乳は父にもある。先日のTVで、飼い猫が飼い主の男性の父をしゃぶるのが大好きという映像が紹介された。乳首が小さな男性より女性の方がいいと思うが、猫に訊いてみないことにはわからない。
それはさておき、先ほど飲んだコーヒーがどうもミルクの味が強く感じた。ネッスルの粉末ブライトが切れたので年末にムーギョで買ったメロディアンミニだ。筆者は砂糖は入れないが、ブラックで飲むと何となく色合いがたよりなく、ミルクを混ぜて不透明の茶色にするのが好きだ。ミルクの味が勝ってしまうのは、安物のコーヒーであるからとも思える。ともかく、コーヒーよりもミルクを飲んでいる感じがして、面白くなかった。話ががらりと変わる。正月に家内の実家で幼い頃の記憶についての話題となった。家内の姪は小学生に入った頃の記憶が最も遡れるものだと言う。筆者はほとんど生まれた頃からの記憶があると言うと、誰も信用しない。その場で筆者が思い出して話した記憶として、母乳をぴたりと吸わなくなったきっかけがある。これは本当に鮮明に覚えている。母の乳房を吸おうとすると、乳首の周囲が真っ黒になっている。墨で黒々と輪を描いたのだ。それにびっくりして即座に乳房から離れた。その様子を母と母の女友だちが見下ろしながら、「びっくしてしてるわ」といった会話をしている。父離れさそうと思っていたのに、それがうまく行かず、ついにそのような強引な手段に出たことがわかった。その時の筆者が何歳であったか知らないが、父離れさせる必要があったとすれば、妹が生まれたばかりの頃か。上の妹は筆者の2歳下なので、筆者が満1歳半頃だろう。そのくらいの年齢で乳離れするのかどうか、これもわが子を育てながら知らない。小学生の高学年になっても母の乳を吸っていたという人が稀にあるが、それを甘やかしとは一概に言えない。筆者は驚きから乳を吸わなくなったが、その黒い乳首はあまりいい影響を与えたとは思えない。変な話だが、筆者は女性らしさとして乳の大きさを思わない。乳にはほとんど無関心だ。きっとそれは母が乳離れさせた時のことが原因になっている。だが、大人の男が女性の乳に無関心であっても、それでまずいことが起こるものでもない。最近始まったTVのコマーシャルに、デカパイばかりの若い女性を20名ほど集め、彼女たちが一斉に乳をゆさゆさ揺らすものがある。何のコマーシャルか記憶にない。そのコマーシャルは男性向きに作られたもので、おそらくデカパイ好きの男性の発案だろう。ところが男なら誰でもその映像に興奮するかと言えば、そんなことはない。それは乳離れの経験が大きく左右しているような気がする。
満1歳半の頃の記憶よりもっと古いものがある。筆者はベッドに寝て仰向きになっている。天井から大きな玩具がぶら下がっていて、それがぐるぐる回転している。中央にかわいい達磨状のセルロイドで出来た人形があって、その周囲を主にピンク色をしたストローを短く切ったものをつなげてぶら下げてある。そういう玩具をどう呼ぶのだろう。ここ30年ほどは見なくなったが、赤ちゃん工学の観点からはあまり好ましくない玩具と認定されたのではないか。わが家には筆者用に母か父が買って来たのだ。筆者はまだ1歳になっていなかったはずで、その玩具の回転を追うともなく追いながら、天井に目を移したりしている。全体にピントがぼけた映像として記憶されているが、面白いのは、玩具から下がるストロー状の飾りの末端は筆者に最も近く、天井はそれから1メートル数十センチあって、ストローの末端に視点を合わせれば天井がぼけて見え、天井を見ると玩具がぼけることだ。カメラと同じ感覚だ。妹が生まれる夜、母が隣りの部屋でお産で苦しんでいる様子はまるで昨日のことのようにはっきと覚えているし、筆者は2歳になるまでの記憶が割合ある。その話をすると、誰も信じない。それはきっと大人になって作った映像だと言うのだ。だが、筆者からすれば小学校の入る頃の記憶からしかないことが信じられない。それもさておき、先に父と書いたのは、乳の話題に引っかけてのことだ。筆者は父の記憶がほとんどない。これは一般の人に比べてのことだ。筆者が小学校に入る前にはもう父はいなかった。否応なしに父離れさせられたのだ。運命で、今さらそれをどうこうすることは出来ない。父も無念であったのだろう。一番哀れであったのは母だ。まだ20代後半の年齢で3人の子を抱えて生活することになった。そういう運命を知っていたためか、筆者は母から強制的に乳離れさせられた。そして父離れだが、父の味を知らないことは世間的には大きなハンディになった。母が悔しがっていたのは、近所のスケベエそうな目つきをした親父や青年がいろいろと近寄って来たことだ。それによく覚えているのは、母はいつも男はちんちんがついているだけで偉そうにすると吐き捨てるように言っていた。実際そのとおりで、男は威張るもの、女はそれに服従するものという図式が常識化していると、そのことを全く疑わない男は大勢いる。
話はまた変わる。家内の実家に向かう時、阪急電車の特急が出たばかりであったので、隣りに停まっていた各駅停車に乗った。席はかなり空いていた。筆者らの真正面に、派手なネクタイに焦げ茶のダブルのスーツを着た50歳ほどの恰幅のいい男がひとりいて、360ミリリットルの缶ビールを飲んでいた。それを左手に持ち、右手はケータイだ。電車の中でビールを飲む男は阪急では珍しい。別段禁止されているわけではないが、夏場でないから普通は我慢する。ところがその男が普通ではないことは一目瞭然であった。大きな声で電話でしゃべり、その内容が丸聞こえであった。要約するとこうだ。金のないことは顔のないことと同じで、正月早々葬式があって15万円が必要であったが、そんな金はないので誰かから高い金利で借りた。それなのに、一方では数人の若いもん支払う金も必要だ。つまり、そのビール男はやくざなのだが、かなり金に困っている。やくざほど金が物を言う世界はないだろう。金がないことにはほかの組から相手にされない。正月早々に知り合いの葬式があったにせよ、15万の現金が手元になかったのは、やくざもごく普通の人と同じような生活ぶりであることがわかる。それにその親分らしき男はコートを着ていなかった。まだ筆者の方がましな格好をしていたかもしれない。家内は不快であるから席を移動しようかと言ったが、その瞬間扉が開き、男は電話で話しながら出て行った。その男と筆者は一度目が合った。その瞬間、座席に左手で押しつけていたビールの缶を掌で包むように隠す素振りをした。やはり、電車の中でビールを飲むことはあまり格好よくないと思っているのだ。男にとって金が顔であるという考えもまただいたいの男に共通している。これは何度も書いたことがあるが、有名人すなわち金持ちという図式を誰しも思っているから、無名で貧しい才能のある人という意味がわからない。そんなものは昔のことで、今は才能があることすなわち有名になって金を儲けると思われている。その才能なるものは、金に結びつくものだけではないはずだ。ところが、金に結びつける才能を発揮しないことには尊敬もされないどころか、侮蔑される。
話はまた変わる。昨日書き忘れたことがある。京都府庁旧本館は全館がもう執務に使われていないと思っていたが、そうではない。そのことは昨日最初に掲げたチラシの表紙の左端中央に小さな文字で印刷されている。「明治37年(1904年)12月20日竣工の煉瓦造の建物です。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室や会議室として使用されています。創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のもので、平成16年(2004年)に重要文化財に指定されました。」投稿文を書き直せば見栄えはいいし、読み手に誤解させずに済むが、一旦投稿したものを大幅に訂正するのは何となく気が引ける。筆者は書き終えてからほとんど読み返さずに投稿する。そのため、とんでもない誤字や脱字が散見出来るはずだが、それも勢いのうちでいいと思っている。ただし、その読み返しをしない勢いは、よく書き忘れを後で思い出させる。もうひとつ書き忘れほどでもないが、昨日書くつもりで忘れたことを。府庁旧本館の3回の投稿は当初「新・嵐山だより」にと考えた。「その2」の投稿の段になって、別のカテゴリーがいいと思い直した。美術についての話題が多かったからだ。だが、今日はそうではない。今日は府庁を出た後について書いておく。まず、丸太町通り沿いの「府庁前」のバス停に出るまでにあった不動産屋の前で、ワンルーム・マンションの物件の広告を見た。これには理由があるが、また書くことがあるかもしれない。ここ数か月、家内と出かけた際、不動産屋の前を通りがかるとその前に立ち止まって物件の相場を確認する。さて、日が暮れるのは早い。バスを待つ間に夕闇が迫った。帰りにTVで紹介されていたチョコレート屋を覗くことにした。それは柳馬場通りにある。府庁前からバスに乗り、東に10分ほど走れば裁判所前に着く。そこで降りた。降りたところがうまい具合に柳馬場通りであった。北は御所で、いわばその道の北端から南に下がればよい。柳馬場はあまり歩かない。珍しい店に気を取られながら、御池通りをわたり、さらに南下するとしばしば通る三条通りに出た。するとその角からすぐ斜め右手奥に目指す店があった。何でもニューヨークに次いで二店が京都で、京都観光にやって来る若者に大人気のようだ。もちろん価格は高価で有名はGODIVAよりまだ高い。なので買う気が起こらない。店は柳馬場通りに面しておらず、路地の奥を20メートルほど入った古い民家の内部を改装している。喫茶部門もあったようだが、満員で身動きが取れないほどであった。店内は10畳ほどか、その天井中央には京の民家には不釣り合いな豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。また天井が低いので、このシャンデリアはほとんど頭に当たりそうだ。店主は若い女性で、アメリカ本社の女社長から気に入られたのだろう。東京よりも京都に店を出したのは、あまりたくさん売れても製造が追いつかないことと、やはり京都というブランドだ。ニューヨークと京都では合わない感じがするが、それが面白いと考えられもしたろう。面白かったのは路地の突き当たりに古い木製の牛乳箱があったことだ。その庶民的なたたずまいは、その超高価な商品を売る店とはあまりに落差がある。なぜ牛乳箱を撤去しないのだろう。それもまたニューヨークと京都のミスマッチを演出するのにいいと判断されたに違いない。
チョコレートは好きだ、家内が買って来ると1日でほとんど全部食べてしまう。これからヴァレンタイン・デーに向けて日本ではチョコが最も売れる時期だ。筆者は自分では菓子はほとんど買わないが、チョコを買うならば、最も安い部類のロッテのガーナか。どうせ買うならバッカスと家内に頼んだことが一度ある。ラム酒かウィスキーが入っているので、バッカスはガーナより高価だ。またあまり見かけない。チョコレートにも乳は入っている。それが少ないものもあるが、ミルク・チョコがいい。乳のほどよい分量をメーカーは心得ていると見え、チョコの味よりミルクが勝っているものはあまりないように思う。だが、真っ白なチョコはそうでもないか。そうそう、年末に家内は牛乳を配達してもらう契約をした。筆者がたまにスーパーで1リットルのパックを買って来るが、それでは足りないと言う。鉄分が不足しているそうで、牛乳を毎日飲みたいらしい。もちろん家内用で、筆者は飲まない。飲んでもいいが、飲みたいほどでもない。今日その箱が到着した。青いプラスティック製で、横長だ。前述のチョコ店のように縦長の木箱がいいが、今ではかえって製造費が高くつく。先ほど調べると、明治牛乳は木箱の時代から青で、森永牛乳は黄色のようだ。牛乳の古い木箱はネット・オークションに出品されていて、1000円以上する。話はまた変わる。家内は兄弟姉妹が多く、また家庭の事情もあって、ほとんど母に甘えたことがない。そのことが人間性にかなり大きな影響を与えていると思う。だが、筆者は30数年かけて家内の性質をかなり作り変えた。それで筆者と同じような性質になったかと言えばそれは全く違う。母にあまり甘えられなかった家内は、乳離れも早かった。それで牛乳が好きなのだろう。筆者は強制的に乳離れさせられたが、長男でもあってそれまでは思う存分吸いまくったはずだ。そこが家内とは違う。正月にはその話にもなった。家内の兄は、赤ん坊であった家内のためによく近くの牛乳店に1本買いに走ったという。もうあまり母乳が出なかったのだ。そう思うと、家内には毎日たくさんの牛乳を飲んでもらいたい。何なら筆者の乳首を吸わせてもいいが、ちょっと変わった猫ではあるまいし、それに今では筆者の肌に触れることもいやがる。