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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●姫路の商店街と「鉄拳」
焼不良のような感じが残ったので、明石からそのまま帰宅せず、足を延ばすことにした。まだ午後3時過ぎで、日は長い。それで姫路に行くことにした。姫路には2年前の晩夏に『酒井抱一と江戸琳派の全貌展』を見に出かけた。その時は修理中の姫路城を見学しなかった。



時間がなかったせいもあるが、3,4か月前、NHKのTV番組が種類中の姫路城内部を紹介していて、誰でもお金さえ払えば見学出来ることを知った。それで修理が完成してしまわないうちに見ておくのがいいと考えた。ただし、8月17日の第一目的は明石行きで、図書館で1冊の本を確認することであった。そのほかはおまけで、姫路についてはぼんやりと思っていただけだ。明石で午後3時過ぎというのは微妙な時刻で、姫路に着き、そこから徒歩で姫路城に向かうと4時過ぎになる。それでは2年前に『酒井抱一…展』を見終えたのと変わらない。だいたいどのような施設も5時までだが、修理中の見学はひょっとすれば4時までかもしれない。姫路に行くことにしたのはもうひとつ理由がある。これもTV番組で知ったが、姫路には昭和の高度成長期の1966年にモノレールが開通した。今は廃線となっているが、橋脚の一部はあちこちに残っている。そんなものを見ても仕方がないと思いながら、姫路駅のすぐ西側にその跡地はあって、駅に下りればついでに見ておくのもよいと思った。ところが、その番組を見たのは確か数年前のことで、『酒井抱一…展』を見た時に思い出さず、また先月17日もそうであった。昨日書いたように、筆者は憶えが悪い部分とそうでないところが混じっていて、後で「しまった」と思い出すことがしばしばある。それさえも思い出せない場合はもうボケが本格的に始まっているが、まだそこまでにはなっていないのか、あるいはもうなりつつあるのか、よくわからない。ともかく、モノレールのことは先月17日から数日経って思い出した。残念ではあったが、たぶんモノレールの跡地を見に行くと決めていても、家内と一緒では無理だった。それほど疲れていたし、また姫路城を優先した。ところが、城に向かって一直線に延びるアーケードの下を家内と最終地点まで歩き、城まで500メートルほどという地点に立って、ふたりとも気持ちが萎えた。城まで歩けないことはなかったが、行っても日が傾き始めていて、見学時間は短いはずだ。それで姫路駅までまた戻ることにした。
●姫路の商店街と「鉄拳」_d0053294_22541414.jpg

 その前に商店街を抜け出たところにある大きな広場に面した商業施設のビルの中に入った。2年前にもひとりでそうした。2年前は活気があったのに、先月は夏休みでもあったせいか、がらんとして人影がほとんどなく、閉めている店の方が多かった。2階にも上がったが、全部閉まっていた。休日ではなさそうで、テナントが撤退したように見えた。わずか2年でこの衰退ぶりは日本の経済をよく示しているのかもしれない。そのビルはそれが面する大きな広場にあった古い地区を更地にした時に建てたものだろう。大きな広場では2年前にB級グルメ大会が開かれた。それなりに活用されていることになるが、普段は駐車場にもならず、ただ広いだけの空き地で、また全体にコンクリート張りで、人々が憩う公園にもならない。ただし、ひょっとすれば広域避難場所として確保する必要があったとも思える。このアーケード商店街の終わり近いところで汚水マンホールの蓋の写真を撮った。その理由は、姫路城すなわち白鷺城を、白鷺ではなく、サギソウの飛翔で暗示していることだ。その可憐な花は当然白色で、先月の半分ほどの日数を費やして「梅雨明けの白花」シリーズを投稿し続けた時、京都百万遍の交差点に近い花屋の店先でその花の小さな鉢植えを見かけた。8月1日の雨天で、傘を差していたこともあり、また無断で撮影するのが気が引けて、その花の写真を撮らなかった。その無念さが、およそ2週間後に姫路のマンホールで蘇り、それでシャッターを切った。話を戻して、姫路城を左手奥に眺めるこの広場から姫路駅まで、南北に商店街が縦断している。何本かの道路が横断していて、その途切れごとに商店街の名称は違う。四半世紀前、夏休みに幼い息子を連れて姫路城に行ったことがあって、その時にこの長い商店街を往復して以来、何度か歩いている。そこで感じるのは、四半世紀前はとても活気があったことだ。それが訪れるたびにさびしくなっている。地方都市の商店街がシャッター通りと呼ばれるようになって来たことが、姫路も無縁ではおれない。これは経済の悪化もあるが、少子化で街を闊歩する若者が減ったことも理由だろう。さびしい商店街ほどさびしいものはない。家内と一緒に往復しながら、何とも悲しくなった。四半世紀前に息子と入った喫茶店はなくなっているし、今あるのはみな大手のチェーン店で、どの街で飲んでも変わらない。大資本しか生き残れないようになって来たことが地方の商店街の衰退の原因でもあるだろう。地方都市の特色を出せばいいと簡単には言えるが、地方の若者はそういう店には入りたがらず、全国的に有名な店がお洒落でまた商品価格も安価だ。四半世紀前は呉服店があちこちにあって、それが何とも落ち着いた雰囲気をかもしていたが、ここ2,30年のキモノ離れによって、呉服店は廃業するか、縮小して目立たなくなった。つまり、姫路らしい商店街ではなくなって来た。それでも昔のままの古い古本屋が2,3軒営業しているし、昭和レトロはわずかに存在していて、筆者はそれを見たさに姫路に行くことにしたのかと思う。
 今回の姫路行きで初めて経験したことがある。城に向かって一直線に延びるアーケードから1本東側にもうひとつの商店街があるらしいことは四半世紀前から知っていた。それはどの街でもよくあることで、メインの商店街に比べてうんとさびれている。そのため、商店街に賑やかさを求める思いからして、わざわざ歩く気にはなれない。ところが、城に行くことを諦め、駅に向かって歩いている途中、筆者は気まぐれを起こしてその脇道としてのもうひとつの商店街に入った。道幅は半分になり、そのために両脇の商店はぐんと親しみを増した。それにメイン通りとは違って、地元の人しか歩かないような穴場的な店が連なる。飲み屋やブテッィクが中心で、したがって若者もよく歩いている。この商店街を駅まで歩いたが、昭和レトロの雰囲気はむしろこの脇の商店街の方に濃厚に残っている。なぜこっちをもっと早く知らなかったのだろう。次回の姫路行きでは必ずまたこの狭い商店街を歩こう。さて、姫路が2年前と大きく変わったのは、駅と結ぶためもあって、地下街が出来たことだ。メインとその脇の2本の商店街と、山陽電鉄、JRの姫路駅の地下を結んでいて、規模はさほど大きくない。天井もやや低めで、通路の幅も狭いように感じた。だが、明るさは充分で、地上の商店街の古さとはあまりに対照的だ。この地下街が出来ることは2年前の姫路行きで知った。当時工事中であった。また今回遭遇して奇妙に思ったのは、メインの商店街の駅に近い区域では、太い電柱が数本、人の往来を遮る形でアーケード下の中央近くに突っ立っていた。これは仮設であろう。そうでなければ歴史ある姫路の商店街が台なしだ。その電柱が撤去され、舗装も新たにされると、また地下街との相乗効果で、アーケード下も賑わう気がする。そうそう、その電柱が立つ区域には以前は露店商のおばさんが何人かいた。それはそれで地方色があってよかったのだが、地下街が出来たこともあって、見苦しいという意見が出たのだろう。それに何より、不法占拠だ。「そう堅いことは言わずに、おばさんたちの生活もあるだろう」と言いたいが、今はそんな理屈は通らない。
●姫路の商店街と「鉄拳」_d0053294_22534643.jpg 地下街に潜ってどこかでコーヒーでも飲もうかと思っていると、貼り紙に気づいた。それが今日の2枚目の写真だ。『鉄拳のパラパラマンガの世界展』で入場無料だ。その会場がなかなかわからなかった。それほどに地下街は入り組んでいる。どうにかそこに到達して狭い部屋でたくさんのパラパラマンガが壁面から吊るされているのを見た。筆者は彼の作品には関心がない。そのため、2,3のパラパラマンガを繰ってはみたが、仔細に見る気がしなかった。彼がTVで紹介されて一気に有名になったのは2、3年前のことだろうか。「鉄拳」という呼称に筆者は憶えがある。間違いかもしれないが、ではどういう拳であったのかと思う。やはり「鉄拳」であったはずだ。そのハンドル・ネームでホームページを開設していた男性と、意見の交換を10年ほど前に何度かしたことがある。それを先月から何度か調べているが、削除されたのか、見つけられない。そこで思うのは、10年ほど前にコメントのやり取りをしたその彼が「鉄拳」の名前のまま、今度はパラパラマンガで世に出たのではないかということだ。10年前の彼のホームページはイラスト主体で、それは有名人の顔をフェルトペンのタッチで模写し、色塗りも施すものがほとんどであった。別人かもしれないが、その作風は「鉄拳」のパラパラマンガとそっくりだ。また10年前の彼はブログが登場した途端、すぐにそれも駆使し始め、イラストを描く頻度は加速化した。それはいかにも自分を世間に売り込もうという前向きの力がなせるわざで、その彼がパラパラマンガの「鉄拳」になっても全くおかしくない。また、彼は自分を描く時にはかなりの男前にし、実際そうであるらしかった。パラパラマンガの「鉄拳」は、昨日載せた筆者や家内の写真のように、顔に仮面模様を描いていて、素顔はわからない。だが、ネット上にはその写真もある。それを見ると、男前の部類に入る。10年前にごく短期間、筆者とやり取りした彼がパラパラマンガの「鉄拳」であるかどうか。WIKIPEDIAによればその可能性はなさそうだ。違うとすれば、ブログが登場した時、勢いづいてそれを活用して一気にパワーアップした10年前の彼はその後どうしたのだろう。ブログを始めた当初の彼は、ブログランキングに登録し、盛んに自分のブログをクリックしてくれと書いていた。筆者はそこまで熱心になれないので、有名になれるはずもないが、花火のように初めにあまり勢いが強くて、早々と萎んでしまうことは避けたい。それはともかく、有名になりたがっていた彼のようであるので、ブログをやめた後、パラパラマンガに移行し、それでついに念願がかなったことを願う。なぜなら、パラパラマンガを描き続けることは、ホームページやブログをやっていた頃の彼とは違って、真面目にこつこつと燃焼せねばならない。それこそが有名になる近道ではないか。
by uuuzen | 2013-09-21 22:53 | ●新・嵐山だより
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