●「MOON RIVER」
る時刻が毎晩わかればいいが、本当は調べるとわかるのだろう。一昨日は左端が少し欠けた月がまだ水色の空にくっきり浮かんでいて意外であった。



d0053294_1122541.jpg満月の日も、そのように夕暮れと呼ぶには早い時刻に空に浮かんでくれれば、毎月変わり映えのない写真に少しでも色を添えることが出来るが、残念ながら一昨日は満月ではなかった。それでも撮っておけばよかった。昨日も撮らなかったのは、毎月このブログに満月の1日前か当日の写真を載せることに決めているからだ。それで今日は1日前であるのに夕方から雨が降り始め、明日も昼過ぎから大型台風が近畿に上陸し、夜は大雨で満月どころではない。となれば今月はついに満月の写真を載せられない。東北や北海道、あるいは台風が去った沖縄あたりが晴れて、満月が見られるのかどうか。そうだとすればその写真を撮って送ってもらう手もあるが、知り合いがいない。それはいいとして、昨夜アンディ・ウィリアムスが亡くなっていたことを知った。25日に逝ったらしい。即座に今日は「ムン・リヴァー」について書こうと決めた。実は今月はどの曲にしようかと決めかねていた。それが急なことで決まった。それに明日は一応は満月の夜であるからちょうどよい。アンディは1927年生まれであるから、84歳で死んだ。筆者の年齢なら彼の人気やTVショーを知っている。とはいえ、筆者は「ムーン・リヴァー」か「恋はリズムにのせて」くらいしか関心がない。後者は67年の大ヒット曲だ。ビートルズが大流行している時に、おじさん歌手がよくがんばっているなと思ったものだ。イントロのエレキ・ギターがファズを利かし、またアップ・テンポの調子は時代の好みをよく反映していた。アンディ・ウィリアムスの何か1曲となればその曲を取り上げたいが、ドーナツ盤を持っていない。それで彼の代名詞的な名曲「ムーン・リヴァー」にする。これはレコードを持っている。数年前に100円で買った。いつか書くこともあるかと思っていたのが意外に早くその機会が訪れた。筆者の所有するドーナツ盤が初版かどうかは知らない。B面にトニー・ベネットの「霧のサンフランシスコ」が入っているところ、きっとそうだろう。「ムーン・リヴァー」の白抜き活字の上に、小さな文字で『映画「ティファニーで朝食を」より』と書いてある。おそらく同映画が大ヒットし、それにあやかってレコード会社が発売した。同映画では主演のオードリー・ヘップバーンがギターを手にこの曲を歌う。それはプロの歌手ではないのであまりうまくない。天は二物を与えずといったところ。彼女の歌うレコードもあるのだろうが、何と言ってもアンディの歌が有名だ。ヘンリー・マンシーニのオーケストラが印象深い音を聞かせているからでもある。そこにアンディのソフトな歌声がかぶさって、いかにも静かな月の夜を思わせる。それはまた61年という時代を如実に思い出させる。2年後に坂本九が「上を向いて歩こう」を歌う。同曲の星空のイメージはこの「ムーン・リヴァー」に負うところが大きいのでないか。そうではないにしても、希望を持って生きて行こうというムードが当時はあった。この曲の発表当時、筆者は10歳だが、ラジオで盛んに聴いたのは1,2年後だと思う。当時は流行歌の寿命がかなり長かった。数年ほどラジオで流れることはしょっちゅうで、小さな子でも家で終日ラジオが鳴っているといやでも覚えた。
 『ティファニーで朝食を』の内容は書くまでもない。去年ヘップバーンの作品で『戦争と平和』を見たくなったので、ネット・オークションでそのビデオを買ったが、まだ見ていない。出品者はヘップバーンの映画を6本ほどまとめて出品し、それを落札した。その中にもちろん『ティファニーで朝食を』が含まれていた。DVDは手軽で見る気になるが、ビデオは14型のテレビデオ、しかも画面の色合いがかなりおかしくなったもので見なければならず、あまり気が進まない。ビデオデッキを買いたいが、もうビデオの時代ではない。中古を買ってもすぐに壊れるはずで、これまた気乗りがしない。とはいえ、見ようと思ってそれなりにビデオで買った映画がたくさんあるので、いずれどうにかしたい。それはそうと、「ムーン・リヴァー」のように60年代の洋楽のヒット曲は映画で使用されたものが多い。そのため、筆者が所有するシングル盤にもそうしたサウンドトラック盤がかなり含まれる。これは映画とその音楽のふたつを相乗効果で楽しめるので、それだけ印象は強い。音楽を聴くとすぐに映画を思い出すのは、当時の映画製作者の音楽への肝入れの度合いが強かったことがわかる。今でもそうだと思うが、映画音楽の大ヒットは『ロッキー』あたりで終わったのではないか。そして何と言っても60年代に映画音楽の名曲がそろっている。「ムーン・リヴァー」はその中でも初期のものに属する。それでもこういう回顧的な話を喜ぶのは60歳以上の人で、大多数の若者には関係がない。筆者は回顧の情からこの曲について書こうとは思わない。確かに聴けば昔の映像がいろいろと浮かぶが、それに浸って今を忘れたいのではない。むしろ当時も今も同じ心境だ。時が経つことにさほどの感慨がない。懐かしがっても仕方がないという思いと、いつまでも心は若いままで変わらないという思いゆえだ。そうは言ってももう死んでしまった友人知人、あるいはどこでどうしているかわからない多くの知己をふと思うし、こうした昔の曲を聴いていると、どこか夢を見ている気分にもなる。それこそが回顧の情なのだと言われると否定のしようがない。ま、どっちでもいい。名曲は古びないし、また筆者は60年代の多くの大衆が歓迎したものを否定する無粋さを持ちたくはない。いいものはいい。それでいいではないか。
 7,8年前か、アンディ・ウリアムスが韓国でコンサートを開いた。その頃日本にもやって来ていたのかどうか知らないが、アンディの名声が韓国にまで及んでいることに意外な気がした。というのは韓国が『ティファニーで朝食を』を61年や2年頃に封切りしたとは考えにくいからだ。封切りがあったとしても、見たのはごくわずかな人ではないか。日本とは違ってまだまだ経済的に苦しく、アメリカ映画どころではなかったと思う。おそらくもう数年ほど遅れて公開され、日本と同じように「ムーン・リヴァー」がヒットし、アンディの人気も高まったと想像する。そして、漢江の奇跡と呼ばれる時代を過ぎ、洋楽の歌手を招いてステージを楽しむ余裕も出て来たのだろう。韓国の洋楽受容の歴史は日本では皆目紹介されない。これを紹介した本を書けば売れると思う。たとえば、今再放送をしている『冬のソナタ』は「白い恋人たち」を主題曲としていろんなアレンジで使用しているが、同曲も60年代のヒットで、はたして日本と同時期に流行したのかどうか。一方、日本では大したヒットではなかったが、韓国でもてはやされた曲もあるだろう。それはさておき、アンディが韓国でコンサートを開いたのであれば台湾にも行ったかもしれない。中国は無理だが、これからの経済発展を考えると中国で公演したい欧米のミュージシャンは多いだろう。アンディはそんな時代が来る前に亡くなった。それでも歌は残る。「歌は国境を越える」のたとえにあるように、いずれ中国でもこの曲を愛する人が増えて行くと思える。それは『ティファニーで朝食を』を見てそのファンになる人がどれほど多いかにかかってもいるが、ヘップバーンのかわいさが中国人好みであるかどうかだ。日本では大歓迎され、今でも多くの人が最も好きなアメリカ女優と答えるが、顔の好みは同じアジアでも違うだろう。ついでながら筆者はヘップバーンの大ファンではない。見ていてうっとりするのはイングリット・バーグマンの方だ。話が脱線して来た。「ムーン・リヴァー」の作曲はヘンリー・マンシーニ、作詞は「J.Mercer」とレコードに印刷してある。彼はジョニー・マーサーで、作詞家だが曲も書き、歌いもする。62年の映画『酒とバラの日々』でもマンシーニと組んで主題曲をヒットさせた。この曲もいかにも60年代前半の温かみを持つが、「ムーン・リヴァー」ほどにはヒットしなかった。やはりヘップバーンの魅力に負うところが大きい。もちろんアンディはこの曲もカヴァーしている。
 さて、「ムーン・リヴァー」の歌詞だ。まず題名がどういう意味かわかりにくい。常識に考えて「月が照る川」だ。アメリカの大きな川となると南部のミシシッピだ。海は見えないが、ミシシッピ川が海のように広く、その上に満月が照っている。うっとりとして落ち着いたイメージだ。歌詞の最後近くに「My huckleberry friend」という一行がある。これはマーク・トウェインが創造したトム・ソーヤーより少し年配の無二の親友、ハックルベリー・フィンを思い出させる。アメリカ人ならみなそうだろう。筆者は歌詞を一読して『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』を思い出した。後者は特に雄大な南部の自然が描かれ、この曲のイメージとつながる。歌詞を順に訳す。「Moon Rⅰver、wider than a mile、I’m crossing you in style some day.」(月の川、1マイル以上も広い。ぼくはいつか君を恰好よく超えるからね。)「Oh、dreams maker、you heart breaker、wherever you’re going I’m going your way.」(君は夢を与えてくれるし、壊してくれもする。君が行くところならどこへも行くよ。)「Two drifters off to see the world.There’s such a lot of world to see.」(世界を見るために遠くへさまようふたり。見るべき多くの世界がある。)「We゜re after the same rainbow’s end. waiting ’round the bend、my huckleberry friend、Moon Rⅰver and me.」(ぼくたちは同じ虹の終わりを求めている。曲がり角で待つぼくのコケモモの友、月の川とぼく。) 以上、短い詩なので、何を意味するかわかりにくい。だが、大きな「月の川」と仰ぐ「ぼく」の友人の「君」は、「コケモモ(ハックルベリー)の友」だ。彼はいわば偉大な兄貴的存在で、「ぼく」はいつかは乗り越えたいと思っている。ふたりは同じ夢を抱いているが、「コケモモの友」はいつも前方の角で「ぼく」が追いつくのをゆっくりと待ってくれている。以上の読みでだいたい様子がわかると思うが、これは『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』を読めばなおわかる。だが、ジョニー・マーサーは全く別のことを思っていたかもしれず、解釈は各自に任されている。「ぼく」と「コケモモの友」を年下の女性と年上の男性と読み解いてもいいかもしれない。そうなれば「love」が介在するが、ここにはそれはない。むしろ「1マイルより広い川」であるから、尊敬する年配者に思いを捧げている。そのことがこの曲の清潔な感じによく似合っている。それはまさにアンディ・ウィリアムスにぴったりであった。今ではこういう詩ははやらない。
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by uuuzen | 2012-09-29 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪ | Comments(0)


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