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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『500年の大系 植物画世界の至宝展』
この展覧会が開催されることを知った春から楽しみにしていた。日本では東京、神戸、福岡の3か所を巡回するが、神戸で開催される小磯記念美術館にはまだ訪れたことがないので、ちょうどいい気がした。



●『500年の大系 植物画世界の至宝展』_d0053294_2345884.jpgボタニカル・アートの展覧会は非常に珍しい。10年ほど前に、シーボルトが日本の植物を描かせた絵がある程度まとめて展示されたことがあるが、関西では巡回しなかったはずだ。その図録が何度かネット上で販売されているのを見たことがあるが、いつも思った以上の価格がしているので入手していない。そういう中での今回の展覧会で、嬉しさも倍増だ。酷暑であるにもかかわらず、小磯記念美術館には思ったより来場者が多くて意外であった。図録は幸いにも販売されていて、2300円であった。表紙はパールのような微妙な光沢のある紙に、好きな桐の花のボタニカル・アートが大きく印刷されていて、迷わずに買った。売店に積んであったのは2冊で、ひょっとすれば小磯記念美術館に割り当てられたのはそれで最後であったかもしれない。図録のほかにイギリスからいろいろとボタニカル・アート関係のグッズが売られていた。それらはいかにもイギリスの品のよさがあり、女性たちに人気があった。トランプが数種あった。各1000円で売られていたが、それぞれの52枚のカードは野菜や果物、薔薇といったシリーズで、どれもトランプの絵柄の代わりにボタニカル・アートが中央に印刷されている。実際の使用には紛らわしいが、図鑑の役割りを兼ねて楽しい。それほどイギリスではボタニカル・アートが盛んということだが、今回の展覧会は『英国王立園芸協会(RHS)創立200年記念』という名目で、RHSのリンドリー・ライブラリーが所蔵する2万数千点のうちから129点を厳選しての展示だ。これは海外初の規模という。作品数は少なめでも、めったに観られないものであるだけに、それを知るボタニカル・アート・ファンがたくさん押しかけていたのだろう。
 小磯記念美術館は地元の小磯良平の作品を展示する美術館で、東灘の海の中にある人口島の六甲アイランドに建つ。これが出来たのは阪神大震災以降だったはずだ。それまでは小磯の作品は西灘にある兵庫県立近代美術館に後に別館として建築された建物に展示されていた。ところが震災時にこの美術館は建物の一部が横方向にずれてしまい、大きなガラス壁面も被害を受けるなどした。すぐに修復されたが、県は同館より浜方向に徒歩15分程度の場所に、安藤忠雄の設計で新美術館を建てることを決めた。それが兵庫県立美術館だ。阪急電車を利用して訪れる場合は、以前と同じ王子公園駅で下車し、近代美術館とは反対方向に坂をどんどん下って行く。駅から15分は少々長く感じるし、近代美術館の数倍の展示面積のある県立美術館は観るのにとても疲れる。そのため筆者にとってはあまり訪れたくない美術館の代表になっているが、これだけ大きな美術館であるのに、神戸市の所蔵のためか小磯良平の作品だけは独立させて市立小磯記念美術館に展示されている。兵庫が誇るもうひとりの画家としては金山平三がいる。この画家の作品も以前は近代美術館の別館に展示されていた。今はどうなっているのだろうか、あるいは県立美術館に展示されているかもしれない。県立美術館はいつも企画展を観るだけで充分疲れてしまい、常設展は一度観たきりであるのであまり記憶していないのだ。さて、小磯良平の絵はあまり興味がない。デッサンなど上手だとは思うが、絵から感動が伝わらない。清潔な感じはするが、それも面白いとは思えない。それに、よく観ると、微妙にバランスがおかしいと言うか、破綻が感じられ、西洋の名画のようなどっしりとした安心感がない。今回の展覧会のついでに小磯の絵がたくさん展示される部屋を訪れたが、どの絵も誰か先立つ画家からヒントを得ているようなところがあり、そこがどうにも二流根性に思えてならなかった。確かにすぐに小磯とわかる絵の個性はある。だが、それを言えばどんな画家でもそれなりの個性はあるから、その個性に共感するかしないかの話になり、筆者の場合はほとんど共感しないということだ。有名な自画像が最初に展示してあった。自信に溢れるその顔は確かな腕前を伝えはするが、小磯が筆者と同世代で身近にいたとしても、親しくつき合いたいとは思わない。だが、神戸市が力を入れてこの画家の宣伝に努めていることはこうした個人美術館の設置からわかるし、三宮の神戸市役所すぐ下の東西に走る長い地下通路には、小磯の絵を陶板に焼きつけ複製がいくつか展示されてもいる。それはさしずめ神戸を代表する画家という扱いだ。
 なぜこの展覧会が小磯美術館で開催されるかは予想がついていた。それは見事に当たった。小磯は武田薬品の依頼でたくさんの植物の水彩画を描いたことがある。それらは同社の機関誌の表紙を飾ったもので、厳密にはボタニカル・アートとは呼べないものもあるが、じっくり植物を観察して、小磯ならではの正確なタッチで描かれている。昔それら原画の一部を観たことがあるが、今回も特別展示として数点が並べられた。東京展では柴田是真が描いた植物の下絵や写生帖が特別展示されたことが図録の解説からわかるが、前述の小磯の植物画も含めて特別展示作品の図版は図録には掲載されていない。日本各地でこの展覧会を開催しようとした時、何か関連した特別展示品が用意出来る会場が優先的に選ばれたのではないだろうか。その意味で小磯美術館はちょうどつごうがよかった。ボタニカル・アートは植物図鑑の原画と言えばわかりやすい。印刷を前提とした植物の絵で、その絵を見れば誰でも同じ植物が同定出来るように描かれている必要がある。したがって、ある植物の一時期のある部分のみを描くのではなく、植物の構造がわかりやすいように解剖図や部分拡大図を適当な空いた場所に描き添えたりする。写真の方が手っ取り早いと思う人は多いが、写真はよけいなものも写ってしまうし、ピントが全体に合わないこともある。それに1枚の写真では植物の一瞬しか画像として固定出来ない。人間の手は写真よりもっと克明に描けるし、その植物の時間を置いたさまざまな特徴を1枚の絵に合成して描くことも出来る。結局、写真より多くの情報量が詰め込めるので、相変わらずボタニカル・アートの需要はある。1枚の植物画によってある植物の同定がなされ得ることは、その植物の設計図のようなものがボタニカル・アートだとも言える。だが、設計図は普通はひとつあればそこに示されたものを具現化出来る。ボタニカル・アートは同じ植物であっても無限の描き方が出来るから、厳密な設計図ではない。同定という大切な目的を持つ設計図である一方、アートとしての個性表現を併せ持つという、かなり制約を受けた絵画だ。基本は写実性重視であるのは言うまでもないが、陰影をつけ過ぎて、植物本来の色彩を伝えるのに曖昧になってはならず、あくまでも近い品種との区別がわかるように描く必要がある。
 週間朝日百科のシリーズは昔は毎週買っていたが、最初に買ったものは1975(昭和50)年から始まった『世界の植物』で、これは120週かけて完結した。つまり全部で120冊の写真による植物図鑑だが、自分で製本屋に出して全9巻の分厚い合本に仕立ててもらい、今も重宝している。今見るとさすがに時代を感じさせるもので、朝日新聞社は90年代後半だったか、同じく写真による植物図鑑の『植物の世界』という似たシリーズを発刊し始めた。それは時代が新しい分、写真も現代的に感じたが、同じようなものはふたつは必要ないので購入はしなかった。購入しなかった理由の大きな点は、最初に買った『世界の植物』は、毎週の裏表紙が全面ボタニカル・アートの名品を1点ずつ紹介してくれていたのに対し、『植物の世界』にはそれは全くなかったからだ。つまり、70年代の写真による植物図鑑は、過去の遺物となった感のあるボタニカル・アートに敬意を払っていたのに、それから20年ほど経てばすっかり写真は大手を振り、ボタニカル・アートを駆逐したように澄ましていた。ここがどうも許せない気がした。『植物の世界』は友禅染の世界に入った筆者には資料的にはかなり役立ち、また裏表紙のボタニカル・アートは、花を写生してそれを文様化する時の苦心の解決策のひとつの指針を与えてくれるようなものとして映った。今もその思いは変わらないから、ボタニカル・アートを見れば、画家がどのように植物のことをよく理解して描いているかという感心と賛嘆の気持ちが湧く。工芸家が花をモチーフにすることは昔から当然のように行ない続けているが、文様化したものが元の植物の特徴をどれほど把握し、誰が見てもその文様が何の植物か同定出来るか出来ないか、少なからず筆者には関心がある。文様であるので、出鱈目であってもかまわないと最初から高をくくっているような作家は論外で、ごく単純化して描く文様であっても、元の複雑な形をした植物を次第に単純化して行った先に、そのいわばエキスだけを抽出して描くことで、ある植物を誰でも同定出来るものになっている必要があるとするのが筆者の思いだ。だが、これはあまりに単純化した言い方であって、実際はそのようには物事は割り切れないから難しい。友禅の場合は糸目という、0.5ミリ程度の生地白の線が文様の縁に必然的に表わされるため、植物を真実らしく表現するにも限界があるし、また3次元の植物をリアルに2次元に描いても、本物のような美しさが表現出来るとは限らない。真実と美とは微妙にずれがあるのだ。ボタニカル・アートと友禅模様の間のことを書けばここではとてもまとまり切らない。いずれ別稿で書きたい。
 週間朝日百科『世界の植物』はほとんどリンネの分類にしたがって120巻が構成されている。リンネは18世紀のスウェーデンの人だ。リンネは花が植物の性器であることに注目し、主に雄しべの数にしたがって花を分類したが、ダーウィンの進化論が登場した後は、この分類は人為的なものであるとして、自然分類にしたがうべきという意見が主流となった。そのため、ボタニカル・アートも花を中心に描くのではなく、他の部分を含めて全体像を示したり、周りの環境も考慮するようになった。生物をどう分類するかは今も研究が続いていて定説がないが、染色体や遺伝子までも分類条件に含むことで、地球上の全生物を1本の大きな樹木に見立て、その生物系統図のどのあたりに何が位置するかは大体定まって来ている。そうした樹木型の生物系図の中では、花をつける植物は先端のごく小さな1本の枝を占めているに過ぎない。人間もその意味で同じだ。全生物中のごくわずかな部分を占めるそのような顕花植物のうち、花の器官はさらにまた小部分しか占めていないから、リンネがもっぱら花の雄しべや雌しべに注目して植物を分類したことが人為的だと言われるのはよくわかる。だが、人間が、とても長い日数は持たない美しくてはかないい花にだけ注目することもまた理解出来る。そして、リンネの分類が人為的ではあっても、今も結局のところ植物、特に花を分類する時には威力を発揮し続けている。ただし、被子植物の場合はよくても、裸子植物ではふつごうがあることがよく言われ、リンネの分類法にも限界があるのは間違いない。そこからはキノコをどう扱うかという問題や、さらには菌類をどうするかということにも発展する。そんな事情を反映して『世界の植物』の後に『植物の世界』が発刊されたと考えることも出来る。時代は動き続けて研究も進展するから、最新の成果を反映するためには、似たような企画にはなっても定期的に新しい全集は発刊されなければならないのだ。そこで思うのは、ボタニカル・アートのみで作った植物図鑑が不可能かどうかということだ。ひとりの力では一生に描ける点数には限りがあるし、大変なお金がかかるには違いないが、写真技術が発明される以前は人々はボタニカル・アートによる花の図鑑を考えてそれなりに実行していたし、それを踏まえれば可能ではないかと思うのだが。
 最初に書いたように、イギリスは世界で最もボタニカル・アートのコレクションを所蔵している。それは大航海時代と関係がある。クックが有名なエンデヴァ号で太平洋を最初に航海探検したのは1768年で、出発の最終段階で王立協会はジョセフ・バンクスという25歳の貴族を参加させることを要請して来た。当時の海軍はみな貴族出身であったが、クックは珍しくも農民の出で、叩き上げてやがて王室海軍の乗員になってやがて頭角を現わした。バンクスは大地主の息子で、生物学や昆虫学に興味があり、リンネの弟子であるふたりの博物学者を含む9名のエンデヴァ号への参加を求めた。結局、バンクスはクックとの探検によって数々の島を巡り、無数とも言える植物や動物の標本を持って帰り、リンネは狂喜してバンクスを大絶賛した。その気持ちはよくわかる。見たことのない植物の実物が大量に突如目の前に出現するという経験は、当時の研究家でも人生に一度あるかないかだ。今ならもっとそういうことはなくなっているから、リンネにとってはまさに宝の山であった。クックの探検の成果もバンクスの陰にすっかりかすんでしまった第1回目の太平洋探検であったが、2回目の航海も最初はバンクスが乗船したにもかかわらず、船の重心が高過ぎて船室の一部を改良し、バンクスは当初の居場所が変更されたことに腹を立てて下船してしまった。ま、それはさておき、クックらの探検によって異国の植物がイギリスにもたらされ、それを描いて出版するという過程においてボタニカル・アートが発展充実した。植物の研究は人間の薬になるものを探して増やすという行為から主に出発しているが、大航海時代ではそうした異国の植物を自国に持ち帰って植え、それを経済行為に結びつけようという考えもあった。だが、人間は見たことのないものに対しては、利益云々とは別にまず純粋に驚き、そして取りあえず収集するという精神がある。ただ金儲けのために大航海時代があったのではないだろう。RHSの創立は1804年ということで、これはクックが生存していたならば76歳のことだ。いかにもという時期だが、イギリスがボタニカル・アートのメッカであるのは、いち早く未知の海を探検してその生態を記録しようとしたことによる。ただし、この展覧会に謳われているように、植物画の『500年の大系』と言うのであれば話は違って来る。ヨーロッパに自生する植物は遠いギリシア時代から研究されていて、ボタニカル・アートと呼ぶべきものはすでにあった。中世はさほどその発展はなかったが、ルネサンス期にまた飛躍的に描かれ、そうした時代のドイツやオランダにおける作品が今回は最初のコーナーに展示された。ボタニカル・アートは複製を前提とした絵であるので版画技法が応用されるが、木版画から銅版画へと、細い輪郭線の表現が一気に可能になったことで、ボタニカル・アートの華麗さは格段に進展を見た。今回の展覧会ではそのことが実物によってわかりやすく紹介されていた。また紙ではなく、羊皮紙に描かれたものもあって、それらは複製では全く質感が伝わらない。その美しさは実物を間近で見るしかない。その意味で、図録は印刷がかなりいいが、現物に及ぶべくもなく、展覧会は実際に足を運ばねば感激が激減するものであることを再認識した。そして確かにボタニカル・アートよりは実物が美しいのはわかっているが、絵は大切にすれば永遠に同じ形でいつでも鑑賞出来る。
by uuuzen | 2005-08-31 23:44 | ●展覧会SOON評SO ON
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