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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●今年の紅葉、酬恩庵一休寺、その3
印ではなく落胤と書けば、鋭い人は筆者が今から何について書くかがわかる。アニメの一休さんがTVで放送されていたのは70年代半ばであったと思う。もう少し前かも知れないが60年代ではないだろう。



●今年の紅葉、酬恩庵一休寺、その3_d0053294_12155661.jpg
何度も放送しているので80年代生まれの筆者の息子でもその主題歌を知っている。筆者が大阪の会社を辞め、半年ほどぶらぶらしていた頃、京都の従姉の家のすぐ近くに友禅師がいるので見学するかと言われた。2,3か月して行ったと思うが、本を読んだり、また西京極にあった友禅の工程を見学させる施設に行ったりして基本的な知識を仕入れてからだ。手先が器用であることには自信があったが、全く知らない世界にいいなり飛び込むことは無謀であるし、また失礼でもある、それで準備が必要と思った。それはともかく、面接して来てほしいと言われ、単身引っ越しをした。ま、それもいいとして、仕事を学び始めてから半年か1年か忘れたが、かなり月日が経った頃、一休和尚の話になった。なぜなったかと言えば、師匠小さな娘が一休さんのアニメが好きで、それを師匠は一緒に見ていて、毎回登場する頓智の面白さを話題にしたからだ。師匠は一休があれほど有名な坊主になったのは、天皇の子どもであるからだと言った。その時、初めてそのことを知った。天皇の落胤かどうかは確証がないが、そのように書かれている史料があり、確実視されている。その話を聞いた時、いつの時代でも血筋がものを言うのだなと思った。前にも書いたが、今でも天皇を崇拝する若者は大勢いる。それは大方は自分が名のない家柄か卑しい血筋と思っている人が多いのではないか。あるいは元華族といった連中か。先日懇意にしている表具師と話をした時、その人は宸翰など全く面白くないと言い放った。手本どおりに書いたような無個性の書だというのだ。良寛や仙厓の書が面白いという向きにはそうだろう。また現在、一般家庭で宸翰など飾って似合う家庭があるはずがない。あるとすれば元華族か、自分の血筋を本当は恥じるような連中だろう。宸翰を所有しているということで自分の地位が天皇ほどに絶対的なものであるとの自惚れが満たされる。それはいいとして、その人と一休の書についての話にもなった。一休の書は割合市場に出て来るという。だが14世紀末生まれの人で、99パーセントは贋物だろう。その人が言うには、それはそうかもしれないが、誰もこれが真筆とは断言出来ないとのことだ。真贋判定は100人いて100人とも意見が一致するのは珍しいかもしれない。禅僧の書はだいたいにおいて荒っぽいのが特徴だが、時としてこれはかなり調子が外れているなと思うものもある。何しろ一発勝負でしかも猛烈な速度で書くのであるから、あちこちバランスが崩れてもそれが味と贔屓目に見る。その贔屓目があまりに出来上がりが酷い場合は、やはり贋作であると烙印を押すほかないが、それでもそれは人によって判断が違う。
●今年の紅葉、酬恩庵一休寺、その3_d0053294_182388.jpg 一休の書の真贋判定が難しいのは、由来がはっきりしていない場合だ。一休寺や大徳寺にずっとあったものならばその心配はないが、頼まれればあちこち書き散らすのが禅僧で、今なお市場に出るものは当然ある。個人所有の場合、その人が死ねばまた別の人が所有する。その移動があることによって美術商は飯が食える。由来が明確でないとしても印章や落款が正しければ真筆かどうかはわかる。だが、一休は印章を絶えず使用したであろうか。たぶんそうではなかったはずだ。とすれば署名の癖で判断するしかない。それは当然書全体が醸し出すものも考慮しての話だ。そして一方には一休の書を見慣れた専門家が、一休の気迫とでもいったものを把握していて、それと共鳴しない書は贋作として退ける。ここで考えてしまうことは、一休の書の気迫がそのような気迫を持たない凡人に本当にわかるかどうかだ。それは昔からイエスとされてい来ている。そうしておかなければ専門家には具合が悪いからだ。それはひとまずおいて、一休のような精神性は現代では誰も持ちようがないかどうか。その精神性は残されている肖像画や書からしかうかがえない。これが面白くもありやっかいでもある。一休の似顔絵とでも言ってよいいくつかの顔には共通点がある。それはそうだろう。生前描かれたものならば顔の特徴が出ている。筆者が最初に一休のむさ苦しいとしか言いようのない顔を見た時、似た顔の男は今でもごろごろいると思った。そして、どこが精神が気高いのかわからなかった。どちらかと言えば下品な顔で、お笑い芸人にいそうだ。それがなぜ坊主を代表するほどに有名なのか。先に書いたように天皇の落胤という後光のせいか。その先入観の大きさは確かにあるだろう。だが、やはりどのように生きたかであって、生前から慕う人が多かったためだ。破天荒というのがぴたりだが、だいたい禅僧はみなそんなところがある。あくの強さ、眼力の鋭さ、威圧感、そういったものが並み外れて大きく、問答無用、理屈抜きで周囲を圧倒したように思う。悪く言えば暴力団のボスだ。上に立つ者にはみな共通した迫力がある。一休寺には小さな宝物館があって、そこに一休の書が数点あった。思ったとおりのもので、几帳面に字の大きさや配列が整っているというものとは正反対だ。きれいに見せようという思いがない。檀家のための法度であったか、ざざっと読むとこれを犯す者は寺から出よといったことが書かれていた。ま、当然のことだが、寺を思いどおりの規律で守り通す覚悟があった。受付でもらったパンフレットを読むと、酬恩庵は恩に酬いるで、その恩とは中国で臨済禅を学び、帰朝後にこの寺域に禅道場を開いた大應国師に対するものだ。道場はその後戦火で燃えてしまい、国師から数えて六代に当たる一休が復興した。続いて沿革から引くと、「禅師はここで後半の生涯を送り八十一歳で大徳寺住職となった時もこの寺から通われたのであり、文明十三(一四八三)年十一月二十一日八十八才の高齢を以って当時において示寂され遺骨は当所に葬られたのである」とあるが、その後も荒廃し、方丈は十七世紀半ばに再建されている。その際狩野探幽が障壁画を描いた。この寺から大徳寺まで徒歩でどれほど時間がかかるだろう。真北に約25キロであるから、5,6時間といったところか。
●今年の紅葉、酬恩庵一休寺、その3_d0053294_19687.jpg 一休時代のもので残っているのは御廟所で、これはその背後を方丈庭園から臨むばかりで、その正面に立つことは許されなかった。あるいはそうではないかもしれないが、順路の標識にしたがって歩けばその前には進めないようになっていた。この御廟所背面は今日最初に載せるパノラマ写真によく見える。この写真は方丈の南を向いて撮ったもので、4枚つながりで加工しているが、その左から2枚目の右端に見えるのがそれだ。この写真は昨日最後に掲げた写真の続きだ。歩を進めて庭全景が見える場所に立って撮った。背後奥正面は一休の木像を安置する。それが庭やその向こうの御廟所を見つめている格好だ。また像をデジタルで復元された障壁画が取り囲む。この方丈内部は撮影禁止の札が出ていなかった。複製の障壁画であるのでかまわないということだろう。また一休の木像にカメラを向けるのは恐れもあるが、撮影してもどうせ薄暗くてわからないという思いと、パンフレットには間近で撮った明瞭な写真が出ているためであろう。今日掲げる縦長写真の最初は方丈内部だ。最初の横長写真をもう少し説明をしておくと、左端にベージュ色の土塀が見える。これは参道だ。右2枚目中央あたりに受付があって、そこを右に曲がってまた参道が続く。それが右2,3枚目の緑色の垣根の向こう側だ。縦長写真の2枚目は方丈の東側の廊下に立って撮った。十六羅漢の遊戯を擬したものとされるが、点在する岩がそれで、同じ趣向は他の寺でも見かける。土塀の向こうは参道だ。最後の横長写真は方丈の北面の蓬莱庭園で、パンフレットの見開きに大きく写真が載る。この庭は思ったほど大きくなく、苔などの手入れが見事に行き届いていて見応えがある。庭は松花堂昭乗や石川丈山らが作ったとされる。パンフレットによると、一休は生前に自分の等身大の木像を彫らせ、頭髪と鬚を自分のものを使用させた。一休の頂相で筆者が真っ先に思い出すのは東京国立博物館にあるもので、それとほとんど同じ向き、表情をしたものに全身を描いたものがあって、パンフレットに印刷されている。曽我蛇足の作とされているもので重文だ。これは宝物館で見ることが出来る。本物の髪や鬚を埋め込んだ木像やこれらの頂相から一休の風貌はかなり正確に伝わるはずだが、これほど生々しい表情は珍しい。あまりに人間臭いと言えばよいか、であるから一休さんと言って親しまれ、アニメにもなったのだろう。だがこの親しさは誰に対しても慈悲深いといった優しさではなく、好悪のはっきりとしたエネルギッシュなもので、俗を存分に知りながら、聖も俗も超えていたと思わせる。また、恩に酬いるというのがいい。その心を後世の人が尊いと思うからこそ、荒廃しても再建されて来た。
●今年の紅葉、酬恩庵一休寺、その3_d0053294_12170873.jpg

by uuuzen | 2012-12-09 22:59 | ●新・嵐山だより
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