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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●捕まえた虫、その2
まえた虫を写真に撮ることをこの1,2か月の間に4回行なった。探して捕まえたのではない。たまたま出会った。このブログを毎日読んでくれている人は覚えているかもしれないが、近くへの郵便局へのある日の道すがら、異なる蝶に3,4回出会ったことがある。



そのたびに筆者は「蝶採舞い」を繰り広げたが、どれも捕獲出来ず。なぜ蝶採りにこだわったか、また今でもこだわっているかと言えば、前述と同じように写真を撮りたかったからだ。撮った後は用がないので逃がす。逃げた後すぐ鳥に食べられるかもしれないが、筆者が飼い殺しするよりいい。ともかく筆者にすればブログ・ネタがほしいだけだ。いや、それも正しい表現ではない。しいてネタ集めはしていない。ブログに写真は必要ではないが、絵日記のようなものを意図する場合は、「絵」に相当するものはほしい。それは人を惹きつける。別に惹きつけるために載せるのではないが、書く時の何らかのきっかけとして写真は有効だ。写真を見てイメージを膨らませられる。これは読者もそうだろう。写真を見ればだいたいどんな内容の文章かがわかる。ブログはぱっと見てさっと読み流すものであり、それには目印になる写真が必要だ。だが、筆者のブログは写真と文章内容が釣り合っているとは言い難い。文章が写真の説明であっては面白くない。写真を中心に話が展開することも多いが、筆者は写真を撮った段階ではそれについて書きたいことが浮かんではいない。金沢旅行記をほぼ1か月で終えた後、身辺雑記をこうして再開しているが、それは撮りためた写真の消化を考えてのことでもあり、撮りためている間に写真の間で結びつきが出来て、撮った時には予想しなかった思いが自然に湧いて来る。没になる写真もあるが、数か月前の写真でも今取り上げることで、数か月と今との接点が明確化する場合があり、そんな時は一種工夫と言えることをしている実感が持てる。実際そういうことの積み重ねが創作行為と呼べるものだ。昨日や今日見たTV番組やニュースに絡めて即座に書くのとは違って、もう少し過去に遡り、今との関係を書く。そういうことをここ数日行なっている。そういう文章を面白いと感じる人はあるだろうか。自分では結びつかないと思っていた個々のことが、自然とつながって文章になることは楽しい。これは自然につながるのではなしに、無理やりそうしていると思われるかもしれないが、筆者にすれば同じことで、こうして今日もまた何か吐き出すことがそれなりの楽しみになっている。何についてどう書いてもいいという自由感を味わいたいためだ。その自由の中にある枠を設けることは必要で、それが写真であり、また二度と使わない冒頭の一文字であり、写真の数に合わせた段落数やおおよその文字数であったりする。誰もが同じようにしていることの中で個性を出すために最も必要なことはただひたすら書き続け、そうしながら思考する以外にない。まず、書いてみる。これしかない。
●捕まえた虫、その2_d0053294_1325782.jpg

 虫が飛び交うのは夏の間だけで、虫が姿をひそめるとそれを捕って食べる鳥も姿を消す。いつの間にかツバメを見なくなったのは、それだけ虫が少なくなったからだ。昨日書いたNHKの「ダーウィンが来た」というTV番組は、仏法僧が雨の日にしょんぼりたたずんでいる様子を映した。雨天では虫が飛ばないから、雛は腹を空かせる。そのことを知る親鳥は今か今かと雨の上がるのを待つ。それが自然というものとしても、健気ではないか。昨日は雨がよく降った。秋が深まるにつれてそういう日が多くなり、虫が仮にたくさんいても飛ぶことが出来ない。つまり、雨がよく降るようになる秋に向けて虫は数を減らし、渡り鳥は去る。雨、虫、鳥の関係が見事に成立している。これが自然というものだ。で、捕った虫についての話だが、最初は蝉だ。わが家の裏庭でも毎年蝉が数匹は土から這い出て鳴く。これが何となくうれしい。蝉が孵る木は椿や合歓木だ。そこにはさまざまな鳥が毎日やって来て鳴く。これもよい。近頃は野良猫が数匹徘徊して屋根で日向ぼっこをしているが、ま、これも許そう。そうそう、今年は長さ10センチは下らない大きなムカデが早朝に筆者の枕の下に忍び込み、左手薬指のつけ根を少々噛んだ。これを許せない行為だと言っても、ムカデは人間がいるとは知らずに部屋に忍び込んだ。その呑気ぶりが何となくかわいげがある。ムカデに噛まれる恐怖を毎年感じていたが、実際に遭遇すると「噛みやがったな」という程度で、不思議と怖さは蘇らない。ともかく、ムカデに噛まれたことは、ムカデの責任とは言えない。それゆえこれも許そう。生きて動き回るムカデを素手で捕まえて写真を撮る勇気がないので、その写真を載せることは出来ないが、そんな写真ではブログを読む人が敬遠するだろう。昨日書いたザザムシとは違って、ムカデを普通に食べる習慣は日本にはない。話を蝉に戻すと、毎年蝉が狂ったように飛び交う様子をよく目撃する。今年は散歩中にそんなことが何度かあり、これもブログに書いたと思うが、路上に舞い降りたものを捕まえて写真を撮った。それをすぐに逃がすと、飛力がもうなくなっていて、流れの速い小川に落ちてしまった。筆者が放した方向が悪かった。小川とは反対方向に逃がしても、もう余命はなく、すぐに地面に落ちて車に轢かれるなどしたであろう。夏の終わりであるからそれは自然な光景だ。それはいいとして、その蝉の写真を今日はようやく載せる。掲げる写真を撮った10秒後には蝉は川の流れに巻き込まれた。もう1枚は電車の中に入って来たトンボだ。阪急嵐山駅界隈はまだ樹木があって、虫は多い。電車が出発する直前、開けっ放しにされていた扉からトンボが飛び込んで来て、筆者のすぐ近くに留まった。それを捕まえた時にはすでに扉は閉まり、逃がすことが出来なかった。走る車内で蝉の時と同じようにして左手でつかみながら右手でカメラを持って撮った。電車はすぐに松尾駅に着いた。扉が空いてすぐに外に放った。飛び去ったのは桜の木だ。しばしそこで休んでまたどこかへ飛んで行くだろう。筆者が電車に乗って出かけるのも全く同じで、家内は筆者のことを極楽トンボと言う。仏法僧はオニヤンマでもぱくりと一飲みだ。人間にそんな怖い存在がなくてよかったが、トンボが死ぬように人間も必ず死ぬから、虫と人間にはそんなに差はない。虫を捕まえた気になってこうして書いているが、実際は筆者が虫に捕まったのだ。
●捕まえた虫、その2_d0053294_1331142.jpg

by uuuzen | 2012-10-29 13:03 | ●新・嵐山だより
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