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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●捕まえた虫、その3
得した虫をせっせと雛に運ぶ親鳥が雛を虐待することがあるだろうか。人間にそんなことがあるのは、自然から離れて本能が壊れているからか。



そう簡単には言えない問題があるように思うが、人間社会で何が自然で不自然かは、個人によって判断が違う。性癖や趣味の違いによって人は交際する相手が違うし、さまざまな人がいるからよいのだろう。この多様性をたとえば独裁国家は否定する。北朝鮮はそのいい例かもしれないが、多様性を許さないほどに経済的に貧しいからで、豊かになればそれなりに多様な考えが芽生えるだろう。であるから為政者は国民を飢えさせておくに限ると思っているのかもしれない。だが、飢えて死ねば元も子もない。死なない程度に貧しい状態が、独裁国家の上層部にとってはつごうがいい。貧しければ、まず食べることに必死になり、独裁者を羨む気すら起こらない。独裁者を倒そうという憎悪のエネルギーは、餓死寸前では生じ得ない。先日NHKで北朝鮮の人々の生活ぶりが紹介されていた。それなりに恵まれたように見えるのはピョンヤンに住む幹部クラスで、田舎に行けばまだ100年かもっと前の生活だ。そうした大多数の人たちの生活について、北朝鮮から帰国した蓮池さんがやはりNHKで語っていた。食うためにとにかく必死で、独裁国家かどうかということを考えもしないと言う。確かにそうだと思った。また、粗末な家に住み、それこそ一汁一菜の生活をする人たちの姿をTV画面に見ながら、筆者はせっせと獲った虫を巣に運ぶ鳥の家族を思い出した。鳥のそういう生活が自然そのものだとすれば、贅沢が何かを知らず、毎日食べるのがやっという北朝鮮の人たちは自然に忠実に生きていることにならないか。それはもちろん違うと言う意見が大多数を占めるのはわかっている。一部の為政者たちだけがそういう大多数の人たちを踏みつけにして豪勢な生活を送っているからだ。だが、貧富の差はどの国でもある。それが露骨であるのが北朝鮮だというだけではないか。あるいはそうではなく、むしろ日本の方が露骨の度合いははなはだしいかもしれない。ところが、またこういう意見があるだろう。いくら努力しても国家の上層部にはなれない北朝鮮とは違って日本は自由の国で、才覚によっては首相にもなれると。理屈はそうだが、誰もそんなことをまともに信じていない。金持ちしか有名大学に入れないようになっているし、政治家は二世が大手を振っている。社会の底辺にいる人が首相になることはまず不可能に近い。マスコミがまずそんなことを許さない。素性を暴き、下層民であるから考えもそうだと決めつけようとする。そうなると、食うや食わずの状態に疑問を抱かず、貧しいながら一家の団らんを囲む北朝鮮の人々の方が心は安定しているかもしれない。「豊かさ」という言葉を持ち出すと、物が溢れ、所得の多い日本こそが北朝鮮の100倍以上もそうだと考える人ばかりだろうが、そんな尺度を持ち出せば江戸時代やそれ以前の人たちはみな現代人より豊かではなかったことになる。この「豊かさ」は物が溢れることと捉える性癖が戦後の日本ではすっかり根づいた。物があれば豊かだと思い込んでいる。新製品が出るとなると徹夜してまでも買おうとする人がいて、それは必ずTVのニュース映像となる。このお決まりの図を見ていると少々うんざりする。そんなに時代遅れになることが1日や2日を争うことか。
●捕まえた虫、その3_d0053294_1132850.jpg

パナソニックやシャープの赤字が莫大であるというニュースが昨夜あった。物を作って世界中に売りまくることで経済成長を遂げた日本であるから、それが今までとは事情が違って来たとなるとおろおろする。だが、豊かさとは何かの尺度を変えればいいだけのことではないか。物がなければないで、別の楽しさを見つければいい。飢えたように行列に並ぶことはもうやめていい。経済的に貧しくても幸福な家庭はいくらでもある。物は考えようだ。贅沢というと、すぐに大金をイメージするが、大金持ちにとってはそれは自由になる多大な時間でもある。となるとホームレスは暇を持てあましてとても贅沢に暮らしていることになる。戦後の日本はアメリカを見習って、物に溢れる生活を目指して来た。すっかり洗脳されたわけだ。それが経済不況によって今後多少変化して行くとするならば、それはいいではないか。先に人さまざまと書いたが、個人が他人に左右されない価値観を持つに限る。筆者は車の免許を持たず、ケータイ電話も持ったことがないが、それで不幸とは思ったことがない。これは前にも書いたことがあるが、建設コンサルタントに勤務していた頃、ある宴会で同じ年度に入社した高卒の田舎出が話しかけて来た。車を最近買ったらしく、それが自慢でその鍵を見せびらかして自慢する。筆者は車に興味が全くなかったのでその話に乗らなかった。悪気があったわけではない。相手が羨ましいだろうと言うので、何のことかときょとんとしたのだ。すると半ば酔っていたその男は筆者に食ってかかって来た。大喧嘩になるところであった。明日酔いが醒めてから来いと言ってやると、結局部署に来なかった。そういう平凡な男の夢に日本の車産業はぶら下がって高度成長を遂げた。その男は車があると彼女が出来て、一人前にも見られないとで思っていたのだろう。その男は高級車に乗り換えることを地位の向上とばかりに働き続けたかもしれない。人さまざまであるからそんな夢を否定しないが、自分を尺度に目上に対して「うらやましいだろう」とはないだろう。このようにアメリカ式の物社会は徹底して人を物で呪縛し、不幸な思いを抱かせる。そこでまた思うのは雛に虫を運んで口の中に押しやる親鳥だ。夜になると巣の中で親子が丸くなって眠る。鳥はそれ以上のことを望まないし、それ以上の幸福はない。そして雛が巣立てば巣はもはや不要だ。つまり、家も念頭にない。そんな自由がほかにあるだろうか。鳥は満ち足りている。為政者がどんな豪華な食卓を毎日囲んでいるかを知らない北朝鮮の人たちもまたそれに似ているのではないか。ただし、為政者の実生活を知り尽くしてしまうと、途端に自分たちを不幸と思うかもしれない。知ってもそうならない人もごく少数はいるだろう。日本では貧富の差は社会の底辺にいる人でも知っている。そういう人たちがみな不幸を感じているか。そうとは言い切れない。心を満たすことを知っていれば、不幸は感じない。その心を満たす対象が戦後は車になったということだろう。で、日本はこの半世紀ほど、本当に豊かになったのだろうか。わが子を虐待死させるような事件が戦前は今ほどあっただろうか。何だか禅僧のような言いぐさになってしまったが、中途半端なので、明日続きを書く。今日の写真は先日に続いて先月捕獲した虫で、裏庭で見つけたバッタだ。もう1枚載せるつもりでいたものは明日にする。
●捕まえた虫、その3_d0053294_11453.jpg

by uuuzen | 2012-11-02 23:59 | ●新・嵐山だより
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