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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『パリ・モダン』
『エコール・ド・パリ&アール・デコの世界-パリ市立近代美術館所蔵による-パリ・モダン PARIS 1925-1937 LA VIE MODERNE』というのが、展覧会の正式な名称だ。



●『パリ・モダン』_d0053294_0272535.jpgいつものようにチケットの半券の画像を左に掲げるが、デザインがかなり変わっている。半券には一切の展覧会名が印刷されていない。裏には出品作のドローネーとキスリングの作品画像が並べて印刷されているだけで、やはりいつどこで開催された展覧会かはわからない。これでは展覧会の半券であることすらわからない。未使用のものはこの画像とほぼ同じ大きさのもぎり部分が下部にあって、そこに上述の展覧会名が印刷されている。こんなデザインの展覧会チケットは初めて見るが、今後増えるかもしれない。本の栞には持って来いなので、こうしたデザインをいいと言う人も少なくないだろう。いつまでも同じようなデザインばかりでは面白くないから、常識を打破するデザインが現われるのはよい。さて、日本ではアール・ヌーヴォーやアール・デコ、エコール・ド・パリの展覧会を開けば必ず一定の観客数が見込めるはずであるから、『パリ・モダン』と銘打ち、しかもチラシやチケットにモジリアニの絵を印刷すると、なおさら目を引き、観に行っても損はないと考える人が多いと思う。だが、一方で「またか」とうんざりする人もあるに違いなく、筆者もどちらかと言えばそのタイプで、わざわざ出かけるつもりはなかった。ところが、どうせフィニ展を観るために大阪に出るなら心斎橋に足を延ばしてついで観るのもいいと考えた。先週の9日は展覧会を4つも観たことはすでに書いたが、その中で最も足早に観終えたのはこの展覧会だ。とはいえ、なぜ心斎橋大丸がこの展覧会を開くかは意味がある。心斎橋にあるもうひとつの百貨店の「そごう」がこの展覧会の初日と同じ日にオープンし、9月はたくさんの人出が見込めると考えたことが第一と、そごうよりも歴史があって、建物やその内部の装飾が将来は重要文化財に指定されそうなほど価値のある百貨店を今一度見直してほしいという考えからだ。新築になったそごう百貨店にも当然同じ日に訪れたが、以前の建物の外観をよく知っているだけに、新しい建物はそれなりによくても、前の伝統ある建物の外観をどうにか残せなかったかと思う。和風建築ならいざ知らず、鉄筋コンクリートの建物などせいぜい5、60年も経てばさっさと新しいものに建て替えるという考えが支配的なのか、歴史の重みを伝える建物が大阪から少しずつ消えて行くのはさびしい。新しい建物も新鮮味があるのはせいぜい数年程度で、それを思えば、長年同じままの建物の方が風格がある。フィレンツェの街はいつ訪れても変わらぬ姿でそこにあるということが売りになっているし、地震が多くて建物が恒久的になりにくい日本の都市ではあっても、もう少しそういうことを見習う方がいい。京都の繁華街は1週間ごとに新しい店がオープンしているほどで、この2、30年でとんでもなく変化してしまったが、京都ですらそれであるので、他の日本の都市は推して知るべしだ。
 だが、こうした考えこそは老年に近づくだけの者の愚痴かもしれない。心斎橋の歴史自体が新しい建物がどんどん建って、日本の最先端の流行を体現して来た場所であるだけに、建物の保護に向かう考えが主流を占めるのはもう発展の見込みがないと諦めたことを証明すると言うことも出来る。それはよくわかるが、価値あるいいものは極力残し、そうでないようなものはよりいいものにして行けばよいと言いたいのだ。この展覧会はいくつかある大丸百貨店のうち、心斎橋店だけで開催される。それは前述したように、心斎橋大丸の建物や内部装飾がこの展覧会に内容とちょうど釣り合っているからだ。大阪人はよく知っているが、そのアール・デコ様式は取り壊してしまうにはあまりに惜しい風格を持っていて、大阪が誇るひとつの文化遺産になっている。つまり、百貨店の建物の価値を再確認してもらうために、同時期のパリで生まれた美術品や調度品を並べようというわけだ。したがって、展覧会の出品作と百貨店のあちこちの装飾と見比べてもうらことで、日本最先端の流行の発進地であった1920年代の心斎橋を忍び、それが今につながっているという自負を示そうという考えだ。心斎橋の大丸は大丸百貨店の本拠地だが、前身は京都の伏見の下村正啓が1717年に開業した大文字屋で、それが1726年に心斎橋に進出した時から続いている。これは心斎橋に残る老舗の中でも最も古いもののひとつで、心斎橋大丸がウィリアム・ヴォリーズ(1880~1964)が設計した今の建物を大切にするのもよくわかる。心斎橋からこの大丸百貨店がなくなれば、どれほどさびしいことになるかみんなよく知っており、そのためにもそごうがようやくオープンして元のように大丸と隣同士で営業することは、ようやく心斎橋に本来の活気が戻って来たことを証明する。心斎橋大丸にとってはそうした記念すべき日に初日を迎えたこの展覧会だが、その内容は大規模なものとは言えず、目玉として人集めに効果的な名品もほとんど来ていない。だが、これを手抜きではなく、百貨店の展示スペースを考えれば仕方がない。それに飛び切りの名品はなくても、どの作品もそれなりによく選ばれている。絵画ばかりに重きを置かず、百貨店という膨大な商品が展示される場にふさわしい日常の家具や置物、敷物も含めて、1920年代のパリの雰囲気を見せようとしている。チラシは普段よりやや厚手の紙で、B4サイズをふたつ折りして両面がカラー印刷されているが、スペースの半分で心斎橋大丸のアール・デコ装飾を紹介し、意気込みがよく伝わる。
 モジリアニなら誰でも知っているし、ちょうどモジリアニの生涯を描いた映画が上映され始めた時でもあり、これはたまたまそうなっただけだが、この展覧会の出品作のうち、モジリアニを目玉的に持って来るのは当然だ。予めどのような作品が展示されるのか全く知識がないままに会場を訪れたが、いきなりロベール・ドローネーの大きな「エッフェル塔」が展示されていて、これはかなりの通向きの美術展かと思った。次の作品はヴァン・ドンゲンで、この予期せぬ意外性にさらにびっくりした。ドンゲンのヨーロッパでの人気を思えば決して意外ではないのだが、日本ではドンゲンの作品はたいして知られていないため、こうしたフランス近代美術の展覧会でたまに出会えるのは意外な楽しみなのだ。それに今回はもう1点大きな作品「マリア・コッティ」も来ていて、ドンゲンの2点に出会えただけで、心斎橋にやって来た甲斐が充分にあった。ドンゲンの描く10等身以上の細長い女性像は、その色彩とタッチと相まって、一度好きになると強くのめり込んでしまう魅力がある。かつて一度だけドンゲン展が日本で開催されたことがあるが、もっともっと評価されていい画家だ。日本であまり評価されないのは、ドンゲンの作品が夜の雰囲気に満ちて頽廃性を強く感じさせるからかもしれないが、そんなことは絵の魅力のひとつにこそなれ、欠点でも何でもないのに、どうも日本ではそうではないらしい。歴史にそれなりに名を残している画家はみな油絵具の使い方に慣れ、それぞれ独自の筆致を持っているが、ドンゲンの抜群な絵具の扱いのうまさは図録の小さな図版では決してわからない。人物の背後から照りつけた緑色の光の描き方は、ドンゲンだけが自分の特徴としてどの絵にもよく使用するものだが、その緑色に何となく懐かしい時代を思うのは、絵の持つ力の不思議というものだ。筆者は1951年生まれであるので、当然1925年は知らないし、ましてやパリとなるとさらに別世界だが、それでもドンゲンの絵を観ていると、1920年代のヨーロッパの都会の空気が味わえる気がする。絵画は人が思う以上に、描かれた時代を刻印しながら、長い年月と遠い空間を越えて、そっくりそのままそれを人に伝える。その意味で、ドンゲンの絵には真実があると思うのだ。ドンゲンがいいのは、その青少年期の苦労からだんだんとパリの社交界に成り上がって行く逞しさと、何と言っても文句なしに絵がいいからだ。これは何年か前にも書いたことがあるが、ドンゲンがもし1960年代に生まれていたならば、有名なロック・ミュージシャンになっていたと思う。そのような格好よさ、流行に敏感なところがドンゲンにはある。
 他の絵画は大体画家ひとりに対して1点の出品で、日本ではほとんど馴染みのない画家も多かった。それはそれでめったに珍しい作品の紹介なのでいいことだ。二流に思える画家の作品でも現地ではまた評価は違うであろうし、そうした作品も当時の絵画の流行をよく体現していることを把握するのにはいい機会だ。そんな二流画家オン・パレードの代表的な展覧会としては、日本で2、3度開催されたスイス・プチパレ美術館展がある。その美術館に収蔵されるフランス近代絵画は、ほとんどが画集にはまず採り上げられない画家たちのもので、また有名画家であっても特筆すべき出来ばえの作品ではないため、目玉的な作品に欠ける展覧会にならざるを得ないのだが、それでも有名無名が一体となって、絵が描かれた当時の雑多とも言える空気をコレクション全体がそのまま密閉保存していて、それが他の作品を選りすぐった展覧会には求められない独特のよい味わいをかもしてくれる。ちょうどそれと似たことが今回の展覧会からも感じられた。それに、アール・デコという装飾的な芸術のスタイルを把握するには、むしろこうした二流と思える作家の作品を大量に見ることに限るのであって、そんな多くの作品から浮かび上がるいくつかの様式上の共通項がアール・デコ・スタイルの神髄で、それはまた現在に模倣的に再現する時の手立てともなる。顕著な芸術上の流派がほとんど望めなくなって、何でもありの現在は、このような回顧的展覧会を通じて、ある時代のスタイルが古いながらも新鮮なものとして人々に再認識され、その一部をそのまま応用したような製品がまた産み出されたりするきっかけを提供する。1920年代は都市における大量消費の文化が加速化したが、その意味で現在の商品文化のあらゆる規範が存在している。70年代風のファッションが若者に流行している昨今を見れば、時代が全く新しい流行の型をなかなか作り出せない閉塞状態に陥っていると言うことも出来るが、そんな時、過去に戻って何かヒントを得たい場合、1920年代のアール・デコの流行は絶えず新鮮を源泉であり続けているのだろう。
 スイス・プチパレ美術館展は絵画ばかりの展示であったが、今回の展覧会は半分ほどが家具調度品で、これはアール・デコを多角的に認識するには最適な選択だ。近代美術館に所蔵されているのであるから、そこそこの名品揃いのはずで、平均的な当時の市民が入手するには高嶺の花であったと思うが、今見ると、デザイン的に洒落ている部分はよくわかる一方、どうしてもちゃちな骨董品に見えてしまう部分もあって、そのギャップが面白かった。当時のもっと安価な普及品は、さらにちゃちな部分が全体のほとんどを占めているはずで、古いから何でも価値があるとは到底言えないその理由をよく示していると思う。時代の流行とは不思議なもので、商品は何から何までその時代を体現する。そのため、そこに別の時代のものを持ち込むと違和感が生ずる。それをあえて楽しむ人は多いが、いくら骨董品でも安価な普及品であれば、せっかくの現代の製品でそれなりに調和している空間を全体に安っぽいものに見せてしまうことなりかねない。つまり、骨董品を現在に活用するには、出来る限り品質がよいものでなければならない。それはどういうところに現われるかと言えば、家具の場合はデザインよりもむしろ使用されている素材だ。今回の展覧会で目を引いたのは、家具に鮫の皮や毛皮、羊皮紙、ニシキヘビの皮、あるいは象牙などの天然素材を装飾効果として使用していた点だ。素材の美しさを最大限に引き出した家具は、その素材が時代に左右されない自然が生んだものである以上、いくら時代が経っても価値が変わらない面を多く含む。これは今回の出品作でも目を引いた漆を使用した屏風も同じで、描かれている絵は時代を感じさせるものでも、漆という豪華さが時代を越えての圧倒的な風格を観る者に与える。デザインはすぐに模倣されるが、豪華で珍しい素材の使用は高級品に限られる。開高健がかつて書いていた。『中国ではみんな同じ人民服を着ていても、毛沢東のものはいい素材の生地で仕立てられている』。デザイナーだけの力がよくても、いい素材を提供するシステムが整っていなければ、よい製品は生まれない。そこには手仕事を重んずる文化があるのは言うまでもない。家具の扉全面に貼られた鮫の皮を近寄ってまじまじと見ると、つぶつぶがきらきらと輝いてとてもきれいであったが、そうした美しさは鮫が減少している現在ではかつてよりもっと高価なものにつくに違いなく、現在でも模倣出来るとはいえ、やっぱり1920年代のオリジナルな時代にはかなわないのではないか。
by uuuzen | 2005-09-14 23:53 | ●展覧会SOON評SO ON
●『将軍の息子 3』 >> << ●DVDプレイヤーがやって来た。

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