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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●大阪の古本屋と奇遇
単価がいくらするのと思ってはりまんねん。こんな発言をTVで聞いた。天神橋筋商店街のとある小さな店を経営している主だ。その店の前は同商店街を通るたびに必ず前を歩く。



とても小さな店で2坪ほどではないだろうか。四辻の角にあって立地はいい。間借りしているのだが、その賃貸料が予想以上に高いらしい。日本一長い商店街で、歩く人の数からすれば坪単価がびっくりするほど高いのは当然だろう。これが昨日書いた「おいでやす通り」ではどうなのか。知名度はうんと劣るし、昼間はがらんとしているから、かなり安いと思う。安くても人通りが少なく、売り上げにつながらなければ高いことになる。人に店の前を歩いてもらい、そして時には買ってもらうことの難しさが、直角に接するこのふたつの商店街からわかるような気がする。「おいでやす」という愛称がよくないのではないか。「来てほしい」という哀願が見え透いている。客はドライなもので、懇願されるとかえってそっぽを向く。素知らぬ顔で高飛車にかまえている方が客は頭を下げて巡礼する。京都はそうだ。大阪はそこまで冷たい態度を好まないので、つい愛想よく振舞おうとする。それが「おいでやす」の表現になる。「おいでやす通り」にある青空書房は、店主が90近い高齢で、体調が思わしくない日が多くなって来て、病院で点滴をしてから店に出ることもある。休みの時はシャッターにその旨を絵とともに記した紙を張り出し、それがいつの間にか人から待たれるものとなって、毎回撮影している人が何人もいる。またTVによれば、その絵を一堂に展示した機会もあったらしい。そのうち画集のような形で出版されるかもしれない。古書店の主に絵心があったり、文章がうまいことは珍しくないような気がするが、青空書房は60年か70年か、長年にわたって地元で商売を続け、店主はいわば生き字引きのような存在になって、積み重ねて来た行為が今頃多くの人の知るところになった。それを思えば筆者もこのブログをもう30年続けると、数人は注目して毎回読んでくれる人も出て来るかもしれない。何でも長く続けることだ。古書店の営業は毎日というわけに行かなくなって来たのに、その休店の時に見せるお報せが有名になったのであるから、これは商売としては本当は嬉しくないことかもしれないが、その貼り紙を見てたまには店が開いている時に本を買う客も増えるから、一見商売に直結しそうもないことに精を出すのは間違ってはいない。
●大阪の古本屋と奇遇_d0053294_0532132.jpg 古書店が今はどれほど商売が成り立つものかと思うが、買い取り価格がとても安ければ、大量の本を保管しておく場所さえあれば、どうにか大人ひとりくらいは食べて行けるのであろう。昔筆者は古書店によく通い、学校で使う専門的な教科書まで買ったことがある。そうした教科書はかなり高価で、そのままの価格で買う気になれなかった。それほど貧しかった。ところが数年前の教科書を見つけて買うと、その後改訂されていて、授業では使いものにならない時がたまにあった。そんな教科書を今の大学生は卒業と同時に見向きもしない場合が多いだろう。いや、学生の間でもほとんど見ないこともあるはずで、教科書会社はいい商売をしている。筆者が古書店にあまり行かなくなった理由は、ネットの「日本の古本屋」で探している本が見つかり、また数店で価格を比較し、最も安いところで買うことが出来るからだ。ただし、筆者が探している本のうち、半分かそれ以上は「日本の古本屋」では10年に一回ほどしか登場しない。あるいは現われてもかなり高価だ。そこでネット・オークションにも頼ることになるが、「日本の古本屋」よりだいたいは安いが、2倍近い価格で落札されることもある。それが不思議でならない。ならば筆者が「日本の古本屋」で安価で買い、それをただちにネット・オークションに出品すると、買った金額ほどは収入になる。ところが案外そうでもなく、先日は高値で落札された商品が次はがくんと下回ることがしばしばある。これも不思議だ。ともかく、「日本の古本屋」ではピン・ポイントで探す本が見つけられるので、予めほしい本がある場合はこんなに便利な仕組みはない。ところが古書店のように本の背を猛烈な速度で眺めて行き、自分の知らない本に出会う楽しみは得られない。もっとも、筆者が主に関心のあるジャンルではそういう本は非常に稀になっている。そのため、古書店を巡るのは時間の無駄に思えるようになった。それでも古書に囲まれている雰囲気は好きで、たとえば天神橋筋商店街に出ると必ず2,3軒は立ち寄る。
●大阪の古本屋と奇遇_d0053294_0535468.jpg 昨日最後に載せた写真には、「おいでやす通り」に交わるアーケードのない道を入ってすぐ左手に古書店が見える。その店には数年前に二度入ったことがある。中はかなりたくさんの本があって、天神橋筋商店街も含めて、冊数は最も多いのではないだろうか。店主のことは記憶にないが、ひょっとすれば二度とも席を空けている時間帯に訪れたかもしれない。それはさておき、その写真を撮ったのは、かつて入った古書店を「おいでやす通り」を歩いている時に見つけた驚きからだが、古書店の一軒置いて手前に100円の清涼飲料水の青い自販機があることも理由だ。深い理由はないが、筆者はこの自販機を見つけるたびに、「また見た」と思う。ハンマーを持つ帽子姿の男子の絵柄が二種類あって、去年11月に大阪でこの二種がほとんど通りの向かい同士に立っているのを見かけ、それぞれの写真を撮った。その2枚を今日は載せるが、昨日の4枚目のつながりを意識してのことだ。そのうちまた新たな男子のデザインのものが登場するかもしれない。また、消費税が上がっても100円のまま販売出来るかどうかが気になるが、きっと中身をうすめるなどして100円を据え置くだろう。天神橋筋商店街で筆者が最もよく入るのは天牛書店だ。これが道頓堀にあった頃から筆者はよく知っている。その後アメリカ村に転居した時代もあったが、本店は江坂に移り、そこはまだ訪れたことがない。天牛書店を知ったのは10代半ばだ。もう半世紀近くなる。「日本の古本屋」でもこの店はかなり安い。さすが大阪と言うべきで、なるべくなら同店で買いたいが、筆者が求める本はたいてい東京にあって、しかも高価だ。天牛書店は店内がきれいで、時代をよく見通している。埃っぽい本は売れない時代だろう。古本でも限りなく新本に近いものが若者には人気があるのではないか。同じ本であればあまりに古いものより新しいものがいいのに決まっているが、古い状態でしか入手出来ないものの方が多い。明治や大正となると、染みが出ていても当然で、そうした本を手に取るのがいやと思う人は古書店には無縁と言ってよい。となると、天牛は本当の古書ファンには相手にされないような店だと言っていることになるが、多少はそういう面もあるのは事実だろう。
●大阪の古本屋と奇遇_d0053294_0541867.jpg ネット・オークションで筆者が以前よく買ったのはクライン文庫だ。この主に何度か会って話をしたこともある。びっくりするほど安価で落札出来るので、儲かっていないだろうと思っていたが、やはり難波にあった事務所兼店舗は去年撤退した。そのため、落札した本を直接店に引き取りに行くことが出来なくなった。実は数年前にこの店についてのみブログに書こうと思って、店内の写真を数枚撮らせてもらった。その機会がなかなか訪れない間に、店が引っ越してしまい、またネット・オークションでの出品も以前ほど多くなくなったのは残念だ。これは日本の不況を体現してのことだろう。物が売れにくくなっている。それに場所を多く取る本は電子本の登場に危機にさらされている。紙の本が今後急速に減少するとして、最も困るのは古書業界だろう。だが、30そこらの独身女性が40平米程度のマンションを購入し、そこにどれほど多くの本を置く場所があるだろう。そう考えると、筆者は狂気の沙汰の人生を送っている。また、30そこらの若者は、部屋に多くの本を並べずに、電子本でもっと多くの本を知っているかもしれないし、目に見えている形だけではその人のことを判断出来ない時代が来ているのだろう。本をたくさん並べて喜んでいるおっさんなど、全く格好悪いのであって、部屋に人を呼んでも一切の本やCDなどを見せないのがよい。筆者もそうありたいが、それには家がもっと広くなければならない。話を戻して、クライン文庫で面白いことに先月気づいた。天神橋筋商店街にいくつかの古書店が共同で一軒を運営している店がある。それは去年秋に閉店になったようだが、違う店に移って以前と同じような雰囲気で経営している。その様子を写真に撮った。それを今日載せるが、写真の中央にクライン文庫の小さな電気看板が見えている。ロゴ・マークの空飛ぶイヴ・クラインがクライン・ブルーで描かれて目につきやすい。以前の店にはこれはなかったように思う。この写真では黒い帽子を被った家内が店内に入って行く様子が写っている。数店が共同経営するので、商品がとても雑多でびっくり箱をぶちまけた面白さがある。そのため、たいてい筆者は何か珍しい本を見つけて買う。もっとも、数百円までの安価なものだ。
●大阪の古本屋と奇遇_d0053294_0543984.jpg

 以前の共同経営の店舗で、ある古書店の場所を訊いたことがある。同業者ゆえに知っているはずと思ったからだが、商売敵であるので、訊かれた方はあまり面白くないかもしれない。だが、中年の女性ふたりはとても親切に教えてくれた。教えられたとおりに行くと、店は閉まっていた。それでもようやく目指す店の場所がわかったので、そのことを報告しに教えてもらった人のところに戻ると、「ひとりで経営しているので、いないことが多いと思いますよ」と言われた。その店は「日本の古本屋」で知った。天神橋筋商店街に交わる横丁を入ったところにあって、脇道に入るのが好きな筆者であるのに、今までなぜ気づかなかったのかと思った。場所がわかってから、その後、日を改めて2,3回訪れた。いつ行っても留守で、これ以上無駄足を踏むのは面白くないと考え、メールを出してから必ずいる時に出かけることにした。店主は30代だろう、若い男性で、美術書が中心の品揃えだ。目指す本はとてもたくさんあって、1日では内容を確認出来なかった。結局3回通って全冊に目を通し、数冊買った。店主とはそれなりに話が弾んだ。西宮付近に住んでいて、阪急電車で通っているそうだ。仕入れのために店を空けることが多い。その店で調べ終わって1か月も経たない頃、筆者は池田文庫に調べものに3日通った。その中日だったと思う。若者が入って来て、受付の女性に話しかけている。その声を聞いてすぐに古書店の主とわかった。それで調べものを中断して受付まで歩み寄った。店主も驚いたようだ。意外なところで再会したが、筆者にはそういうことは珍しくない。ということは意外なところではないのだ。似他者は似たような場所を徘徊する。古書好きの筆者が池田文庫に行き、古書店の主も半ば営業でそこを訪れたことは意外でも何でもない。だが、会って間もないのに、全然別の場所で出会うのはやはり奇遇だ。若者が古書業界に参入するのは、古書にまだ未来があることを示しているが、いかに古びたビルの一室とはいえ、家賃を考えると充分儲かるということはないだろう。本好きであるから出来る仕事だ。その後同店には訪れていないが、また暇を見つけて話しに行くのもよい。お互い美術好きであるから話は弾むだろう。その主と知り合いになって意外な収穫もあって、ネットだけに頼っていると見過ごすものがあることを思い知った。そうそう、本の話題のついでにもうひとつ書いておく。筆者の自治会の住民に、昔から謎めいた中年男性がいる。あまり詳しく書くとまずいが、どういう仕事をしているか誰も知らない。筆者はよく顔を合わすが、相手はおそらく筆者の顔も名前も憶えていない。筆者だけではなく、自治会の誰もその人とはほとんど会話を交わしたことがないはずで、そのため、自治会費は支払ってもらってはいるが、自治会の行事などに参加したことはない。この人を京都府立総合資料館で調べものをしている時に見かけた。それだけなら単なる出会いだが、驚いたことにその人は書庫から出て来た。びっくりして小声ですぐ近くにいた司書に訊ねると、「ああそうですよ、○○さんは同僚です」と言うではないか。この30年、わからなかったことが氷解した。
by uuuzen | 2013-01-15 23:59 | ●新・嵐山だより
●おいでやす通り(天五中崎通商店街) >> << ●大阪ステーションシティ

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