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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●天橋立を見に行く、その2
覗きするのが天橋立の鑑賞方法であるのは有名だ。そうするための場所があって、必ず誰でも一度は自分の股を開いてその向こうに逆さになった天橋立を眺める。天橋立は細長い半島状の砂州で、天橋立駅側からだけではなく、対岸の山からも見下ろすことが出来る。



●天橋立を見に行く、その2_d0053294_0563386.jpg
小学生の時に知った日本の特殊切手の「天橋立」を今確認すると、対岸側から南方を見た図を採用している。どちらが美しいかは評価が分かれ、甲乙つけ難い。北側から見て描いた絵として有名なのは雪舟と言いたいところだが、横長の画面に、砂州の向かって右端が陸続きになっているので、天橋立を東から見た図であることがわかる。地図を見ると、栗田(くんだ)半島がそこにある。その山辺に立って眺めたのだろう。500年前の作品で、当時から同じ姿のまま天橋立が存在することはちょっと驚きだ。これは美しいまま保存しようという熱意があってのことだ。天橋立の東は宮津湾、西は阿蘇海と呼ばれ、阿蘇海は半ば湖のような形になっている。どの程度深いのかは知らないが、浅ければ埋め立てて農地にする話が持ち上がったかもしれない。そうなると天橋立はなくなる。天橋立は東側に広い砂浜が続く。これは宮津湾から砂が運ばれるからか。阿蘇海と宮津湾で深さがかなり違うのか、潮の流れのために東側に砂浜が出来るのか。考え始めればいろいろと疑問が湧く。もちろんこれは実際に見て来てからのことで、行く前はただ海の中に松林が続く細長い砂州状の半島があるといったことしか思わない。松林が続くには、筆者が考えるに、半島が山の上から見ればあまりに面白い形をしているので、松を植えればもっとよい景観が得られると考えたからではないか。つまり、一種の人工の庭園だ。東側の砂浜には、時としてゴミが流れ着くであろうし、それらを地元の人々が絶えず広い上げ、美観を損なわないように努力を怠らない歴史があるのだろう。台風で松が大きな被害を受けたといったニュースをたまに聞く。それがまた元通りの姿に戻されるのは地元の人たちの天橋立を誇る思いがあってのことだ。そうなると、美しい景観を持つ地域は、それを守る努力が必要ではあるが、それは幸運でもある。美しいからなおのことそれを持続させようとする。美女が美しい衣装をまとうとなお美しくなるのと同じで、美しさはますますそれに磨きをかける。
●天橋立を見に行く、その2_d0053294_0565336.jpg
 雪舟の「天橋立図」に描かれる天橋立は、向かって右端が陸続きで、左端はそうなっていない。だが、現在は2本の橋が架かって、南側から北の端まで歩くことが出来る。全長およそ3.6キロ、徒歩1時間だ。筆者らにその時間がないではなかったが、向こうに行って山に登り、また南側に戻って来るには3時間は優に要する。観光船が南側から出ていて、それに乗れば10数分で着くが、待ち時間もあるし、せわしない。また、徒歩ではかなり疲れる。それはともかく、北近畿タンゴ鉄道の天橋立駅に着いた時、すぐに駅構内の案内所で天橋立を山から見るにはどうすればいいかを訊くと、若い女性が散策マップを広げながら親切に教えてくれた。ほかに男性が2,3人いた。その人件費からして、さすが有名な観光地だ。散策マップはわかりやすいイラストで、実によく出来ている。女性の説明もわかりやすかった。その言葉どおりに、駅前の通りを今乗って来た電車の方向に戻る形で東に200メートルほど行くと、三叉路があった。それを南に入って線路をわたり、そのまま道を行くとすぐにモノレールの乗り場が見えた。ほかに登り口があるのかどうか。健脚ならば山を歩いて登ってもいいが、かなり急な様子だ。モノレールは20分に1本だったか、待っている間に来るが、待ちきれない筆者はそのすぐ横で常時運行しているリフトに乗った。どっちに乗ってもよい。リフトが恐い高齢者は少なくないだろう。往復500円だったと思う。こういう施設がない頃は、歩いて登り降りするしかなかった。その道がまだ残されているのかどうか。観光客はたいてい時間があまりない。駅前からこの登り口まで徒歩ですぐであるし、次々にやって来るリフトに乗れば5,6分で展望地まで着くから、とても便利に出来ている。ひょっとすれば、昔は登山口はこのリフト乗り場ではなかったかもしれない。無料で天橋立が見られると思っていた家内はリフト代にやや不満顔であったが、リフトが急斜面を上がり、また着いてすぐに馴染みの表情の天橋立が眼下に見えたので、リフト代は値打ちがあると言った。同感だ。むしろ安いかもしれない。リフトのすぐ下、すなわち昇って行く筆者の足元に数人の若い係員が花の苗を植える作業をしていた。少しでも楽しんでほしいという思いで、そうした人たちの人件費のほとんどがこのリフト代が賄っているはずだ。
●天橋立を見に行く、その2_d0053294_1131336.jpg
 リフトに乗るのは30数年ぶりか。昔スキーに何度か行った以来だと思う。そう言えば天橋立は雪景色にもなるから、付近の山ではスキーが出来るかもしれない。リフトに乗りながらそのことを考え、また好天に気分をよくする一方、冬場の寒い時期にこのリフトに乗るとどんな気分かと思った。あるいは雨天の場合はどうだろう。風の強い日もある。そんな悪天ではリフトはストップしてモノレールだけ動くかもしれない。リフトは地面から数メートル上の高さを最初進み、そのうち地面まで1メートルほどの低さになり、また2メートルほどになった。そんなに高くないので、落ちても怪我はほとんどしないだろう。怪我のことを考えて、なるべく地面すれすれを進むようにロープを緩めているのかもしれない。リフトのコースのすぐ隣りにモノレールが走る。往復とも途中で擦れ違った。往復とも筆者らはリフトに乗った。下りは眼下に天橋立が見えて絶景であった。また落ちて行くスリルがあってよい。リフトの上昇時、天橋立はどこにどのように見えるかわからない。背後を振り返るにはリフトは不安定だ。その点、モノレールならば上りながら天橋立が見えたはずで、それは味気なかったと思う。リフトを降り、左に30メートルほど歩むと、左手の眼下に海が広がり、天橋立が見えた。それは虚を突かれた感じで、その瞬間、来てよかったと誰しも思うだろう。そのように、上に着いてから初めて天橋立を見る方が感動が大きい。リフトを降りた展望地は天橋立ビューランドという小さな遊園地で、頭上3メートルほどに子ども用のモノレールが動いている。一周200メートルほどか。子どもだけではなく大人も乗れる。それに乗って天橋立を見下ろすと、一段と迫力があるかもしれない。展望地にはレストランもある。山の頂上なのか、中腹なのか、天橋立を見ながら背後をほとんど観察しなかったのでよくわからない。だが、とても狭い土地で、よくぞ遊園地を作った。観覧車も籠が数個という超ミニ・サイズだ。これほど小さな遊園地は初めて見た。それでもこの地方では他にないかもしれず、両親は小さなわが子を連れて楽しみにやって来るだろう。リフトやモノレールで次々にやって来る人たちは、股覗きをやり、天橋立を背景にして記念写真を撮り、そしてほどなくしてまた降りて行く。筆者らもそうしたが、例のごとくはがき大のスケッチブックを持参していたので、天橋立を色鉛筆で描いた。海の色は目が覚めるような鮮やかなエメラルド・グリーンで、沖縄かと錯覚するほどであった。昨夜写真を加工して不思議であった。鮮やかな海の色がさっぱりそのように写っていないからだ。
●天橋立を見に行く、その2_d0053294_11031363.jpg
 スケッチする前に中年のカップルから写真を撮ってほしいと言われた。撮影後、筆者らも撮ってもらうことにし、そばにいた別の中年女性に声をかけた。筆者のデジカメは旧式で、背面に液晶画面はいちおうあるが、それを用いずに昔のカメラのようにファインダーを覗いて撮る。筆者が頼んだ人はそのことに一瞬戸惑った。それで一度シャッターを押した後、もう1枚撮ると言った。2枚は10秒ほどの開きであったので、ほとんど同じように写っているかと思ったが、全然違っていた。最初のものは筆者と家内が画面中央に大きく見え、2枚目は右端に寄ってしかも全身が写っていた。シャッターのボタンはズームも兼ねている。それを即座に理解してくれたか、あるいは指が触れて2枚目の時はズーム・アウトしたようだ。筆者と家内が揃って立つ写真は20数年ぶりだろう。筆者は数年に一度自分の写真を撮るか撮らないかの少なさだ。時間が経つにつれて老けるから、写真はまた次の機会でよいと思っていると、ますます老いた姿しか残らない。それがいやでまた次の機会でいいと思う。そんな調子でここ20年ほどはまともに自分の姿を撮っていない。今しっかり撮っておくと、数年後に見て、「こんなに若かったのか」と思うに決まっている。であるから、写真はなるべく若い時に積極的に撮っておくべきだ。その「若い時」は、実は「いつでも」だ。それがわかっていながら、自分の老けた現実の姿がいやで撮らない。それが天橋立で撮る気になったのは、誰でも股覗きをした後、同じ場所に立って記念撮影をしていたからだ。その慣習に倣ったといったところだ。ほかの意味はない。それほどに天橋立を眼下に眺めるのは気分がよかった。松島はまだ見ていないが、天橋立は日本三景ではベストではないか。股覗きは、天橋立が逆さに見えるだけで、それなら普通に眺めて撮った写真を逆さにすればいいだけで、わざわざ股を広げて頭をその中に入れて眺める必要はないではないかと思っていた。ところが、これも慣習にしたがって股の間から覗くと、「飛龍観」と呼ばれるだけはあることを納得した。天橋立が龍で、それがグニュグニュとのた打って飛んで行くようだ。北側の山から眺めるのを「昇龍観」と呼び、これは天橋立がより直線的に見える。切手に採用されたのは「昇龍観」で、そっちの眺めの方がよいという意見が多いからだろうか。
●天橋立を見に行く、その2_d0053294_0572033.jpg

by uuuzen | 2013-05-18 23:59 | ●新・嵐山だより
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