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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●梅雨明けの白花、その12
食という言葉があるなら、乞雨もあるかと思って調べると、「雨乞」を使う。中国では「乞雨」と書くように気がするが、これは調べてみなければわからない。



梅雨が明けたので雨が降らないのはあたりまえとしても、今年はあまりに雨量が少なく、中国では穀物が育たない。日本でもその影響を受ける。稲が例年より1週間から10日ほど早い刈り入れで、これは今までになかったことだそうだ。ダムの貯水地の水位もどんどん下がり、取水制限をする街も出始めた。それに今年はまだ連日35度を越える暑さで、地球温暖化のせいかと思ってしまう。温暖化など嘘と主張する人もあるが、確かに日本の夏は暑くなって来ているし、今までは見なかった熱帯魚が漁獲されたりもする。川の温度が高くなって、今まで盛んに釣れたところに姿を見せなくなった。来年はまた平年並みの気温や降水量に戻るかもしれないが、長い目で見ればまだまだ気温は上昇し、雨が降らない夏になることも考えられる。地球温暖化のせいと結論づけるのは早く、日本の隅々までアスファルトの道路が走るようになったために気温が上昇し、そうなればクーラーを使う家庭が増えてさらに気温が上がるといった循環によって日本中の気温が高くなって来ているという見方も出来るが、緑の多い田舎でも気温は高いし、また異常気象は日本だけではないので、地球的規模で気温が高くなる一方と考えた方がいい。そうだとして、それが人間の活動によるものと結論づけることが出来るのかどうか、出来たとして、どう対処すれば昔のように今年ほどでもない涼しい夏が訪れるのか。中国の経済活動が活発化し、そのために環境汚染がひどくなり、二酸化炭素の増加によって地球が温暖化しているという意見があるが、中国にすればいちゃもんをつけるなというところだろう。かつて日本も公害に苦しみ、それを経て現在の環境に配慮した国と造り上げた。中国も半世紀ほどすると、空気と水の浄化を達成しているかもしれない。そうなったとして、その半世紀後に地球温暖化が鈍化しているかどうかは誰にもわからない。結局産業の急激な発達が悪かったという考えが出て来て、真っ先にイギリスがやり玉に挙げられるかもしれない。イギリスにすれば「そんな無茶な」と言って、むしろ産業革命によって人間すべてが限りない恩恵を受けたことを強調する。だが、それも地球に人間が暮らせる間の話で、人間の活動が原因で地球温暖化が限界を越え、人間が滅亡に向かうことが明らかになった時、その原因を作った悪党探しが始まって、ギリシア文明から始まってジェームズ・ワットに至るまでのいわゆるノベール賞級の天才はみな断罪されるかもしれない。野蛮から一番遠いと思われていた偉人と呼ばれた人たちが人間の滅亡を早めたという見方は、そんな先ではなく、今でもしている人があるかもしれない。核分裂の速度を遅くすると原子力発電になり、一瞬にさせれば原子爆弾になることを科学者たちが最初から知っていたように、大発明は光と影を同じくらいに抱えている。科学者は政治家とは対等ではなく、たいていは政治家が国の利益と言って大発明の影の側面を他国に先駆けて利用しようとする。そして、その影は政治家の詭弁によっていくらでも光に見せかけられる。そんなことの繰り返しで、人間は文明を進歩させたが、人間性の本質は少しも変わらない。そして、核爆弾のような物騒なものを発明したから、類人猿の時代よりはるかに危険な状態を生み出した。
●梅雨明けの白花、その12_d0053294_1364450.jpg また思わぬところに話が進んでしまった。放射能のことを思っていたからだ。福島原発が撒き散らした放射能の影響が顕著になるのはまだ2,3年かかるのだろう。海にも大量の放射能が流れ出ているというが、それがぴんと来ない。奇形魚がたくさん見つかるならば、ひどい状態であることがわかるが、そんなニュースは届かない。奇形魚が目立って出て来るのも2,3年先のことだろうか。筆者が注視したいのは植物だ。福島原発から20キロ圏内では猪などの動物が増えているとされるが、奇形の猪がどれほど生まれたのかそうでないのか、これは現地に立ち入れないことには調べようもないか。動物と植物とではどっちが放射能の影響を受けやすいかと言えば、何となく植物に思える。そのため、もうそろそろ今まで見なかったほどの奇形の植物が続々と発見されてもいいのに、それが見つからないのは、案外放射能の心配はさほどしなくてもいいのかと想像してしまう。ただし、今はまだ奇形を生じさせる放射能の影響は表立つ以前の潜伏期と考えた方がよく、今後2,3年はとても不気味で憂鬱な時であり続けるのだろう。仮に放射能の影響がとんでもなく大量の動植物に現われるとすれば、そこで原発推進派と廃炉派との戦いがまた一段と沸き立つに違いない。とはいえ、いつものように、「奇形と原発事故との因果関係はわからない」という決まり文句によって、廃炉派は排除されるに決まっている。奇形が人間に及んでも、「それはお気の毒なことでした」で終わりで、誰も責任を取るはずがない。いつの時代も、そういう「運の悪い」存在と「恵まれた」存在があって、前者は「淘汰」の観点で説明出来ると説明する科学者や評論家も出て来るだろう。植物の奇形がどういうものか、筆者は具体例をほとんど知らない。放射能がなくても、たまに奇形は生まれるし、それは突然変異とも呼ばれて、植物の場合は珍重されもする。品種改良の歴史の中で放射能照射もあったはずで、今も行なわれていると思うが、それは人工的に奇形を作り出す行為で、誰も見たことのない花や結実を自在に操れるようになると、花好きを喜ばせ、その結果企業として大儲け出来て、万々歳であるという論理だ。かくて大量の園芸種が毎年作られ、街で見かける花の数や量は半世紀前の数倍はあるだろう。何でも商売にするのが人間であるから、福島原発の放射能によって生まれた奇形の花を元に新品種を作り出そうとする会社もあるかもしれない。
●梅雨明けの白花、その12_d0053294_1375686.jpg 果実であればより大きくておいしいものを求めるのは人情で、そのようにしてイチゴやスイカ、リンゴなどが品種改良され続けている。花も同様で、人気のある薔薇は真っ青から始まって、今は脱色と染色によるのだろうが、七色のものもある。不自然なものであるのにそれを求めるのは人間の本性で、それは人間が不自然であるからだ。人間は動物だが、他の動物とは明らかに脳が大きくて、また活動も違う。それを神にたとえる人もあるが、前述のように人間が滅亡しなければの話で、現在の様子を見ていると、とても恐竜ほどには長い間繁栄しそうもなく、たぶん殺し合いで自滅するだろう。次に生まれて来る新たな生物は人間の標本を作って、愚かな動物であったと評価する。そういうことを釈尊は見通していたのだろう。それで教えを広めようと決心したが、圧倒的に多い頭のよくないB層に信じてもらうような世の中が来ることを思っていたかどうか。無学文盲でも信心を疑わない人があるし、昔はそれが多かったと思うが、日本の仏教に関してはどうだろう。無学な者でも成仏出来るとした教えはなかなか鋭い考えで、日本には合っていた。とはいえ、誤解も多く、一方で破戒の意味も曖昧、あるいは無知になって、何がいいのか悪いのかわからなくなっている。そして、世界を見わたせば、キリスト教とイスラム教の信者が争い、血を流している。こういう複雑で混乱した世の中に最も歓迎される思想は何か。古い宗教はもはや機能しないと考えて、自分こそが人類を救う教祖と声を上げる人は今この瞬間にもいるであろうし、そういう人物を信用せず、しかも運よく、また努力を重ねて大金持ちになり、ともかくは自分だけは幸福に外国に逃れて暮らそうとする者もいる。筆者はと言えば、頭に浮かぶことを矢継ぎ早にこうして書き連ねる日々でとにかく時をやり過ごそうと考えている。これは花を咲かせる行為でもなく、ましてや実りでもない。どんな存在も無駄はないとよく言われるが、それはすべてが無駄と同じことでもある。筆者がこうして書くことは、誰の関心も得ず、記憶に残らない。ま、ひとりかふたりくらいは注目する人があるかもしれないが、そのことを筆者は知らないし、またその方がよい。
●梅雨明けの白花、その12_d0053294_1373985.jpg

 昨日のTV番組に、遺品整理をする業者の活動を紹介するものがあった。70代半ばの女性がアパートの中で死んでいるのが発見された。箪笥の中にはきれいにたたまれたキモノや帯があり、アルバムに貼られた写真から生前の様子もそれなりにわかった。元気で働いている頃は幸福を感じもしたろう。高齢になると、誰しも動きが鈍くなり、死を受け入れねばならない。彼女は独身であったので、さびしい晩年であったことになるが、結婚して子どもがいても死ぬ時はひとりで、大同小異だ。彼女が残したものは何か。遺品はすべて処分され、アパートはきれいに掃除されて彼女が住んでいたことは誰も知らない。唯一彼女が広く知られたのは、その番組で若い頃の写真が紹介されたことだろう。事故死して顔が新聞などに紹介される人たちもそうだ。それは存在を広く知らせただけでも、まだ普通の人より幸運であったかもしれない。ま、それは冗談だが、その70代の女性の生涯の結末がゴミに埋もれた孤独死であったという事実に今さらにまじまじとしながら、「それが現実」と心を鎮めにかかる自分がいる。さて、切りがないので、今日の白い花を。今日はこのシリーズの最終回だ。2年前の「梅雨時の白花」と同じく、12回分とする。月の数、時の数と同じ1ダースだ。そして今日は少し趣向を変える。売茶翁の顕彰石碑を見に行った日、北大路橋の東詰め北側の古い本屋のガラス戸に府立植物園のポスターを見かけた。そこに白い花の写真が4,5つ紹介されていた。その後TVでも放送されたが、夏の企画として、温室内部に暗幕を垂らし、夜に開く花を昼間に見せることが考えられた。前述のような大きな実を得る品種改良とは違うが、花の出荷時期を保存温度の調節によって早めたり遅くしたりすることは花の業界では普通に行なわれている。そのことに倣って夜の花を来館者が訪れやすい昼間に見せるアイデアだ。期間中に行くつもりもあったが、機会を逸した。それでポスターの写真で代用する。それにTVによれば、会期中どの花も見られることはなく、早々と終わってしまう花もあった。最も目立つ、そしてポスターでは一番大きく写真が配置された「月下美人」は、昔隣家で写真を撮らせてもらったことがある。夜の9時から10時頃に咲いた。この花はあまり珍しくないが、筆者の昼間の散歩中に開花を見かけることはない。おまけで掲載を迷った4種の花を1枚にまとめたものを最後に掲げる。左上は2年前の「その12」で紹介した、白い葉の「コンロンカ」で、同じ青い鉢植えがまだ健在であった。ただし、こっちは黄色い花が咲いている。右上は2年前の「その5」に載せながら名前がわからなかったもので、この名前を百万遍交差点西北の花屋の店頭で知った。「ペンタス」と言う。左下は近所で撮影したもので、遠くにあって形がとよくわからない。「ガウラ」とは思うが、花や葉の形が少し違うように見える。右下は高槻で撮った。五色の鑑賞用のトウガラシの花だ。近所の畑で「マンガンジトウガラシ」の白い花を撮り、「その3」に載せた。実が辛いトウガラシの花が白であるのは面白い。筆者の文章は以前淡麗辛口と評されたことがあった。白い花が特別好きではないが、暑い頃は白がよい。そして夏は辛いものが食べたい。そう言いながら、今日も作った2リットルの冷やしあめにはレシピの数倍の生姜と砂糖を入れた。ものすごく辛いのに甘い。「ちょうだい!」と家内から乞われそうもないので、「飲んでみたら」を繰り返すが、筆者とはあまりに味覚の好みが違って見向きもしない。
●梅雨明けの白花、その12_d0053294_1381316.jpg

by uuuzen | 2013-08-20 23:59 | ●新・嵐山だより
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