●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●京都府庁旧本館、その2
務のためにどのくらいの部屋ののべ面積が必要か。自治体によっておおよそ平均値があると思うが、京都府と大阪府では人口の差から、後者が前者の数倍の面積が必要であることはわかる。



大阪府庁は大阪城近くの、いかめしくて古い建物を用いている。その玄関前を何度か歩いただけで内部は知らないものの、京都府庁の数倍の面積があるようには見えない。橋下市長は知事時代に府庁を大阪湾沿いの高層ビルのWTCに移転する案を出した。ところが、大地震に耐えられず、津波の襲われるなどの理由から議会に反対された。WTCは地下鉄の中央線の延長上にあって、通勤にさほど不便ではないから、おそらく現在の府庁に比べると巨大過ぎる面積の同ビルに府庁が移転し、現在使用されている建物を美術館に転用する案は、筆者は賛成であった。せっかくの高層ビルがあまっているのであれば、せせこましい建物に府庁を置くことはない。だが、今のままでは現在の建物を高層ビルに建て替えるはずで、日本は不合理な箱モノを今後も建て続けるだろう。そういう動きの中で、東京駅のように創建当初の姿を復元して使う考えもあるから、大阪府庁が今後どうなるかは注目すべきだ。京都府庁の旧本館が重文に指定されたのは近年のことだ。そうなれば取り壊されることはないと思うが、一方で別の場所にそっくり移動させる場合もあるので油断は出来ない。大阪とは違って京都府庁はさほど大きな建物は必要でない。旧本館は2階建てで、全部の部屋を見て回ってもしれている。その程度でどの課や係も執務が出来たのであるから、昔は役所の仕事は少なく、また役人も多くなかったと見える。紙の書類の時代でそうであったのに、いくら人口が増えたにせよ、電子書類となっているにもかかわらず、役所の面積は増え続けているのではないか。これは役所のすべき仕事が増えたためか、無駄な書類が多くなったためか。おそらく無駄な書類が多くなって仕事が増えた。紙の本がこれからは急激に減少しそうであるから、役所も銀行のATM程度の小さなもので用が済むはずで、大阪府がWTCに引っ越しをせず、現在の府庁すらも不要となるのではないのか。だが、2週間に一度筆者が通う右京図書館は、府庁旧本館ののべ面積の数倍はあるかに見え、今後も大きくなる一方の役所を示唆している。人口が急激に減少して行く日本であるから、それに比例して役所ののべ面積も少なってよいのに、たぶんそうはならない。府庁を見学しそんなことを思ったのでもないが、役所が巨大化すると一般人からは遠い存在に思えるのは確かで、府庁旧本館を見ていると、各部屋にいたはずの役人の顔が全部わかりそうな気がして何だか温かいものを感じる。
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 重文になると、これからはどう維持管理し、また活用するかが問われる。そのために府民の催しを企画し、それを一般公開の期間に見せる。その期間は季節のよい秋の2週間で、残り50週間は空家にする。これが無駄という声が出ると、重文に対して何を馬鹿なことを言うかと返すことが出来るので重文指定はよいことであった。だが、建物を保存し、普段活用しないでは、先の東京駅とは違って財産を死蔵していることになって具合が悪い。また、使わずにいても建物のあちこちは劣化するから、その予算をどの程度割くかの問題も消えることがない。たとえば府庁の中庭だ。そこには大きな桜の木やそのほかの樹木があって、剪定が必要だ。その程度の費用は安いものかもしれないが、緊縮財政になって行くと、やはり建物を有効利用し、そこから上がる収入を修繕に充てるという考えが生まれるに違いない。そんなことを思ったのは、今日写真を載せるが、廊下の白い壁があちこち無残に剥落していたからだ。その箇所だけ塗り直して済む問題ではない。定期的に壁を塗り替える必要があり、それは建物を有効利用し、多くの人を普段入れることによって頻度が増す。また重文であるから、有効利用にも限界がある。現状のままで使うとなれば、職種は限られる。京都文化博物館の別館は似たような古い建物で、今は各部屋は雑貨店などが入っている。これがヒントになるはずだが、人通りの多い三条通りとは違って、誰が府庁に足を運んでちょっとした雑貨を買うだろう。丸太町通りから府庁に向かって歩く際、西側に京都では有名なパン屋がある。喫茶店も兼ねていて、府庁を見学した後、その店に立ち寄り、コーヒーを飲もうとした。閉店まで小1時間あるはずなのに、無愛想な中年女性の店員はもう閉店しますなどと言って筆者らを締め出した。扉を改めて見ると、やはり閉店にはまだ時間がある。おそらく筆者らふたりだけの客では儲からないので、閉めた方が得策と考えたのだろう。それほどに界隈は人通りが少ない。市中でも稀なほどのさびしい地域で、そんなところに経つ府庁旧本館に店を張っても人気が出ないのは目に見えている。これはもったいない話で、神戸北野の使われなくなった小学校では、神戸の菓子屋やレストランなどが各教室に店を出し、また運動場に観光バスを停めさせて、団体ツアー客が押し寄せる名所になっている。似たことは京都府庁旧本館でも可能に思うが、重文の建物では難しいだろう。また神戸の北野のように観光客がそぞろ歩きする場所ではない。
d0053294_1123067.jpg さて、一般公開に合わせてさまざまな催しがあった。筆者が見たかったものについては明日書くとして、そのほかに見たものを今日書く。まず知事室だ。歴代知事の紹介パネルがあって、じっくり見れば小1時間はかかる。その時間がないので知事が使っていた机と椅子をじっくり観察した。係員が数名いて質問には何でも答えてくれそうであったが、筆者が真っ先に注目したのは、係員が示してくれた窓だ。知事の椅子から5メートルほど斜め右手で、創建当時のガラスのようでどれも微妙に歪んでいる。そういうガラスは古い寺にはまだ残っている。係員がそのガラスが今では貴重だと言うのは、手で触ったりして誤って破ることのないようにという注意からでもある。気泡がわずかに入っていたりして向こうの景色が微妙に歪んで見えるガラスは味わいが深い。今でも同種のものを作っているところがあるのかどうか、手作りのものがどんどん廃れ、またその味を理解しない人も多い。紙の本は不要だと考える今の若い人は、おそらく重文や国宝も不要だと考えるだろう。古臭い昔のものをなぜ手間暇かけて保存しなければならないのか。そんな税金の無駄使いはさっさとやめて、もっと給料を上げろということだ。それはさておき、薄暗い知事室から見える窓はその斜め右手のみで、その窓の前に立つと、遠くに比叡山と大文字山が視界の両脇にちょうど見える。おそらくそのことを考えて知事室を決めた。下の今日の3枚目の写真にそのふたつの山が両脇に見える。このふたつの山は東山連峰を代表し、京都の歴史を背負っている。この東を臨むことの出来る知事室は、京都の文化は東山にあって、西はどうでもいい田舎という意味にも受け留められる。実際そのとおりだ。知事室は昔のままに保存されているのはいいが、パネルなどがあちこちに置かれて雑然とした雰囲気になっている。そういう中に林田悠紀夫知事が描いた油彩の風景画が2,3点飾ってあった。なかなかの出来栄えで、文化的なことに造詣が深かったことがわかる。ほかの知事のものとしては書などがあったと思うが、あまりのたくさんの知事が入れ替わったので、全員を記念するものを飾ることは不可能だ。ともかく、この知事室は昔なら庶民は見ることがかなわなったはずで、これを見るだけでも旧本館を訪れる価値がある。知事室は30畳ほどだろうか、その隣も同じほどの広さの部屋があって、説明パネルがやたら多いものの、仔細に見ると、暖炉の設えやタイルなど、室内装飾は見応えがそれなりにある。現在の知事室はおそらくもっと無機質で機能的に出来ているが、そういう部屋がいずれ重文の貫禄を持つとは思えない。
d0053294_1124724.jpg その他の部屋での催しで最大のものは京都彫刻家協会の作品展だ。大小取り交ぜ、また素材もさまざまで数十点が展示され、アンケートでベストと思える作品を3つ挙げてほしいと用紙を手わたされた。そのためそれなりにじっくり見た。個展ならば印象に残るが、あらゆる傾向の作品を一堂に並べると相殺し合うというか、これぞという作品がわかりにくくなる。そこは好みで選べばいいが、それほどに彫刻を見慣れていないので、3点を選ぶのに苦労した。もうひとつ面白かったのは京都銀行が所蔵している作品の展示だ。同銀が美術作品を購入していることを今回知った。それも京都市芸大の学生の作品で、これは好感が持てる。これから作家活動を本格的に行なうのであるから、作品は未熟と言ってよいが、逆に若さがあってよいし、また若い頃の作品は早くも後年の手慣れた頃を予感させてもいる。どの作家も筆者は名前を知らないが、それなりにどれも面白く、銀行が買い上げたことは正しいと思った。また、韓国か中国かわからないが、留学生の作品が全体の2割は占めていたと思う。そして彼らの作品は明らかに日本の学生のものとは違ったオーラがあった。どっちがいいとか悪いと言いたいのではない。背負っているものの差によって表現に違いが出ることの面白さだ。そうした留学生の作品に特に印象に残ったものがある。トレーシングペーパーに墨汁で2ミリ間隔程度の密集した線を引いた後、その紙を熱する。すると蝋分が溶けて、墨汁の線が部分的に歪んでポキポキと垂れ、別の線に重なったりする。そのようにして出来た景色は、人間の手では描けない偶然の面白さがある。硫酸紙にそのような効果があることを初めて知ったが、アイデアだけに終わらない独特の感性を見た気がした。展示数は30ほどか、どれも家に飾るには手ごろな大きさで、それがまたよかった。現代芸術はとかく馬鹿でかい作品を誰しも作りたがる。その大きさを除けばあまり見るべきものがないものがままあるが、今回は飾ってそれなりに楽しいものばかりで、普段美術にあまり関心のない人にも楽しめるものであったと思う。美術作品は買い上げされると作家の知らないところで展示される。どの作家もそのことを望んでいる。日本では美術作品を買って楽しむ人はごく少ない。そこで無料でもいいので所有してもらおうと考える作家もあるが、無料でもほしくない人が多い。有名な作家か、あるいはいつか換金出来るようなものならばいいが、そうでないものは邪魔になると思う。ほとんどの作家はたくさんの自作の置き場所に困っている。そう考えると、これからの美術作家は場所を取らないデジタルで作品を残すべきかもしれない。もうそうなって来ているのだろう。
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by uuuzen | 2013-01-06 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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