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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●『50 years with miffy ミッフィー展』
7月のある日、よく行く画廊で無料招待券をもらった。2年前に京都高島屋の美術ホールでミッフィー展を観たので、今回はもういいかと思ったが、神戸に出かけるついであれば観ようと思った。



●『50 years with miffy ミッフィー展』_d0053294_0164858.jpgところが会期最終日の今月16日までに神戸には行くことが出来ず、神戸の次に巡回する京都大丸でのチケットをネット・オークションで入手した。せっかく無料の券があっても、神戸まで阪急電車で往復1200円するし、ミッフィー展だけのためにわざわざ出かけるつもりはなかったが、京都の大丸なら行きやすい。それで明日が最終日なので、今日は仕事で大宮に出たついでに立ち寄った。去年だったか、ミッフィーの生みの親であるディック・ブルーナのアトリエでの制作光景がTVで放送された。それとほとんど同じ映像が今回も映し出されていた。2年前の展覧会と大きく違うところは、その制作の様子を映す画面を、ブルーナのアトリエを再現したコーナーの内部の、テーブルのすぐ後ろに置いていたことだ。画面の中のブルーナはもちろんアトリエで描いているのだが、それと同じように作られた模擬アトリエが会場の一角にあり、アトリエ内のブルーナを撮影したカメラの位置に近い場所に立ってその模擬アトリエを眺めると、時々模擬アトリエがそっくりそのまま同じ角度で縮小して画面の中のアトリエとなって見える場面があった。そういう時は一瞬模擬アトリエが実物のアトリエのように思えた。リアルな映像はますます現実と区別がつかなくなっていると実感した。模擬アトリエにはちゃんと作業デスクの前に窓があったが、それが17世紀のフェルメールに代表されるようなオランダ絵画によく登場するものに思えた。ブルーナがそうしたオランダ絵画の偉大な歴史を意識していないはずがないことは、2年前の展覧会でよくわかったが、今回はさらにその点に関心があって観た。
 ディック・ブルーナという名前はイタリア人のようだ。ミッフィーの絵を初めて意識した今から30年前、イタリアに旅行するという友人にブルーナの絵のことを伝えたことがある。当時はミッフィーと呼ばれてはおらず、「Dick Bruna」が登録商標されていて、「ミッフィー」は「うさこちゃん」と呼ばれていたと思う。今日の展覧会でこの点はよく理解出来た。福音館が最初にブルーナのこのうさぎを扱った絵本を出版した時、「ミッフィー」ではなく「うさこちゃん」と名づけた。その後に講談社もブルーナの絵本を扱うようになった時、ミッフィーにしたそうで、今ではミッフィーが定着し、今回もそれに統一されていた。このミッフィーという名前は原語ではなく、オランダではうさぎちゃんを意味する「ナインチェ(Nijntje、綴りは間違っているかもしれない)」と呼ばれていて、それを英語に訳す時にミッフィーという言葉が使用され、それを講談社がそのまま受け継いだと思う。日本では「ナインチェ」より「ミッフィー」の方が断然ふわふわとしたうさぎを表現しているように耳に響く。「うさこちゃん」では昔話っぽいし、あたりまえ過ぎでもあるので、「ミッフィー」でいいと思うが、外国のものをそのまま片仮名にするは本当は安易過ぎて気に入らない。かと言って「うさっこ」や「ウーサッギー」もよくないから、これは「うさぎ」という響きが本来よくないと思い至る。それはさておき、ミッフィーは下の妹から教えてもらった。筆者はうさぎ年生まれだが、当時の、つまり24歳の時の年賀状図案にこのミッフィーの冬の格好をしたものから選んで模写したことをよく記憶している。それよりもう少し以前にミッフィーの存在を知っていたはずだが、直接のきっかけは妹が勤務していた布団などの寝具を扱う会社に勤務していた頃、ミッフィーに目を留めて、しきりにそれがかわいいと言って家で騒いでいたことによる。妹は橇に乗ったり、頭巾をかぶったりした冬の格好のミッフィーをたくさんプリントしたこたつカヴァーなどの商品を会社で扱い、わが家でも早速使用したりしたものだ。そのこたつカヴァーは10数年使用したが、さすがあちこち生地が弱くなって処分した。今はミッフィーをデザインしたありとあらゆる商品があるが、30年前はごく少なかったと思う。前述したイタリアに旅行した友人もミッフィーのことを知らず、当時はまだ誰でも知っている存在では決してなかった。
 ミッフィーがかわいいと思い、年賀状のデザインにそのまま使用してから30年、まさかこれほどまでに息の長いキャラクターになるとは想像しなかったが、今にして思えばこのミッフィー以降日本ではキティちゃんが作られ、かわいいアニメ・キャラクターとその商品が世間に蔓延するようになった。ミッキー・マウスとは別の、単純な形のかわいいキャラクターを考える時、ミッフィーがその先駆となっていることは間違いない。まんが大国の日本がどうしてミッフィーのようなキャラクターをオランダに先駆けて生み出すことが出来なかったのか不思議だが、それはアンパンマンの例からもわかるように、キャラクターが日本でしか通用しない性質を持っていることが多いことと、日本から世界に向けての発信がそもそも得意でないことによる。今ではキティちゃんをかわいいと思って、そのブランド商品を購入する外国人も多いから、一見無国籍風のキャラクターを作ることは商売上、かなり重要な方策だ。アンパンがもし世界中の人がよく食べるものになれば、アンパンマンも同じように世界的に有名になるはずだが、そうした世界に通ずる無国籍風キャラクターは、ごく単純な線や色で作られる方が印象に強いため、どうしても似たりよったりなものになり、そうなれば先駆的なミッフィーにはかなわない。つまり、ミッフィーはディック・ブルーナが生み出さなければ、いずれほとんど似たものを別の誰かが世に出していたのではないだろうか。韓国のTVドラマのちょっとした部屋の場面にミッフィーのポスターがさりげなく貼ってあったりするが、日本だけではなくアジア各国でもミッフィーが受け入れられていることがよくわかる。40の原語に翻訳され、8800万部だったか、とにかく空前の売行きをしているから、韓国ドラマにミッフィーが映ることは何ら不思議ではないわけだ。
 ミッフィー人気がついにここまで来たかと思ったのは、切手が発売された時だ。1998年の「ふみの日」から5年連続でブルーナの描いた原画が切手や小型シートに使用された。それらは毎年5、6点ほどの原画を使用したもので、ブルーナの人気を日本が全面的に認めた大きな証であったと言ってよい。原画にはミッフィーは使用されなかったと思うが、線の描き方や色はミッフィーと共通し、誰が見ても即座にミッフィーを連想する。日本が外国の有名グラフィック・デザイナーの原画をこれほど大量かつ長年にわたって使用した例は他にはなく、まさに特筆すべき採用であったが、絵が切手にはよく似合う単純なものであったことも採用の理由のひとつであったかもしれない。ブルーナの描くミッフィーその他のキャラクターはすべて黒の線によって輪郭づけられ、その内部に平面的に色が入っている。このあまりの単純さに、誰でも簡単な仕事とまず思うが、制作工程の映像を見ると、フリーハンドで描かれるそれらの線はさっさと一気にというものとは正反対に、まるでかたつむりが歩む以上に遅いスピードで引かれる。ブルーナの引いた線を拡大すると微妙に揺れが見えるが、烏口で描いたようなすっきりとシャープな線に仕上げるのではなく、胸の鼓動が手を介して線にそのまま現われたような、ごくわずかな震えがあることが、単純そうに見えている絵全体を暖かいものに仕上げている。ペンでさっさと描く能力もあるだろうが、それをせずに1点ずつていねいにくゆっくりと仕上げているところに、軽みのミッフィーに一種の風格ある重みを与えることに成功している。それは使い捨てではなく、いいものを、完成度の高いものを作り上げるという態度あってのことで、そこが一朝一夕には誰でもが真似出来ることではない。1955年の絵本に最初に登場させてから今年は50年になるというから、それはなおさらだ。同じキャラクターを50年も描き続ければ、それなりに風格が宿って当然だが、ブルーナは同時に年間100点もの本の装丁の仕事をこなしていた時期もあり、またミッフィーだけではなく、豚や熊、犬を主人公にした同じタッチ、同じ色彩の絵本も描いており、今回はそれらを含めてミッフィーを見つめ直すよい機会であった。
 ミッフィーの絵本は1955年にまず2点が発表され、それらは1963年に改訂版が出された。オリジナルと改訂版とはかなり違う。改訂版はよけいなものが削ぎ落とされた。文章は数分の1に減り、キャラクターもかなり形が整理されて動きが少ないものになった。それだけ記号化が進んだということだが、単純なものほどインパクトがあって人々の記憶に残りやすいから、この改訂版がミッフィーの世界制覇の直接のきっかけをつかんだと言ってよい。オリジナルも改訂版も見事に時代を体現していることがよくわかったが、それと同じことは1963年以降も描き続けられているミッフィーにも言える。同じ単純なうさぎではあっても、微妙にタッチが変わって来ていて、新しいものはやはり新しい感じがするから不思議だ。それは体の形や目や口の形、位置がわずかに変化して来ているからでもあるが、その変化は数値的には示せないほど微妙なもので、そのわずかな差が人々に変わったなと感じさせつつ、以前と同じミッフィーであると思わせるところがさすがだ。数年前からオランダではブルーナが作り上げたミッフィーを初めとしたキャラクターが登場する立体アニメ番組が放送され、NHKでは2002年からやっているそうだが、会場でその撮影に使用されている人形の展示と番組の放送があった。ミッフィーの絵本を見て誰しも気かつくことは、ミッフィーはほとんど正面顔か、その反対の裏側しか登場せず横顔は決して描かれないため、奥行きのある立体という感じがあまりしない。それゆえ、どのようにして立体アニメを作るのか興味が生ずるところだが、キティちゃんでも昔から立体の商品があったから、ミッフィーを立体化させるのはそう難しいことではない。頭のどの程度まで奥に耳をつけるのか、体の厚みをどうするかなど、クリアすべき点はいくつもあるが、立体アニメは実によく出来ていた。期待したのは絵本では絶対に見ることが出来ないミッフィーの真横顔だったが、それが画面に映った時、さほど違和感を覚えなかった。日本のアニメでも鼻を小さく描くことはキャラクターの必須条件だが、ミッフィーには鼻がなく、横顔もしたがってただのつるりとした丸形なのだが、目や口が黒ではっきり描かれているので、横顔でもそれらがわずかに見えて違和感を与えない。それに目のまばたきのシーンが多用され、生き物である演出をうまくしていたのは感心した。また、これは当然だが、人形を使用したアニメであるから、絵本に特徴的な黒の輪郭線がないことが興味深かった。そして、っきりした輪郭線がなくてもミッフィーだとわかるほどに形や色の完成度が高いことを改めて思った。そこで想像することは、ブルーナは後年ひょっとすれば黒の輪郭線を限りなく細くするか、思い切ってなくしたミッフィーの絵本を作るかもしれないということだ。もし、そうしてもミッフィーは相変わらずミッフィーとして人々に認知されるだろう。
 なぜそんなことを思ったかは理由がある。直接には、輪郭線というものがない立体アニメでもブルーナの世界そのものであったという事実だが、それ以外に連想するのはモンドリアンの絵だ。ミッフィーの絵本のひとつにミッフィーが美術館を訪れるというものがある。ミッフィーが自分と同じ顔の形をした絵を見つめているシーンでは、見つめるミッフィーは今までどおりに黒い輪郭だ描かれるが、鑑賞される絵には輪郭がない。これは紛らわしさを回避するための当然の措置だ。絵のミッフィーとその絵の中のミッフィーとを区別しなければ、どちらも同じ生き物としてのミッフィーとなってしまうからだ。この描き分けはこの絵本で初めて登場するわけではない。ごく初期に、たとえば回転する飛行機のプロペラは輪郭線を省くことで動いている感じを出している。つまりブルーナは必ずしもどんなものもすべて輪郭線がなくてはならないと思っているのではない。そうなると、この輪郭線をどうするかでかなりの変化を持たせることが出来る。同じことはモンドリアンの絵にある。白地のキャンヴァスに縦と横の黒い線と赤青黄の3色だけを使用したモンドリアンの絵も、時代が進むにしたがって変化が現われる。最晩年の「ブロードウェイ・ブギ・ウギ」などに至っては黒線であるべきところに赤青黄の3色がそのまま入り込んでいる。この作風がもっと進めば、赤青黄のみで画面を構成するようになると思わせるが、それはそれまで黒を使用していた画面に比べるとはるかに開放感があり、それでいてモンドリアンそのものの作品を伝える。同様にブルーナも黒の輪郭線を一切捨てて色面だけで構成しても、それは新たな衝撃的なミッフィーの世界になりこそすれ、旧態に逆戻りすることにはならないだろう。
 初期の頃は線も色も同じ紙上に描いていたブルーナだが、やがて線のみ手書きし、色は色紙を輪郭線に沿って切り、それを透明フィルムに焼きつけた線描の下に置いた紙に貼りつけることで版下とした。色紙はブルーナが厳格に決めている6色だが、たまに灰色を使う時期もあり、絵本の内容にしたがってわずかずつ変化させている。ただし禁欲的に6色に限定しているのはまさにモンドリアンの国に生まれた才能であり、ブルーナがフランドル絵画の歴史の蓄積の中から必然的に生まれて来たものであることも感じさせる。したがって最初に書いたように、日本からは決して生まれ得なかった才能ということにもなる。ただし、フランドル絵画がモンドリアンのような単純の極致のみで代表されるわけではなく、幻想絵画の伝統も色濃い。ブルーナがそこをどう折り合いをつけているかだが、1955年に発刊された最初のミッフィーの絵本には天使が登場し、そのことをブルーナ自身が幻想的と語っていることは注目してもよい。そしてブルーナがいつまた幻想的な要素を垣間見せるかだが、ミッフィーの絵本シリーズの中ではおばさんの死を扱ったものがあって、それには棺桶や墓が重要な素材として登場し、今までにはない物語の脹らみはある種幻想的と言えるものを示してもいる。単純な線や色で構成されるミッフィーが全く害のない、それゆえ考え方によっては現実離れした、場合によっては正反対の残酷な物語の主人公にもなり得る存在と思うことも出来るが、そこをブルーナはよく知っており、そのために喜怒哀楽の「哀」の部分をミッフィーのおばあさんの死を扱った絵本で提示したのではないだろうか。残されるのは「怒」だが、子どもが生まれて初めに接する絵本に「怒」の要素は不要であるかもしれず、ミッフィーの世界の可能性には限界があるかもしれない。もう少し対象年齢を上げればそれは可能だが、そこまでしてせっかく築き上げたミッフィーのかわいさを台なしにしてしまうことはまずないだろう。そう思えば残念だが、各自が頭の中で怒りの表情のミッフィーを想像すればよいことだ。
 もう少し書こう。ブルーナの再現されたアトリエは、その柱にピンで留められているカードや写真類までコピーが展示された。その中にはマティスの有名な青い裸婦の切り絵をデザインしたチケットもあったが、ブルーナはマティスやアレキサンダー・カルダーを敬愛しているという。自分で色を決めた色紙を切って版下に使用することはマティスの影響と言えるし、黒い輪郭線や赤青黄の原色を使用する点はカルダーそのものに見える。しかし、ブルーナの作品を見てマティスやカルダーを連想する人はあまりいないのではないだろうか。ブルーナはやはり独自のものを持っている。それは大人から見ればマティスやカルダーほどにはスリリングではないが、そうした先達の大芸術家にどこかでつながっていることを如実に感じさせる点で、見ていていやな感じは全くしない。それどころか古典や伝統といったものの重みを伝え、安心して寄りかかれるものが伝わる。そんな存在であるミッフィーから、やがて子どもたちがマティスやカルダー、モンドリアンといった世界があることを知るようになればいいと思うが、日本のアニメ・オタクがさて日本アニメの源流をどんどん遡って鳥羽僧正の鳥獣戯画を熱心に研究することにはならないであろうことと同様、それはあまり期待出来ない話か。会場では2000円だったか、ハード・カヴァーの、カラー刷りページが豊富な分厚い図録が売られていた。通常は紙である表紙カヴァーは透明なフィルムが使用され、そこには黒でミッフィーが印刷されて、下から透けて見える色面構成のミッフィーと重なって完成作が立ち現われるように造本してあった。この洒落たデザインはブルーナの仕事の過程がよくわかる仕組みになっていて、近年見た展覧会図録の中では最も見事な1冊だ。中身の豊富な資料と相まってグラフィック・デザイナーなら必携のものに思えた。買おうとしたが、ポケットを探ると小銭入れしかなかった。明日は会期終了日だが、四条烏丸には出かける用事はないのでもう買えない。ま、いいか。
by uuuzen | 2005-08-29 23:58 | ●展覧会SOON評SO ON
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