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●『将軍の息子』
深夜TVで録画して観た。主人公が『愛の群像』に出て来るソック・オッパで、少々驚いた。映画で主役を張るほどの役者であったことが初めてわかったが、そう言えばソック役はなかなかうまくて、ずっと気になっていた。



この映画は1990年の制作だ。主人公を演ずるパク・サンミンのデビュー作というが、『愛の群像』は1999年の作品であるから、9年経って脇役でTVドラマに出演したことになる。韓国では映画に出演する方がTVよりも上に見られるとのことだが、これは日本でも同じだ。韓国では俳優の競争が日本以上に激しく、映画で華々しいデビューを飾っても、その人気を10年保つのは大変なことのようだ。それにしてもこの映画に登場するパク・サンミンはかなり童顔で、決して喧嘩に強くは見えないので、そのことが演技に少し無理があることを感じさせるが、『愛の群像』では気弱な役を演じ、それなりに落ち着いた風貌もあって、安心して観られる。他にどのような作品に出ているのか、またどれほど有名なのか知らないが、主役は無理としても重要な脇役としてキャリアを積んで行くだろう。俳優は男前過ぎると人気は一時的なものになりやすいだろうし、男前ではなくても渋い演技の味で売るような道を目指す方が、俳優人生としては成功と言えるだろう。『愛の群像』ではあまり暴力シーンはないが、無学で金もないソックは悪い連中に近づいたりして、暴力沙汰に見舞われる。そんな時、まこに不甲斐ないソックで、その頼りなさが、体格も頭もよく、また男前のペ・ヨンジュンと好対照を成していた。本当のパク・サンミンはそんな人柄ではないと思うが、ペ・ヨンジュン演ずるカン・ジェホを引き立てるためには、そのような損とも言える役回りを担当するしかない。そして、実はそんな役の方が主役よりも難しいのではないだろうか。その意味で、『愛の群像』では当然主役のペ・ヨンジュンが最も目立ってはいるが、それでも忘れることの出来ない役どころをパク・サンミンは演じていた。素人っぽい雰囲気が多少感じられる演技だが、それも計算づくのうえと見た。
 そしてこの『将軍の息子』だが、TVでの解説によれば、この映画における派手な暴力シーンのおかげで、パク・サンミンは随分長い間人々のイメージを塗り変えることが出来なかったという。それだけこの映画の人気が高かったことになるが、約68万人が観て、1990年上映の韓国作品ではトップの成績だった。またこの映画はシリーズもので、3作目まであるとのことで、それを最初から見越して脚本が書かれていたであろうことは、この映画を観てよくわかった。もし、主役の人選が失敗して最初のこの映画がヒットしなければ、続く2、3はどうなっていたのかと思うが、結果的にその心配は免れた。監督は韓国の黒澤明と呼ばれるイム・グォンテクで、この映画は89作目という。有名監督であり、しかも多作であるので、この映画もどの程度当たるかは予測がついていたのだろう。あまりタイトルを気にすることもなく観始め、ほとんど最後になってパク・サンミン演ずるキム・トハンという男が、実はその浮浪者同然の育ちにもかかわらず、将軍の息子であったということが兄貴分から明かされる場面があって、少し違和感を感じた。日本の感覚から言えば、将軍と言えば江戸時代を連想してしまうが、この映画の舞台は1930年代、つまり昭和一桁時代のソウルだ。日露戦争の結果、日本が朝鮮半島を植民地化することが決定的になって行くが、正式に併合が行なわれたのは1910(明治43)年のことで、それから20数年経ったソウルでの出来事を描いている。有名な世界恐慌が1929年で、日本でもその影響を受けて大学は出ても就職口がないという状態に陥って行き、1931年には満州事変が勃発し、ファシズムまっしぐらとなる。そのように日本国内でも大激動の時期であるから、植民地の韓国がどうであるかは想像にあまりある。そんな時代のソウルを舞台にして映画を作るというのであるから、これはなかなか面白い。日本で仮にこの映画と同じ時代のソウルを舞台にして物語を作っても、それは当時ソウルで商売をしていた日本人のごく内輪の私小説的なドラマにしかなり得ないであろう。そうしたものならば、この時代のソウルに設定する必要もないから、結局は当時のソウルを描くとなれば、韓国映画に頼るほかない。受難の歴史の連続である朝鮮半島を考えれば、民族主義的な立場からいくらでも素材は転がっており、たとえばの話、NHKの大河ドラマにあるような、採り上げられる歴史上の人物にももう限界があるといったことにはならないのではないだろうか。それは仮に歴史的にさほど有名ではなくても、民族主義で外的に立ち向かったような人物はいくらでもいるため、そうした人物やサークルに視点を定めると、無数のドラマが創出出来ると考えるからだ。日本の場合、外敵に襲われたことがないため、そうした血が沸くような歴史ドラマの作りようがない。
 先に民族主義と書いたが、こうした言葉はかなり誤解も与えるし、歴史の中に置き場所によって意味も多少違って来る。日本の右翼でも国粋主義的な民族主義的の立場はあるし、自国が他国に支配されている場合は、民族の誇りを奪還するために民族主義を掲げる人々が出現するのは当然のことであるからだ。日韓併合以前に、日露戦争時における国費の大出費によって、日本国民の生活はとても苦しくなって貧民が極端に増加して行ったが、そんな中から左翼運動が必然的に活発になった。そのような共産主義や無政府主義が勃興する一方で、明治政府は天皇を絶対的な存在として国を動かしていたから、思想弾圧はあたりまえのように行なわれ、幸徳秋水の大逆事件による死刑判決などの例のように、国家権力はますます強化された。国家が大切とは言うが、結局のところごく一部の富裕層が潤うだけで、大半の国民は搾取されるのみという構図は歴然としていて、それに反対を唱えて行動しようものなら、治安維持法で拘束という道が待っていた。日韓併合によって、朝鮮人と日本人がお互いの国土を行き交うようになり、無政府主義者の連携といったこともあったが、そうした動きも政府によって潰され、資料もほとんど残されなかったため、歴史の合間に消え去って今は興味を抱く人もごく限られるだろう。それに、日本と朝鮮だけの問題ではなく、そこに中国も含んで、この映画でも描かれているように、ソウルに中国人が経営する食堂があるなど、当時の朝鮮半島は国際的であった。したがって、無政府主義者の行動範囲も日本と韓国だけの関係ではなく、中国も視野に入れる必要があるが、そんな研究はなかなかされないし、また戦前に比べれば、日本も韓国も豊かになり、無政府主義という言葉そのものが風化し、しかも誤解もされている。日本でそんな思想を抱けば抹殺されたが、日本の支配化にあった韓国では、同じ無政府主義でも少しニュアンスが違って来る。無政府主義は共産主義と同じようなものと思われがちだが、実際は違うもので、朝鮮では特にそうだった。どちらも民族主義に根ざしているとは言っても、これは抗日という意味においてだ。無政府主義は「政府をなくす主義」といったように受け取られかねないので、今では英語のアナキズムを使用する場合が多いが、「アナーキー」は「無政府状態」すなわち「指導者がいない」であって、何だか爆弾を仕かける人物を連想し、実際戦前の日本でも爆弾を用意して天皇を殺傷する意図があったとして無政府主義者や社会主義者を死刑にしたのだが、今ではむしろイスラム原理主義の過激性と同じようなものかという誤解も与える。韓国では無政府主義を自由社会主義と呼ぶようにしているというが、これはごく簡単に言えば、たとえばジョン・レノンが「イマジン」で歌ったような内容を連想すればよいかもしれない。政府指導者の暴走を食い止め、もっと広く一般市民のためになる活動を目指す主義と言ってよい。なぜこんなことをくどくど書くかと言えば、日韓併合と日韓のアナキズムは軌を一にしており、この映画を理解するためにも、ごく簡単な背景をある程度知っておいた方がいいと考えるからだ。
 だが、この映画はほとんどがキム・トハンのヤクザの親分としての成り上がりの物語で、格闘場面ががとても多い。そのため、歴史事情はほとんど引っかからずに素通りしてしまう恐れがある。実際は重大なテーマを扱っているにもかかわらず、活劇的側面が大半であるために、安易なストレス解消のドラマと認識されてしまいかねない。そこが残念なところと思えるが、もっとドキュメンタリー的なものとして描けば大衆は歓迎しないのは明白で、抗日運動の核となるような精神を、誰にでもわかりやすく面白く描くことで、抗日運動の歴史に対する興味への突破口を用意していると見れば、この映画は大成功をしている。以下、簡単に筋書きを。キム・トハンはソウルの橋の下で暮らしてゴミ拾いをしている身寄りのない若者だが、ある日腕っぷしのよさを見込まれて、ソウルの最大の道路である鐘路(チョンノ)を中心とした地区を牛耳るヤクザに拾われる。鐘路は今でもソウルを代表する東西に走る大きな道路で、300年前からそれは変わらず、日韓併合された後でも、そこの支配権を死守しようと朝鮮人のヤクザたちは闘争を繰り広げていた。中国人ヤクザの馬賊や学生服を着た京城(ソウル)帝国大学のヤクザ集団も登場し、朝鮮人ヤクザは馬賊や日本人ヤクザの覇権を奪おうとして次々と闘争を挑む。頭目対頭目のほとんど武器を使用しない対決で、今でいうK1の格闘技のようで、破れた方は潔く鐘路から去る定めになっている。日本人ヤクザは朝鮮人を雇って朝鮮人ヤクザと戦わせるなどし、また手下の生活の面倒をよく見るため、強力な組織となっている。その日本人ヤクザの親分を演ずるのは、今京都TVで放送中の『風の息子』に、あるいは『天国の階段』に画家役として登場したシン・ヒョンジュンで、日本語の発音が非常に上手で驚いた。日本人による吹き替えかと耳を疑ったほどで、どれほどの発音の矯正訓練を受けたかと思わせる。話が少し横道にそれるが、この映画に登場する日本人役はすべて韓国人が演じたようで、日本の家屋も含めてなかなか見事と言ってよい。ただし、シン・ヒョンジュン演ずる林組の親分は、いつもキモノ姿はいいとして、前の合わせが右前になっている。これは日本のキモノの着付けとは反対で興ざめがする。また、日本女性のキモノ姿も頻繁に登場するが、どれも帯のつけ方が全くまずくて、だらしなく滑稽に見える。こうした日本のキモノは日本人のしっかりした着付けをする人の助言や手伝いがなければ絶対にうまく着用出来ないもので、そうした徹底が見られない点が残念だ。
 林組の親分である林の素性が少し明かされるシーンがあるが、頭山満の直系で、しかも総督府政務総監の後ろ盾があるとの設定だ。これは事実かどうか知らないが、そういうヤクザがいても不思議ではない。ところで、頭山満という名前に耳をそばだてる人がどれほどいるだろう。このセリフはなかなかうまく出来ていて、脚本の元となった原作を読んでみないことにはわからないが、当時の朝鮮人社会における頭山満の評判がどのようなものであったかは大体推察出来る。頭山満は簡単に右翼の大物と言われたりしているが、日本のちょっとした歴史書ではごく簡単にしか紹介されず、その実体はまだまだ知られているとは言いがたい。戦前戦後の日韓問題が両国で意見の一致を見ていない状態では、頭山満の正当な評価もまだ100年以上はかかると思えるが、そんな意味で言えば、この映画におけるキム・トハンという実在の人物の評価もどう転ぶかわからない。韓国では最近は日帝に親和的であった人物を槍玉に挙げようとする動きが顕著だが、それは国民の意見の一致と言うよりも、現政権の保身のための政略も絡み、報道される内容だけが韓国の意見を代表するものと思わない方がよい。この映画にも象徴的に描かれていたが、キム・トハン打倒のために林組が雇った韓国人ヤクザのキム・トンヘは、かつて同じホームレスの子どもとして街をうろついていた頃、自分に食べ物を与えてくれたのがキム・トハンであることを知って親分の意思にそむいてあえてトハンとの闘いに負ける。これは、金さえもらえば朝鮮人でも日本人でもかまわないと言っていた男も、実際は自分の民族のことを思っているという、ドラマにありがちな泣かせどころだが、この映画で言いたいのは、無学なヤクザではあっても、それは形を変えた20世紀初頭の日帝相手の無政府主義者の戦いと同じものであったということだ。キム・トハンは実際に金佐鎮将軍の息子であって、その金佐鎮は儒学者の教育者として生きていたが、1930年に暗殺されるまでの約10年は抗日運動に身を投じた。朝鮮における金佐鎮らの無政府主義は日本の幸徳秋水の影響を少なからず受けていて、そのような絡みを含めて舞台を1900年代のソウルや朝鮮半島全体に広げると、それこそ途轍もない大河ドラマが想定されるだろうが、そんな想像上のドラマのいわば末期に位置するものがこの映画と言ってよい。鐘路の優美館という日本映画を上映する映画館がもっぱら舞台となって、そこは映画監督ゆえのある意味でのこだわりなのかもしれないが、日本のヤクザ映画に似て、義理と人情のみが強調され、そこにカンフー映画のアクションの醍醐味を加えることでエンタテインメント性に徹し、これは時代が異なるから仕方のない話ではあるが、初期アナキストの中心を占めた両班階級の文人的文筆を伴った行為がすっかり欠けているところはやや品がなく見える。また、1930年代の鐘路を仕切っていた朝鮮人ヤクザが、戦後も暗躍してそのまま同地に根づいていることが確実であることがこの映画からよく伝わりもする。日帝時代はまだ反逆する相手がいたからドラマになるが、それがなくなった現在、同じようなヤクザの闘争を描いても、それは民族主義云々とは無縁にならざるを得ない。現在の韓国は軍国主義や国家主義の色合いが見えていて、前述したように、現在の韓国は日本と友好関係の深かった議員の魔女狩り行為を続けることで、戦後の決着をつけようとしているが、それに対して抗日運動に身を投じた人々を顕彰する動きも続くであろうことは明白で、それを思えばこの映画の大ヒットはまことによく理解出来る。で、日帝時代の朝鮮人ヤクザも国の象徴を守るために命を張ったのだと言いたいのだろうが、この第1作目を観る限りは単なる利権争いであって、キム・トハンに強い民族主義の心があったどうかは疑わしい。続く2と3を観ていないので何とも言えないが、予告によれば2は放送されず次週は3のようだ。
by uuuzen | 2005-08-25 23:58 | ●鑑賞した韓国ドラマ、映画
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