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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●明石にて、その2
快さを存分に味わったのが30代という人がいて、今日は家内とそんな話をした。確かに30代は若くて活力がみなぎり、疲れもすぐに消えるので毎日が楽しいかもしれない。だが、筆者は30代をよく覚えていない。



●明石にて、その2_d0053294_1102733.jpgと言うより、過去のうちで一番楽しかった時がいつかと質問された場合、即答出来ない。現在6,70代が半分ほどの年齢であった頃が自分の楽しい人生の絶頂であったと語るのは、何だか現在の恵まれていない状態を恨んでいるようでさびしい。それはさておき、先ほど家内と天神橋筋商店街の中で30歳前後と思える浮浪者を見かけた。髪は伸び放題、半袖のTシャツは汚れてどぶ鼠色になっている。彼は人の往来を気にせずに通りの片隅に座り込んでペット・ボトルの飲料水を飲み始めた。顔は整っていて、きれにすればかなりの男前だが、家内が見たところによれば手が震えていたとのことで、病気を持っているのかもしれない。今日は台風の大雨で、彼は仕方なくアーケードの下に来て雨宿りをし始めたのかもしれない。まだ30歳ほどでホームレスになって人生を諦めるのはもったいない話で、家内は胸が痛むと何度か言った。気が弱いのでそんなことになったのか、あるいはギャンブル好きか薬物中毒でそうなったのか、理由はわからないが、どこにも雇ってもらえなくなったのだろう。働きたくても、そのような身なりになれば誰も相手にしない。そういう人物こそ生活保護が手を差し伸べてまともに働ける境遇に持ち上げるべきだが、住所不定となればそれも無理だ。大きな商店街の近くを根城にしていれば、残飯にはありつけるであろうから、餓死することはないと思える。だが、寒さに参って病気を患い、それを悪化させると、いつの間にか路上で冷たくなっていたということは大いにあり得る。そんなふうに他人から思われている彼は、人生で最も楽しいはずの30代を待たずに死ぬかもしれず、そうでなくても30代は楽しいものにならない確率が高い。そんなことをあれこれ思いながら帰宅し、TVをつけるとNHKでは来年の消費税のアップに関しての討論会をやっていた。世代によって意見が異なるのは当然で、若い人ほど自分たちの世代で高い比率の消費税になるのは不公平だと思っている。
●明石にて、その2_d0053294_1104188.jpg

 消費税が8パーセント、そして10パーセントになって国の借金が目に見えて減ればよいが、まずそんなことにはならない。消費税のアップ分は老人が急速に増加することに使うと明言している政治家だが、彼らは2,3年先にどうなろうと知ったことではない。日本は誰でも責任を取らない国になっていて、政治家がその代表だ。消費税を20パーセントにしたところで国民の生活は何ら変わらない。増えた税収は政治家がまるで自分のお金のように勝手に使う。早く使った者勝ちで、羊よりおとなしい国民を騙すのは造作もない。それに我慢ならなければ政治家になればよい。先日アメリカのオリヴァー・ストーン監督が来日して、日本の文化は一流だが、政治は三流と発言していた。それでどうすれば一流とみなされる政治家が目立って多くなるかと言えば、日本では誰もそんなことを期待していないだろう。その「一流」の捉え方も人によって違う。政治が三流でもともかく豊かな国の状態が続けばよいと思っている人が大多数で、日本はまだまだ恵まれ過ぎている。路上で生活しなければならない人が今の1万倍あるいは10万倍くらいに増えれば、国民は本当に政治家に怒りをぶつけるが、前述の番組を見ていても、寝ぼけた顔のような自民党の政治家があり来たりの締めくくりの言葉を発して討論は終わりで、国民の声は届きようもないし、また政治家は他人事のような顔をしている。話を最初に戻す。今日は先月17日に出かけた先の明石についてまた書くが、そのことを思い出しながら、いい経験をしたなと感じている。それを愉快と言ってもよい。特別に楽しい出来事ではなく、家内と出かけるいつもの平凡な行動であった。それにもかかわらず、今思い出してみると、それこそが幸福の絶頂と感じる。これは筆者がもともと幸福というものをごくささやかなものと考えていることにもよるかもしれない。宝くじで大金が当たったとか、ホテルで豪華な食事をしたといったことではなく、思い返してみてしみじみと感じる何かがあればよい。どんなことでも思い出せばそれなりにしみじみだが、今日書くことはやや特別なところがある。
 JRの山陽線を大阪から西へと行くと、明石に着く手前、山側に明石天文台が大きく見える。筆者はその光景が好きだ。そこに行って内部を見たいというのではない。高い塔が勇壮で、その迫力を電車の中で感じるだけでよい。屹立する塔は男性のシンボルだが、そういう力強さをその明石天文台の塔に感じているのかもしれないが、筆者が注目するのは塔のてっぺんに取りつけられている時計だ。その文字盤がよい。SEIKOが作ったもので、今調べると開館は1960年だ。それもそのはずで、時計の文字盤のデザインがいかにも昭和だ。だが、開館当時のものが今も使われているのではなく、現在は三代目という。文字盤のデザインがどう変わったかだが、おそらく開館当時のものを踏襲しているだろう。ただし、後述するように、若干の変更はあるかもしれない。この天文台が開館した時に記念切手は発売されなかったが、翌年に「日本標準時制定75年」の黄色い10円切手が出た。当時筆者はまだ記念切手を郵便局で買うことをしなかったが、すでに切手には大いに関心があって、少しだが買い集めていた。その中にこの切手があった。赤い地球に縦線が1本引かれ、日本を縦断しているが、とても小さな文字で「明石」と印刷されている。明石が東経135度に相当することはすでに学校で教えられていた。日本の時刻を明石が決めていることは何だか面白かった。先月明石にある兵庫県立図書館に行くのに、まずこの天文台を訪れるのもよいと考え、地図を調べた。すると、山陽電鉄では「人丸前」という駅で下車だ。そこは明石のひとつ手前で各駅しか停まらない。プラットフォームに降り立つと、目の前に天文台の塔がそびえている。それはいいのだが、JRが隣接して山側を走っていて、その架空線が邪魔をして、JRの車内から眺める天文台とは感じがかなり違った。JRの車窓からは架空線は見えない。そのことがとてもよい。せっかく天文台が眼前に見える駅に降り立ったというのに、架空線が気分を台なしにする。それでもせっかく来たのであるから、写りがいいと思える場所を探し、「東経135度」を記した子午線の標識をプラットフォーム上に見つけ、その上に立って写真を撮った。それが今日の最初の写真だ。たまたまJR線に電車が通過したのが写っている。
●明石にて、その2_d0053294_111572.jpg

 3枚目の写真は時計部分だ。ちょうど午後1時を指しているのがよい。この文字盤をデザインに採用した切手を4枚目に載せるが、そこでは正午を示している。写真の左手に1961年発売の「日本標準時制定75年」、比較のために右に1986年発売の「日本標準時制定100年」切手を並べておいた。この右の切手の文字盤を現在の時計塔の文字盤と比べると、12、3、9の書体はわずかに違う。現在の時計は阪神大震災で被害を受けた後、1997年に新しく設置されたもので、「日本標準時制定100年」の切手は2代目の文字盤を描いたことになる。詳細に各代の文字のデザインを比較しなければ何とも言えないが、この時計の文字盤はシンプルでしかも味があってよい。さて、筆者は本当にこの天文台に行くつもりで下車したが、坂を上って10分で着くかどうかの距離で、家内はなぜこんな小さな駅で降りたのかと文句を言う。天文台まで歩いて行こうと主張すると、炎天下に何を血迷ったことを言うのかと相手にせず、予定を変更して明石に行こうと譲らない。筆者もその気になり、またプラットフォームに上がった。電車が来るまで10分ほどあった。親子連れがいて、小さな子どもがはしゃいでいた。夏休みで、おじいさんとおばあさんも一緒だ。彼らは大阪方面に向かう。先のそっち方面の電車が来た。筆者と家内だけになって、筆者は浜側に向かって電車を待った。海に向かって下り坂で、その眺めがよい。そこで想像したのは、線路や家屋がない2000年以上前の様子だ。その頃は鳥であれば、筆者の立っている場所から海、そして反対方向に山手を感じることが出来た。つまり、山陽電鉄の人丸前駅に立っていると、山からの下り坂の途中、空中高く位置し、海の風を感じることが出来る。それが実に愉快であった。同じような駅は珍しくないはずで、特に海に山が迫る神戸から明石、それに山陽地方はそうだろう。それはさておき、人丸前の「人丸」とは何かと家内が訊いた。筆者もよく知らないが、天文台に向かって左手奥に日本建築の大きな屋敷が見えた。明石城は明石駅前にあるはずで、そこは明石城に付属していた建物があった場所、あるいは現存するのだろう。そして、電車を待ちながら思ったのは、天文台まで歩き、そのまま少し足を延ばせば県立図書館に着くのではないかの予想だ。これは正しかった。図書館で調べものをした後、眼下の街を眺めると、左手に天文台や屋敷が見えた。つまり、山沿いに歩けば天文台と図書館は1キロ少々の距離だ。その距離を目で測りながら、筆者はまた自分が鳶にでもなったかのような気分で楽しかった。そんなささやかな愉快さについて書いても誰も面白がらないのはわかっている。だが、真夏の陽射しの中のそうの雄大とも言える景色に接し、そのことを台風の大雨の今夜、しみじみ思い出していると、「行ってよかったな」と感じる。これは、風光明媚なところに旅しなくても、どこでもそのような思いになれることを意味している。人生とはそんなものではないか。ただし、雨風がしのげる部屋の中でこうして書くことの出来る生活があっての話で、先ほど天神橋筋商店街で見かけた若いホームレスは何を幸福に思って今夜寝るだろう。
●明石にて、その2_d0053294_1114889.jpg

by uuuzen | 2013-09-15 23:59 | ●新・嵐山だより
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