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●『ストロンボリ 神の土地』
淫を犯したことになるのだろう。夫と子がありながらイングリッド・バーグマンはロベルト・ロッセリーニ監督のもとに走った。去られた夫にとってはたまったものではないが、何せ世界を代表する女優と監督だ。



●『ストロンボリ 神の土地』_d0053294_062679.jpgそんな話も様になり、バーグマンの元夫が憐れといった話は聞かない。バーグマンは名作に出演し続けることを望んだ。俳優はそういうものだろう。自分の栄光をさらに輝かしいものにしてくれるのは監督しかいない。ハリウッドでの扱われ方と結婚生活に不満を感じていた彼女は、イタリア語は話せないが使ってみる気はないかとロッセリーニに手紙を書いた。このカテゴリーで春夏に取り上げた『無防備都市』『戦火のかなた』を見てのことだ。ロッセリーニはバーグマンより9歳年長だ。1915年生まれのバーグマンがイタリアに行ったのは49年か。当時34でまだ美しい盛りだ。早速ロッセリーニは彼女を主役にしてまず『ストロンボリ』を撮った。その後バーグマンは彼との間に4人の子をもうけ、またアメリカの夫とは50年に離婚が成立した。バーグマンがロッセリーニに走ったことをアメリカは許さなかった。ロッセリーニとの生活はやがて破綻し、離婚、56年に彼女はまたハリウッドに戻るが、ロッセリーニと撮った6つの作品ではこの映画が一番よいとされる。最後の作品『火刑台上のジャンヌ・ダルク』は数か月前にDVDを図書館で借りて見た。画質は悪いのが残念だが、オネゲルのオラトリオに、当時としては実験的なカラー映像の技術を駆使したもので面白かった。その感想を書こうと思いながら、オネゲルの同曲のCDをまだ購入していない。ロッセリーニのバーグマンを起用した作品が興業的に失敗したのは、『火刑台上のジャンヌ・ダルク』を見ればよくわかる。ハリウッドではまず絶対に作らないタイプの映画だ。だが、ロッセリーニが彼女をジャンヌ・ダルク役に仕立てたのは理由がある。イタリアに来る直前にハリウッドでジャンヌ・ダルクを演じたからだ。ロッセリーニは彼女をもう一度聖女にして別れるつもりであったのではないか。それはいいとして、ほかの4作が駄作であるのかどうかはこの目で確認しなければならない。『カサブランカ』を代表作として見れば、ロッセリーニと組んだ作品は毛並が違い過ぎる。『ストロンボリ』もそうだ。だが、筆者はとても面白く見た。彼女がロッセリーニのもとに走ったのは正しかったと思う。
筆者がバーグマンの演技で真っ先に思い浮かべるのは『カサブランカ』の最後の有名な場面だ。ふたりの男の間でバーグマンは揺れる女心を顔の表情だけであますところなく見せる。それはたいていの男にとってクラクラする魅力に溢れ、また女心の怖さも知る。本能で動くと言えばいいか、男への思いによってすべてを捨てる決意だ。『理性より本能が上回る』と言えば動物的で見苦しい印象があるが、バーグマンのような知的な美女が男にそういう表情を見せると、男は光る。また光らねばならないという勇気がたちまち湧く。この女と男の最も激しい意志といった事柄にバーグマンのイメージはまとわりついている。「アメリカの聖女」と呼ばれているのはもっともなことだ。バーグマンはスウェーデンとドイツの混血だ。北欧っぽい顔つきは見てのとおりだ。身長は175センチもあり、また渡米した時は肉づきもよかったので牝牛のように思われたそうだが、これはよくわかる。一番美しい時は『カサブランカ』の頃と思うが、『ストロンボリ』では体つきから顔のアップまで、あますところなく美貌をさらけ出していて、ロッセリーニの胸躍る心がどの画面からも見える。この映画でバーグマンはたちまちイタリア語をたくさん駆使している。わずかに英語を話す場面もあるが、リトアニア生まれという設定ながら、その国の言葉は話さなかった。映画では20年生まれとの設定だ。実際より5歳若い。34歳のはずが29だ。それは少し苦しいが、48年のしかも難民という役柄であるので苦労が滲み出ていると思えばよい。イタリアの難民キャンプに、戦争で避難して来た各国の女性が大勢集められている。バーグマンはカーリン・ヨルソンという名前で、戦争で夫を亡くし、その後ドイツの将校にもかわいがられたが、その男とも別れた。そのような女性は当時たくさんいたのであろう。リトアニア出身の設定が面白い。同国は北欧に属するから、バーグマンが生まれたと言っても違和感を覚えない。リトアニアは戦後ソヴィエトの一国に組み入れられるが、カーリンはそんなはかない国の命運を宿していたと観客はまず思う。さて、カーリンはアルゼンチンに行きたいが、書類の不備からそれがかなわないことを予想している。一方、鉄条網の外にイタリアの兵士がたむろし、難民の女性に色目を使っている。アルゼンチン行きが無理ならそんな兵士のひとりと結婚してイタリアに住めばいい。カーリンは言い寄る若い男に身を任せることにし、キャンプ内で結婚式を挙げ、ほかの女性たちに祝福されて花束とトランク一個を携えて男の故郷に行く。美しい島で家もあるという男の言葉に夢を描いたのだ。イタリア半島の長靴の先まで列車で行き、そこから船に乗って対岸のメッシーナにわたり、そして小さな島に行く。火山島で、その名前がストロンボリだ。溶岩だらけのごつごつした島は、先日取り上げた『情事』を思い出させる。同じ島かどうか知らないが、どちらもシチリアだ。ミケランジェロ・アントニオーニはロッセリーニのこの映画をよく知りながら、あえて島を舞台にしたのだろうか。それはいいとして、カリーンは島に着くなり険しい顔をする。騙されたと思ったのだ。美しい島は、人が住めないような危険に溢れ、また島の人でさえも移住のために出て行く。残っているのは老人など、閉鎖的な人たちばかりだ。また、いつ噴火するかわからず、数十年前にもあった。噴火すれば溶岩で家を失うこともよくある。それでも島の人たちはまた土を掘り起こして元通りにする。生活の基盤は島に3隻しかない船を使っての漁業だ。これは仕事がある日ばかりとは限らない。貧しい島だ。この映画を新藤兼人監督が見て『裸の島』を撮ったのかとも思う。
 夫はエルヴィス・プレスリーに似た雰囲気の顔で、プレスリーにはイタリアの血が流れていることを想像させる。もうひとり若い男がカーリンらと一緒にストロンボリに帰った。灯台守りだ。ほかに島の神父が重要な役として登場する。この男3人とカーリンを巡る物語だ。島の住民がたくさん登場するが、みな実際の島民だ。さて、映画の最初にイザヤ書の65章のⅠが映し出される。そして映画の最後は神を讃えるカーリンの叫びだ。そのため、この映画はキリスト教のある程度の知識が必要かと思わせられる。それは神父が島民の悩みをよく知っているという設定や、カーリンがしばしば神への冒涜の言葉を吐くこと、また夫は母やその前の世代から受け継いだ聖母マリアの肖像画を大事に飾っていることからも言える。溶岩まみれの危険な島であるのに、人々はそこを離れない。どんな危険な目に遭ってもまた戻って来て暮らす。アメリカに行った切りではなく、向こうで金を稼ぎ、老人になれば島に戻って来て死ぬという人たちも登場する。生まれた土地を愛する思いで、そこには信仰が介在している。このことを最初カーリンはわからない。ところが最後では理解することをロッセリーニは言いたかったのかもしれない。となればキリスト教礼賛の宗教映画になりそうだが、そう見てもいいだろう。話は変わるが、火山島という設定に聖書のロトの妻の物語を思い出した。ロトは性的に乱れたソドムを後にして難を逃れるが、妻に振り返ってはならないと言い聞かせたのに、妻は振り向く。そして塩の柱となって死んでしまう。これは溶岩で死んだと解釈していいのだろうが、現代で言えば、火事などの災難を思えばよい。危険から早く遠ざかるべきであるのに、大事なものを忘れたのか、それに心を奪われ、逃げ遅れたのだ。去年の津波を思い起こしてもよい。命が何より大切であるのに、それより大事なものがあると思う人間の悲しさだ。カーリンをロトの妻とみなせるか。カーリンは厳しい生活に耐えられず、島を離れたいと考える。だが夫はわずかな金しか持ってしない。神父に悩みを相談しに行くと、祈ってあげることしか出来ないとつれないことを言われる。この神父との場面は重要だ。カーリンは色気を振り撒いて神父から島から逃げ出す金を得ようとする。まるで夜の女のような媚だ。そこに女の浅はかさと怖さを見る。それを見事にバーグマンは演じる。聖女と呼ばれた彼女だが、それは一流の娼婦でもあるという思いが込められているのではないか。ともかく、典型的な、また男にとっては理想的な女だ。そんな女優が今いるだろうか。神父はカーリンの迫りをさらりとかわす。そのことをカーリンは罵る。
次にカーリンが考えたのは、灯台守りと一緒に逃げることだ。まず自分ひとりで火山を越えて向こう側に行き、そこから本土にわたる船に乗ろうと計画する。その前に書いておくと、カーリンは神父に言われたとおり、島に暮らし始めてすぐ、夫との古い荒れた家をきれいにする。部屋の壁に絵を描き、おおきなうちわサボテンを部屋の中に入れたりする。またワンピースのほころびをミシンで縫ってもらうためにある女の家に行く。カーリンは知らなかったが、そこは売春婦の家だ。カーリンは島の男たちから売春すると勘違いされる。島の事情がわからないカーリンは、やることがすべて島の人たちの神経を逆なでする。カーリンが壁画を描く場面は面白い。バーグマンはなかなか筆さばきが達者だ。この映画はバーグマンの肉体のラインをよく見せるように仕組まれていて、全体に薄着な様子はエロティックさを漂わせる。スカートを膝の上までたくし上げて海の中に入る場面もある。オードリー・ヘップバーンの映画でも体のラインがすっかり見え、ほとんど裸同然の姿を想像させるものがある。女優がセックス・シンボルであるのは古今東西変わらない。聖女とされるバーグマンであっても、いやそうであるからこそ、なおさら世の男たちは彼女の裸を想像する。この映画では売春婦の家から出て来たところ、島の男たちが彼女に迫り、まるで飛びかからんばかりのぎらつきを見せる場面がある。そこに夫が割って入って事なきを得るが、『情事』でもモニカはシチリアの男たちからじろじろと見つめられるシーンがあった。バーグマンのような美女が島にいれば、そうなっても当然だろう。島を出たいというカーリンを、ついに夫は扉を釘で打ちつけて閉じ込める。身寄りのない薄幸なカーリンだが、文明社会に慣れ親しんだ身からは、とても島の生活が我慢出来ない。ロッセリーニはバーグマンの我慢を品定めするために、あえて最初にこの映画を撮ったという解釈は間違っているだろうか。ロッセリーニにすればイタリアを見せたかったのだろう。それに今までの作品の流れからは、戦争難民を描くことは理にかなっている。そんな状態の女性でなければ誰が好んでストロンボリに住むだろうか。その点で言えば、この映画は戦後日本の農村を思い起こさせるが、道路でくまなくつながった日本の文化的な農村とは違って、ストロンボリは三宅島の比ではないほどの苛酷な活火山島だ。
 話が前後するが、イザヤ書第65章Ⅰは、『わたしは問わなかった者たちに訊ねられ、捜さなかった者たちに見つけられた。わたしは呼び求めなかった国民に「わたしはここにいる」と言った』という内容で、これは島の人たちに対するカーリン言葉と解せばよい。つまり、カーリンは島の人たちから疎まれているが、島に残ることを決意するという読み取りだ。島から出たいカーリンが島に残るだろうか。この映画は最後近くで意外な展開をする。その前に島の男たち総出による漁業の様子がある。マグロ漁だ。カーリンの夫は妻が島の住民から嫌われているために水揚げの分け前が少ないことを妻にこぼすが、マグロ漁では大きく稼げると話す。期待どおりに大漁で、この場面はドキュメンタリー映像として圧倒的な力を表現している。日本のマグロ漁と違って、島の伝統的な漁法なのだろう。予想どおりに夫は札束を持ち帰る。ところがある日火山が噴火し、島民全員が船に乗って島を離れる。燃えた岩があちこちに降り注ぎ、その合間を縫って逃げ惑うカーリンらで、ポンペイが噴火で全滅したことを思い起こさせる。イタリアは古代から全く変わっていない自然がある。ハリウッドとは違うそういう部分をロッセリーニはバーグマンに、そして世界に見せたかったのかもしれない。燃える火山弾が地面に降り注ぐ場面はどのように撮影したのか、迫力満点だ。マグロ漁についでこの場面は、この映画を並みの人間ドラマのレベルから大きく引き離している。幸いにも家が燃えなかったので、カーリンと夫は島に戻るが、これ以上我慢出来ないと思ったカーリンは島に来た時と同じ衣装を着て山を越えようとする。灯台守りに扉をこじ開けてもらったのだ。カーリンは夫が稼いだ札束をバッグに入れ、ひとり旅行者気分で山を登る。灯台守りとは後で落ち合う計画だ。登山し始めたもののすぐに疲れ果て、トランクやバッグを捨ててしまう。有毒ガスにむせびながら、急峻な坂を上り、ついに火口が見えるところに着くが、もはや動けない。死にたいと叫ぶがその勇気もない。そのままそこで一夜を明かす。朝目覚め、天気がよく、気分も蘇っている。お腹の中には赤ん坊が宿っている。カーリンは噴火口の向こうまで行き、予定どおりに島を離れるだろうか。神への感謝の言葉を叫ぶところで終わるので、おそらく夫のもとに戻るのだろう。そうなれば灯台守りとの約束はどうなるか。行くも帰るも地獄だ。これはそのままバーグマンの当時の様子を暗示しているように思う。実際彼女はこの映画を撮った時に妊娠していたかもしれない。苛酷な撮影であったはずで、ハリウッド時代とは全く違ったであろう。違うことを経験し、バーグマンは大きくなった。汚れ役をこの映画のように出来る女優は少ないのではないか。
by uuuzen | 2012-12-02 23:59 | ●その他の映画など
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時々ドキドキよき予告

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