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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●江名の波止場
霊碑を建てるのはまだ早いのかどうか、江名のバス停裏の波止場の波打ち際に卒塔婆が2,3本立てられていた。Mさんによれば地元の真福寺が行なっているもので、2年前の地震、津波で亡くなった人の霊を弔うためだ。



江名では何人がなくなったのか知らないが、ひとり当たり1本の卒塔婆ではなく、慰霊祭のたびに1本だろう。写真からは3本見えるから、行なわれ始めたのは最近のことかもしれない。波にさらわれたまま無事に帰って来ない人もいるかもしれない。現在の波止場の姿からは想像が難しいほどの高い津波があの日に襲って来て、自然の恐さを再認識したと当時はよく言われたが、自然にすればまさに自然であって、普段は静かでもいつ激しい動きをするかわからない。その予想のつかないことを人間は予想しようとし、また侮りもするから、時に大きな被害を受ける。それもまた自然の側から見れば全くの自然で、何も驚くに足りない。筆者が震災から2年ぶりに訪れ、地震や津波の跡を家の基礎だけになった姿から理解するが、それがいずれ新たに家が建てられれば地震の被害があったことはわからない。そのようにして人々は自然の大災害を忘れて来た。それでいいのかもしれない。Mさん宅には2階に開かずの間があるとのことだ。そこには地震で壊れた家具などが詰め込まれているようで、その部屋の内部を見ると地震を思い出して悲しくなるのでいわば蓋をして見ないようにしている。そのようにして地震のことをなるべく思い出さないように生活することを「現実を直視していない」と謗ることは出来ない。誰でもいやな過去は忘れたい。つらいことをいつも思い出していれば精神を病んでしまう。そういう本能が地震以降日本全体に素早く蔓延したとも思える。東北の人たちが受けた甚大な被害を無視するというのではなく、それはそれで同情するのだが、一方で2年前の地震の被害を直接受けていないことの日常性からは脱却し難い。
●江名の波止場_d0053294_1111578.jpg

 それをぬるま湯に浸かった状態で唾棄すべきことであり、全員がただちに東北に赴いてボランティアに励むべきとは強制は出来ない。世界には常に大きな悲しい出来事が生じている。それをニュースなどで知り、そのたびに被害者に同情して涙を流す人はまずいない。人間は誰しも自分の幸福を追求する義務と責任があるのではないか。これを利己的と断言すべきではない。ここで登場するのが、宝くじに当選することとは逆の不運が誰にでもあるということだ。もちろん2年前の震災はその言葉で全部片づけてしまえないところが大きい。だが、ある程度はある場所と時に生まれたことを運命として受け入れるべきで、不運に見舞われる恐れが大きいと直観出来るのであれば、動物であるのでその場所を離れればよい。江名に港が出来たのは、漁場として豊かであったからだ。その反面、地震が昔から多発している東北に属しているので、いつか大きな津波がやって来るかもしれないという本能めいた感情は持ち合わせていたのではないだろうか。それがまさか自分の代とは思わなかったと言うでのあれば、それは先に書いたように自然を侮った態度だ。その侮りが福島原発の建設という形で最大限にあったことが、福島の悲劇だ。自然をうまく制御して利のみを得ようとする原子力発電は、その分リスクが非常に大きいのはあたりまえだ。ところが建設推進派はリスクより利益の方を強調する。そこを地元の人たちが見抜けなかったと責めるのはよくない。それほどに巧妙に推進派は利ばかりを強調し、地元も豊かになれると言った。ま、簡単に言えば詐欺師の口車に乗せられた。おれおれ詐欺とあまり変わらず、東北の純朴な人々を東京人が寄ってたかって騙したと言えばいいかもしれない。
●江名の波止場_d0053294_1112841.jpg

 卒塔婆に書かれた文字ををつぶさに読めばもっと何かがわかったかもしれないが、あまりその気が起こらなかった。広い波止場にぽつんと立つそれを無視した形で筆者は海に向かって左手の景色を写生し始めた。はがき大の小型のスケッチ帖だ。小雨が降っているから、あまり時間をかけることは出来ない。波止場からの風景を描くことは予定に入れていた。数日前からその写生帖と専用の筆箱を探すと、これが見つからない。隣家に本と一緒に段ボール箱に入れたかと思い、全部確認したがない。諦めかけた時、1階のあまり見ない本棚に立ててあった。それをカバンに詰めて夜行バスに乗った。江名の波止場で描いたものは、江名郵便局で風景印を捺してもらうつもりでいた。そのため、江名行きは土と日を除いた平日で、しかも郵便局が閉まる午後5時までに行かねばならない。満月の日が土日であればこの写生は断念した。波止場で時間をしばらくつぶしてからMさん宅にお邪魔することを決めていて、そのとおりに事を運んだ。ところが想定外のことがひとつ起こった。風景とカモメの2枚の写生を終え、カバンの中にスケッチ帖と筆箱を収め、代わりに折りたたみ傘を取り出してそれを開いた時、やや強い風が吹いて傘が手から離れた。あっと言う間もないほどの一瞬だ。傘は逆さになって海面に浮かんだ。波打ち際で描いていたので、傘を差したのもそこだ。もう少しバス停に近い場所ならば海に飛ばされることがなかったのに、運が悪い。おまけに雨がひどくなって来た。そのために写生をやめたというのに、コートはどんどん濡れて来た。そのままMさん宅に向かってもよかったが、傘は沈まない。どうにか手を伸ばせばつかめる距離に思えるが、無理をすると今度は全身が海にドボンだ。それでは「関西からの旅客者、江名の波止場で溺死」と地元の新聞の片隅を飾り、卒塔婆を立てられる身分になってしまう。それでも諦め切れず、何か方法はないものかと考えた。写真は飛ばされた直後の撮影で、その後傘は写真奥の水平に見える波止場に向かって流れて行った。幸いにもずっと岸壁近くで、何か棒のようなものがあれば引き揚げられそうだ、写真奥の、かつて建物があった場所のはずだが、コンクリートの基礎の跡の片隅にベージュ色に枯れた太い雑草が何本か立っていた。長さは1メートル50センチほどある。それを引き抜いたところ、竹刀の堅さには遠く及ばないものの、それなりにしっかりしている。それを傘の柄に引っかけて引き揚げようとすると、中に入った海水がかなり重い。そして雑草の方が負けてぐにゃりと折れてしまう。それを数回繰り返して断念した。鉄の棒でもあればよかったが、震災の瓦礫はきれいに撤去され、ゴミひとつ落ちていない。周囲に人影は見えずであったのが、傘を差さない60歳ほどの女性が道路をわたって波止場の先に向かって行った。よほどその人を呼びとめて硬い棒状のものがないかと訊こうと思ったが、筆者には無関心で、こちらを少しも見ずに5分ほどしてまた道路の向こうに去った。ほかに人影と言えば、コンクリートの破片を移動させているブルドーザーのみで、筆者の変な行動に注目する人はいなかった。ただし、一羽のカモメが写生する筆者の10メートル先でずっと立ち続けた。2枚目の写生はそのカモメとなったが、カモメは素知らぬ顔で、筆者の方を向いたことは一度もなく、どう考えても筆者を慰めてくれているようには見えなかった。
●江名の波止場_d0053294_1115383.jpg

 傘を取り戻すのに30分ほど挌闘して根負けした。明日同じバス停から乗る時に見かければまたどうにかしようと思った。その結果を言えば、傘の姿は港にはなかった。満月の日は大潮で、岸壁の水位は最も高かった。そこに浮かんだ傘に手が届かなかったことは、運がよい条件であったにもかかわらず、傘を飛ばされるという運の悪さに遭遇したと言える。言っておくが、筆者の腕が短かかったのではない。腕の長さが2メートルあればどうにかなかったであろう。ま、わが家の下駄箱に20本ほど詰め込まれているうちの1本を江名の大潮に奪われてもどおってことはない。それにしても傘はどうなったのであろう。たぶん引っくり返った状態のまま、中の水が徐々に増え、海底に沈んだであろう。それは津波で流された瓦礫と一緒になって、一旅行客が落としたものとは誰も思わない。濡れたドブネズミのような顔をして江名郵便局に向かった。その場所はネットで調べてよくわかっていたし、またバス停から近くにその場所を示す看板が道路沿いに立っていた。これは地震前からのもので、津波の被害を受けなかった。郵便局は通りに面した扉を開けるとすぐに内部が見える構造ではなく、もう1枚左手の扉を開けて中に入る。これは寒さを凌ぐためであろうか。どの郵便局でもたいてい向かって右端が切手売り場で風景印を捺してくれる。40歳くらいだろうか、細身の美女が座っていた。風景印の絵柄は昔Mさんが捺して送ってくれたものと同じで、小名浜のマリンタワーが題材になっている。そこまではバスでそれほどかかるだろう。わかったところで行く気はないのに、せっかくに美女なのでそれを訊ねた。すると困った表情になり、隣りに座っていた男性局員に顔を向けながら、「バスはあそこに停まりますかね」と言った。筆者は「あ、もういいです」と返して郵便局を後にし、よけいなことを質問したことにどぎまぎして郵便局の外観を撮影することをすっかり忘れてしまった。その撮影は江名行きの予定に入っていた。翌朝は局前を通らなかったので、また撮影出来ず、仕方がないのでGOOGLE EARTHのストリート・ヴューから画像を取り込んだ。それを今日の最後に乗せる。江名にひとつだけある郵便局で、津波で机の高さ程度まで浸水したのでパソコン類がやられたとMさんの御主人から聞いた。
●江名の波止場_d0053294_1121013.jpg

by uuuzen | 2013-04-05 23:59 | ●新・嵐山だより
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