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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●えべっさん、ゑべっさん
子はヒルの子で、これがなぜ戎や恵比寿と同じ意味に充てられているのだろう。蛭の子が神の使いとされている地域があるのかもしれない。淡路島に行った時、ある寺ではムカデの丸紋を染めた座布団がたくさん並べられていた。



●えべっさん、ゑべっさん_d0053294_192366.jpg一般に気味悪いものでも、日本では八百万の神であるから、ヒルが神様になっていてもおかしくない。わが家の裏に流れる用水路にはヒルがいた。今でもたぶんそうだろう。ネパールだったか、山深いところに大きなヒルがたくさんいる地域があって、そんなヒルが日本に入り込んで徐々に増えているというニュースを数年前にTVで見たことがある。ヒルの生息地域は池や川、田んぼといった水が豊富な場所ばかりかと思っていると、そうでもないようなので驚いた。平和な感じの山地を歩いていて、いつの間にか体中にヒルがべっとりへばりついているのは耐えられない。オーストラリアの広い平原に憧れて訪れると、想像したのとは違って、ハエの大群に辟易したということを聞いたことがある。自然はいつも心安らぐ場所ではないということだ。日本には外来種の植物や昆虫がじわじわと侵入している。韓国も同じようだ。たくさんの人が気軽に海外旅行するので、これは当然のなり行きだ。日本の山もネパールと同じようになって、ヒルがたくさん生息すれば、それが都会に出て来るのは時間の問題で、わが家の裏の用水路どころか、裏庭、そして家の中まで入って来る可能性はある。そうなってもヒルの子はゑべっさんで、商売繁盛の神、大事にして決して殺さないという風習が根づくだろうか。それはともかく、昨日書いた大和大路のゑべっさんは、今日石碑を確認すると、「恵比須神社」とあった。そしてこれも今日確認して来たが、八坂神社境内のえべっさんは「蛭子社」とあって、通常は東向きなのに、この神社だけは北を向いていて、「北向蛭子」と呼ぶようだ。恵比寿や恵比須、蛭子、戎など、神社によって違いがあり、また曖昧にしている神社もあるだろうが、大和大路の恵比須と八坂の蛭子の使い分けは、混乱を防ぐためでもなく、たまたまそうなっただけではないだろうか。昨日の投稿の題名は、最初に訪れた大和大路の恵比須神社が「ゑべっさん」とあちこちに書いてあって、またその帰りにバス停の背後で見つけた祇園のえべっさんのポスターには「えべっさん」と印刷してあったことに因んでいるが、今日はまず祇園のえべっさんを見、その帰りに大和大路の恵比須神社に寄ったので、題名を昨日のものをひっくり返した。で、今日は昨日の続きのようなことになる。
 家内は今日も仕事だったが、午後1時半に終わるというので、高島屋で待ち合わせをすることにした。筆者は出かける用事がさしてなかった。出かけるより仕事すべきだが、家内の時間が空いている時はなるべく仕事せずにつき合うことにしている。それで今日はなるべく午前中に区切りのいいところまで仕事をしておこうと考え、きわめて珍しいことに、午前9時半頃から机に就いた。実は去年12月中旬にキモノの依頼があり、それを4月中旬までに仕上げる必要がある。比較的簡単な図柄であれば1か月ほど早く終わるが、日数がさほどないというのに、またとても重い仕事に取りかかろうとしている。また、初めての工程にするつもりで、それによればかなり日数の短縮が見込める。これは手抜きではない。その工程でしか出来ない味があって、また一種綱渡り的なところがあるので、失敗すればとんでもないことになる。そうならないようにどうすればいいかを、ことあるごとにぼんやり考えながら、とりあえず下絵を描き進めている。小下絵は完成している。今日からそれを原寸に拡大する作業に入った。また、大方出来上がったところで、着用者にまた面会し、その鉛筆描きの下絵を体に当てて仕上がりの模様配置の具合を想定してみる。その作業を省いても変なことにはならないが、着用者が安心する。小下絵だけ見て実際の仕上がりを想像することはまず無理だ。原寸大の下絵を見ても無理だが、まだましだ。キモノの仕事をするために、一昨日は3階の机付近を大掃除した。またCDの棚を整理したが、これに5,6時間もかかってしまった。改めて全部のCDをざっと見て、先日買ったCDを持っていることに気づいた。同じCDを二度買ってしまったのだ。10年も経てば持っていることを忘れても無理はない。そう思って自分のぼけ具合を慰めるしかない。いやいや、これもつい先日のこと、昔ドイツ文化センターで借りた現代音楽家の2枚組CDが急に聴きたくなった。その作曲家の名前が思い出せない。さてどうしたものか。ところが、すぐに名前が浮かんだ。ヘルベルト・ヘンクだ。それがわかれば早い。アマゾンでCDは簡単に見つかった。だが、昔それをカセットに録音したことがある。そのことを今日思い出して調べると、これもすぐに所在がわかって早速聴いた。この録音があるのでCDは買わなくてもよいかと思っている。かつてこの作曲家のピアノ曲をちょうど今頃の寒い時期に初めて聴いた。数か月ぶりにきれいにした仕事部屋でこの曲を聴くのは気分がよい。また、今をこれを書く深夜は別のピアニストの演奏を聴いているが、どちらの音楽家もこのブログの思い出の曲のカテゴリーで取り上げるのは1,2年先になると思う。
●えべっさん、ゑべっさん_d0053294_194440.jpg 脱線ばかりしている。家内と四条河原町で待ち合わせする時はいつも高島屋の1階だ。近年はあちこちに椅子が置いてあるが、筆者は空いていてもほとんど座らない。まだそれほど老人ではないと思っているからだ。自分がどれほどの老人に見えるか自覚しないことは、若い人から見れば滑稽だろう。筆者がそうであったからだ。だが、老人であることは隠せない。今日はえべっさんとゑべっさんに行った後、高島屋で展覧会を見たが、会場で猛烈な口臭に遭遇した。70代後半らしき紳士だ。2メートルほど離れていても、歯肉が腐ったような悪臭がする。すぐにその人から遠く離れた。そのことをその老人は知らないだろう。ところが、同じ状況が筆者に起こっていることは大いにあり得る。老人臭はどうしても漂うらしいし、筆者もそれを放っているかもしれない。老人になることは難儀だ。だが、誰しも長生きすればそうなる。ま、こんな話、やめておこう。というのは、前にも書いたが、最近筆者はある帽子がほしいと思っている。数万円するので迷っている。ためしに家内にその写真を見せると、値段からでもあるが、反対した。ところが今日、あたその話になって、「買うんでしょう?」と言う。これは買ってよいということだ。だが、おかしなもので、筆者は数十万円の買い物でも家内に相談せずに買う。それは絶対に必要なもので、その機会を逃すと生涯出会えない一点ものだからだ。ところが今ほしいと思っている帽子は輸入品でも量産されている。つまり、いつでも手に入る。それはそうなのだが、ともかく今ほしい。似合うかどうかわからないが、そこは強気で着用する。衣服はそういうものだ。自治会内のほとんど話したことのない人と去年秋の運動会で10分ほど会話した。その人がやおらこう言った。「よく帽子を被っていますよね。ぼくも被りたいんですが、仕事柄一日中被っているので、休日に被るのも何だか面倒な気がして。」 筆者が回覧板用のチラシを配り歩く姿を見ての意見だ。そう言えば夏も冬も外出時にはいつも被っている。前にも書いたが、先月もひとつ買って普段に着用している。毛糸で編んだ男女兼用もので、頭周りが60センチほどもあって、被ると虚無僧のようにすっぽり目の下まで覆ってしまう。家内は格好悪いので被るなと言うが、一旦被るととても暖かく、今では平気でどこにでも行くし、人とも話す。鏡を覗き込むと、確かに変な姿だが、その変さがいいではないかと開き直っている。今ほしいと思っている数万円するものは実は若者向きで、20代のしかも主に女性に人気にあるタイプだ。そんな目立つ帽子を被ると、上着その他、全体の身なりをどうするかが問題だ。飛びっきりお洒落な、また奇抜なファッションをする若者には似合うが、平凡な服装の筆者が、帽子のみ目立つブランドものとなると、本当に滑稽だろう。その一方で60歳を超えると好きなことを好きな時に出来るだけしておこうという思いがあって、何となく着こなす自信のようなものがある。
●えべっさん、ゑべっさん_d0053294_110740.jpg

 脱線ついでに。展覧会を見た後、同じ7階で開催されていた眼鏡の大バザールを覗いた。これも前に書いたが、最近筆者は鼈甲のサングラスをほしいと思っている。黄色に近いものは中古でも数十万円している。とても手が出ないが、問題はそれよりも筆者の鼻に合うかどうかだ。筆者はサングラスを10個ほど持っている。その中で本当に気に入っているものは2個しかない。それもあまり似合っているとは思わない。筆者は目と目の間の鼻がとても高く、また幅がある。そのため、通常の眼鏡フレームではすぐに鼻のつけ根が痛くなり、真っ赤な跡が出来る。そのため、本当にぴたりと合うものは誂えなければならない。そして本鼈甲でそのようなフレームを作ってもらうと200万円では済まないだろう。そういうフレームにこれも筆者が好む色のグラスを嵌めるが、それはすでに生産されておらず、今の技術でどこまで同じような色が出るかがわからない。ま、そんなことを思っている日々だが、今日たまたま覗いた眼鏡市で、若い店員が案の定近寄って来たので、以上のようなことを言った。すると、しばし待ってほしいと言われて持って来られたのが、ドイツのメーカーAXELのもので、目と目の間、つまりブリッジが20ミリとかなり幅広タイプを作っているほとんど唯一の業者と言う。早速かけて見るとこれが見事にぴたりで驚いた。こんなにきっちりと合い、また鼻のつけ根が痛くならない眼鏡は生まれて初めてであった。レンズ込みで5万円ほどだ。確かにぴたりなのはいいが、筆者がほしいフレームではない。家内は店員に提示されたものがほしければ買ってあげると言ったが、それなら帽子の方がよい。帽子も10個かもっと所有しているはずで、いったいいつになれば本当に自分にぴたりのものに出会えるかという状態にある。筆者は気に入ったものを長年使いたい方だ。古自転車にしてもそうで、馴染んだものが手放せない。それで自分に本当に馴染む帽子やサングラスがほしい。それにまだ出会っていないが、60を超えた年齢から言っても鼈甲がいいのではと思っている。それでも慎ましい生活をしているのにサングラスに200万円はない。せめて20万でどうにかなればの話だ。そういうしょぼい話はゑべっさんは笑うだろう。「だから商売繁盛だ! わしにたんと賽銭を与えてくれれば、その取っかかりも見つかるてことだわい!」今日は残り福で十日戎の人の出とは比べるべくもなかったが、土曜日であり、また好天気に恵まれてそれなりに人の列があった。祇園のえべっさんは享保八年に建てられた石灯篭がえべっさんの銅像の背後にあった。300年も前の灯篭だ。さすが京都で、この北向蛭子社はもっと歴史が古いのだろう。10人ほどが列を作っていた。それを知らずに筆者はえべっさんの写真を撮ったり、また並んでいる人を無視して家内とさっさと賽銭を投げて拝んだ。列の人たちはそれに文句を言わない。さすが上品な京都だ。だが、内面は怒りでいっぱいかも。大和大路の恵比須神社は、露店がすっかりなくなって8日とはまた別のさびしさがあった。沢辺さんのガレージ・セールももちろんなかった。八坂に行く前に家内の腹を満たすために初めての店を見つけて入り、大和大路の神社、そして展覧会を見た後にまた別の店で食べた。そうそう、大和大路のゑべっさんではまた初めて見かけるものがあった。財布塚と名刺塚で、これが2体のゑべっさんの石像の背後、少し奥深まったところに左右に並んでいる。財布塚に最も近い石柱は松下幸之助の文字が刻まれていた。また名刺塚の右手は名刺を印刷する会社が名を連ねた銘板が建てられていた。名刺塚とは面白い。不要になった名刺をそこで処分してもらえるのだろうか。そんな箱や書き物は見当たらなかった。財布は商売繁盛に関連しているが、名刺も財布に次いでそうだと言いたいのだろう。筆者は名刺を数年に1枚程度しか使わないので、全く商売には縁がない。
●えべっさん、ゑべっさん_d0053294_1102138.jpg

by uuuzen | 2013-01-12 23:59 | ●新・嵐山だより
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