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●東尋坊にて、その3
歩道は三国港から東尋坊までの道のりのちょうど半ばあたりから始まっている。地図で確認すると、この道の終点は東尋坊ではない。そこを越えてまだ北へ続いている。



●東尋坊にて、その3_d0053294_0435683.jpgまた東尋坊ではたくさん枝分かれして複雑に絡んでいる。不思議なのは、商店街を抜けて直進した崖の縁に立って周囲を見わたした時、遊歩道らしきものが見えなかったことだ。断崖のそのような細い道を作ることは困難であろう。だが、左手を見ると海面まで斜めに続く石段が見えた。そこを下ると遊覧船の乗り場だ。マイクでもうすぐ出発するとの声が響きわたっていて、やがて船は出た。それは崖の上からは玩具サイズだ。弧を描きながら進み、船尾に真っ白な長い尾のような波を立て、それが玩具にはない速度や重量を感じさせた。海上から東尋坊を見上げるのもまた乙なものだろう。6,7年前か、TVのお笑い番組で東尋坊のてっぺんから命綱をつけさせずに芸人を飛び込ませるものがあった。その後ぷつりとTVで見なくなった島崎なんとかという、眼鏡をかけた中年のお笑い芸人だ。彼は断崖の先端に立ったまま、なかなか飛び込む勇気が出ない。30分経ち、1時間経ち、2時間経ち、ついに夕陽が海に沈む頃になって、オレンジ色の空を背景に崖が黒く見えた。それでもまだ立っていた。カメラは数台用意したようで、東尋坊がさまざまな角度と時間帯で映された。先月筆者が東尋坊に行きたいと思ったのはこの番組の影響が大きい。島崎のように崖に立ってみて、はたして飛び込む勇気が湧くかどうか。昨日の最初に書いたように、ここは昔から自殺の名所と呼ばれている。それは不名誉なので、今はそのことを言わないようにしているかもしれないが、TVのディレクターは知っていたはずだ。そのためもあってお笑い芸人が飛び込む勇気があるかどうか試したかったのだろう。島崎が飛び込んだ時、すぐに助けられるようにウェット・スーツを着た数人が海面に浮かんで待機し続けた。彼らも冷たい中で大変であった。島崎は時間が経つにつれてあれこれ考え過ぎて足がこわばったのだろう。こういう場合は、何も考えず、崖の端にすたすた歩いて行き、すぐに飛び込むのがよい。それが最も恐怖を覚えずに済む。だが、それはわかっていても慣れない高さに心が縮む。また高さがあるから、へたをすると打ちどころが悪くて骨折するかもしれない。水上バイク事故で内臓破裂で死ぬ人があることを最近知った。急発進で後方に振り落とされた際、バイクの推進力による水が水着を通して肛門から腸へと一気に入り込み、内蔵を破るそうだ。水着のような薄いものでは何の役にも立たない。同じ水圧は高いところから水中に飛び降りた時にも生じる。つまり東尋坊の崖のてっぺんから足から飛び降りれば、肛門内に勢いよく水が入ってバイク事故と同じようなことになり得る。空中を漂うバンジー・ジャンプとは違うのだ。それはともかく、島崎の姿はその番組を境に見なくなった。ディレクターは芸人を有名にしてやっているという自惚れがあり、また芸人いじめにうさを晴らしてもいる。人を笑わせてなんぼの芸人だ。迷いに迷ったあげく飛び降りなかった島崎は芸人としては失格とみなされたのかもしれない。それにしても下品で意味のない番組が増えた。島崎にもしもの事故があったとして、ディレクターはその家族の面倒を生涯見るような契約をしたのであろうか。自分が怖いことは誰でも怖い。ディレクターは芸人はお金のためなら何でもするとでも思っているのだろう。また、島崎が仮に迷わずにさっさと飛び込んだならば、ディレクターは番組の時間があまり過ぎると文句を言って、何度も飛び込ませるか、もっと酷な条件をつけたに違いない。ほっしゃんというお笑い芸人が去年TVで言っていた。売れない頃に徹底していじめ抜かれたディレクターがいたらしい。そのディレクターに潰されずによくぞ人気者になったが、人をいじめて喜ぶ連中がのうのうと生き続けられるわけがない。ついでに思い出した。美輪明宏もTVディレクターかカメラマンについて語っていた。出演者をどう映すかは彼らの手にかかっている。それをいいことに格好いい男性が出演した時にはどう悪く映るかを工夫するらしい。つまり欠点を撮る。いじけた根性だが、そんな連中がTV界に多いということだ。そのことで思うことがある。中年男性の場合、頭頂部が禿げかかっている人が多い。前からならばそれは見えないが、別のカメラで映す場合がきわめて多い。カメラマンにすればあらゆる角度から捉えることは視聴者へのサービスという理屈だろう。だが、わざわざ禿げを大写しにすることもあるまい。『さあみなさん、この出演者はえらそうな意見を吐いていますが、頭の後ろはこのように禿げているのですよ。みなさん笑ってあげてください。』ま、こんな調子なのだろう。
●東尋坊にて、その3_d0053294_044204.jpg 島崎の顔をTVで見なくなっても次々に若手芸人が出て来るので、たいていの人は覚えていない。筆者もファンではないので、どうしているのかといった心配はしない。一時サンコンと組んでいたようだが、今はどうなのだろう。このサンコンという黒人は10年ほど前か、日本人の奥さんに暴力を振るい、またフランスで学んだ大学が嘘っぱちであったことなどがばれて、急速にTVから姿を消した。彼の大学詐称は、TVで「CHANEL」の綴りをLがふたつの「CHANELL」と言った時に、筆者はおかしいと感じた。一流大学出であってもそのような記憶間違いはあるかもしれないが、世界的に有名なそのブランドは視覚的にも「CHANEL」であることは小学生でも知る。ましてフランスで生活していたというのであれば、間違うはずがない。これはフランスの大学を出ていないか、パリに住んだことがないのだなと思ったが、やはりそうであったようだ。そういう不名誉なサンコンと島崎が一緒に芸能活動をすることは、ふたりに似たところがあるからかもしれない。島崎は関東出身とばかり思っていたが、これも10年ほど前か、関西弁が東京であまり珍しいと思われなくなった頃、その時流に乗ってカミングアウトを考えたようで、急にぺらぺらの大阪弁を話すようになった。東京では大阪出身を隠して活動していたのだ。東京で大阪弁は嫌われるからだ。芸人は嫌われないようにすべしと思っていたのだろう。だが、時流が変わればさっさと大阪弁を使うという節操のなさはかえってイメージ的にはマイナスではないか。筆者以外にもそんなことを思う人があったために、彼の姿はTVから消えたのかもしれない。人気商売はしんどい。人気は煙のようなものだ。いつすっかり失せるかわからない。話を戻して、東尋坊から飛び降りなかった2,3時間、島崎はどんなことを考えたであろう。ディレクターを恨んだであろうか。恨むならばお笑い芸人となった自分こそであろう。人を笑わせてなんぼであるのに、いつまで経っても面白い絵を作ってくれないでは、経費をかけたディレクターが叱られる。だが、お笑い芸人は笑いの奥に悲哀を感じさせるものだ。サーカスのピエロがそうだ。となれば、島崎が崖の端で棒のよう突っ立った絵は、半分は芸人らしさをあますところなく伝えた。ただし、TVを見た人がそう感じるかどうかはわからない。芸人は芸をする人で、その芸は誰にも出来ない才能であることが求められる。東尋坊から飛び降りることは誰にも出来ない。であるから島崎は飛び降りることを求められた。それがいやなら、違った芸、他の芸人にはまねの出来ない芸を磨くしかない。だが、そんな芸があるだろうか。あっても喝采を浴びるだろうか。かくて今や芸は薄っぺらなものになり、素人でも出来ることが多くなった。TV局もギャラの高い芸人を使わずに、素人を集めて馬鹿騒ぎした方が視聴率が稼げるとなると、迷わずに芸人を切って行く。
●東尋坊にて、その3_d0053294_0443968.jpg

 東尋坊の岩は人が踏みしめるのでどこもつるつるして丸くすり減っていた。この調子では20万年先にはなくなるはずだ。すべりやすくなっていることは危険度が増した。雨の後では誤って海中にドボンということもあり得る。家内は遠目に見るだけで筆者が呼び寄せても来なかった。危ないところに近づかない方がよい。筆者はブログ用の写真を撮るために先端に接近した。若い女性が2,3人で談笑している場所があった。そこから下を覗くと、ドイツ・ロマン派の絵のような景色だ。女性のうちのひとりはぎりぎりに座っていて、スリルを楽しんでいるようであった。筆者がカメラを向けると、写らないように体をよじってくれたが、全身を移動するのは面倒なのか、足はそのままであった。そのため足が写った。それが絵的にはかえってよかった。海面を見下ろすと大きなゴミがいくつか見えた。島崎が立ったのはもっと先の、それこそほとんど人が行かないような場所ではなかったか。とはいえ、先端と呼べる場所は東尋坊がリアス式海岸のように襞になって入り組んでいるので、筆者が立った場所もそう言える。海中にどのように岩があるのか、それは詳しく調べられているはずで、飛び込んで頭を打って死にやすい場所と、そうではない場所があるだろう。また遠くへ飛び降りる方が海中の岩にぶつからないかもしれない。沖縄に米兵が上陸した際、日本の女性は崖から飛び降りた。その映像をアメリカ軍が撮り、NHKでたまに放映する。その崖は東尋坊ほどの高さはないが、下が岩肌で、そこに身体を打ちつけて死んだのだろう。東尋坊は垂直に切り立つ崖であるから、水中もだいたいそのようになっていると思うが、本当のところはわからない。写真を撮った後、商店街へ戻って昼を食べることにした。どの店でもよかったが、客引きをする40歳ほどの男と目が会って、その店に決めた。海鮮丼が2000円ほどだ。もちろん中身によりけりで、もっと高価なものはある。薄暗くて広い店内はテーブルがあちこち空いていた。すぐに食べられると思ったのに、通されたのはどんどん奥へ入った座敷、しかもその最奥の隅だ。隣りも背後も客がいっぱいだ。道路に面したテーブル席をわざと詰めさせずに障子のある座敷に入れる。そうすると表を通りかかった客は空いていると勘違いをする。20代半ばのヒップホップ系の男が注文を聞きに来た。すぐに食べられるかと訊くと、無言でうなずく。ところが15分ほど待っても気配がない。座敷は超満員だ。おまけにまだたくさん人がやって来る。これは30分以上待たされると思って外に出ることにした。途中でヒップホップに会ったので、「もういいです」と言うと、また無言でうなずく素振りを見せた。どの店も同じようなメニューで、海鮮丼ばかりだ。バス停に早速行くと、三国港行きは10分待てば来る。その間に向かい側の土産店に入ってあれこれ買った。バスは先ほど筆者らが歩いた道を走った。フィルムの逆戻しのように、知った景色が順に見えたので楽しかった。窓からの景色は視線の高さが違うから、先ほど見た怪獣のオブジェを塀の上にいくつも並べた家に差しかかった時、それらの怪獣が手に取るような近さで迫った。それを知ってその家の住民はそんな装飾を塀に施しているのかもしれない。荒磯亭では鋭角なカーヴを曲がったので、体は大きく右に揺れた。そのカーヴだけは筆者らは歩かなかった。10分ほどで駅に着き、10分ほど待って電車が入って来た。乗客のひとりにリュックを背負った若い女性がいて、駅員に東尋坊の方向を訊いていた。そして笑顔で返事していた。「歩いて行きます。」彼女は筆者らが歩かなかった遊歩道を見つけるだろうか。また荒磯亭の背後の丘を上って少しでも距離を短くしようとするだろうか。筆者らと一緒の電車であれば3人で話をしながら歩いたのに。そう思うと残念。帰りの電車の女性車掌さんは往路のかわいい女性とは違った。これも残念。昼食は福井駅前で食べた。福井名物とやらの味噌カツ丼とざるそば、そしてビールをジョッキで2杯も飲んだ。
by uuuzen | 2012-10-23 23:59 | ●新・嵐山だより
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