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●金沢にて、ひがし茶屋街
●金沢にて、ひがし茶屋街_d0053294_285660.gifが見えた。写真からわかるだろうか。金沢のひがし茶屋街に踏み入れた時、前方の空に大きくかかっていた。実際はよく目立っていたのに、写真ではうっすらしている。



●金沢にて、ひがし茶屋街_d0053294_1421240.jpgこの縦長写真の左下隅に家内の背ろ姿が見えている。またこちらに向かう男女も写る。知っている人が見れば誰かわかる他人の姿をブログに載せるのはよくないが、たまたま映ってしまう。それに小さなサイズに加工しているので顔はわかりにくい。金沢のしかも観光客なら絶対に訪れるような場所で写真を撮ると、どうしても多少は人が映り込む。お互い様と思えばいい。金沢にいた間、コンパクトなビデオカメラをこちらに向けて撮っている人に2,3人出会った。筆者が映ったはずだ。有名人でないので撮った人も気にせずに後で見るが、顔が知られている芸能人などの場合、本人が知らない映像が日本中に保存されて、あまり気分がいいことではないだろう。撮られるのはいいとして、どういうように映っているかが気になる。ひがし茶屋街では人が通り過ぎるのを待てば無人の家並みを撮ることが出来たが、待ち時間はもったいないし、人が写り込む方が観光地の雰囲気が出てよいと思った。それで今日載せる2枚とも他人が写る。カメラは2台持参した。2台とはおおげさで、2個だ。たくさん撮るつもりであったのに、1個は一度も使わなかった。3000円ほどで家電量販店で売っているトイ・カメラだ。とても軽くてかさばらない。ピン・ホール・カメラ風に少しぼけた感じで映る。2個あればどっちで撮っていいか迷う。それでその小さな1個は鞄に入れたまま取り出さなかった。使ったのはここ3年ほど使い続けているデジカメでオリンパスのC-920だ。中古ではたぶん1000円で買えるだろう。気になって今ネット・オークションで調べると、即決50円だ。カメラの隅に1.3メガピクセルと刻印してある。ブログの投稿にはこれでちょうどよい。どっち道500×360ピクセルのサイズに縮小するから、一眼レフは必要ない。旅行に一眼レフを持って行くと思うとぞっとする。C-920でも重いが、慣れればどうもない。兼六園の琴柱灯籠で写真を撮る時、順番を3組ほど待った。そのうちの1組が筆者にシャッター押しを頼んだ。そのカメラが小型デジカメでは最もよく売れたはずの厚さ1センチほど、名刺よりひとまわり大きいサイズのもので、液晶画面もほとんど背面全部と言ってよいほど大きい。それを最初に見たのは7,8年前だろうか。筆者が巷で見るデジカメの10個に9個までがそれで、先日梅田の中古カメラ屋をたまたま覗くと1万少々で売られていた。そのコンパクトさではポケットに入っているのも忘れるほどだが、被写体に向けてかまえると小さ過ぎて落ち着かない。それでもっと大きなC-920の方が写真を撮っている気になる。ともかく、ここ3年ほどの写真はすべてこのオンボロで撮っているし、壊れない限り今後もそうだ。亡くなったNからもらったデジカメは電池をセットする蓋が完全に壊れ、また画素数がC-920の数分の1、しかももっと重いのでもう引退してもらった。
 ひがし茶屋街は浅野川大橋をわたってすぐのところにある。その入り口、つまり道路に面して石造りの古いレストランがあった。シンメトリカルなファサードで中が気になったが、午後の部はまだオープンしていなかった。それにそこで夕食は考えなかった。名は忘れたが、ともかく目立つ建物で、ひがし茶屋街の「序」にはふさわしい。その店を撮影しようと思いながら忘れた。京都にはめったにない建物だなと思ってしばし見つめていると、一羽の野鳥が飛んで来て屋根の端に留まって鳴き始めた。耳慣れない声だ。しかもヒヨドリほどの大きさがあった。1,2分いたろうか。その場所が気に入っているようで、しばしば休憩するのだろう。そのレストランの外観をグーグル・アースのストリート・ヴューで確認しようとしたところ、まだ金沢市内は撮影されていないことを知った。もっともっと田舎でもすでにアップされているから、どういう基準でグーグルが優先順位を決めているかわからない。ひがし茶屋街は京都で言えば祇園だ。京都に住みながら祇園には全く縁がない。そこで遊べるのは別世界の裕福な人種だ。歴史的な町並みということで祇園はとっくに電柱の地下化工事が行なわれたが、ひがし茶屋街にも電柱はなかった。確か浅野川大橋のたもとであったと思うが、付近一帯も引き続き電柱の地下化を計画していることを告知する大きな看板があった。それも撮ろうと思いながら忘れた。たくさん撮ろうと思っていたのに案外少なかった。この「金沢にて」はもうしばらく続けるが、撮った写真は1枚も没にせず、すべて載せる。それほどに筆者は撮りミスがない。フィルム・カメラ時代の感覚が残っているからだろう。1回で決める。これは何事においても大事ではないか。話がなかなか進まない。ひがし茶屋街は祇園のようにどの店も芸妓を置くかと言えばそうではないようだ。ちょっとした土産物を置く店や気安そうな食事処があった。これも撮影し忘れたが、ゴミの分別収集とその曜日を記した小さな看板がとある家に貼ってあったことだ。その生活感が面白い。祇園とは無縁と思っているせいか、ひがし茶屋街のどの店にも入ってみる気になれなかった。石畳の直線道路の両側に弁柄を塗った木造2階建てが隙間なく並んでいる。江戸時代のままなのだろう。もっとも石畳にしたのはここ2,30年かもしれない。祇園がそうだ。この石畳の道に車が通るのかと思っていると、突き当りを左に曲がってすぐの家から白い新車があった。別の場所にガレージを借りずに1階を充てている。何とも無粋だが、見栄にしろ、車がないことには生活が成り立たない時代だ。道の突き当り向こうは小高い丘で、その裾に家が何軒か見える。1枚目の写真ではそこに夕日が照っている。写真からわかるように、そのうちの1軒はとても目立つ窓をふたつ、茶色の横っ腹に見せる。これが興醒めだ。江戸時代からそこに同様の建物があったのだろうか。市が買収して撤去させるべきではないか。兼六園の琴柱灯籠の近くからは遠くの山腹に張りつく家並みが見えた。その白け具合とは比べものにならない。その家の窓からはひがし茶屋街が眼下に見えてさぞ痛快だろうが、せっかくの歴史的町並みの借景となる丘にそのような目立つ家があるのは印象が悪い。だが、同じことは京都では盛んに各地で今なお増殖中だ。何しろ自由の国であるから、条例に引っかからなければどこに何を建てようが勝手だ。やや憮然としながら通りの突き当りまで行き、そこを左に曲がってまた左を進んだ。つまり、1枚目の道の北側に沿う道を逆に進み、元の場所に戻った。この北の道はもっと狭く、京都の上七軒に少し似ているが、どこかひんやりとして筆者好みの趣があった。ひがし茶屋街は最初の写真の南にも似た通りがある。全部歩いても時間はしれている。最も見通しのよいと思える場所で撮ったのが2枚目のパノラマ写真で、左端に柳が見えるのが実によい。右端はレトロな石造りの自由軒という名のレストラン。先ほどの大通り沿いのレストランとこの付近では双璧といったところか。写真中央右寄りにガレージと車が見える。江戸時代から戦後がこのパノラマに凝縮している。
●金沢にて、ひがし茶屋街_d0053294_11442377.jpg

by uuuzen | 2012-10-12 23:59 | ●新・嵐山だより
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