名を残す音楽家となる道はない。彼女はアルバムを1,2枚出したので、そこには自作自演曲が入っていると思うが、そうした曲で目立ってヒットした曲はなかった。彼女の声は好き嫌いがあるはずで、筆者はあまりいいとは思わない。実はここ1か月ほど、ウテ・レンパーのアルバムを5,6枚買い、改めて彼女の虜になっている。数年前は家内は大嫌いと言っていたのに、ここ1か月ですっかり評価を変え、とんでもない才能と褒めちぎっている。全くそのとおりで、彼女ほど力量のある女性歌手は現在はいない。それで以前彼女の曲を取り上げたことを少し後悔している。今なら別の曲を取り上げる。ウテは筆者より一回り年下で、今は若い頃のようなきれいな声ではないが、その代わり、魅力は倍化している。これぞ大人の女で、生のステージをぜひ見たい。もっと欲を言えば、近づきになりたい。そうした女性としての魅力をメリー・ホプキンにはさっぱり感じない。筆者が知る彼女は18か9といった若さであるが、引き込まれるようなSOMETHINGがない。
 「悲しき天使」をよく聴いた頃、その物悲しさに、どこか東欧のユダヤ音楽の雰囲気を感じた。便利なネット社会になって、先ほどWIKIPEDIAで調べると、やはり原曲は20世紀初頭のクレッツマーやジプシー音楽の様式で書かれたもので、歌詞はロシアの詩という。それがアレンジされてイギリスで大ヒットし、世界中に広まった。当時はそういうことはわからなかったし、レコードに解説文を書いている福田一郎も知らなかったのではあるまいか。日本でヒットしたのは、どこかロシア民謡的な印象をたたえるからでもあろう。60年代は筆者より数歳から10歳ほど上の団塊の世代は、ロシア民謡をよく愛し、そうした曲をみんなで歌う喫茶店もあった。筆者はそういう店についに一度も入ったことがないままに今まで来たが、その意味で筆者は団塊の世代ではないか、あるいはその最後に位置している。60年代、ロシア民謡は学校でも教えられ、誰でも2,3曲は知っていた。今はどうなのだろう。「トロイカ」や「カチューシャ」をどこで最初に耳にするだろう。「ロシア」と聞くと、共産党の「赤」を連想し、拒否反応を示す人が昔も今も多い気がする。日本は北方領土の問題でロシアとはあまり関係がいいとは言えず、ロシア民謡ファンもどちらかと言えば肩身が狭いのではないか。だが、圧倒的な魅力があるのは確かで、政治関係抜きに音楽は評価すべきだ。YOUTUBEでこの曲が発表された当時のメリーの歌う姿を見ることが出来、先ほどそれを楽しんだ。YOUTUBEのいいところは、画面右に関連動画が10ほど縦に並ぶことだ。「あなたはきっとこれらの中に好みの映像に出会えますよ」と、コンピュータが自動的に選んでくれる。「THOSE WERE THE DAYS」を入力すると、フィンランドのロック・バンドのレニングラード・カウボーイズがロシア赤軍合唱団と共演している映像がその右欄に表示された。これは不思議ではない。原曲はロシアの詩だ。そのことを赤軍合唱団は知りながら、ロシア語で歌う一部を除いて、メリーが歌った英語の詩で共演している。ロシアとフィンランドはかつて戦った。シベリウスは国民を鼓舞するために作曲し、「フィンランディア」は第2の国歌になっている。そんな関係であるのに、ソ連崩壊から2年後に赤軍合唱団がフィンランドを訪れ、レニングラード・カウボーイズと一緒にステージに立った。そのことを悪く評価する人もあるが、国の政治はどうであれ、どこの国の民も音楽を愛する。政治家が国を仲違いさせるのであって、どの国の音楽でも名曲は名曲だ。レニングラード・カウボーイズと赤軍合唱団が一緒に歌う「悲しき天使」は実に面白く、途中女性歌手が割って入って、ピアフの「パダム・パダム」を少しだけ歌う。それほどに舞台がおふざけと楽しみに満ちている。メリーが歌って四半世紀後にそんな時代が来ることを誰が予想したろう。回顧はあまりしない方がよい。本当に楽しいことはまだまだこれからだ。
by uuuzen | 2013-09-30 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
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