●「武田理沙~フランク・ザッパ・メドレー関西初演」 武田さんと筆者が10月26日、大阪の神山町のALWAYSにて対談します。
●『父 パードレ・パドローネ』
弟で映画を撮るのにどんな役割分担をしているのか、また時には言い争いをしないのか、ともかくダヴィアーニ兄弟は監督業としては珍しい存在ではないだろうか。



d0053294_164451.jpg彼らの名前も作品もこの映画で初めて知った。DVDに収録されていた監督の紹介文には、ロッセリーニの『無防備都市』に感激したことで映画を撮りたくなったとあった。その一文からイタリアへの愛を謳い上げる作品を撮っていることが想像出来る。『父 パードレ・パドローネ』もまさにそんな映画だ。1977年にカンヌ映画祭でグランプリを獲得している。50年代半ばから兄弟は映画を撮っていたが、この作品によって一気に世界で名が知られるようになったのであろう。カラー作品で108分、サルディーニャ島の寒村を舞台にした地味な内容だが、おかしみも随所にあって、教育や家族、風土などさまざまなことを考えさせる。見ながら思ったのは、主人公の少年が20歳になってからの風貌だ。イタリア人はあまり背が高くないが、彼もそうだ。ザッパの息子のドゥイージルにきわめて似た顔立ちで、ザッパの父がシチリア島の出身であることを納得させた。間違いのないように書いておくと、シチリアはイタリア半島の長靴の先端の海峡をわたった三角形の島で、サルディーニャはそれよりもっと北西の地中海に縦にふたつ連なる、シチリア島と同じほど大きな島のうちに南の方だ。本土から船で7時間かかるとという。この島はシチリアほど有名でなく、人口も少ない。現在のイタリアの各地が紀元前から現代に至るまでどのような国や文化であったかを、200年単位くらいで記した図表を所有している。それをすぐに取り出せないが、記憶によるとこの島はイタリア半島とはほとんど無関係にあって、シチリアとも異なる。そのことから独特の文化や言葉であることが想像出来る。実際この映画ではイタリアに属しながら、あまりの方言のために本土人とは会話が成立しない様子が描かれる。これは日本の青森や鹿児島を思えばよく、どの国でもあり得る。国というものは、統一されても、各地は昔ながらの特色を保ち続ける。そのことによる国内の格差は避けられないが、差があることで多様性を強みとすることが出来る。たぶんダヴィアーニ兄弟はそんなことを示したかったのだろう。
 先日ミケランジェロ・アントニオーニの『情事』の感想を書いたが、ローマの若い美女がシチリアの町をひとりで歩いていると、あちこちからぞろぞろと男が群がって来て、まるで彼女に襲いかからんばかりの気配を漂わせた。似たことは『ストロンボリ 神の土地』でも描かれた。ダヴィアーニ兄弟のこの映画では、羊飼いかオリーヴを育てる農夫しか登場せず、町らしきものがサルディーニャ島にはないかのようだ。シチリアとは似ている部分とそうでない部分があるはずで、それを知ればこの映画はもっと楽しめるかもしれない。だが、春夏は蚤に悩まされ、冬は耐えがたいほど寒く、自然の苛酷さはサルディーニャの方が上かもしれない。地中海に浮かぶ島であるので、年中暖かいかと思っていたが、そうでもないらしく、この映画では2月の戻った寒さでせっかくのオリーヴが全滅する場面がある。自然の恵みもさほどではないとなれば、若者は外国に出稼ぎに行く。その点はシチリアでも同じであったが、どちらの島が早く移民をたくさん生んだのだろう。たぶんシチリアではないか。どちらの島もそれなりに団結力が強いと思うが、シチリアはアメリカではギャングのマフィアになるなど、よりまとまる傾向が強かったように勝手に思う。というのは、この映画では少ない島の住民はみなそれなりに助け合いながら和やかな生活をしているかと思えば、苛酷な自然さながら、人間関係もきわめてきついものがある。たとえば煙草を吸うのに常に火の点いている方を口の中に含んで吸う男がいる。その用心は、代々続く仲の悪い家の者から夜に射殺されないためだ。映画の中でその男は仲介人によってついに仲直りの儀式をすることになるが、そのさなかにこん棒で叩き殺される。怨念はそれほど根深いということだ。日本では考えられない強烈さで、まるで聖書の時代さながらだが、実際何千年もの間あまり人々の暮らしや考えは変わっていないのだろう。監督はそれが野蛮と言いたいのではない。むしろこの映画の父はごくまともで、そういう人格でなければ島で何世代も暮らして行くことが出来ないことを言っている。
 タイトルの『父』は日本向けにわかりやすくつけ加えられた。『パードレ・パドローネ』は語呂合わせを思わせるが、それは正しい。この映画はサルディーニャの内陸部から出た若者ガヴィーノ・レッダが言葉の達人になって書いた本『ある羊飼いの教育』に基づいている。また映画の中でこのパードレとパドローネのふたつの言葉は象徴的に発せられる。それは前述のタバコを吸う男が殺された後、若い男たちがその葬式を上げるために棺を担いで教会に向かう際に交わされる会話の中だ。10人ほどの男は棺の下の白い幕に覆われた内部でドイツに働きに行くことを言い合う。ここで書いておくと、この映画の冒頭に赤いジャケットを着た35歳のガヴィーノ自身が登場する。そして自分が5歳であった頃を回想するところから俳優が演じる。彼は小学校で学び始めるが、すぐに父親が義務教育など不要と言って彼を退学させる。そして羊番をさせるが、それが15年続く。ひとりで荒野の番小屋で寝起きすることが多く、最初は恐怖でいっぱいであるし、乳を搾っても容器の中に糞をされる。そのようにして15年も過ごせば逞しくなるが、一方で島にないものには敏感で、知識には飢えている。だが、父にすればそんなものは生活には不要なのだ。少年たちが性欲の高まりからロバや鶏と性交する場面がある。その様子を遠巻きに眺める父はすぐに家に戻って妻とベッドに横たわる。その場面での夫婦は衣服を脱ぐのももどかしく、まるで獣だが、人間も獣であることを島で暮らしていれば実感するのだろう。それは野蛮ではなく、むしろ健康で、D.H.ロレンスが理想としたことだ。話を戻すと、棺を担ぐ10人ほどが性の話をする。20になっても女性を知らず、淫売宿で初めて女とやったが、二本足で尻尾がなかっただけと言う男がいる。こういう言葉や行為は葬式の場面でも映るカトリックの信仰からすれば許されることではないのだろうが、現実はどの国でも同じだ。性の欲求をどうにか穏便に処理しないことには、人殺しなどに発展することがある。さて、無学文盲で20歳になったガヴィーノだが、それなりに父を騙す知恵もついている。ある日、アコーディンを奏でながら村にやって来た若者ふたりがいた。ガヴィーノはその楽器にたちまち魅せられ、オンボロのもう1台を子羊2匹と交換する。アコーディンを野腹に隠し、強盗に遭って羊が奪われたと嘘をつく。どうにか父の目をごまかせたガヴィーノはやがてアコーディオンの達人になる。独学でも耳がよかったのだ。その後音楽に目覚めるのかと思うとそうではない。先に書いた葬式の際、若者たちはみなドイツに行って働くと言う。無口なガヴィーノだが、自分も行くと主張する。映画製作の77年で彼は35歳であるから、20歳では62年となる。
 2,3か月前に見たのにまだこのカテゴリーに感想を書いていない作品にファスビンダーの『出稼ぎ野郎』がある。その原題はイタリアからの出稼ぎを侮蔑した言葉が充てられているが、60年代から70年代のドイツではイタリアからの貧しい出稼ぎ人が差別され、いろいろと問題になっていたことがわかる。そのことをイタリア側から多少描いたのがこの『父』だ。イタリアといっても広いので、ファスビンダーの作品を見ながらいったいどこから来たのかと思ったが、どうやらサルディーニャ島出が多かったのだろう。こうした外国への出稼ぎや移民はどの国でもある。日本もハワイやブラジルによく行ったものだ。また反対に外国から稼ぎにやって来る人も多い。だがあまり映画に描かれないようで、それは差別に鈍感、あるいが見て見ぬ振りをする国民性でもあろう。まして70年代初頭のサルディーニャからドイツへの出稼ぎなど、ほとんどの日本人は興味も知識もない。それはさておき、『父』では村からドイツに行った連中のことは描かない。ガヴィーノは自分の名前さえ書けないので、出入国管理局のような場所で書類に十字を記せと言われるが、父がドイツ行きを書類上に許可したとばかり思っていたのに、その署名がなく、出国が認められないことを告げられて島に戻る。だが、島にいては名前では呼ばれない羊飼いのまま一生を終える。また先の葬儀の話に戻ると、棺を担ぐ10人ほどは、お互い誰もが誰それの羊飼いといった呼び方しかされず、本当の名前で呼ばれないことを言い合う。ところが外国に出稼ぎに行くと自分の名前で呼ばれるはずで、みんな島を出たいと思っている。日本でも東北の人たちは東京に出なければ仕事がなく、東京で暮らすことを半ば当然のように思っている。だがイタリア本土では仕事らしきものがなく、サルディーニャからは労働力が不足しているドイツまで行かねばならない。言葉の壁があるので、どうせ肉体労働や単純作業だ。それでも現金収入があるから島で暮らすよりかはいい。棺を担ぐひとりが、『おれはパードレ(父)から名前で呼ばれる。父はパドローネだから』といったように言う。これは父が絶対的な力を息子に対して所有していて、息子を召使のようにこき使うことを意味している。それは、羊を飼うかオリーヴを育てるかしかない、数千年変わらずに続けて来た生活をこれからも維持して行くのに必要なことだ。都会に比べると自給自足出来るが、洋服やそのほか、現金で買わねばならないものがある。そのために羊の乳を搾り、羊毛を刈って売る。だが文明から取り残されたようなそんな生活から逃げ出したい若者がいるのは当然で、そのために義務教育を受けて最低限の教養を身につける。
 父に引っ張られて教室から出て行くガヴィーノを同級生たちは笑うが、父は引き返してみんなに怒鳴る。『息子の姿は明日のお前らだ』と一喝するのだが、そこには島に生まれた者は島から生涯逃れられないのだという自信がある。それは島が一番であると思っているからでもあるし、また外の世界を見てもどこも同じだという達観でもある。若者が一時的に島の暮らしを嫌悪しても、結局は戻って来るということでもあるのだろう。それは『ストロンボリ 神の土地』にもあった。アメリカに移住したが、老齢になってシチリアに戻って来てそこで死ぬという老人が登場していた。息子世代はこの時代遅れのようなガヴィーノの考えに反発するが、心のどこかでそれが正しいことを直観もしていて、教室に怒鳴り込んで来たガヴィーノの父の姿に児童たちは自分のことのように震え上がる。若者が島を出る傾向は戦後はますます顕著になったはずだ。ラジオなどによって外の世界にどれほど輝かしいものがたくさんあるかを知ってしまう。今の北朝鮮を思えばよい。だが、北朝鮮の人々の中にはきらびやかな文明社会にはないものが自分の国にあるとも思っているだろう。身贔屓と言うか、自分の生まれた場所を愛する思いがある。あるいはそれを呪っていても、その呪縛に捉えられて生涯忘れない。ドイツ行きが不可能となったガヴィーノを見て父は軍隊に入り、そこでラジオの技術を学ぶことを薦める。そこで小学生程度の教育は身につく。自分に似てきっと頭はいいはずだとも言うが、5×5を30と答えるガヴィーノだ。
 彼は本土の言葉がわからず、軍隊に入ってラジオの組み立てを学んでもさっぱり理解出来ない。その場面は胸が痛む。そのような場面に挫折して島に戻る者は多かったであろう。だがガヴィーノは違った。アコーディオンを独学で習得したほどの熱心さを持っている。それは5歳から15年もほとんどひとりで羊を扱って来たことによる知力の賜物だ。おそらくそういう自然の中での学習こそが義務教育よりも有効であることを父は知っていたのだ。そしてその気になればすぐに人並みの学力は身につくと考えたのだ。だが、サルディーニャのひどい訛りは軍隊では全く通用しない。ガヴィーノはまずは言葉から学ばねばならない。これは英語をさっぱり理解しない日本人がアメリカに移住することを思えばよい。ガヴィーノは同僚のチェザーレという都会出の男から、まずは言葉から学ばねばならないことを助言される。その場面は印象的であった。場所はピサだ。有名な斜塔の上から地面を失望しながら見下ろすガヴィーノに対して、50メートルほど先のエディコラの前まで目隠しして辿り着ければ標準語を教えようと言われる。ガヴィーノは「エディコラは何か』と問うと、チェザーレは「駅の売店もガヴィーノと言うが、凹んだ場所はみなそう呼ぶ」と答える。チェザーレが示したエディコラはマリアと使徒像を収めた壁龕だ。それが頭上高くあるその下の扉まで行けと言うのだが、扉の両側に黄色い花咲くミモザがある。ガヴィーノはその匂いを頼りに辿り着く。島で育ったおかげで嗅覚が発達していたのだろう。チェザーレから辞書を与えられ、ガヴィーノは狂ったように単語を暗記する。Pから始まる単語が次々に唱えられる。その中にパードレもパドローネも出て来る。勉強熱心なガヴィーノは見事にラジオの組み立て試験に合格する。そして学ぶことに強い興味を覚えてラテン語やギリシア語まで習得し、サルディーニャの言語についての論文を書こうとする。村に帰って来て学位を取ろうとするが、父は働かざる者食うべからずと主張し、ガヴィーノに勉強させない。親子喧嘩が暴力沙汰に発展するが、かつての弱いガヴィーノではない。だが父は眠っている息子を殺しかねない。それを察してガヴィーノはその夜に島を出て本土に向かう。そして学位を取り、この映画の元となった本を書く。映画の最後でまた彼自身が登場する。島で暮らしてはいるが、寒い冬は耐えられないなどと言い、こう続ける。「島に残るのは単なる身勝手な打算かもしれない。不安なのだ。自分の古巣や同胞や匂いを離れる不安、昔番小屋で知った沈黙の不安、囲いに閉じこもってしまう不安だ。」この括弧内の言葉は後半が理解しにくい。古巣を離れたくないというのはわかる。続く「沈黙や閉じこもる不安」は、それがいやなら本土に行くべきではないか。ということは、番小屋の沈黙や閉じこもる不安を手放したくないということか。最後の場面は荒野に背を向けてさびしげに座るガヴィーノの姿だ。それは彼の父や祖先がして来たのと同じ姿であろう。ガヴィーノは自分に暴力を振るった以外、父の言ったことは正しかったと肯定する。サルディーニャで20歳まで無学文盲であった青年が言語学者になるという事実は、サルディーニャのような僻地でも人間は劣っていないことを証明する。むしろ都会育ちの大学生の方が何ひとつ知らない。この映画は音楽がとても効果的に使われている。アコーディオンに目覚める場面もそうだが、葬儀の際の聖歌や島の民謡もだ。それにどういう理由からか、ヨハン・シュトラウスⅡの「こうもり」が何度か流れる。そのオペラはこの映画とは何の関係もないように思うが。
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by uuuzen | 2012-12-19 23:59 | ●その他の映画など | Comments(0)


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