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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●隣り合う白と赤
寝時間がまた深夜2時から3時という状態が続いている。昼が長くなったにもかかわらず、1日が本当に短い。昨夜はパソコンが壊れたのに、同じ機種をもう1台持っていたため、素早くハード・ディスクを交換することで何事もなかったかのように、このブログを書くことが出来る。



人間の健康もそういうことだろう。臓器移植せねばならない深刻な病でも、ドナーが見つかって移植が成功すると、元の健康な生活に戻ることが出来る。おそらくその時、以前にも増して生きていることに感謝するかと言えば、それも最初の頃だけで、やがて手術を受けて命が助かったこともほぼ考えなくなるのではないか。健康とはそういうことだ。あってあたりまえのものがなくて困るのは誰しもだが、そのあってあたりまえの物事をなるべく少なくして生きる方が、精神衛生上からはいいように思う。ところが、その基準は人によって大いに違うので、自分がどれほど欲深いかどうかは判断に困る。習慣はやめる必要がないと思ったり、またたいていの人は自己愛から自分の行動を正当化するから、あってあたりまえと考える贅沢な物事は、誰にもひとつやふたつはある。人によって価値観が違うので、あまり他人の価値観を批判したり嫌悪することはよくないかもしれない。「朱に交われば赤くなる」というたとえの真実味はさておいて、時には朱の中に入って朱の考えを見つめることはいいだろう。その逆、すなわち、白に朱が混じって白の気持ちを理解しようとすることもいい。ところが、世間は、朱と白といったように、住む世界の違う人々によって構成されている。この正反対の存在が同居することが美しい。今日の写真は昨夜パソコンが壊れる直前にヤフー・フォトを見ていて気づいたものから掲げる。去年11月下旬に嵯峨で撮った。ほかに数枚あるが、近日中に載せるかもしれない。あまり古い写真を載せては季節外れもあって面白くない。だが、一昨日の題名に関連させる意味もあって、例外的に古い写真を使う。嵯峨に言ったのは、紅葉を楽しむためだ。家内と散歩がてらに、観光客気分になって出かけた。天龍寺境内を巡った後、喫茶店にも入った。そしてJRの嵯峨駅前までには行かず、その前の商店街とも呼べないほどの商店が点在する道の坂を下り切ったところにある古書店に入った。1年ほど前に開店したが、気になりながらもようやく店内を覗くことが出来た。観光客がたくさん入っていたが、思うほど売れていなかった。古書店経営も大変だ。家内を店内に残して、筆者だけ先に外に出た。そして窓越しに家内を見ると、熱心に本を見ている。
●隣り合う白と赤_d0053294_2358574.jpg 目を下に逸らすと、紅白のポスターが目についた。「嵯峨聖天の大根供養」とある。同じ内容のものが、白地と赤地で別々に印刷されている。その対比が見事で、嵯峨に似合うポスターだと思った。白と赤がこのように隣り合せになっている形は美しい。日の丸の国旗もそうだ。そう言えば天龍寺境内の蓮池は、蓮の葉がみな枯れているかと思えば、1枚だけまん丸に開いて直立し、しかも筆者に向けて立っていた。その様子を写真に撮り、先ほど加工しながら思ったのは、日の丸の国旗のように見えながら、太陽が黄緑色であればどうかということだ。白地に緑色の円形がひとつ描かれる国旗は日章旗のように美しいだろうか。日の丸の丸は太陽であるから神々しい印象がある。それが蓮の葉だとすれが、仏がかっていいが、日章旗のようには空に生えないのではないか。やはり白には赤が似合う。そう書いてしまえば、今日の話題はもう終わりだが、もう少し書くために、白を男、赤を女と考えてみるか。さて、筆者は全くギャンブルには関心はないが、どこで覚えたのか息子は大好きだ。それを叱ると、ギャンブルは普通のことだと反論する。確かにパチンコ屋は驚くほど多いし、競馬も盛ん、宝くじに至っては子どもがTVを見る時間でもよく宣伝をする。ロジェ・カイヨワが分類したように、ギャンブルは人間の遊びを四分類したうちのひとつであり、人類が存在する限りなくならない。それを思えば息子の意見に納得するが、汗して得た金を一瞬で使い切ってしまう神経がわからない。それはほとんど自殺に等しい行為に思える。一か八かのスリルが、他の遊びでは得られないのだろう。そのスリルの前にはどんな欲望も影がうすくなる。これは前にも書いたことがあるが、ある日本の有名な俳優は、ギャンブル好きのあまり、どれほどの美人が素っ裸で真横に立っていても、勝負している時には無関心でいられると語っていた。その俳優はここ10年ほどはTVに出なくなった。ギャンブルのために首が回らなくなったか。それでも本人は本望だろう。ギャンブル好きは生涯直らないと言われている。本人は直すつもりがない。それほどに心を奪う。これは大阪の友人から聞いたが、その友人の友人にパチンコ屋の経営者がいる。どちらもギャンブルは全くしない。その経営者の言うことには、パチンコ屋に来ているどんな女でもほしいと思えばモノにできるそうだ。それは、パチンコに熱を上げるあまり、たいてい借金を作り、金ほしさに誰とでも寝るということをまことしやかに言ったのだが、半分ほどは本当の話に思える。麻薬中毒と一緒で、生活が破綻していてもまだ大丈夫と思っている。この「まだ」が曲者だ。そう思っているのは「もう」手遅れだ。逆に、「もう」自分は駄目だと思っている間は、「まだ」大丈夫だそうだ。ま、小遣いの範囲でギャンブルをするのはいいとして、貯金が常にゼロ、あるいは借金してでも平気というのは、常軌を逸しているし、それは普通の姿ではない。ところが、つい先日AIJの投資が莫大な損失を出したというニュースがあった。その代表者がTVに堂々とした態度を見せていることに驚いた。1万や2万を奪っても刑務所行きなのに、数千億円を失っても罪にはならないのか。無責任国家日本の本質を見た気がしたが、そのAIJの投資とは、結局ギャンブルと同じで、それを厚生年金も認めて金を貸していた。ギャンブル国家日本とも言うべきだ。
●隣り合う白と赤_d0053294_2358325.jpg

 これも先日、「家族に乾杯」という名前だったか、釣瓶とゲストが田舎を訪れるNHKのTV番組で、70代の焼き鳥屋を訪れる場面があった。店主はギャンブル好きのため、嫁さんに逃げられたと言っていた。それが本当として、そこで思うのが、やはりギャンブルの癖は一生直らないことだ。数年前、筆者は先に書いた大阪の友人に、「息子がギャンブル好きで困る」と話したことがある。すると、「大山は真面目過ぎるんや。おれの知っている真面目な工場の経営者がな、50を越えてからギャンブルにはまったんや。それでな、結局首吊り自殺や。免疫がなかったから、のめり込みに歯止めが利けへんがったなや。せやから、若い時にギャンブルを知っておくのは悪いこととは言われへんで。」と言われた。その友人は小学生からガキ大将で、当時から社長の器であった。そういう男であるから、酒、女、ギャンブル、何でも来いで、体を壊す40代まで豪快に遊んで来た。そのため、筆者とはかなり違う人生観を持っている。誰しも自分の思ったように人生を歩む。ギャンブルで身を滅ぼすと、周囲から「あいつはアホや」と笑われるが、それを言えばみなそれなりにアホなことをして一生を終える。嫁さんに逃げられた焼き鳥屋の主は仕事を持っているので、他人に迷惑をかけているのではない。自分の責任においてギャンブルに熱を上げ、その姿に嫌気が差して嫁さんが逃げても、それはふたりの問題であって、他人が口をはさむことではない。離婚の原因はさまざまだ。ギャンブルもそのひとつに過ぎない。その主に、「ギャンブルをせずにもっと嫁さんと旅行でもするなど、お金を有効に使えば」と言いたいのは山々でも、本人がそれを自覚しない限り、癖は直らない。ギャンブルで身を滅ぼそうが、自立している限り、あるいはそうでなくても、本人の勝手だ。ところが、やめたいのにパチンコ屋の派手なネオンについ引き寄せられてしまい、負け続けて借金まみれになし、挙句の果てにパチンコ屋憎しで放火殺人までする本当のアホがたまにいる。筆者がパチンコ屋に足を踏み入れる気が全くないのは、そうした知り合いになりたくない連中と隣り合せになったり、タバコで汚れた空気を吸い続けることも理由だ。目の色を変えて台に向かっている顔を見ると、本人はいくらスリルがあっても、それは美しくない。それはともかく、パチンコ屋がなくなってもギャンブル好きは減らない。別のギャンブルをするだけのことだ。息子の言うように、それは普通のことなのだ。だが、そういう普通を筆者は好まない。普通では面白くないではないか。と言いながら、筆者は普通ではないのかどうか。よい意味での異常があるのかどうか。それは程度の問題で、やはり自分ではわからない。
●隣り合う白と赤_d0053294_235921.jpg 酒、女、賭け事といったように、男にはいつの時代でもどの国でも3つの大好きなことがある。やはり、それは普通のことなのだろう。息子は女には全く無関心で、その分ギャンブル好きになった。筆者はそれが好きでない分、3つのうちのどの癖があるのかと自問する。家内が笑いながら言うように、まず女、そして酒か。女好きといっても、筆者のような貧乏人は女性に持てるはずがないので、これは妄想の範囲と申そう。酒は強い方だが、自分で買って常に家に瓶が転がっているということはない。飲める口という程度だ。つまり、ギャンブルはしないものの、筆者も息子が言うような普通の状態であるに違いない。だが、女や酒に対して貪欲であれば、早死にする。先頃亡くなった家内の姉は、家内とは全く違って、男の3つの遊び事にとても理解があった。酒好きでもあったので、筆者とはよく飲んだ。その義姉と、男の3つの癖について話をしたことがある。義姉の意見では、嫁として一番いやなことは、夫が女を作ることであった。ギャンブルで借金まみれになるのは悲惨でも、自分以外に女が出来て嫉妬に苦しむのはもっといやと言った。女心が見えた気がしたが、これは女性によって意見が違うかもしれない。先の焼き鳥屋の主は何歳頃に嫁さんに逃げられたのか知らないが、仕事を持っているのであるから、借金まみれで首が回らないほどではなかったのだろう。それくらいなら我慢すればよかったのにと思うのは他人事であるからだ。嫁さんは昔から改まらない夫のギャンブル好きにほとほと嫌気が差したのだろう。それが女遊びであればどうだったかの想像は無意味だ。それも同じほどいやなことで、やはり離婚の原因になったはずだ。だが、男が女を追うのは本能であり、また賭け事も太古の昔からあった遊びで、男がそれらにいつも接近しがちであることは女、妻としては知っておいてよい。それで離婚することになっても、嫁さんよりギャンブルや酒、他の女がいいのであれば仕方がない。そんなアホな男は世にたくさんいる。いろいろな男がいるとして、色で言えば真っ白、純粋潔白な男が情熱的な燃えるような女と釣り合うだろうか。能の道成寺はそういう男女の話ではないか。嵯峨の新しく出来た古書店に紅白2枚のポスターを見て、これはいいと思いながら、ようやく店内から出て来た家内と連れ立って嵐山に戻り始めた。すると、すぐ近くの民家の扉に、紅白だけではなく、緑、紫、黄の地の3枚と併せて、計5枚も貼られている様子に遭遇した。紅白で美しいと思っていたのに、5色とは。だが、それも花らしくていい。人間も同じでだ。白と赤に二分される存在だけでは味気ない。ほかの色も混じることで、華やかさが生まれる。ギャンブル好きもそう考えると、無碍に否定は出来ない。
by uuuzen | 2012-04-12 23:59 | ●新・嵐山だより
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