人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●2020年 東京オリンピック 誘致決定
認された招致活動、胸を撫で下ろしている人は多いだろう。二度目の東京オリンピックが実現することとなって、先進国としてどういうオリンピックを開催すればよいかの見本を見せるために「DISCOVER TOMORROW」という標語を掲げたそうだ。



そんな見得を切って大丈夫かなと思わせられるのが原発事故の後始末だ。東京オリンピックの招致は原発事故以前から始まったので、招致委員会としても乗りかかった船には乗り続けねばならず、原発事故とオリンピックはひとまず分けて考えるべきだろう。開催反対者は原発事故の後始末を優先させろと主張し、誘致派は経済が活性化し、原発事故の後遺症もかえって早く癒えると考える。今後7年の間にまた大地震があるかもしれないと心配する人もあるが、そんな不安を払拭して日本が元気になることが大切とする意見が大勢を占めるだろう。せっかくの祝賀ムードに水を差すとは何事かというわけだ。ま、今日は予定を変更してこのオリンピック誘致の話をしよう。今朝5時に開催地が決定するということを家内から聞き、昨夜は3時頃まで起きていた。布団に横たわったままなので、さすがに眠ってしまった。家内が飛び起きてTVのスイッチを入れたのは5時半で、日本に決まったと言った。筆者の答えは、「日本が勝つ夢を見た」で、それほどに筆者もどうなるかを気にしていたと見える。また、夢の中で日本が招致運動に勝ったというのは本当で、その点で予感が的中した。だが、手放しで嬉しいというのでもない。これが大阪で開催されていたならば、もっと実感があったし、たぶん素直に喜んだ。大阪が夏季のオリンピックを誘致したことはもう忘れられているかもしれない。21世紀になってすぐ2001年に大阪は2008年のオリンピックを開催したいと名乗りを上げた。当時も無謀と思われたのだろう。大阪の財政難は深刻で、そんな中オリンピック開催誘致のために捻出する費用があったのだろうか。結局世界に恥をかいた形で無残に北京に敗れ、借金は膨らんだ。そうしてかの橋下が登場して財政を根本的に立て直すべきと大号令がかかった。
●2020年 東京オリンピック 誘致決定_d0053294_0345598.jpg 東京は二度目のオリンピックであるから、関西の中心の大阪で開催されるのが、日本としてもバランスが取れてよかった。ところがオリンピックを開催するのは都市だ。スペインが今回敗れたのは、以前にバルセロナで開催していることもあったからではないかと穿った考えをしてしまうが、同じ国での開催にしても、スペインに言わせればおよそ30年ぶりであるという理由だろう。それに今回は首都マドリッドでの開催であるし、バルセロナ・オリンピックよりも誘致に熱が入っていたのではないか。それが敗退したのは経済難の理由が大きいそうだが、そのことから見えるのは、財政が豊かでなければオリンピックは開けないという現実だ。豊かでないから、オリンピック開催で景気を浮上させようとの魂胆も生まれるが、経済的困窮も程度が問題だ。東京はオリンピックのために積み立て貯金をして来たから問題はないと先ほどTVで都知事が話していた。一方、首相が原発事故の後始末は問題ないとはっきり発言したが、オリンピック開催に国が都市にお金を出さないかと言えばそんなことはないだろう。1964年のオリンピックは東京で開催したが、日本で開催したと印象を強く抱いている人が多いと思う。というのは、筆者もそれを強く意識させられたからだ。60年だったか、61年か忘れたが、小学生の3,4年生であった筆者は、学校でオリンピック開催のための寄付金つきオリンピック切手の予約用紙を先生から配布された。クラス全員にだ。買うかどうかは強制ではなかったが、たぶん全員に近い児童が購入した。正方形の切手で、45度傾けると、絵柄がまともに見えるようにデザインされていた。これが4,5回に分けて最終的に20種発売された。競技種目から代表的なものが選ばれたが、その後オリンピックの競技は様変わりし、2020年の大会ではどうなることだろう。切手1枚10円で、半額の5円がオリンピック開催のための寄付となり、5円切手として使うものであったが、おそらく大半は使われず、今でははがき1枚送るのに10枚貼らねばならず、はがきの宛名面にそのための面積もなく、さらに今後も使われない可能性が多くなっている。とはいえ、筆者はこの凹版単色刷りが好きで、2020年も同様のデザインを使って同様の種類を発売してほしい。それは無理でも寄付金つきで発売する可能性は高い。そうなると心配されるのが、切手人気がここ数十年でどんどん下火になったことで、寄付金つきとなるとなおさら売れないのではないか。それはともかく、小学生を巻き込んで、しかも寄付をさせて64年の東京大会は行なわれ、それはその後の日本の大国化の礎となった。それをよく知る中国や韓国がオリンピックの開催を願ったのは無理もない。
 2020年は語呂がよい。筆者はどうにかまだ60代であるから、それなりにオリンピックを楽しく見るだろうが、何せ東京での開催であり、またかつて大阪が夢を壊したこともあるので、複雑な気分だ。それは7年後も変わらないと思う。開催を喜ぶのは、先ほどのTVでも紹介されていたが、不況を心配する経営者で、スポーツの祭典とはいえ、望みは経済的成功だ。莫大なお金を費やして世界中から選手を呼ぶのであるから、まさか損をして平気ということはあり得ない。何が損で得かは計算が難しいと思うが、早くも経済効果がいくらかなどと計算を示す報告がある。オリンピックを開催すればそんなに儲かるのであれば、どの国でも本当は開催したい。ところが、開催にふさわしい大都市を抱える国は限られ、結局「先進国」のみが対象になる。ここでまた思うのは「国」と「都市」の関係だ。それぞれの国の事情があるが、どの国でもオリンピック開催となると国を挙げてだ。とすれば、大阪市は2001年にいったい何をしたのだろうか。大阪でオリンピックをと声を上げても東京の人たちは冷淡であったろう。大阪が誘致したことも知らなかった人が多かったのではないか。ま、過ぎ去ったことは仕方がない。大阪がオリンピック誘致にまた名乗りを挙げるとして、それはたぶん30年から50年ほど先であろうし、筆者はもうこの世にいない。あるいは、東京との差が2020年を境にもっと開き、大阪は関西の中心ですらなくなっているかもしれない。たぶんそうではないか。一方、東京の巨大化はますます進展する。大地震が起こっても、関東大震災以降の復興を思い出して、さらなる大東京をものの10年ほどで作り上げるだろう。その記念に3回目のオリンピックをやがて開催するかもしれない。東京が元気でなくなれば日本が終わるという政治家の考えがあって、それを多くの人が信じている。以前にも書いたことがあるが、日本国民全員が東京に住めば物流がはるかに便利になるし、あまった無人の全土を田畑にするか、あるいは他国に貸せばよい。その賃料で日本国民は働かなくても生きていける。東京都内に超高層ビルを1万棟ほど建てれば、充分に全国民が住める。そんな計画を立てれば土建屋は泣いて喜ぶ。水の確保は海水を使って塩分を抜く技術の開発を本格化させればよく、電気はもちろん原発で、これを都内周辺部に数十基設置する。
 2020年の開催を早くも目指して頑張る子どもたちの姿もTVは映していた。オリンピックはアマチュア選手を対象にするはずだが、そうでもないようなところが現実には感じられる。メダルを獲得した選手は頻繁にTVに登場し、芸能人並みの扱いを受ける。また、会社に勤務するとはいえ、他の社員とは違って優遇される。収益を上げるための仕事よりも、オリンピックなどの競技のための練習をしてもらった方が、会社の宣伝になってよい。これがアマチュアかとなると、首をかしげる。また、会社に残らなくても、いろいろと飯を食って行く方法はある、体育大学の教授になるのもよいし、競技の連盟の幹部になるのもよい。あるいは政治家への転身やタレント業も兼ねられる。それにIOCの偉いさんを目指せばもっと収入はいいだろう。「スポーツは子どもに夢を与える」と昨夜の誘致委員のひとりは涙目で語った。そのことは否定はしないが、スポーツをやらせる親は、あわよくばオリンピック選手になるか、プロになって金儲けを手っ取り早くするかを夢想している。純粋なアマチュア精神を持った親がどれほどいるだろうか。世界的な大会でいい成績を出せばやがて各方面から応援の手が出るし、国もお金を出す。メダリストはそのようにして生まれて来た。つまり、幾分かは国家が作り上げる。そうなると、国の威信を背負ってということになって、東京オリンピックのマラソン選手の円谷のような悲劇も生まれる。今は自殺まで思い詰める「真面目」な選手はいないと思うが、この見方は、TVに頻繁に出演するメダル選手はどれも筆者にとっては気に入らないということを示してもいる。そのことを言うと、「何しろ世界的に有名なメダル選手だから」とのことだが、オリンピックのメダリストが人格者とは限らないことは痴漢で有名になった柔道選手の例から明らかだ。そうそう、オリンピックで優勝出来るならば、命を10年や20年縮める薬物を摂取してもかまわないと思っている選手が少なくない。それほどにメダリストは栄光と金が一緒に転がり込む。後者はアマチュア精神からしてどうなのか。オリンピックのTV放映権をアメリカが莫大な金額に釣り上げて来ていて、すっかり商売となっているではないか。永遠にオリンピックが開催出来ない国の方がはるかに多いことに疑問を抱かないIOCという団体はかなり胡散臭く、開催をちらつかせて各国から袖の下を集める団体のように思ってしまう。そして、賄賂を何億円と使おうが、誘致に成功すれば、国民は誰も文句を言わないと考えている。
 1964年の大会を経験した筆者の世代は、あの時の感動を今の若者と共有したいと思っているそうだ。そういう人もあろうが、筆者はそんな気持ちはない。まず、60年代と現在の差だ。高度成長期とそれが達成された後の差でもあるが、21世紀に入っての停滞ムードを打ち破るためにオリンピック開催は効果があると考えたのは前の都知事だ。「日本を元気にしたい」という思いには偽りはないだろうが、元気でないとすれば理由がある。それがオリンピックでどうにかなるものだろうか。そんな単純なものか。「先進都市としてあるべきオリンピックの姿を見せる」と主張するのはあたりまえのことであって、しかもそれが具体的にどう表現されるかとなると、どういう形で行なわれても評価の下しようがない。つまり、都知事は何も意味あることを言っているのではなく、「DISCOVER TOMORROW」は何のことやらさっぱりわからない。発見しなくても明日は必ずやって来るし、その当然のことをあるべき姿と規定するのはえらく高圧的で、「勁い日本」を目指す思いが透けて見える。その「勁い」は一部の政治家の勝手な強権で、国民はその陰で萎えているという見方も出来る。そういうムードを思うからこそ、東京でオリンピックをと主張するのだが、1964年から現在まで生きて来た者からすれば、あの時の感動を今もう一度と言われても何だかしんどいなというのが正直なところだ。ま、京都からは何百キロも離れた東京でのことなので、喧噪はTVからしか伝わらない。IOCが心配したのは、京都東京間の半分ほどの距離にある福島原発で、その汚染水の問題が2020年にどうなっているのか、そっちの方にむしろ関心がある。とんでもない大問題が生じても、どうせうまく隠すであろうし、同じように思っている人は多いだろう。そういうところが1964年の大会とは一番違うところで、よくもあしくも情報化時代になり、国民一致団結ということが出来なくなった。それはそれでいいことで、国家としての成長と見るべきだ。もうひとつ書けば、2020年の後、日本はどんな国際的な祭りを求めるか。それは東京万博に決まっているではないか。
by uuuzen | 2013-09-08 23:59 | ●新・嵐山だより
●飛び出しボーヤ、その12 >> << ●比叡山にて、その3

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?