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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●明石にて、その3
立図書館は県庁付近にあるのが普通のような気がするが、兵庫県では明石にそれがある。また、県立図書館の隣りに市立図書館があって、便利と言えばそうかもしれない。



大阪は府立図書館が中之島と、東大阪市の荒本にあって、後者に見たい本がある場合はげんなりする。中之島は梅田から歩いても近いが、荒本まで行くには交通費も倍になってしまう。だが、幸いなことに筆者が調べたい古い本はだいたい中之島にある。この重厚な図書館は橋下市長が図書館として使うのはあまりにもったいないので、カフェやレストランにしたいと意見を述べた。いずれそうなるだろうが、蔵書は荒本にまとめられるはずで、そうなればもう大阪府立図書館は縁遠くなる。利用者にすればまだ近い市立図書館に蔵書を移動してほしいが、府の蔵書を市に委ねることは無理だろう。そこで、大阪都構想だ。そうなれば中之島の府立図書館の蔵書は市立図書館に入って、建物の名前が大阪都図書館になる。筆者はこれに賛成だが、堺市が先ごろ都構想には反対し、「堺はひとつ」といったことを発言した。ついでに書いておくと、筆者は幼い頃に堺に縁があって、叔父の家をよく訪れた。叔父が泉大津に転居してからは堺に行かなくなったが、どういうわけか10年ほど前に叔父が住んでいた家がどこにあったかを考え始め、数年前に叔母に教えてもらった。早速GOOGLE EARTHで調べると、すっかり街の様子が変わっていて、目印にあった地蔵の祠が見つからない。ま、そんなこともあって、堺は懐かしいが、大阪市や京都から見ると、今ひとつ冴えない印象が強い。堺は昔から独立した都市として有名で、その矜持を持っているのはいいが、どこか時代から取り残された感じがする。堺市を含めて大阪都になるのは、堺にとってもいいのではないかと勝手なことを思っている。いきなり話が脱線した。兵庫県立図書館が神戸にあれば京都からは近くてよかったが、明石にあるので、調べものにはそこまで行くしかない。だが、8月の中旬、最も暑い盛りに、いくら家内が暇でどこかへ連れて行ってほしいと思っているとして、1冊の本を見るために明石まで出かけるのはあまりに馬鹿げている。ひとりで行けば交通費も半分になってよいが、そうすると家内はふくれる。いつ行けばよいかと思っていたところ、8月の上旬、NHKのニュース番組で、面白い映像を見た。
 親子で見る夏休み用の展覧会の紹介で、1分ほどだったか、いくつかの作品が紹介され、その中に近年大阪の国立国際美術館で見た「動く影絵」と言ってよいものがあった。もちろんその新作だ。紹介の最後に展覧会名と会場名が語られたのに、それを聞き逃した。関西の展覧会は全部把握していると自惚れている筆者は、すぐにネット検索でわかると高をくくった。ところが、該当するものが見つからない。そこで近年に見た国立国際美術館での展覧会について書いたこのブログの投稿を調べた。「動く影絵」の作家名を知るためだ。これがとても時間を要した。今も改めてその投稿を探したが、それに小1時間もかかった。『世界制作の方法 Ways of Worldmaking』という展覧会で、日本の現代美術家が10名ほど紹介された。ついでに書いておくと、この投稿の写真が表示されていない。同じものを探して再アップすればいいようなものだが、画像を保存していたMOディスクが壊れたので、冒頭のチケット以外、どういう写真を載せたかわからない。話を戻して、この投稿に「…小さな模型の列車に豆電球を取りつけ、それが部屋いっぱいに敷かれたレールをゆっくりと無音で走りながら、そのレール際のオブジェの影を壁面に照らすというものだ。線路の敷かれた場所はだいたい14畳程度で、そことは区切られた線から手前で鑑賞する。この作品で面白いのは、最初は高さ5センチほどの人間の形に切り取った紙を20や30ほど林立させた場所を通りながら、やがて台所用品など、日用品を並べていることで、それらが壁面の大きな影になると、意外な形に見える。意外に重いながらも、それが洗濯ばさみや笊、何かの容器ということを知っているので、「なるほどこのように見えるのか」と納得する…」といったことを書いているその作家の新作がちらりとTVで紹介され、それを見たいと思った。それで次にその作家の名前を調べた。その次にその名前を検索し、現在どの美術館で作品が展示中なのかを知ろうとした。ところが、これがまた難題で、結局わからなかった。そこで、TVで紹介された別の特徴ある作品を思い出し、それがネットで紹介されていないかを調べ、ようやく明石市立文化博物館で開催中の展覧会であることがわかった。そこで、明石に行くもうひとつの大きな目的が出来た。図書館の蔵書はいつ調べに行ってもよいが、展覧会の会期は9月1日までだ。そこで先月17日に行ったが、この展覧会については明日書く。
●明石にて、その3_d0053294_11413.jpg

 さて、山陽電鉄の明石駅で下車して、まず食事することにした。駅ビルの中を一巡し、結局大きな喫茶店に入った。そこで少々驚いたのは、満員でしかもみな筆者と同じ世代かもっと高齢者で、大多数が地元の人であるらしいことであった。駅の改札口の真横なので、待ち合わせにもよいし、またメニューも安いので、暑さ凌ぎにはちょうどよいといった感じだ。それらの客を見てまず思ったのは、「下町」だ。中年以上になると、服装や顔つきで、どこでどういう生活をしているかが見える。筆者はその「下町」らしい雰囲気を持っている人が嫌いではない。それらの人を眺めながら、駅前に海に向かって広がる繁華な街がどういう表情をしているかがわかる気がした。その予想の正しさは、山手にある図書館、文化博物館を見た後、駅前に戻り、ようやくおよそ40年ぶりに明石のにぎやかな街を歩いたことで知った。こう書けば、明石はいかにも労働者が似合う雑然とした都市のようだが、港町であるからにはそういう部分はあって当然で、そのことは決して悪いことではない。シャッターが閉まった店が目につかず、活気があって楽しそうだ。明石駅の北側に明石城址があり、その区画の北東にふたつの図書館があることは調べていた。さほど距離はないが、外は暑い。喫茶店の若い女性に訊くと、徒歩15分から20分と言う。そこで、家内に本でも読んで喫茶店で待たせることにした。そして、一旦駅ビルの外に出たが、すぐに戻ってやはり家内を図書館まで連れて行くことにした。炎天下の上り坂を歩くのはしんどいが、振り返ると明石の街が眼下に広がり、家内は文句を言わない。長い石段が見えた時、その傍らにエレベーターがあることに気づき、それに乗った。そこが図書館まで半分ほどだ。エレベーターの中で70歳くらいの男性と目が合った。その後も同じ方向を行くので、お互い意識したが、途中で筆者はどこをどう行けばいいのかわからなくなった。その時、その男性は振り返りながら、「図書館はこっちですよ」と言ってくれた。筆者と家内の会話を聞いていたようだ。それでその男性と一緒に歩きながら、図書館談義をした。筆者は県立、その人は市立の図書館に用事があり、ふたつの建物が見える場所で別れた。「図書館まで坂を上り降りするのが大変です」と語っていたが、確かに駅からは少し遠く、また歩くしかない。
●明石にて、その3_d0053294_105557.jpg

 図書館での調べものについては先日書いた。見たい本を司書に告げると、札を持って待てとのこと。カウンターの前で10分近く待っていると、司書は何度も不思議そうな顔をする。こっちはこちで、暇な図書館なのにえらく遅いと思っている。するとようやく司書は声をかけてくれた。とっくに本はカウンターに来ていたのだ。それは札の番号を掲示板に吊るす作業で示すようで、そのことを筆者は知らなかった。司書は司書で、何をボケっとしているのかと訝っていたのだ。筆者が初めて利用することをその司書は知らず、勝手を知っていると思い込んでいた。ともかく、すぐに用事は終わった。すると家内の姿が見えない。5分ほどうろつき回ったところ、向こうの部屋から出て来た。筆者の調べものがかなり時間を費やすと判断したのだ。図書館の近くに文化博物館はある。そこで1時間弱過ごした。それから来た道を戻ったが、何度も城址の内部を折れ曲がったので、方向がわからない。それでもまたエレベーターまで辿り着いた。駅の南出口前にはビルがひしめき合い、そのビル群からさらに南に街が広がっているのはすぐにわかる。海まで徒歩10分ほどだろうか。そのため、街はさほど大きくない。初めて歩く明石の繁華街で、どこをどう行けばいいかわからないものの、勘が働いた。それは当たり、すぐに大阪の天神橋筋商店街のようなアーケードのある商店街の出入り口に遭遇した。「魚の棚商店街」で、名前は聞いたことがある。幅広の大きな商店街で、魚を売る店が多い。長さは明石駅のプラットフォームの倍ほどだろうか、大阪にある商店街に比べるとかなり短い。だが、客引きする店が多く、活気はある。何か買うなり、喫茶店で休んでもよかったが、結局素通りし、右に折れて駅前のビル群の前に出た。とにかくあまりの猛暑で、歩くのがつらい。本来ならば、フェリー乗り場があった海辺まで行くつもりが、その気力が失せた。帰宅後に調べると、魚の棚商店街では1,2年前に大きな蛸のリアルな壁画が描かれた。実はそれが描かれた当時、TVでその紹介を見た。壁画前に立って記念撮影すると面白かったが、その機会を逸した。明石であるからには、たぶん見に行くことはないと思った。それが図書館で調べることが出来て、明石に行くことになったのであるから、人生はわからない。明石では写真をほとんど撮らなかったので、ブログでは「その3」までしか書けない。それで、今日の写真は文化博物館で撮ったもので、文章とは全く関係がない。最初は海の街らしい船と、祭りで使われる布団太鼓、2枚目は姉妹都市関係を結んでいる中国の無錫市の有名な泥人形、3枚目は明日紹介する展覧会の作品だ。
●明石にて、その3_d0053294_114161.jpg

by uuuzen | 2013-09-18 23:59 | ●新・嵐山だより
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