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●『建築を彩るテキスタイル 川島織物の美と技』
統の長さつながりで今日はこの展覧会を取り上げる。昨日祇園祭の山鉾巡行が終わったが、祇園祭そのものはまだ終わっていないので、本展を紹介しておくのはいい機会だ。



●『建築を彩るテキスタイル 川島織物の美と技』_d0053294_2545499.jpg京都文化博物館の3階の常設展示では祇園祭の山鉾を飾る染織品を見ることが出来るが、定期的に内容を変えるのかどうか、宵々山に見た時はこの常設展示室が新装オープンした時と同じで、李朝の面白い図案の胴懸の織物がまだ飾られていた。有名な作で昔から筆者は気に入っているが、これは復元新調されずに、現代の画家に下絵を描かせたものと取り換えられて巡行に使用されている。胴懸は古いものと全く同じものを新調する場合と、新たに創作する場合とがある。町衆の考えによって山鉾の飾りがこのように違うが、時代の変化に伴って新しい図案を使用するのはいいことだ。この李朝の不思議な絵の胴懸は墨の線によって龍や虎が漫画的に省略気味に描かれている。そういう作では復元は簡単でありながらもまた難しい。織は技術が模倣出来ても、描画は描き手の個性が入り込むのでそうは行かないからだ。祇園祭の山鉾の飾りで最も目立つのはこの胴懸だ。前と横、後ろの四方をいわば絨毯のような厚い織物で取り囲む。それは町衆の財力を誇示するかのように異国から将来されたものが多く、また日本で作ったものでも贅を凝らしたものばかりだ。そういう染織に関心がある人には祇園祭は面白いが、そんな人は宵山に訪れる人の0.1パーセントに及ばないだろう。京都は今なお染織の伝統が続いているとはいえ、たとえば前述の常設展示室の後半にあった企画展では北野天神絵巻のデジタル復元が全巻展示され、それを平成を代表する模本と称しているところ、もはやコンピュータによるインクジェット印刷は本物を再現するのに最もよい技術と認められつつあって、染織品ですら白い布地に同様の方法で印刷すればよいという意識が高まっている。人形作家は模様や染めのよい古い布地の入手に頭を悩ますが、そういう布を撮影し、精巧なインクジェット印刷で模造製作することはもう何年も前から行なわれている。そのことによって、高くて手が出なかった古布とほとんど同じに見えるものが安価で入手出来るし、大半の人は模造とは気づかない。ガラス越しとはいえ、北野天神絵巻を間近に見て驚いたのは、顔料の艶消し具合がそのまま再現されておたことだ。紙は特別に漉いたが、インクも原本に近く見える顔料が用いられたのであろう。原本と模本を隣り合わせに展示しないことには再現ぶりの巧みさはわからないが、本物と言われれば誰しもそう思ってしまうほどの出来栄えで、もはや模写を得意とする人間は不要になったと言ってよい。そうなるとますます描く技術が衰退する。そして大切なのは原本で、その所有者は撮影や印刷させることと引き換えに代金を請求し、その費用が侮れない時代が来るだろう。
 一昨日書いたように、祇園祭にいずれ新たに布袋山が参加しそうだが、その胴懸は博物館が所蔵する絵画をもとに、それをインクジェット・プリントするようだ。これは北野天神絵巻の平成模本からして納得出来る考えだ。そういう胴懸が、他の山鉾に飾られる200年や300年前のものと比べて見劣りしないかという懸念があっても、絶えず時代を反映して行けばよいし、またそうすべきであることから、それなりに話題を呼ぶだろう。そして、もしその布袋山の胴懸が他の古い染織品と比べて何ら遜色がないと思われることになれば、昔の技術で高額を費やして復元していたことが経費削減の観点からも見直され、なし崩し的にどれもインクジェットで印刷することにならないとも限らない。そうなれば、伝統文化は完全に死語と化す。織物に限らず、染織というものは、本当は表側の目に見える部分だけが染まっていればよいというものではない。ざっくりした糸で織られた重厚な織物は、インクジェット印刷ではとうてい再現出来ない色の深みや表面の光沢を持っている。そういう視覚の微妙な味わいを知る者がいる限り、たとえ多大な時間と費用を要しようとも、昔ながらの織りの技術は廃れない。だが、今年の宵々山でも浴衣姿の大半の若い女性は、原色を用いた安っぽいものを着ていて、もはや伝統的な染色が何であるかはとっくに忘れ去られた。年に1回しか着ないものに、何十万円も費やす方がおかしいのであって、せいぜい数千円から1万円までで着られる商品に人気が集まるのは当然だ。浴衣でそうであれば成人式の振袖も同じだ。筆者から見れば、いくらリーズナブルな価格とはいえ、品物と照らし合わせると、お金をドブに捨てているも同然の醜悪なものばかりが目立っている。そういう振袖を着ていると、せっかくの美女も美しく見えないのが道理だが、そんなことを露とも思わずに本人たちは澄ましているし、またそれが許されるのが若さだ。本当の美とは何か、伝統的な美とは何かなど、時代の流れでどうにでもその時その時で作り変えられる。民主主義の世の中は多数決で物事が決まるから、宵山で目立つ安価で派手な浴衣こそが現在の先端の美であると考えるべきで、そうなれば誰も古ぼけた胴懸など着目しないことが正しい。したがって祇園祭の神髄は山鉾巡行などにあるのではなく、宵山の屋台とそれに群がる行為と言いたいわけで、この考えに同意する人はおそらく8,9割を占める。民主主義は安っぽさを蔓延させる。王侯貴族がいなくなればそれは当然であり、その姿こそ万人が喜ぶべきで、かくて王侯貴族的に金のある者はジーンズに宝石を散りばめて差別化を図る。そのうちキモノもそうなるはずで、手間暇かけて一点限り染めるキモノではなく、髑髏マークを染めたプリントの安価なものを土台にダイヤモンドを縫いつけたものが売れる。それが新しい本当の伝統と主張する評論家も出て来るに決まっている。
 13日に大阪に出てINAXギャラリーを訪れた。案内はがきを見るとINAXの文字が消えてLIXILギャラリーとなっている。これは「リキシル」と読むが、舌を噛みそうで馴染めない。7月からそうなったようで、別会社と統合したのだろう。今回の展覧会にはいつも製作される正方形の判型のブックレットがなかったことは先日書いた。その理由はギャラリーの名称が変わったためではなく、川島織物という全く別の会社の仕事を丸まま紹介する内容であるためと思うが、せっかくこのブックレットを楽しみに出かけたのに肩透かしを食らった。また会場内部の写真を撮りたかったが、係員に訊くと駄目との返事であった。これも川島織物から禁止されているのであろう。このギャラリーは小さな空間であるので、展示品は通常の美術館の10分の1ほどだ。今回行く気になったのは案内はがきに若冲の鶏の織物のクローズアップ写真が使用されていたからだ。これは有名なセントルイス万博に川島甚兵衛が出品した「若冲の間」の一部だ。「若冲の間」とは、若冲の「動植綵絵」を模写して織物で再現したものを壁面に貼りつけたもので、内部を撮影した白黒写真が残っている。今回はその部屋の模型が展示された。残念ながら、非常に小さなものであった。その写真を撮り、拡大してこのブログに載せる計画が夢に終わった。案内はがきに印刷された雄鶏は、「動植綵絵」から模写した下絵とそれをもとに織った完成品が、同じ部分が比較出来るようにと、全紙サイズに引き伸ばされた写真が壁に並べて展示されていた。これは初めての試みのはずで、「若冲の間」の下絵が残されていることが興味深い。筆者が知らなかっただけかもしれないが、その下絵すなわち「動植綵絵」の模写が、ごくわずかな面積ながらも紹介されるのは、染色を生業にする者にとっては大きな見どころだ。また、その下絵をもとにして織ったものが実に素晴らしく、実物は見る角度によって光沢を変えたはずで、若冲が見たとしても大いに喜んだに違いない。ちなみに「若冲の間」は若冲没後100年ほどのことで、その間に京都の織りの技術は大きく進歩した。川島織物は江戸末期に六角室町に創業したというが、昨日取り上げた映画『祇園祭』では、新吉ら町衆は農一揆の襲来があっても六角堂だけは死守したから、六角室町は京都の染織の中心地であった。そこに若冲没後数十年後に川島織物が創業され、二代目甚兵衛が押し寄せる西洋の波に備えていち早く京都の織物の技術を、今までのようにキモノや帯だけではなく、室内のインテリア、特に西洋の壁紙に劣らない絵画的なものをと思い、若冲や光琳、あるいは明治時代の画家に下絵を求めた。それは京都の伝統工芸が世界に打って出ても絶賛されるものであるという自信を持っていたためで、言うまでもなくヨーロッパの織物調査に出かけた結果だ。「若冲の間」は、情報収集と培って来た高度な専門技術が合わさっての仕事で、その伝統がその後、つまり二代目が意識した万博ブーム以降どうなったかの変遷が知りたいところだが、それは川島織物が所有する織物文化館を訪れれば一端がわかるのだろう。
 今回の展示でもうひとつ興味深かったのはその川島織物文化館のいわば前身と言ってよい「織物参考館」の紹介だ。これは二代目が自宅にしていた三条高倉、すなわち現在の京都文化博物館のある辻だが、そこにかつてあった。3階建てで、1,2階にヨーロッパ旅行で収集した裂地や本を保管、3階は壁や天井、テーブルクロスや椅子張りなどに織物を用いたもので、日本初の企業博物館であったという。その理念が左京区市原に川島織物が移転してからも生かされた。今回はいわば川島織物文化館の紹介で、正方形のブックレットの代わりに同館のうすいパンフレットが1部芳名帳の傍らに置かれていた。筆者は岩倉には昔頻繁に行ったが、市原には縁がない。そのため、川島織物文化館を知らない。染色は前述のように安価なプリントの浴衣が毎年売れるが、豪華な織物は友禅の訪問着が売れなくなっているので、西陣の帯を製造する会社はうんと減少した。川島織物はもっと大きな面積の、たとえばカーテンや家具に使用する布地、あるいは緞帳などの美術的なものを専門に手がけているはずで、呉服業界のように不況と時代の変化の影響をまともには受けていないと思うが、その分一般人にはあまり知られない存在で、織物文化館に関心を抱く人は専門家が大半であろう。織は間口が広く、手織り作家はおそらく川島織物が作る商品には関心がないはずで、筆者もどちらかと言えばそうだ。それはさておき、同館には「若冲の間」に関する実物資料の展示がもっと多くあるのかもしれない。それにしても今回わずかに展示された「若冲の間」のために描かれた「動植綵絵」の下絵部分とそれをもとにした織物との比較を、もっと別の作品や別の部分の写真を満載したブックレットが製作されてもよかったのではないか。いや、待てよ。念のために今LIXILのホームページをじっくり見ると、本展のブックレットは7月下旬に1890円で発売されるとあるではないか。展覧会は8月23日までだ。それまでに大阪に出る予定があるので、もう一度見に行けば買えるかもしれない。また、25日は予約者25名に限り、川島織物文化館を見学出来るという。すでに満員になったと思うが、明日問い合わせてみようか。京都に住むなら一度は見ておくべきだろう。
by uuuzen | 2012-07-18 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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