人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●4年ぶりの東京、その4
について考えることがここ数週間ほどある。使わない水道管を全部撤去せず、いつか使う時のために栓をしておく。それをプラグと呼んで、それが嵌められているのを見たことがある。



●4年ぶりの東京、その4_d0053294_23504561.jpg

ところがこれがどこで買えるかわからない。近くの水道工事屋にはあるだろうが、そんなものを勝手に嵌めることは素人には許されないと文句を言われ、売ってもらえないだろう。1個100円程度であることがネットでわかった。送料が500円するのでやはりどこかで現物を見て買った方がよい。その栓について今日はガス管用はないかと思った。連休明けであるから、早速地元のガス・センターに隣家の2,3階の不要なガス管の撤去の見積もりを依頼した。明日業者はやって来る。大阪ガスに問い合わせると、地元のガス・センターに頼めと言われたが、そこは大阪ガスとは一応無関係で、指定業者といった存在だ。筆者の住む区ではそこしかないようで、これは独占禁止法に抵触するのではないか。見積もり金額を出してもらっても、それは彼らの言いなりで、ほかの業者に当たることは出来ない。その点を今日は電話でガス・センターに訊くと、受付嬢はしばし待ってほしいと告げて5分ほど電話を中断した。結果、仮によその区の業者に見積もりを出させても単価が決まっているから、同じ工事費用になると言う。これではカルテルで、やはり業者の言いなりだ。不要な管の撤去に何万円も支払うのであれば、自分でパイプレンチを使って外せば数分間の作業で済むし、外したパイプ口に水道のプラグのようなものがあればそれを嵌めておけばよい。つまり、自分でやればただ同然で済む。さて、栓のない話になってしまった。栓ないことと言えば、筆者のブログ全体がそうだろう。毎日読者があるのが不思議な気がすることがある。書いても書いても何かがどう変わることもないから、全くの栓のない話で、そんな無駄は速やかにやめてしまうべきだろうが、惰性でも書き続ける思いが幾分勝っているからには、やめてしまおうかといった愚痴めいたことこそ栓なきことで、そのようなことで字数を増やすことはよくない。で、本題に入ると、3月28日の午後の話の続きだ。梅村さんと大きな公園の中を北進し、ついに都現代美術館が見えるところに来た。江東区に美術館というのは、土地が確保しやすかったからだろう。それに現代美術となれば、都心から多少外れたところでも見たい人はわざわざやって来る。
●4年ぶりの東京、その4_d0053294_23505520.jpg

 梅村さんによればこの美術館の企画展は3か月ほどの長期にわたるらしい。百貨店での展覧会は1週間の会期が常識化している。それでは見逃がすことが多い。3か月は長い気がするが、海外では普通ではないだろうか。今はない平安画廊の中島さんも、1か月としていた企画展をもっと延長したいと言っていた。都現代美術館では桂ゆき展が開催されているはずで、彼女の晩年の作品にとても感心したことがあるので、まとまった作品を見られることを楽しみにいた。そう言えばいわき市立美術館にも彼女の大きな作品が展示してあった。没後最大の展覧会が都現代美術館で開催されることになり、本格的な評価はこれからではないかと思う。館の玄関前に来た時、梅村さんは中に入れないと言った。よく見ると、会期はまだ始まっていなかった。がっかりして公園に面する館の長い横手を見つめながら東に歩いた。細長い建物のようで、また大半はガラスで中が見えた。学芸員がどこにどう作品を展示すればよいかを関係者と話し合っているらしく、作業中の様子が見えた。ガラスは全く曇りがなく、まだ出来て間もないように見えた。95年の開館でまだ10年経っていないのでそれも当然か。桂ゆき展を仮に見られたとして、たぶん1時間ほどは費やしたから、そうなれば梅村さん宅で潰す時間が取れなかった。ということは、今回は休館でよかったかもしれない。桂ゆき展は関西に巡回しないだろう。国立国際美術館では充分スペースがあるが、彼女の知名度では大阪では人が入らないように思う。ついでに書いておくと、彼女の晩年の写真を1点知っている。そこに見える表情はさすがの芸術家で、似た雰囲気をたたえる女性をほかに知らない。桂ゆき展は6月までやっているから、どうしても見たいのであればまた東京に行けばよい。夜行バスを使えば安いものだ。話は飛ぶが、梅村さんとは丸の内から夜行バスが出発する直前まで停留所付近で話し、その会話の中に「もっと東京に来てください」があった。確かにそうかもしれない。還暦を越えた年齢で東京で暮らしてもろくな成果は出ないが、せめて1年に2,3回は訪れて関西では見ることの出来ない展覧会を見たり、またあちこち行くことは気分転換によい。筆者はあまり人づき合いがよい方ではない。そう自覚している。ところが家内に言わせると自治会の活動を見ていると、筆者ほど熱心に、ほとんど顔も知らなかった人と1時間でも2時間でも話す人はいないそうだ。実際そうだと思う。もっと積極的に人に会いに行くべきなのだろう。
●4年ぶりの東京、その4_d0053294_23511796.jpg 都現代美術館が駄目ならそのまま梅村さん宅に行くしかない。公園を一周する感じで南に歩き、大きな通りに出た。そこからどこをどう歩いたか、何分初めての場所であるので記憶が定かでない。そこで4年前に梅村さんと歩いた道筋をネットからダウンロードした地図上に青線で示したことに倣って今回も同じように徒歩ルートをおさらいすることにしたが、その青線は若干の間違いがあるかもしれない。それを指摘出来るのは梅村さんだけだ。梅村さんの住まいを記さずにその歩いた道筋の画像を今日は3枚目に載せておく。4枚目は東陽駅から東京メトロに乗って西進し、高田馬場で降り、そこから石原さんが勤務するビル、そして3人で歩き、また食事した新大久保の韓国人商店街までの道のりだ。筆者は噂ではよく知っていたが、新大久保は初めての場所であった。大阪にも似た場所があるので驚きはしなかった。大阪と違って若い人が多いように思う。話は前後する。梅村さん宅では会いたいと思っていたひとり息子の姿がなく、少々がっかりした。保育園に行っている最中で、会うには日曜日しか無理かもしれない。梅村さんの奥さんに茶とお菓子の接待を受け、しばし談笑した。奥さんは同じ仕事をしているので、協力し合える反面、ライヴァル的な意識はないのかと思ったりする。わが家では家内は全く筆者の仕事の手助けは出来ない。仕事の工程の中で針を持って生地を縫うことがあるが、それさえも筆者の方がうまい。ズボンの裾上げやボタンの縫いつけ、ほころびの繕いなど、針仕事は筆者が全部やる。昔叔父が筆者の針を持つ姿を見て怒ったことがある。男はそんなことをするなと言うわけだ。だが、洋服やキモノの仕立て屋も男の方がしっかりしていると言うし、料理でもそうだ。こう書けば男尊女卑甚だしいと謗られるが、手仕事は何でも男の方がうまいのではないか。梅村さんの奥さんの使っているパソコンがアップル社のもので、梅村さんもそうであるようで、グラフィックデザイナー、イラストレーターには絶大な人気がある。筆者はパソコンに関してはほとんど無知でまた関心も少ない。それはパソコンを使ってイラストを描いたり、また印刷の版下を作ることがないのでさして問題ではない。奥さんの仕事場から数メートル離れた個室が梅村さんの部屋で、外から少しだけ見ただけであるのでよくわからなかったが、筆者がこれを書いている14帖はなかったと思う。窓からの景色がどうなのか、それを訊くのを忘れた。
●4年ぶりの東京、その4_d0053294_23512985.jpg

 梅村さんの家に向かう途中、ヴェローチェという喫茶店があった。大阪にも京都にもあり、筆者は家内とともにしばしばそれらの店に入る。特別おいしいというコーヒーでもないが、広々としているので、店員には目立ちにくい。その分、粘れると言ってよく、実際パソコンを持ち込んでいる若者をよく見かける。梅村さんは毎日のようにその喫茶店にCDを3枚ほど持って出かけると言う。ということは3時間は過ごすのだろう。梅村さん宅で1時間ほどお邪魔しただろうか。奥さんはまた京都に行きたいと話した。わが家に泊まってもらえれば多少でも経費が浮くが、とにかくガラクタだらけで今は客さえ中に入れないようにしている。それで隣家のリフォームを完成させれば、遠方の客はいつでも利用してもらえる。早くそのようにまともな内部にしたいが、1階から3階まで物で溢れていて、それらをどう移動させながら壁、床、天井を刷新し、また家具を置くかとなると、難しいパズルを解くような思考と、肉体労働者の筋力が必要だ。帰りがけに奥さんからお土産をいただいた。筆者は家内に前もって買わせておいた生八つ橋を手わたした。もっとましな菓子がないかと思いながら、あまりに嵩張る荷物はいやであった。そうそう、この手土産のことを書いておくと、同じものを3個用意した。それを紙袋に入れて持ち歩き、水戸で少し濡れ、いわきで徹底的に濡れて市立美術館を出て煉瓦通りを歩いている時についに底が抜けた。幸いその瞬間底を手で押さえて中身が地面に落ちることには至らなかった。仕方がないので、底が抜けた紙袋を今度を胸に抱えて歩いた。その恰好で傘を差し、江名に着き、波止場で写生してMさん宅に向かった。そして紙袋はMさん宅で捨てた。3箱はMさん、梅村さん、石原さんのつもりであったが、Mさんには少ないし、また少しでも身軽になりたかったのでMさんには2箱を置いて来た。石原さんの分はなくなったわけで、それをどこかで調達しようと思いながら、その時間がなかった。また江名から東京に真っ直ぐ向かったので買うとすれば東京しかない。それでは土産にはならない。今回石原さんに面会したのは、長年中断している仕事の今後の見通しを訊ねるためでもあった。会社が月島から移転して面積が3分の1になったそうだ。これはスリム化を図ったということで、出版業界の厳しい状態を見る思いがある。3人でJRの大久保駅から東京に向かい、そこで石原さんと別れた。バスは午後9時半頃の集合で、これは京都駅より2時間早い。それがよかった。ひとりで丸の内界隈で午後11時半まで過ごすのはしんどい。栓のない話でどうにか写真5枚にかなう段落数を書いたが、3月27、28日の旅行についてはこれで栓が出来た。
●4年ぶりの東京、その4_d0053294_23514869.jpg

by uuuzen | 2013-05-07 23:51 | ●新・嵐山だより
●4年ぶりの東京、その3 >> << ●緑のタペストリーと絨毯、その11

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?