●波動スピーカー、その8
みは標準となる規格があって存在出来るとひとまず言ってよいが、何が標準かとなれば場合によってはそれを定めることが難しいか不可能だ。人間の場合はどうだろう。



d0053294_0244464.jpg2日の宴席では西洋人が理由もなく自信を持っていることを話し相手が笑っていた。それはわかるが、日本も中国も欧米化した生活を営んでいるので、現代文明は自分たちが作ったという自負を西洋人が抱いていることはわかる。会田雄次は戦時中の捕虜体験で、イギリス人の妻たちの汚れたパンティを選択させられた経験を書いて、彼ら彼女ら西洋人は日本人を人間とは思わず、猿と同じ程度と見定めているので、そういう行為をさせることが出来ると結論づけた。会田のその体験から70年ほど経って、西洋人の西洋人以外の人種に対する見方が変わったかと言えば、あまりそうでもないだろう。日本人が中国人や韓国人を蔑視するのと同じことで、人間は必ず自分より劣る奴がいると思いたがる。そういう蔑みの心を持った人間が標準とは決して筆者は思わないので、西洋人が自信を持っていることは確かに滑稽だ。それはいいとして、ではこれが人間の代表的な標準ですよという特定は可能だろうか。その答えはきっと、人間であれば全員が標準ということになろうが、極悪な連中と自分を一緒にしてほしくないという人がきっといるはずで、人間は標準という言葉を使える意味では平等ではないに違いない。そこで今度は標準という言葉を疑ってみる。標準という概念はあるが、それを深く考え始めると、誰でも納得出来る定義を作ることが出来るとは思えない。ごく狭い範囲でならばあり得る考えで、それは平均という言葉に置き換えられる。このブログでかつて何度か書いたが、その平均ということはさっぱり面白くない。代表的日本人の骨格、顔つきと言ったことを研究している人があるのかどうか、そうして作られた平均的な数値による顔はおそらく無個性で、美しくもかわいくもないだろう。美人はあまりいないのでその概念があるが、美人は平均的な顔の各パーツからはかなり離れた数値を持っていることになる。それは歪みだ。美人が歪んでいると言えばまさかということになるが、歪みがあるから美しい。だが、歪みの程度は問題だ。歪み過ぎると恐怖になる。となると、美女を見ると恐怖に似た思いが湧くのは正しい。そこから、美は恐怖を感じさせると定義してもよいかもしれない。平均は平凡であって、顔つきにしろ、性質にしろ、それが平凡な人は無害ではあるが無益でもあって、話題にならない。
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 勢いに乗って書いたが、全く予想外の話になった。今月は京都に関係することをひとまず終えた後、大阪の施設について書く予定でいる。そのおおよその計画のメモを昨日まとめた。それにしたがって今月いっぱいは書くべき内容がある。冒頭に「歪」の文字を持って来たことにはふたつの理由がある。その最初をまず取り上げるが、断っておくと、筆者の投稿はいちおうは各カテゴリーに分類してはいるが、ひとつのカテゴリーに収まり切らない歪みが最近は多くなっていることを自覚している。カテゴリーが無意味と化しているとまでは言わないが、題名と内容があまり一致していない場合がままあり、これはいよいよ筆者が老年に向かって崩れて来ているためかと思わないでもない。ともかく、まず最初の「歪み」で、ザッパの「ROXY BY PROXY」のその後について。1日にザッパ・ファミリーからメールが届いた。3項目が記され、その3番目は去年12月28日までと決められていたアルバム『ROXY』のライセンス購入期日が1か月延長されて、今月28日までとなった。これは1000人に到達しなかったからに違いない。誰もが予想したことだが、1か月延長されて1000人に届くのかどうか。また、第1項目は買い手からの質問コーナーを設置したとのことだが、これは当初からあった。それを改めてメールで告知するのは、おそらく質問者が少なく、質問を促したいのだろう。つまり、反響を起こしたい思いの表われだ。項目の2番目は、直訳すると「アメリカのパスポートを持たない既知の宇宙に住みわたる熱烈なザッパ・ファンすべてに開放する」というものだ。これは「ROXY BY PROXY」の「TEXT」に記される「法的にアメリカに住む人」という点を改めるものだろうが、冗談めかした文章からはそれが定かでない。それに「TEXT」にその追記はなく、以前のままだ。その点について質問したい気もあるが、項目2でわかるだろうとゲイルは思っていて、答えてくれないかもしれない。また筆者がそのように疑問に思うことはどのファンも感じているはずで、どうも「ROXY BY PROXY」に関してゲイルは厳格な思いを抱き過ぎ、最初に書いた文章や「TEXT」を改変することを望んでいないように思える。前にも書いたように、CDはCD-Rでパソコンで複製するとして、ジャケットはどのように印刷するかでかなり違ったものになる。それにその日本語の対訳をつけていいのかどうかだ。また、CDケースは通常のプラスティックではなく、シングルものでいいので紙ジャケが許可されないかだ。「歪み」で言えば、このライセンス盤を1000ドルで購入した人は各自で複製するから、ジャケットは特に微妙な差が出る。どうせそうなることがわかっているのであれば、いっそのこと、これだけは守らねばならないという事項以外はジャケットやパッケージのデザインは自由にさせるのはどうか。そうなると、デザイン力、アイデア力の競争となり、また面白いデザインのものは公式盤がBARFKOから出てもコレクションしたい人が出るだろう。最小限の守るべき事項は、アルバム名のロゴだ。これは欠かせないし、また共通のものを使うべきだ。以上のような考えをゲイルに提案してみたい気もあるが、まず無理だろう。そこで食い下がるとして、ライセンス盤を購入した人は必ず複製盤の1部をゲイルに送ることにし、ゲイルが1000点を管理して、そのデザインを今後の新作に活用出来る権利を有するとすればどうか。このようなファンとゲイルとの交流が活発化する機会の可能性を誰が彼女に提案すれば納得してもらえるだろう。ライセンス盤購入者が全員同じ質の複製盤を作ることはあり得ない。ならばそれを逆手に取って「歪み」コンテストをするということだ。おそらくこの1か月に寄せられた質問は少なくない。その答えをまとめた画面が設けられるべきなのに、それがないのはなぜか。ともかく、わかりにくいことが多過ぎて不安がつきまとう。この調子では1月28日を過ぎても1000人に到達せず、また期日を延長するだろう。そしてそうこうしている間に同アルバムのBARFKOからの発売は遅れ、#96は欠番のようなことになるかもしれない。
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 歪みは複製するCD-Rの音にも本当は生じる。CD-Rのメーカーによっても、また複製するパソコンによっても微妙に差が出るはずで、またそれを言えば、どんな装置で音楽を聴くかでも差があるし、そもそも人間には聴覚のよしあしがあるから、誰が最もよい音で聴いているかなど、誰にもわからない。それに同じ人間でも気分によって聴こえ方は違う。そんなあたりまえのことをなぜ書くかと言えば、ひとつはLPを聴くためにプレイヤーを買ったことだ。安物だ。ところがこれも雑音がひどかった。そこで調べると、アースをしていないことがわかった。何も新しいものを買う必要はなかったのだ。5.1チャンネル用のアンプを買った時に接続した昔のプレーヤーは、アースをするのを忘れていた。それで雑音がひどかった。安物を1階に使い、3階は今までどおり、昔のプレーヤーで聴いている。安物はやはり安物の音だ。次の聴こえ方が違うこととは、ユニヴァーサル・ミュージックから発売されたザッパの3枚組CD『レザー』だ。これには昔のようにボーナス・トラックが収録されず、またジャケット写真も別のものに変わり、しかも新たにデジタル・リマスターした音源を使っている。昔のものと違うとなれば購入せねばならないが、「歪み」の差はごくわずかなはずだ。そのためにまたCDを買い、その収納場所が必要となれば、何だかうんざりする。筆者はそういうわずかな差よりも、全く違う音楽を聴きたい。そう思いながらもよく知っている音楽が全然違ったように響くことの驚きの嬉しさはよく知っているので、わずかな差であっても聴きたい。ところが、そういうファンの心理をよく知ってか、LPでもCDでも同じマスター・テープから何種類もの盤が作られる。マスター・テープをそっくり複製して販売すればいいものを、そうしても一般の人にはそれを鑑賞する機器がないので、LPやCDというコンパクトな商品に置き換えねばならない。そこでマスター・テープを微妙にあれこれ歪める行為がなされる。それはいいとして、「歪み」のその2として書いておきたいのはまたスピーカーのことだ。去年7月21日に国際交流会館で波動スピーカーの鑑賞会があった。その時に撮った写真を2枚目に乗せる。鑑賞会は次回は10月か11月かと思っていたところ、リスニング・ルームが金閣寺近くから移転するとのメールを三浦さんからもらい、結果的に秋は開催がなかった。下鴨とあったので、ひょっとすればと思った。下鴨でそのような場所にふさわしいとなればコンサート・ホールの近くしかない。そしてその付近となれば筆者がよく調べものに出かける府立総合資料館の真正面の建物だ。そう思ってネットで調べると予想どおりであった。それで総合資料館に行くついでに12月15日に訪れた。手土産は以前芦田さんが持参してくれたように、波動スピーカーの形に倣って「ロールケーキ」にして、当日高島屋で買った。当日は7か所ほど行くべき場所があって、大忙しであったが、土曜日であったので幸い予約なしでも三浦さんはおられた。1時間ほどいた間に波動スピーカーで筆者が持参したCDの聴き比べをさせてもらった。あたりまえかもしれないが、200万から300万円もする特注の最も大きなもので聴くと、低音が全くの別物で、聴き慣れた曲が全然違う響きとなって轟いてショックを受けた。オーディオ・マニアはそういう感動を求めて際限なく金を費やすのだろう。その音の差をわずかな「歪み」の差と言ってしまうのもいいが、今まで経験しなかった感動を味わってしまうと、その魔力が忘れられない。歪みが美で、それは恐怖につながっていることを聴覚からも実感した。上の写真の窓の向こうに見えるのが総合資料館。下の写真はそこで調べものを終えた閉館の午後4時半に、外に出て試聴室を臨んだ。灯かりがついている2階の部屋がそこ。
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by uuuzen | 2013-01-04 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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