人気ブログランキング | 話題のタグを見る
👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●金沢にて、竪町商店街
町という名前は自宅に帰ってからネットで調べて知った。筆者は商店街好きだ。出来ればその横丁を入ったような場所に住みたい。



「兼六園その1」で書いたように、80年代半ばに初めて金沢市内をほとんど素通りした際、車がどこかで停まってそこでほんのわずかな時間、車道から垂直につながる路地にひとりで立ち入った。その30秒かそこらの経験からまた金沢市を訪れたいと思い続けた。それは、先日家内がぽつりと言ったので気づいたが、筆者は路地奥の家で生まれ育ったので似たような場所に憧れがあるからだろう。そう言えば京都の新京極や寺町商店街、大阪の天神橋筋商店街などを歩いていても、横丁が気になる。時にはそこを通り抜けるし、古本屋や中古CD店をみつけると古いビルの階段でもためらわずに上がって行く。何だかネズミのようだ。そういう路地のある商店街は、ニュー・タウンではなかなか望めない。何しろパチンコ屋が駅前に出来ることすら大反対運動が起こったりする。上品な人間ばかりが住むと、町は上品になって犯罪が起こらず、地価も上がると思っているのだろう。そういうニュー・タウンはどこもピカピカで翳りがないから、住む人間も清廉潔白ばかりだと自惚れ、翳りには悪が巣食うと考える。TVドラマを見ていても、悪い奴が暴力をふるうのはだいたいそんな裏手の場所だ。『冬のソナタ』でも最初の回の方でユジンが酔っ払いにからまれて困る場面があってが、やはり店が密集した場所の裏手の狭い通りであった。そういう場所を好むのは、裏街道が好きなネガティヴな人間と思われかねない。だが、筆者が思うに、ポジティヴだらけでネガが入り込む隙間のないようなニュー・タウンで育つと、かなり歪な性質の人間になる気がする。これは20年ほど前に言われたことだが、とある凶悪犯罪を起こした少年の生まれ育った場所がニュー・タウンであった。その文章を読みながら、なるほどと思った。先日京都の有名な私大で、60近い男性が30半ばの同僚を刺殺して逮捕された。ストーカー行為を注意されたことが原因らしい。立派な経歴の持ち主がそんな大それたことをと思うのは誰しもだろうが、大晦日に世田谷の一軒家で起きた例の事件の犯人もきっと同様の、いわゆる世間では立派と思われ、本人もそれを自認しているような人物である気がする。そういう人間は頭は切れても、大きな欠陥を抱えることとは無縁ではあり得ない。そして、何かの拍子にとんでもない事件を起こす。横丁や裏手道といった場所とは無縁に育ち、またそういう場所に馴染む人物を軽蔑している。これを育ちのせいとすれば、表通りしか知らなかったためで、親あるいは環境の影響が大きかったからだ。ま、あまりニュー・タウンの悪口を言うと、偏見に凝り固まっているとの誹りを受ける。筆者が言いたいのは、人間の心は表通りのきれいさばかりではなく、汚れた、あるいは必然的に汚れる部分も併せ持っていることを丸ごと認めないことには、心がおかしくなるのではないかということだ。
●金沢にて、竪町商店街_d0053294_0373049.jpg

 竪町商店街は見定めて行ったのではない。地図を持ちながら歩いたのに、方向音痴の筆者はやはり間違った。途中で全く反対方向に歩いていることがわかった。家内の文句を聞きながら、どこにいるかを地図で確認し、方向修正が出来た。しばらく行くと、車道から鋭角で斜めに入る道が見えた。全面石畳だ。洒落ている。京都や大阪にはない。思い出したのは静岡市内の似た商店街だ。最初に大きな朱色の鳥居があって、古書店目指して歩いた。その商店街よりもっと趣があって、さすが金沢かと思った。石畳にするのに商店街の全店が同意し、経済的な問題を解決したはずだ。それだけ金沢に誇りがあることを示す。アーケードがないのがかえってよい。大阪や京都の大きな商店街ではアーケードがあって、そのことに慣れてしまっている。それはよしあしだ。雨に濡れないのはいいが、天気がよくても通りは暗い。商店のウィンドウを横目で見ながら、傘を差して歩くのも風情がある。竪町商店街ではそうした雨や雪をさえぎるために店の庇がかなり長く突き出ている場合が多い。そしてそれが独特の景観を作っている。アーケードを設けると、その庇は不要になる。そうなると店の表情が変わって味気なくなるかもしれない。大阪や京都で見慣れた商店街とはあまりに雰囲気が違うので、5分ほど歩いて行く手をまず撮り、同じ場所で振り返ってもう1枚撮った。店の前面が揃っているように見えないところが面白い。大阪や京都では、ドラッグ・ストアや靴屋の大きな看板やワゴンが道路にはみ出て通行を邪魔している。そのため、同じように通りの真ん中で撮っても、両脇はけばけばしく見えるだけだろう。掲げる最初の写真の右下隅からわかるように、竪町商店街も道に飛び出した看板はある。だが、かなり控えめだ。それはところどころにある植木ポットと大差ない印象だ。見苦しくない。また、ところどころに深緑色のベンチが設置してあって、これも大阪ではまず見ない光景だ。東京かと間違うほどの流行先端のブティックなど、若者向きの店が大半で、金沢を田舎と言ってはならない。京都の方がよほどそうだ。そのため、年配者は場違いを感じて歩きにくいかと言うと、そうでもない。和菓子の老舗や、昭和レトロの荒物屋など、かなりごった混ぜで、それが気分を落ち着かせる。ただし、食べ物屋は少なかったと思う。記憶の中では皆無だ。この商店街につながる狭い路地が何本かあった。そのどれもがよい雰囲気であった。東にある路地はすぐ向こうの大きな道に出るもので、西にあるものはそのまま狭い道がずっと奥に続いて見えた。縦横に歩きたいものだ。路地に金沢らしさを見たと言えばおおげさだが、観光に来た気分にはなった。次回金沢に行くと、この路地を全部歩いてみたい。また路地には石畳はなかった。商店街を歩き始めた時、音楽にすぐに気づいた。若者向きの耳障りでないものだ。植木ポットに混じって道の端に置かれたスピーカーから流れていた。商店街の全長は600メートルだったと思う。北端から100メートルほど下がった右手に「東京スーパー」だったか、面白い名前の店があった。家内とざっと回って一旦出て、お茶がほしくなったので筆者ひとりでまた戻った。価格は京都と変わらない。半分黒くなった3本50円のバナナを買った。同じものは京都では100円する。おいしい品種で、中身は少しも傷んでいなかった。家内はすぐ近くの女性向きの衣料店の前で待っていたが、若い女性店員から声をかけられ、中の涼しいところに入ってくださいと言われたそうだ。スーパーの近くにもベンチがあった。子どもたちと若い母親たちが占領してアイスクリームを食べていた。家内は店員の優しさに感心し、しばらく話をしたと言う。また歩き始めながら、金沢には美人が多いと言ったが、そのとおりだと思う。
●金沢にて、竪町商店街_d0053294_0374443.jpg

by uuuzen | 2012-10-08 23:59 | ●新・嵐山だより
●金沢にて、兼六園その3 >> << ●金沢にて、浅野川

 最 新 の 投 稿
 本ブログを検索する
 旧きについ言ったー
 時々ドキドキよき予告

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
ファン
ブログトップ
 
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  ? Copyright 2024 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌?🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔??🌋🏳🆘😈 👻🕷👴?💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏?