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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●錦市場の若冲、その1
前がいいか悪いかは誰にでもわかるかどうか。技術に優劣がある作品を並べて、どちらが優れているかを答えさせるとして、いくら美点を説明しても理解出来ず、劣る作品をいいと言う人はある。



●錦市場の若冲、その1_d0053294_065488.jpgそういう人にどんなに口酸っぱく説明しても無駄で、死ぬまでよさが理解出来ない。美術品とはそういうもので、当人が好きであればよい。目の前に国宝と現代の子どもの落書きを並べ置き、どちらを持って行ってよいと言うとして、国宝のよさがわからず、落書きを喜ぶ人がある。それはIQには関係ないだろう。頭のいいと言われる人でもさっぱり造形美を理解しない人がある。専門家の中にもままそんな人が混じっていて唖然とさせられるが、それでも仕事に支障がないほど、美の世界はいいかげんなものだ。腕前のよさがわかる人は、その道を少しでもかじったことがあるか。これは難しい問題だ。何の知識もなくて名品や名演奏、名演技がわかるだろうか。直観でわかる場合はあるが、それはほかの方面で良質のものに触れている場合に限ってのことか。これも難しい問題で、絶対にこうだとは言い切れない。腕前のよさは表現者は誰しも求めているが、中には技術よりも魂と主張する人がある。ま、そんな人に限って腕前のよさなどさっぱり理解していない。大した技術がなくて人を感動させる表現があるだろうか。筆者はないと考える。一見拙いように見えても、その表現物が人の心を動かす時、その拙く見えることも技術のうちだ。つまり、腕前が優れている。となると、いかに精緻に作り上げたものでも、感動を起こさないものは、技術がないということになる。それは極論かもしれないが、筆者がここで問題にしている技術は計測機器で測れないもので、個性が表わされるものを言っている。先日、トヨタの写真で20歳くらいの職工がドイツで開催された世界技術コンクールに参加し、その様子をドキュメントしたTV番組をNHKで見た。残念ながら上位3位の中に入ることが出来ず、韓国や中国勢に負けてしまったが、世界に通用する技術者を高卒から養成しているトヨタに今さらながらに世界で通用する企業のあり様を見た。このコンテストは10年もっと前からNHKでは紹介されていたが、昔は手に持った道具を操って提示された課題を作り上げるものであったと記憶する。今もそんな部門はあるのだろうが、先日の番組ではいかにもコンピュータ時代を思わせた。熟練工が手作りする腕前の高い技術をそっくりそのままコンピュータにプログラミングし、機械でそれを作らせるのだ。つまり、昔より覚えねばならないことが増えている。道具を使って体が覚える一方で、そのことを機械に自動的に行なわせるのであるから、これは道具とともにその道数十年の職人とは違って、もっと高度に見える。手作りの精密品を大きな機械によって量産しなければ製造メーカーが生き残って行けない時代になっているようで、これは人材の養成もさることながら、機械を購入する費用も嵩む。この番組を見て、画家や彫刻家はひとりで制作するし、筆者もそうだが、そういうことがもはや時代遅れなのかと思わせられる。
●錦市場の若冲、その1_d0053294_0754.jpg 機械が量産する精密さと、画家や彫刻家、あるいは寿司や手打ちうどんの職人でもいいが、道具を使っての物づくりする人の仕事における精密さは全く別物である場合もあるし、そうでない場合もある。先のトヨタの職工は、量産する部品でなければ旋盤などを使ってひとりで作る。もちろんそこには機械に劣らない精密さを表現出来る。そういう手作りの基礎があって、初めて機械化が可能となる。画家や彫刻家の作品を量産することは複製であって、印刷や成型射出の技術に頼るが、そこにも画家や彫刻家の手作業をそのままなぞる機械化があるかと言えば、それはない。芸術作品は1点ものであるから喜ばれるのであって、価値も高い。では、芸術作品を生む技術が、精密な部品を作る旋盤の技術よりいい加減なものかと言えば、そうではない。描き直し、彫り直しが簡単に出来るから、製作態度において安易になりやすいところはあるかもしれないが、自分の名前の旗印に真剣に作る点では職工と同じ責任感のようなものはある。筆者は野球にさして関心はないが、今日はアメリカの大リーグでイチローが日米通算4000本安打を達成した。それは腕前がよいからで、その卓抜な技術は修練の賜物だ。では、そのイチローの技術をバッティング・マシーンにそっくりプログラミングし、その機械をバッター・ボックスに立たせると、イチローと同じ成績を挙げることが出来るか。理論的には可能だが、野球は人間がするもので、心理が大きく左右する。それを機械が瞬時に読み取るのは不可能だ。大リーガー全員のデーターを入力しても無理だ。気候や観客の声援など、あまりに多くのことが試合に影響する。イチローはそれらすべてを瞬時に判断しながら打っている。このように、熟練した技術は機械化するにも限度がある。機械が得意なこともあるが、人間の手技はもっと複雑で無限の可能性を持っている。そのひとつの極地が絵画や彫刻などの造形作品に表現されている。そして、そういう技術がどこか研究室のようなところに閉じこもって獲得されたものかと言えば全くそうではない。人間はロボットではない。食べて糞して喜怒哀楽を持つ。そういう誰しも送る生活の中で制作し、制作以外の生活が制作に影響を与える。それは作品からは見えにくい場合が多いが、作品は時代を反映するから、時代特有の、そして個人の生活を映す。
●錦市場の若冲、その1_d0053294_072142.jpg

 さて、今日は若冲を顕彰するために京都錦市場に設置された記念物を紹介する。筆者は数年前はよく寺町四条から三条まで歩き、錦通りを歩くこともあったが、ここ2年ほどは半分以下の割合となった。錦市場が若冲を讃え、それなりのお祭りめいたことを行なったことを筆者は先月ようやく知った。実は去年12月に京都工芸繊維大学が錦市場の組合とタイアップして記念事業を実施したようだ。そのための非買の記念品がぽつぽつとネット・オークションに出品されるようになり、そのことで知った。若冲のグッズはプライス・コレクションから大量に作られているので珍しくないが、錦市場では墨に若冲の描く鶏を原色印刷するなど、今までにはなかった記念品の試みが行なわれている。それほど錦市場が若冲に目をつけるようになったのは、若冲ファンからすればあまりに遅過ぎる気がするが、遅まきながらもようやく若冲が画業を行なった生家があった場所に記念の碑が建ったことは喜ばしい。では、なぜ今頃になったかだが、ここ3,4年の研究によって若冲が錦市場の存続について骨を折ったことを示す史料が見出されたからだ。MIHO MUSEUMでの『若冲ワンダーランド』展ではそれが初公開された。そのことを詳しく書くと長くなるが、若冲の生家前の露店商が若冲によって守られ、若冲がいかに野菜の販売人たちのことを思って優しかったかがわかった。これまで若冲は、単なる絵描き馬鹿で、研究者によっては多少知恵遅れ的な人物ではなかったかと書いていた。そういう意見は絵を見る能力がない人にふさわしい。若冲の作画はとても巧妙で、腕前が極端に優れている。それは作画において用意周到、計画が万全で、しかもそれらをひとつずつ着実にこなして行く完璧主義を示している。そういう人は、世事に疎くなりがちかもしれないが、作画で得た自信はどんな場合にも発揮され得る。巧みな絵を描く熱心さは、あまり気が進まないことにおいてもいざとなれば発揮され得る。確かに作画行為は自己との対話で、他者と話さなくてもよい。若冲のように緻密な着色画を描くには、電灯がない時代であるから、陽が上っている間は少しの時間も惜しまねばならない。だが、かと言って他者と関わることを避けたとは言えない。むしろ作画において孤独である分、それ以外では喜んで人と接したと思う。そういう若冲が錦市場に問題が起こった時、一肌脱いで奔放したのは当然で、しかもその問題処理は彼の絵のように計算されたものであったろう。
●錦市場の若冲、その1_d0053294_073327.jpg ともかく、錦市場全体が若冲を知ることとなり、また彼を顕彰する名目が出来た。それで早速若冲の生家があった高倉錦の東南角と、それに対を成す東北角に鉄の門柱状の記念碑が建った。今日はその写真を紹介する。門柱の3面に若冲画から引用してカラーで印刷されている。これとは別に生家のおそらく玄関があった箇所にこの碑の設立を説明するプレートが貼られている。残念なのは、生家のあった場所が7,8年前までは若冲と同じ八百屋であったのに、その後別の店が入った。八百屋より洒落た店の方がいいという意見もあるし、また市役所としてもまさか生家を買い上げて若冲記念館にするような予算はとてもなかったろう。生家は南にかなり長く、今はその南半分はドラッグ・ストアと100円ショップになっている。今日の4枚の写真を撮ろうとした時、カメラが電池切れで慌ててその100円ショップに賭け上がった。すると9月10日頃に閉店すると貼り紙があった。京都市が買い取って若冲記念館にすればいいと思うが、京都では芸術遺産があまりにあり過ぎて、若冲ばかりに目を向けられない。今なお若冲の名前を知らない人の方が圧倒的に多く、100人いれば知っている人はひとりかふたりの割合であろう。これを情けないと見るか当然と考えるかだが、最初に書いたように、腕前の確かさを理解しない美術関係者はいる。それから推せば何の不思議もない。そして、一方では工業で儲ける日本は優れた職人芸を機械化することに躍起で、画家の技術がいくら並み外れたものであっても、趣味の一言で片づけ、敬意を払わない。若冲の生家前に記念碑が建ったのは没後200年を越えてからだ。それでも墓の中で若冲は喜んでいると思う人がいるだろうが、死者が何か思うことが出来るだろうか。出来ても若冲は軽く笑っているように思う。記念碑が建っても若冲を理解する人が増えたことにはならず、逆に誤解がより根強くなった可能性もある。
by uuuzen | 2013-08-22 23:59 | ●新・嵐山だより
●ムーンゴッタ・2013年8月 >> << ●嵐山駅前の変化、その285(...

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