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●『旅情』
路でヴェネツィアに入る。これは行ったことのある人にとってはあたりまえなのだろうが、海に浮かぶ都市であるので、船で行くのか、あるいは関空のように飛行場が海上にあるのか、ともかく列車で街に入るとはあまり考えなかった。



今日は先月TVで見た『旅情』を取り上げる。この映画は最初に主人公の女性が列車でヴェネツィア入りする場面で、最後は出会った男性に見送られながら列車でヴェネツィアを去る。それでヴェネツィアにはそのようにして列車を使って訪れることを初めて知った。これは今でもそうなのだろうか。ヴェネツィアを描いた映画やTV番組はたくさんあるが、どのようにして街に入るのかを描いたものは見たことがない。9月に京都文化博物館で開催中であった『ヴェネツィア展』が終わった。去年名古屋で見たが、もう一度見てもいいかと思いながら行かなかった。会期中、同館に何度か訪れては、チケット売り場の前の床に貼りつけてあったヴェネツィアの大きな航空写真をわざわざ踏みしめた。いつか本当にヴェネツィアに立つことがあるかと思いながらであったが、『旅情』を見て、実際に行かなくても堪能した。映像と実際に訪れるのとでは全然違うのはわかるが、観光名所を見たいのであれば、絵はがきでもいい。筆者がヴェネツィアに行けば、些細なものに目を留めるだろう。それは個人の楽しみであって、こうした映画、あるいはTVでの街の紹介となれば、動く絵はがきといった美しいものを見せる撮影でなければ観光局も許可しないだろうし、また映像を見る人も満足しない。その意味で全編ヴェネツィア・ロケを敢行した『慕情』は、全く動く絵はがき的な作品で、それこそ旅情をそそるものに仕上がっている。だが、筆者はあまりそう感じなかった。製作された1955年当時は、ヴェネツィアの名所をあたかも訪れたかのように思わせる点で大いに意義があったが、この半世紀の間にヴェネツィアに関する情報が溢れたので、今さらこの映画で旅情もない。だが、前述の『ヴェネツィア展』でも街入りするのに鉄道が便利であるといったことはわからず、迷路のような街路もさっぱり実感が湧かない。2年ほど前、TV番組でヴェネツィアの、人がひとりしか通れないような細い道を歩くものがあった。それがとても印象的であったのは、観光気分に浸らせるこうした映画ではまず登場しない場所であるからで、それほどにこの半世紀でヴェネツィアの重箱の隅をほじくるような映像が増加した。昨日書いた『情事』のアントニオーニ監督はおそらくこの映画を見たはずで、その観光案内的な部分に反旗を翻すとともに同調もしたために、シチリア島やその周辺をロケしたのではないだろうか。ヴェネツィアやローマ、ミラノといった都市に比べ、今でも南イタリアはまだまだ観光地にはなっていない。特に日本ではそうではないか。イタリアの南北問題というのがあって、南は北より貧しい。そのためシチリアの人たちはアメリカにわたりアル・カポネのようなギャングになるか、シナトラのような芸能人になった。
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 昨夜の続きになるが、クラウディアが島の男性たちに取り囲まれ、無言で見つめられる場面は、それほどに仕事がない貧しい島の状況を示している。そういうことはイタリア人ならば説明しなくてもわかるし、また他国には知ってもらう必要のない事情だが、アントニオーニがあえてそういう場面を挿入したのは、南北格差の問題をさりげなく表現するためで、また『旅情』のような一種能天気な観光気分的作品に対する抗議の意味もあるだろう。確かにヴェネツィアは素晴らしいが、シチリアも捨てたものではないという思いだ。それに『情事』で見せられる風景は荒涼としてはいるが、それこそがイタリアという感じがして、立派な観光地と思える。であるから、サンドロ一行はヨットで同地に行った。サンドロとクラウディアが語る場面であったか、その背後にサヴィニャックが描いたかのような、シチリア観光を宣伝する小さなポスターが見えた。それは別段写し込む必要のないものだが、割合しつこく映っていたのは、おそらくアントニーニは『慕情』に倣って美しいシチリアを見てもらいたかったのだろう。『情事』はその点では『慕情』とつながっているが、男女の関係をきれい事のように捉えない。この「きれい事」は「道徳的」と言い換えてよい。『情事』はカトリックからすれば黙認出来ない場面があったが、『旅情』は昔風に言えば「文部省選定」もので、『情事』のように性に開放的な物語ではない。ただし、イタリアが舞台なので、きれいな女と見れば言い寄ることが礼儀と思っているイタリア男が登場する。その男性と、アメリカからひとり旅で訪れた女性との束の間のロマンスを描きながら、ふたりがベッドインするといったことにはならない。この点はここ数十年の日本の若い女性からは考えられない貞淑さと言うべきかもしれない。20代の日本女性がイギリスやイタリアをひとりで、あるいは数人の女性と旅すると、それこそ旅の恥はかき捨てとばかりに言い寄る男に身を委ねる場合が少なくないだろう。イギリスのある美術館の監視員が閉館間際の館内で日本の若い女性と見ると声をかけてセックスを求めると、ほとんどがトイレに誘い込めることが出来るという話を、その監視員を知る男性から聞いたことがある。わからなければ何をしてもよいというのが現代だ。それから見れば『旅情』の主人公ジェインはあまりに時代遅れの人物に見える。だが、1955年の製作であり、イギリス映画だ。時代と国を考えると、『旅情』の結末は納得が行く。『旅情』はその題名だけは10代から知っていた。ラヴ・ロマンスでも悲しい方かと思っていたが、最初のタイトルバックを見ただけで様子が違うことがわかった。デュフィが描いたかのような色彩とタッチの絵を用い、背後に流れる音楽も明るい。そのタイトルバックを撮影した2枚を載せる。55年と言えば筆者が4歳だ。それがこの映画は昨日撮ったかのような鮮烈な色彩で、日本より30年は時代が進んでいたことを感じさせる。監督はデイヴィッド・リーンで、この作品の2年後に『戦場にかける橋』、62年に『アラビアのロレンス』、65年に『ドクトル・ジバゴ』を撮り、いずれも歴史に残る大作になっている。
 先ほどネットで「旅情」を検索すると、最初に表示されたのが、この映画を見てヴェネツィアに長期滞在した人のホームページで、映画に映る建物に行き、映画に映る様子とその半世紀後を比較した写真を載せている。老朽化した壁面は塗装を変えるなどしているが、大半のたたずまいはそのままだ。さすが歴史的な都市の貫禄を感じさせる。日本では京都ですら20年と経たずに街並みがすっかり変わる。そうであるから、この映画を見てヴェネツィアに魅せられ、長期滞在する人がいるのはわかる。また日本はそれだけ豊かになって1955年のアメリカ人に追い着いた。ジェインは38歳の設定で、当時48歳だったキャサリン・ヘップバーンが演じる。原題は「サマータイム」で、夏場のヴァカンスにヴェネツィアにひとり旅する物語だ。彼女は秘書という設定で、旅が趣味なのだろう。当時38歳は今ならば48歳ほどで、オールド・ミスのひとり旅は今では日本でも珍しくない。アメリカでは一足早くそのような職業婦人が旅を楽しんでいた。もっとも、アメリカからヨーロッパに行くのは日本から行くよりもはるかに手軽という感覚もあったろう。筆者はヨーロッパに何度も行きたいが、経済が許さない理由のほかに、閉所恐怖症なのか、10数時間も飛行機に乗ることが絶えられない。完全に眠っている間に現地に着く方法があればいいが、麻酔で眠らされるしかなく、現実的でない。飛行機がいやなら船があるが、これは経済も日数ももっとかかる。シベリア鉄道や超超距離バスはどうだろう。紛争地域を超えるために、これも難しいか。ともかく、ジェインは列車でヴェネツィアに向かい、商用で何度も訪れている人と同席したり、また駅に着くと同じような観光客ともみくちゃになりながら目指すホテルへと向かうが、バスに乗れという言葉でバスを探すとそれが運河を走る船であったりして驚く。そして、警察のパトカーも船で、それと行き違ったりする場面もあって、ヴェネツィアらしさに一気に引き込まれる。そのバスの中でアメリカのリタイアした老夫婦と一緒になる。陽気に話すその夫の声が橋の下をバスがくぐる時には風呂場でのように音質が変わる。些細なことかもしれないが、そういう臨場感もヴェネツィアをリアルに想像させる。ジェインは物珍しさから夢中で8ミリ・カメラを回し続ける。フィルム・マガジンをどれほど持って来たのか、とにかく各地で回し、観光客丸だしだ。夢中になるあまり、運河に落ちてしまう場面もある。落ちる瞬間、親しくなっていた物売り少年がすかさずカメラを奪い取って水に濡れないようにする。これは何度か撮り直ししない限り、あのようなタイミングのよさは不可能だろう。また、スーツ姿で川にはまり込むのは、さすがの女優魂で、このおかしみのある場面はこの映画全体の明るいムードを代表している。ジェインの撮影熱心はその後日本人が真似し、今では中国人がやっているが、8ミリ・フィルムはビデオよりはるかに高価で、ジェインがそれを趣味にしているようなところは、それなりに豊かな経済力を感じさせる。だが、生涯に一度の大決断による欧州の旅だ。思い切って8ミリ機器を揃え、フィルムも惜しみなく使おうとしたのかもしれない。たぶんそう読み取る方がいいのだろう。こつこつ貯めたお金で憧れのヴェネツィアだ。同じような境遇の日本女性は無数にいるはずで、そういう人たちはこの映画に強く共感し、街並みの美しさを観光するという主な目的のほかに、イタリア男から声をかけられないかという妄想を働かせるのではないか。そのことをジェインが体現しているが、言い寄って来た格好いい中年男性は妻子持ちであることを知る。そういう相手と恋が発展すれば悶着が生じるし、また行きずりの一夜限りのセックスというのもはしたないという思いがある。それは38歳という分別で、いわば常識だ。20代半ばの遊びたい盛りとは違う。そういう常識、道徳を持ち出して、ジェインを男のもとから去らさせる。ごく短期間滞在する観光客とは本質的にそのような存在だ。そう考えるとこの映画の結末はあまりにもありきたりの陳腐なもので、5年後の『情事』とはまるで別世界の作品となっている。
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 全体に単純で古典的な仕上がりだが、それはジェインにつきまとう貧しい物売り少年の登場にも言える。また、ジェインがやがて意識する男レナートが、たまたま覗いた骨董店の主人であるという偶然的な設定もそうだ。この映画はアーサー・ローレンツの『THE TIME OF CUCKOO』というブロードウェイでの劇の脚本に基づいたもので、その原作では物売りの少年がどのように登場するのか知らないが、戦後まだ間もない頃であるので、そのような旅行者相手に稼ぐ浮浪者じみた少年がヴェネツィアにいたことは充分考えられる。彼は現実の厳しさを感じさせるが、まことに人なつっこく、英語を理解し、陽気そのもので、いかにもアメリカのドラマという感じをもたらしている。現地に住むレナートがジェインに好意を抱く設定は、非現実的であろうか。この骨董店主は観光でやって来るアメリカ女性を鴨にしているのかと思わせるところがあって、ジェインもそのように警戒する。それはこういう経緯だ。ジェインは大きくて真っ赤で丸みを帯びたゴブレットをレナートの店で見つけて買う。それはペアで使うものと教えられ、「もう1個入手出来れば連絡します」と言われる。このゴブレットはなかなか憎い小道具だ。それはこの映画の明るさやジェインの恋心を象徴している。ヴェネツィアはガラス工芸で有名な街で、そのことをジェインは知っている。そしてお土産に買って帰りたいと思ったのだ。レナートからは、そのゴブレットは18世紀の古いものだと聞かされる。ところが翌日、同じペンションに宿泊したアメリカの老夫妻が、ガラス工場に見学に行って同じ形のものをもっと安価で半ダース買って来る。ジェインは騙されたと思ってレナートにそのことを告げるが、レナートは淡々と「現在でも古いものと全く同じ形のものを模造生産している。あなたが買ったものは本当に18世紀の品物だ」と言う。これをすぐにジェインは信じない。ここはこの映画の大きな山場だ。わずかな日数だけ滞在する観光客を食い物にする骨董業者はどの国でも少なくないだろう。レナートの言ったことは本当かもしれないが、目利きしかわからないわずかな差では、ジェインが騙されたと思っても無理はない。親切にしかも熱意を込めて対応するレナートに次第に惹かれて行くジェインだが、ある夜、宿の女主人が長期滞在している若いカップルの男性とゴンドラに乗って出かける様子をたまたま目撃してしまい、その性に奔放な様子を批判的に思ってそのことをレナートに告げる。すると彼は他人の行動を批判するなと言い、ジェインの愛を求める。揺れるジェインだが、ひょんなことでレナートが妻帯者であることを知り、宿を引き上げてヴェネツィアを去ることにする。この決心の素早さは潔い。いかにも38歳まで独身を通して来ただけのことはある。ジェインはもう1個の赤いゴブレットを入手出来なかった。それはレナートとの恋の破綻と、ジェインがまたひとりで暮らすことを意味している。ジェインは旅の思い出に囲まれて生涯独身のまま暮らすかもしれない。それが結婚した者よりも孤独とは断言出来ない。誰しも他人の心になることは出来ない。昨日だったか、ヴェネツィアがまた冠水して、サンマルコ広場の観光客は腰まで水に浸かりながら歩かねばならないというニュースがあった。この映画でも同広場は盛んに映った。長期とは言わない。1日でもいいので行ってみたい街だ。
by uuuzen | 2012-11-14 22:52 | ●その他の映画など
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