●蛇塚古墳
年なので蛇塚古墳のことを取り上げる。とはいえ、ほとんど写真のみで、文章は昨日同様、結論のない思いつくままの即興。昨夜はたっぷりと飲んで丸1日経った今でもまだ酔いから完全に醒めていない。



d0053294_23335478.jpg

そのせいもあって、これから書く内容は即興という表現ではなく、出鱈目と言うべきことになるかもしれない。自転車で右京図書館から西へと走ると、太秦から嵯峨へと町名が変わる。嵯峨に用はないので、南下して梅津へ向かうが、畑や有栖川が邪魔をして道が途切れていたりして、見覚えのある道になかなか出ることが出来ない。その時の気持ちは不安ながら多少の楽しさもある。また、その気持ちのまま、思わぬところでようやく知っている道に入り込むのだが、その出会いもさまざまで、あまりにも自分の想定とはかけ離れた場所に出た場合、自分の方向音痴具合に茫然となる。ところが勘がうまく働いて、思いに近い場所に出た時は、不安ながら抱えていた楽しさが爆発したようで、有頂天になる。これは車を運転している人でも同じだろう。未知は不安でも、いい予感が当たった場合は喜びに転じる。12月初旬、去年の最後から二番目の右京図書館への往復では、帰りにスーパーでカレー用の肉を買うつもりでいた。そしてムーギョでは売っていないし、トモイチでは高いものしか置いていないはずで、蛇塚古墳への途上に見つけて以前に一度だけ買い物をした小さなスーパーに立ち寄ることにした。一度しか入店はしていないが、その前は二、三度通ったことがある。それで間違いなく辿り着けると高をくくった。だが、あるべきはずのその店がどこを走っても見当たらない。狐につままれた気分で、途方に暮れた。しばし立ち止まっていると、目の前に「飛び出しボーヤ」の看板があったので、それを撮影した。その間、若い女性が運転する大きな車が筆者が移動するのをすぐ際のガレージで待ってくれた。筆者が移動しなくても充分車は通れるはずで、こっちはやや憮然としたが、相手もそうであった。車を運転する人は歩行者は自転車乗りが目障りだ。一方、歩行者や自転車乗りは車がわが者顔で走ることが癪に障る。それにそのガレージの真横に「飛び出しボーヤ」の看板がなぜあるかだ。ま、それがあるからこそ、運転手は筆者が撮影するのを待ってくれたのだろう。
d0053294_23342054.jpg 「飛び出しボーヤ」の撮影後、さてどうしたものかとその付近をうろうろしていると、下校中の中学生男子がやって来た。それを捕まえて訊ねた。「この先の突き当たりを右に曲がって、あの畑の横を走って行くとまた曲がり角がありますから、今度はそれを左に折れて真っ直ぐに行くとあります。」近くまで来ていたはずと思っていたのに、数百メートルは離れている。教えてもらった道の半分は何度か走ったことがあった。目的のスーパーを見つけて肉を2パック、合計600グラムほど買った。和牛ではないので、おいしいカレーは出来ないが、牛肉には違いない。また筆者はカレーを作る時は必ず角切りしたカレーやシチュー用を使う。どのスーパーもこれを常備しているとは限らない。その日は運がよかったし、また安売りの対象商品になっていた。そこで肉を買ったのであるから、ムーギョやトモイチに回る必要はなくなった。それで梅津に向かい、従姉の家の近くを通って四条通りに出て帰宅した。それは今日の話題には関係がない。蛇塚古墳が周囲を住宅で取り囲まれているのはとても珍しい光景で、前方後円墳がよくもまあ本来の形ではなくなり、住居に取り囲まれてしまったことかと思う。蛇塚という名前からして、蛇がいたのであろう。それがすっかり住めなくなり、古墳の骨といったような状態になっている。どこが古墳なのかと思うが、頑丈な石組が見えていて、今後も伝えて行く史蹟であることは誰の目にもわかる。いつ頃からこのように住居に囲まれたのだろう。江戸時代は周辺はみな畑で、三条通りからも見通せたかもしれない。その面影が全くなくなったので、そこが面影町と名づけられているのかと皮肉に思いもする。蛇塚古墳に到達するのは、南方に一か所しか出入り口の道路がない。そこから入って周囲をぐるりと周り、そして同じ道から出て来る。この一本道は、昨日載せた「飛び出しボーヤ」の看板のある場所から数十メートルだ。それなのに、道を教えてくれた女性は真っ直ぐに200メートルほど西へ行き、そこを北上して最初の道を今度は東に行けと言った。この大回りによって鴨が遊ぶ用水路を見かけたので文句はないが、蛇塚を見た後は、同じ道を辿らず、出入り口の道を南下してすぐに「飛び出しボーヤ」の看板のある道に出た。そのことで、その付近の地理がよく飲み込めたので、もう蛇塚に行くのに迷うことはない。だが、そうなるとそこにはもう用がない。それに蛇塚の付近はほかに面白い景色はない。同じような小さな住宅が密集していて、梅津と何ら変わらない。また、梅津なら四条通りが近いのでバスで河原町に出ることも出来るのに、太秦は嵐電が走っているだけで不便だ。あるいはJRもあるが、それで河原町に出ることは出来ない。このように隣接している太秦と梅津でも、がらりと交通の利便性は異なる。
d0053294_23344436.jpg

 蛇塚を取り囲む住居は面白い。家の前にどかんと大きな石を積んだ塚がある。目障りかと思うが、有名な史蹟でもあって、住民は誇らしげかもしれない。それに家の前に別の家が見えるのではないので、かえってよい。蛇塚を取り囲道はちょうどロータリーのような具合になっているが、出入り口がひとつであるから、開放感がない。奥深まったところにひんやりと存在している印象で、子宮のような場所だ。そこに今でも蛇が住んでいると面白いが、住民が恐がるか。逆に蛇が人間を恐がって住まなくなった。蛇塚を訪れた後、従姉の家の近くを通ったが、そこからそう遠くないことに気づいた。これはジグソー・パズルをしていて、離れたピースの間を埋める一片をはめ込んだような気分で、頭の中に新たな地図が出来た。この感覚はたまに訪れる。長年気になっていた場所が、実際は昔からよく知っていた場所の近くにあってたという驚きだ。従姉の家からそこそこ四方を縦横に知っているつもりであった。ところが蛇塚方向だけは全くと言ってよいほど知らなかった。知ってみると、予想外に近く、もっと以前に行っておけばよかったかという思いがする。ま、それはいいとして、右京図書館に2週間に一度通うことになって知らない道を割合覚えた。もっとも、昨日書いたように、最短距離を結ぶ自分なりのメイン・ルートを得ただけで、そこを離れると途端に土地勘がない。蛇塚のように、一度は見ておくべきものがあれば図書館からの帰りにうろつくのだが、住宅地の中をボロ自転車で走っていると不審者に思われるのが落ちだ。そうそう、どうでもいい話のついでにこれも初めて経験したことを書いておく。筆者の自転車は切り絵でも表現したように、2004年の夏に梅津の自転車屋で買った。もう10年になろうとしている。自転車はしばしば盗まれたのに、それはよほどのボロさ加減に誰も見向きもしないと見える。その自転車屋がなくなったので、別の店でタイヤ交換やパンクの修理をしていた。家内は新しい物を買えとうるさいが、自転車屋のおやじの思い出もあって、愛着がある。それで盗難に遭うか、完全に壊れるまで乗るつもりでいる。そんな筆者につい先日別の自転車が手に入った。近くの住民が引っ越したからだ。
d0053294_23352337.jpg

 その住民は若夫婦で、二年も住まなかった。年末に引っ越しのトラックがやって来たので、近くに行ってその様子を見た。すると引っ越して来た時に少し話したきれいな奥さんが出て来た。そこで話が弾んだ。御主人が大阪に転勤になると言う。京都に来る前も大阪にいたそうだ。大阪で生まれ育った筆者であるから話に花が咲いた。家財道具を全部持って行ったかと思うと、自転車は処分するつもりであったようで、近くの自転車置き場に捨てて行った。そこにはほかにも数台の処分すべき自転車が置かれている。2,3年に一度は自転車を業者を呼んで持って行ってもらう。まだまだ乗れる自転車があって、値段がつくこともある。ちょうど親しいおばさんたちが集まって自転車をどう処分するか話し合っている場面に出会った。そのうちの1台は荷籠が大きくて家内が買い物に乗るにはふさわしいようなタイプだ。捨てるのであればもらうと言って確保した。見ると、大阪で盗難のための登録をしたラベルが貼ってある。大阪からこちらに持って来たものだ。こちらでは自転車に乗って買い物に行かなかったのだろう。タイヤの空気は抜けているので、パンクしているかしれない。だが、パンク修理の経験をしたばかりで、その心配はない。右京図書館ではなく、西院の王将で生餃子を買った帰り、急に後輪の空気が抜けた。そのまま乗ればチューブを傷める。2キロほど歩くといつもパンクを直してもらい自転車が幸い開いていて、空気入れを借りた。ところが100メートルも走らないうちにまたぺしゃんこになった。ムーギョで買い物を済ませた後、従姉の家で空気入れを借りてもよかったが、またすぐに空気が抜けるのは目に見えている。それで嵐山まで押して帰った。さて、後日右京図書館に行くのに自転車が必要だ。その日は去年最後の図書館行きで12月20日だ。前述の中古自転車をまだ確保していなかった。そこで自分でパンクを修理することにした。もう1年ほど経つか、パンク修理の材料は購入してあった。ところが寒さが続き、外ではする気になれない。家の中に自転車を入れ、作業に取りかかった。タイヤからチューブを取り出すのが一苦労だ。その際にチューブを4,5ミリ破ってしまった。パンクしている箇所とそこの2か所は最低修理せねばならない。自転車屋のおやじが行なっていた作業を思い出しながらやると、思いのほか、簡単で、また楽しい。そうして蘇った自転車で図書館に行った。筆者が自転車に乗るのは2週間に一度、図書館を往復する時だけだ。その途上での話題やまた借りたDVDについてブログに何度か書いている。ということはこのブログの幾分かはボロ自転車が支えている。もっと快適な、そして不審者に思われないような自転車にさっさと乗り換えた方がいいのはわかっている。だが、10年馴染んだ味わいというものはあって、新品があってもこの古いものに乗るだろう。
d0053294_23353998.jpg

[PR]
by uuuzen | 2013-01-03 23:35 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


●蛇塚古墳への道 >> << ●波動スピーカー、その8
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
"Can't Affo..
by インカの道 at 20:33
回答ありがとう御座いまし..
by インカの道 at 20:50
来日公演の際にテリー・ボ..
by uuuzen at 15:52
「パンキーズ・ウィップス..
by インカの道 at 14:53
技術だけで有名になれない..
by uuuzen at 17:38
彼ら(ビートルズ)に関し..
by インカの道 at 17:20
本質とは生前のザッパが出..
by uuuzen at 16:04
本質とは?どう言う事です..
by インカの道 at 15:26
7枚組はまだあまり聴いて..
by uuuzen at 10:18
間違いと言えば、オフィシ..
by インカの道 at 22:29
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2018 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.